31、機関銃 対 刀
岩山を左に見ながら、岩山の裏に広がる小さな森を目指す。
その森を渡れば向こう側へと抜けるのだが、ここは盗賊の隠れ場所が多く最大の難所だ。
荒野は広くても、地雷の確認がすんでいる安全な「道」は決まっている。
ここを避けるなら、この広い荒野を大きく迂回しなければならない。
渡る森を左に見ながらどんどん離れる。
地雷を懸念して、森から330フィート離れるが決まりだ。
ダンクは目算で離れるが、まだ近い。これでは180か200だ。
恐らく時間を気にして目算を誤ったのだろう。
サトミが視線を森へちらと動かし、少し離れてダンクの左、森側に並ぶ。
気配を感じる。
またあの女だ、トラックを運転していた女。
だが、もう一人。男を雇ったな?
女じゃない、女は殺意がシャープだ。
もう一人は、邪気に満ちた……性根が餓鬼な……男。
地雷はない。
恐らく目的は斥候、だが、軍上がりの小物、チンピラだ……
こう言う奴らに機銃を持たせると……
タタタンッ!
タタタンッ!
撃ってくる。
思った通り、森から狙ってやがる。
「サトミ!」
わかってる。『逃げる』がミッションだ。
残弾が少ないのか、無駄撃ちが少ない。
だが。
タタタンッ!
サトミの後ろを通り過ぎていた弾が、今度はダンクの前を過ぎて行く。
弾が空気を切る音が目の前を過ぎて、ダンクが身を低く小さくする。
重機関銃だ、そうだ、頭に当たれば首が吹き飛ぶと考えろ。
しかし、最後の一発の弾丸が、身体一つ前を行くダンクの頭を目指す。
左から来る弾に、二人とも右利きだ。
だが、サトミが背に左手を回し、刀を握った。
右手が手綱を打ち、瞬時にベンが答えてグンとスピードを上げる。
サトミが腰を浮かせ、目に見えない早さで刀を抜いて右下から弾丸へと走らせた。
ギインッッ
刀の峰で弾の前をはじき、弾丸が前方上にくるくる舞い上がる。
その瞬間左で弧を描いて右に刀を流し、渾身の力で弾丸の尻を叩いて、森の方角へ打ち返した。
ガーーーーーンッ
機銃が大きな音を立て、ビリビリと振動が来てトリガーを握る男が驚愕する。
「な、なんだ?一体何の音だ?!」
「いいから早く!」
横で双眼鏡を見ていた、あの武器商人との接触に失敗した女が焦って叫んだ。
「早く撃って!逃げられるわ!早く!」
「おう!」
にやけてタバコを噛み、今度こそと男が再度機銃を構え、トリガーを押した。
バーーーーーーーーンッ!!
機銃のバレルが爆音を立てて爆発する。
白煙が上がり、ダンクが思わず森を見た。
サトミが一瞥してフンと息を吐く。
「俺の前でダチ狙うなんざ、5千万年の千倍早い」
刀を直し、何が起きたのかわからず振り返るダンクの後ろに回る。
二人は止まることなく、そのままデリーを目指した。
衝撃にひっくり返った女が、気がついて右耳の耳鳴りに頭を抱えて身を起こした。
鼓膜が破れたのか、耳が痛い。
髪の中から血が流れる。
「うう……いた、痛い……」
何かの破片が刺さったのか、気がつくと、右半身が血だらけになっている。
まるで、地雷のベアリングを浴びたようだ。
「な‥に……何が起きたの?」
よろめきながら右足を引きずって立ち上がり機銃を見ると、バレルが吹き飛び男が顔を血だらけにして後ろに吹き飛び死んでいた。
「い、いったい何?何がどうなったのよ!」
女がパニックを起こしながら、サトミ達を探す。
だが、彼らはすでに通り過ぎて、見えなくなっていた。
何があったかわからないのも当然だ。
サトミは、撃ち返したのだ。
”撃ってきた弾を”ひっくり返し、刀の峰で”逆に撃ち返して”、口径12.7mmのバレルに正確に打ち込んだのだ。
あり得ない、だから、思いも付かない攻撃に、女は呆然とその場に立ち尽くした。
デリー郵便局に着いて、岩場の裏で襲われたことを報告する。
デリーからは午後ロンドへポストアタッカーが出る。
話し合いして、とりあえずポリスへ報告。
デリーの当番は、行きをサトミ達に同行することに決めた。
帰りは翌日朝また同行して帰ってもいいと言うことで、ロンド分の午前受付を切り上げ、急いで準備を始める。
郵便が遅れても仕方が無い。
サトミはそのやりとりを黙って聞いている。
デリー側は当番の若い子が怖いと尻込みしはじめた。
気持ちはわかる。
話し合うからしばらく待ってと言われて、二人は了解した。
「休憩すっか、向こう、フリーの休憩所があるから行こうぜ。」
ダンクがサトミの肩を叩き、デリー郵便局内の休憩所へと歩いて行く。
デリー郵便局は、建物もロンドの倍くらい大きくてスタッフも多い。
休憩所の広いフロアは、食堂も兼ねているようだ。
明るい窓が並び、沢山のテーブルと椅子が自由に使っていいように並ぶ。
ご自由にどうぞと冷蔵庫が1台と、横にはポットとコーヒー、砂糖、自由に使えるようにスティックが置いてある。
腹も少し減ったので、ダンクが持っている携行食を取り出してテーブルに並べた。
「好きなの食っていいぜ。
休憩所は初めてだろ?ここ、自由に使っていいんだ。
コーヒー飲む?コーラ無いなー、どこ行ってもコーヒーしかねえよな。」
冷蔵庫は開けると名前書いたプリンやヨーグルトや、なんか入ったタッパーが並んでる。
良く見ると、なぜかガイドの名前が書いてある栄養ドリンクが一箱入っていた。
「ちぇっ、ガイドちゃっかり入れてるじゃん。1本飲んじゃえ。」
「なーなー、砂糖とミルクあるかな?」
サトミが砂糖スティックとポーションミルクを確認して、自分でコーヒーを半分入れて、ミルクをカップにどんどん入れ始める。
「マジか、それもうコーヒーじゃねえだろ?」
「うるせーな、俺のコーヒーはこれなんだよ。」
砂糖は6本、いつもの数だが、ダンクが横で呆れてみていた。
ヤレヤレとダンクが先に椅子に腰掛けた。
サトミも並んで座り、携行食の味を見て、ココア味を手に取り開けて食べ始める。
それを目で追いながら、ダンクがぽつんとささやいた。
「なあ、お前さ、あれ、何やった?」
「あれって?」
「まあいいけどさ、ちゃんと止まらず”逃げた”んだし。
あれ、地雷かな?……いや、撃ってる方角だったよな。
なんだろう?」
「助かったからいいじゃね?」
「うーん、俺…………」
ズズズズ……全身脱力してコーヒーすする。
死んでたら、今はない。
耳元で弾をはじく音が響き、視界の端でサトミが見えない速さで刀を振り回してた。
「俺…………きっと、死んでたな……サンキューな。」
「うん」
二人、他に誰もいない部屋で、並んで座ってボーッとする。
ダンクはわかってくれていた。
でも、言葉端には、感謝だけではない何か複雑な感情が交ざっているような気がする。
サトミが視線を落とす。
チラリと見ると、ダンクは親指を立てて笑っていた。
なんだかホッとして、拳を合わせてコーヒーを飲む。
ダンクは信用できる。信頼できる。
何も心配はいらない、そんな安心感があった。
馬鹿な、まさか、噓くせえ
そう言った瞬間、思考は止まる
のだ!




