20、荒野の休憩所
ダンクを先頭に、後ろをサトミとエジソンの馬が追う。
サトミの馬、ベンは小さいわりに、走るのが速い。
エリザベスより余裕のある走りで、エジソンは横目で見て凄いなあとつぶやく。
人馬一体で動きに無駄が無い。
恐らく、サトミが上手く乗りこなして馬が走りやすいのだ。
エジソンの馬はエジソンが子供の時からの付き合いだけど、馬が合わせてくれている感じがする。
なんだか申し訳ない。
一時間近く走った頃、サトミがチラリとこちらを見たかと思うと、スピードを上げてダンクに並ぶ。
「先輩よ、エジソンの馬が休みたがってるぜ?」
「ああそっか、忘れてた。この先で5分休憩な。」
ダンクが思い出したようにスピードを落とし、近くの木陰を指差す。
日が昇ると暑くなってきた。
荒野に出ると日陰がないので、馬に乗っていてもじりじり日差しが痛い。
荒野には、数カ所休憩所が作ってある。
水のポイントは2カ所あって、どちらも小さな井戸があるのだが、1カ所はポンプが壊れ、もう1カ所は干上がってしまっている。
結局、荒野渡りは水と非常食は必需品だった。
木陰に馬を繋ぎ、それぞれ馬の両脇のカバンに積んできた水を与える。
ベンにはニンジン積んできたので、ご機嫌伺いでおやつにやってると、他の馬も欲しがってきて、サトミは馬に囲まれてしまった。
「僕の馬の気持ちわかってくれたんだ。全然わからなかった……」
エジソンが水飲みながら、少しガッカリしている。
ダンクが、力出せとバーンと背を叩いた。
「エジソンはほぼ引きこもりじゃん、馬はわかる奴に任せろよ。
落馬しないだけマシだぜ、よく付いてきてるし、上々!なあ新人よう。」
「ああ、あんたの馬、もう15くらいのおっさんだろ? 大事にしなきゃな。
いてて、なんだよ、ベン。」
サトミがエジソンの馬の鼻先を撫でていると、ベンにドスンと背中を小突かれた。
「ありがとう、子供の頃からの付き合いなのに、しばらく離れてたからさ。」
遠い目でぼやく彼に戦時中どこにいたかは聞けない。
自分も話せないから。
「そう言えばお前さんよ、昨日、リッターからやられたって?人間観察。」
ニッと笑ってダンクが言う。みんな通る道なんだろう。
「あ?ああ、ひでえ目に遭った。殴るの我慢したよ。」
笑って返す。
まあ、俺の場合、切り飛ばすの間違いなんだけど。
「まあな、あれやられて怒って辞めた奴もいるんだ。
でも、ガイドもあれでそいつの性格見るところもあってさ、半分容認してるんだ。
当たるだろ?」
「そう……かな?」
まあ、当たるよな。
当たると人は辛いこともあるんだって事、あいつは知った方がいい。
「軍から来たお前さんに言うべきか迷うけどさ、リッターはゲリラ育ちの奴なんだ。
見た目きれいだろ?この辺で白人少ないし。
母ちゃんがゲリラの嫁さんにされて、あいつは連れ子、妹は父親違い。
終戦の混乱で母ちゃんが先に脱出しちまってさ。
あいつ男なのに襲われそうになって、相手の股間、銃でぶっ放して妹と逃げてきたんだってさ。
色々と苦労人なんだ。
人間観察はゲリラの中で無傷で生き抜く方法だったんだけど、これやると女に絶対嫌われるのが悩みだってさ。
アハハ、あったり前じゃん?」
「ふうん、妹か……じゃあ、あいつこの仕事やばいんじゃねえの?」
「さあな〜、もしかしたら私情もあるかもな。あんま表に出さねえけど。
妹セシリーちゃんっての、全然似てないけど、ぽっちゃり、ほんわりして可愛いんだぜ?
俺が狙ってんだから、お前手えだすなよ?
さて、そろそろ行くか〜」
結局、戦中のんびり暮らしてる奴なんていないんだよな。
ちゃんと妹連れて逃げたのは、たいした奴だと思う。
なんとなく、心の中で嫌いになってたけど、リッターを少し見直した。
「ダンク、例の場所、行きは通るんだろ?俺少し遅れるけど先に行ってくれ。」
帽子代わりのストールを巻き直す。
防弾ジャケットは風を通さないので結構蒸れる。
軍のジャケットは快適だったよなあ、と、前を少し開けて、装備じゃ恵まれていたのかと空を見上げた。
青く澄んだ空だ。風が出てきて気持ちいい。
返事の無いダンクは、表情が硬く、少し考えてチラリとサトミを見る。
首を振り、昨夜ガイドに忠告されたと同じことを言った。
「俺たちは郵便局員だ。事件に首を突っ込むな。」
「敵のやり方を見るだけさ。成功体験は同じ事を繰り返す。
だろ?」
サトミの爽やかな笑顔にダンクの眉がハの字になる。
どうしよう。
俺も悔しいけど、ハンドガンと機関銃じゃ負ける。
でも、ずっとあの、あいつらの血に濡れた腕章見ながら通らなければならないのは辛いし無性に腹が立つ。
「帰りは、通らないからな。」
「了解。みんな心配性だな。」
その言葉に、ダンクが目を閉じうつむく。
そしてだれも口にしなかった、しようとしなかった死んだ奴の名前が、ようやくそこで聞けた。
「当たり前さ、リードは……リード・デルフィはとてもいい奴だったんだ…………
あいつの彼女は……あいつの死体を見ちまって、ショックで自殺しちまった。
ロンド郵便局の最悪の出来事だった。
俺たちはみんな、あいつの血の臭いが忘れられない。もう沢山だ。」
ひどいトラウマになっている。
まるで、違う世界の住人のようだ。
この、自分が。
彼らは郵便局員だ。
俺は、ついこないだまで軍の人殺しだった。
作戦のあと、鏡を見るのがいやだった。
俺は、まともになりたい。明るく、屈託無く笑う普通の人間に。
自分と同じ年の奴らは、まだ学校に通っている年だ。
目が見えるようになって希望を貰った気になったのに、それから見たのは赤い血の色ばかりだった。
違う、俺が見たかったのは家族の顔と、美しく色の変わる空と緑と水の透明だったはずだ…………
上は里心が付くことや休暇中の脱走を危惧して、一度も帰宅を許してくれない。
だから、離隊の独自条件の決定事項にアタックすることを覚悟した。
誰も超えたことの無い、その決定事項に…………
失敗したら死ぬだけだ。
そうして、辞めたい奴は死んでいった。
でも、俺は生き残った。
ボスは予備役は消えないと言ってたけど、無視すると吐いて出てきた。
口止めの誓約書山ほど書いて、除隊したら莫大な金が口座に入っていた。
自分は、これだけのことをしたんだと、気持ちが暗くなった。




