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12、やれば出来る馬

それから6日後、キャミーは今だ返されない合意書に、様子見と、再度スカウトをもう一押しと、サトミの家に向かった。

サトミの家は、この辺の地区担当の通常配達員に確認済みだ。

以前は朝早くから畑や馬屋の掃除しているところを見かけたと言うが、最近は姿を見ないらしい。

逃げられたかと不安ではあるけど、近所に聞いたら夜に電気は付いてるよと言うので留守ではないようだ。

とりあえず男の家に女一人でと言うのもアレなので、ヒマそうだった一般職員のかわいい系女の子ミリルも連れてきている。

まあ、色仕掛けじゃ無いけど、ウインクの一つくらいサービス出来る。


「ねえねえキャミー、ここじゃない?ほら、入ったところにトーテムポールっぽいの。」


「家の左横に小さな畑、奥に馬屋。うん、ここね。」


「じゃあ、玄関のドアノックしてみる〜」


「ちょい待ち!」


「え〜なんでよ。」


「こう言うヤバ目の奴ってさ、めっちゃ警戒心凄いのよ。

軍上がりの奴のとこ配達行って、ドア叩いたとたん槍飛んできたこともあるんだから。

だから気楽に敷地に入っちゃダメよ。」


「じゃあどうすんのよ。」


女2人でヒソヒソ話し合う。

どうした物か悩んでると、横を痩せた小さなお婆ちゃんがすうっと入っていった。


ドンドンドン!


「サトミちゃん!サトミちゃん!女の子が来てるわよ!サトミちゃんいる?」


…………サトミ……ちゃん…………??


激しくドアを叩く婆さんに呆気にとられていると、ギイッとドアが開いた。


「カリヤ婆ちゃん、ちっせえ家なんだから聞こえるってば……ふうん、来たんだ。」


「ヤッホー、って、どしたのです?なんかげっそり痩せたような。」


サトミがため息交じりに顔を出す。

頬がこけて目つきが鋭い。まるで殺し屋、怖いくらいだ。

思わず後ずさる女の子2人をよそに、婆ちゃんは平気で中に顔を出した。


「サトミちゃん、丁度いいから昨日のお皿貰っていこうかしら。

今夜はどうする?昨日で終わりだったんでしょ?」


「ああ、カリヤ婆ちゃん助かったよ。

吐いて吐いて危うく餓死すっとこだった……今夜はシロイのおっさんとこに行ってごちそうするよ。

おっさんには今朝、にんじん抜きで予約入れてるから。

お世話になった礼とさ、なんか美味いメシ食おうぜ。

えーっと、キャミーだったっけ?あんたらもどう?」


「んまあ!!ほんとにいいのかい?!

いやだ、シロイ亭のご飯なんて久しぶりだよ!それじゃ夕方ね!」


カリヤ婆ちゃんは、ほくほく顔でサトミに返されたお皿を手に家に戻って行く。

サトミは頭をバリバリかいて、2人にどうぞと中へ案内した。

怖々2人が中に入ると、居間にはクッションに馬が寝て部屋の端に小さなテーブルに椅子が2脚。

足が折れた椅子が一脚。

小さなキッチンはミルクパンとフライパン一個しか無い。

最低限すぎる。


「はあ、なんか、家の中何も無いんですね。」


サトミはコーヒー入れようとしていたのか、テーブル上のコーヒーミルをガリガリ回して粉をネルに入れている。

沸いた湯を粉に注ぐと香ばしいコーヒーの香りが立ち上る。

サトミが幸せそうに大きく香りをかいで、また一つ大きく息を吐いた。


「あー生き返る。まあ何も無くても、俺はミルクと砂糖たっぷりのカフェオレとココアあればいいし。

これからどうすっか決めてなかったから、最低限しか買ってないのさ。

俺ここでいいから座りなよ、飲むだろ?

その、合意書返すよ。いろいろあったけど、問題解決したし。」


「問題?」


「こいつの事情」


と、サトミが馬を顎で指す。

馬はぐったり寝てて動かない。


「えーと、もしかして相棒ってこの馬でしたか。

で、なんで馬がここに寝てて、こんなに1人と一匹ぐったりしてんの?」


「んー、いろいろあってさ。こいつと取引したわけ。」


「はあ?馬と取引?」


サトミは2人に、ベンの高所恐怖症の件での駆け引きを説明する。

だが、やっぱりこの質問がかえってきた。


「で、なんで馬が喋るのよう?!」


「だよな〜」





その夜、カリヤ婆ちゃんと陽気なキャミー達と、サトミはシロイ亭で久しぶりににんじんが入ってない食事をとった。


「カンパーイ!」


「やだ〜!当たって砕けろって言うけど、砕けなくて良かったー!」


キャミーが嬉しそうに酒飲んでパクパク食ってる。

彼女は気さくでいい奴だ。俺を妙に子供扱いしないところも気に入った。

カリヤ婆ちゃんとサトミはジュースで乾杯して、辛かった日々を思い返しながらモソモソ食う。


この5日の苦難を思えば涙が出そうになる。

最初の2日は食っては吐きでちっとも腹に入らない。

この賭けに負けるかという所でカリヤ婆ちゃんが現れた。


にんじんを食えるように料理してくれたのだ。

料理上手の婆ちゃんは、魔法使いのように刻んだり、揚げたり、甘く煮込んだり、すりおろしてジュースと、吐きそうになりながらもなんとか食えるようにしてくれる。

大嫌いなにんじんの料理なんてまったく浮かばないサトミには、まさに天使降臨のようであった。


「美味しい。美味しいねえ、サトミちゃん、就職したらまた連れてきておくれよ。」


「ああ、いいぜ、婆ちゃん。恩人には恩返ししないとな。」


天使が幸せそうにホクホク食べてる。婆ちゃんは、俺が隣に帰ってとても嬉しそうだ。

俺としても、近くに誰かがいてくれるのは気分的にラクでいい。


とは言え、ニンジン苦行中にはあれだけ食ったのに、何故か身体が吸収を拒否したとしか思えない。

食った物全部そのまま出たのか、サトミはげっそり痩せてしまった。


そしてこの日の早朝、サトミはベンを橋まで連れて行き、約束の渡り初めを果たした。

暗いうちから出発したというのに、ベンが渡ったのは日が昇って馬車や馬がちらほら渡り始めた頃。

ベンも軽くなったサトミに文句も言えず、約束通り一気に渡り、そして戻ってきた。


ベンはしばらく放心状態で、だが、フッと正気に戻ったら鼻を鳴らしてこう言った。


「やればできる馬」


と、言うわけで渡ってみたらそうでも無かったらしい。

好きでは無いが、渡れないことも無いって所か。

仕事終わりは必ず「にんじん好きなだけ」を約束して、彼は正式にポストアタッカーへと就職を決めた。


やれば出来る馬です。

でも25本ニンジン食べきったサトミは凄いです

わしなら死ぬ……

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