18、メンタル攻撃
サトミが動揺を隠して足を組み、キャミーが入れたブラックコーヒーを一口飲む。
苦い。
ただただ苦い。
脳が激しいストレスに砂糖を欲しがる。でも、砂糖に手が伸ばせない。
横で無言で見ていたリッターが、ふうんと漏らし、怪訝な顔で首を振る。
回りがみんな、軍閥関係に見えて、息を飲んだ。
集団に入ると言うことは、ストレスだ。辞めたくなってきたが、ここが山だと思う。
リッターが、ニッと笑って両足を抱え、サトミを小さく指差して言った。
「君、かなり訓練されてるね。でも、
気持ちを表面に出さない、自分の過去を気取られないよう必死だ。
今、すっごいストレス感じてる。だろ?」
サトミが息を飲んだ。
それを気取られないよう、表面を取り繕う。
黙れ
ここが軍なら、サトミはリッターの首を飛ばしていたかもしれない。
でも、リッターは構わず続けた。
「フフ……ほら、凄い緊張してる。まるで敵中に一人立ってるようだ。
それ、マズいよ、最悪だね。僕らはポーカーやってるわけじゃ無い。
いいかい?君は軍を辞めたんだ。君を縛り付ける物はなくなったんだよ。
ここは郵便局だ。普通の人が、普通に利用する郵便局。
うるさい!
なんて、心の中で思ってちゃダメなんだよ。
まるでヤマアラシだね。怖い、怖い。
まあ、きっと君はこう言ってもわからないと思うけど、そう言うのって自分で気が付かなきゃ直せない。
そして、その、自分一人ですべてを動かそうとする、そのクセを直さなきゃ、この普通の人々の中に溶け込めないよ。」
リッターの微笑みが、不気味に見える。
そんなこと、言われなくてもわかってるさ、お前になにがわかる。
思わず口に出しそうになって飲み込んだ。
両手を尻の下に挟み、右手が刀に行くのを押さえる。
身体が揺れるのを押さえる。
体中が、このストレスに耐えていた。
「リッター、お前こそ悪いくせだ。人間観察はやめろ。」
ガイドが呆れたように止めた。止めてくれた。
この金髪のひょろっとした奴が、心に銃弾をどんどん撃ち込んでくる。
お前に何がわかるというんだ、俺の何が。
ため息をついて微笑み、とりあえず返事を返した。
「まあ、まだ慣れないけど、わかったよ。善処する。」
そんなこと、後回しだ。
自分のメンタルは後回し、あとで修正する。
今までもそうしてきた。
今はミッションをどう進めるべきかを、考えることが優先だ。
大きく深呼吸して目を閉じ、シャッターを切るように頭を無理矢理切り替える。
死体の状況を思い浮かべ、使ってある武器が一番気になった。
裏ルートの商人は、ある1人を残し、他を殲滅して資金と在庫は軍が没収した。
そう、殲滅だ。残せばまたルートを使って誰かが始める。
戦闘から手を引かないゲリラの頭もことごとく殺して回った。
雑魚が下を集め始めたら、また殺す。
俺たち殲滅部隊の戦後処理はその繰り返しだ。
何人殺したかなんて、覚えてない。
それが仕事でミッションだった。
だが、内情は……
わかっている、私腹に走った奴らの為の口止めだ。
軍の上の奴らが金儲けのためにゲリラに武器を横流ししていた。
その後始末だ。
戦闘は、長く続くほど金は儲かり、ゲリラに情報を漏らしては政敵を片付けられる。
彼らは戦時なりにある意味持ちつつ持たれつで、いい関係を保っていたと思われる。
だが、それも戦争の終わりとともに、関係も終わりを迎えた。
「一つ、あと一つ話しておく。
あと一つ……ただ、気になるのは…………武器から推測できることだ。」
「なんだ?」
「重機関銃だ。
馬と人に使うには威力が強すぎる。
言うなれば、地雷使うならあとは止めのライフル1本でいい。
威力過剰に傾くと言うことは、相手が怖いと言うことだ。
ならば……これをやっているのは…………
ド素人だ。」
「ド素人?まさか、そんなことがあるわけ……」
怪訝なガイドに、リッターが首を振る。
「違うよ、ガイド。その固定観念が間違いなんだ。
機関銃なんて、トリガー引けば撃てるんだ。
じっと誰かが地雷に引っかかるの待って、そして機関銃。ならド素人にも出来る。
彼の推測は当たってると思うね。僕は。」
リッターとガイドが深刻な顔で考える。
もう十分だ、あとは場所を確認して帰ろうと、サトミが立ち上がった。
「と、まあ俺の戯れ言!
明日どこに注意すればいいか聞いておきたい。
地図をくれ、一応周辺頭に入れる。」
「あ、ああ、そうね。」
ずっと黙って見ていたキャミーが、慌てて地図を持って来て広げた。
しかし、ガイドが急に不安になってサトミに声を上げる。
「待て!
明日ダンクと行くんだろう?明日、奴らに鉢合わせても手を出さないと約束しろ。
軍に要請している、掃討してくれるのを待とう。」
「ああ……」
サトミがフッと笑って首を振り、地図を見ながら彼に手を上げた。
「まさか、俺はダンクの能力、レベルも知らない。
しかも今回は見習いだぜ。対応をどうするか確認したいだけさ。
俺も地雷でベアリング浴びたくないし、五体満足で帰りたい。
ダンクがこの場所回避するというなら従うよ。」
ガイドとリッターがホッとしてうなずく。
いきなり殉職者は出したくない。
「ああ、そうしてくれ。もう仲間から死人を出したくねえ。
お前さんは軍で相当荒っぽくこき使われたんだろうが、もう一般人なんだ。
なあ……
覚えて置いてくれ、俺たちは軍人じゃない、郵便局員だ。
郵便を安全に、確実に宛先に届けるのが仕事だ。
頼む、お前さんはもうここの一員なんだ。
この腕章に誓ってくれ、無茶はしないと。
お前さん、まだ死ぬには、あまりにも早すぎる。」
サトミが受け取ったポストアタッカーの装備一式。
そのウエストバッグの上に置いたポストアタッカーの腕章。
サトミにはまだ実感がわかないけど、大きくうなずいた。
「わかってる、心配かけたのかな、すまない。
じゃあ、帰るよ、明日からよろしく。」
「あ、ああ……」
「じゃ、明日からよろしく。」
2人と握手して事務所を出る。
出ると同時にアメ玉を口に放り込んだ。
大きくため息をつく。
「クソ野郎……
大人なんて、クソ野郎ばかりだ。」
そう吐き捨てながら、アメ玉をガリガリかじる。
心の底から疲れる1日だった。
死体の写真が頭に焼き付いている。
大丈夫か?だって?
大丈夫じゃ無いさ。見た瞬間、全身の毛穴が泡立ち、脳ミソが暴走した。
何かのスイッチが入った気分だ。
クソッタレ…………
サトミは、馬繋場へ向かいながら、なぜか暗い顔で笑っていた。
「外道の武器商人か。あのクソ野郎、在庫隠してやがったな。
商売から手を引くと、泣きながらボスに言ってたくせによう。
やっぱり殺しておけば良かったんだ。ボスの知り合いなんてろくな奴はいない。」
そうすれば・・・死なずにすんだ命だった……




