5、その頃捜索隊は
「只今より、死の森まで、チべーリア公爵令嬢の捜索に向かう。公爵令嬢の特徴は、プラチナブロンドの髪に濃いエメラルドグリーンの瞳で14歳の幼い少女だ。
身長は小柄で、140センチ程度、森に捨てられた時の服装は、淡い緑色のドレスに琥珀の装飾品を身につけているそうだ。野営準備等は第2陣が行ってくれる、我々は到着次第夕刻まで捜索だ。」
「騎乗、隊列の先頭は私に続け」
第1騎士団副団長の号令で隊列がゆっくりと進む中、我々3名は騎士団長と魔導師団長と共に馬車へと乗り込む事となった。
リアメルの無実の証拠をまさか父上が準備していたなど、誰が思うのだろうか。
その言葉を父上より聞いた瞬間、一瞬にして、自分の頭が冷えたように感じた。
何を自分はあんなに焦っていたと言うのだろう?何が何でも婚約を破棄してリアメルを国外へと追い出さなければならないと、使命感とでも言うのだろうか?そんな強い意志だった。
だが、念願の婚約破棄をして、リアメルを死の森へと追いやっても達成感を感じる事はできずに、胸の当たりがモヤモヤとしているのは、リアメルを無実の罪で死の森へと追いやった罪悪感か?だが、罪悪感など必要はないはずだ。
実際、あの時、無実でも構わない、一刻も早くこの国から追放しなければならないと思って行動していたし、父上にも嘘の報告をしたのだから。
私の指示で死の森へ置き去りにしてから38時間程か、父上達が予定より早く帰還した事で生存率は少しでも上がったのだろうか?自分はリアメルに生きていて欲しいのか?
コレから自分の向かう先に、リアメルはどんな無残な姿でいるのかそんな事を考え始めていた。
「殿下?…………殿下……聞こえておりますか?」
「あ、ああ、すまない。考え事をしていたようだ。」
「では初めから…この捜索隊への参加理由は陛下のお言葉を聞き、理解しているはずだ。今回捜索は3班に分かれて行う、ここにいる3名は各班に分かれて行動してもらうが、レイン、ブラン両名は公爵令嬢を置き去りにした場所まで先導する様に、殿下は魔術師団長と共に3班に加わって頂きます。レインと私の1班は第2陣が到着次第、再奥を目指す、ブレンは2班の班長の指示に従え。各自、自分の身は自分で守るよう心掛ける事、捜索隊では雑用は勿論、いろいろと覚悟しておくんだぞ。全く、我々が国際会議の留守中になんて事を!」
「今は責めている時間はありませんよ。さてと、この移動時間は君達の調書を作成致します。いいですね?包み隠さずこの場で話す事、とは言ってもこの魔道具をつけて話して貰いますから、嘘をつけば頭に締めつけられた痛みが走ります。嘘をつき続ければどうなるかは分かりますか?誰しも頭が吹き飛ぶのは嫌でしょう?」
「ち、父上冗談ですよね?」
「まさか、この魔道具を貴方達に装着させる事は、陛下直々のご命令ですよ。いくら入学してからの5年間遊び呆け、まともな成績が取れなかった君達でも、この意味が分からない程、愚かではありませんよね?殿下含め、それぞれの立場はありますが、君達は罪人ですからね?それなりに扱われる事を覚悟して下さい。それから、変な気を起こさない事、逃げ出そうとしても、頭は吹き飛びますよ。私達もこの捜索が終了したら責任を取るつもりですから、分かったら貴方達も覚悟を決めなさい。」
我々は、首に魔道具を装着され、入学してからのサアラとの出会いや付き合いについて。
リアメルが学院に入学してから2年近くの事を洗いざらい話したのだが、リアメルがサアラに対して、行った嫌がらせの数々は、はっきりと思い出せるのだが、目撃情報や証言のみで、証拠がないのは何故だ?
証拠が無いなんて、そんな筈は無い、リアメルが全てやったんだと言う、強い思いは一体どこから来るのだろうか?
イヤ、確かにリアメルがやったのだろうが、陛下の証拠についてはどう説明できる?
でもサアラが、リアメルに祖母の形見を盗まれたのだと、制服に毒針を仕込まれたのだと涙ながらに訴えていた。
証人は彼らだと言われ、証拠品はサアラが全て保管しているからと、そう言っていた。
リアメルに直接話しをつけようとする私達に、嫌がらせがエスカレートするだけだから、私なら耐えられるから何もしないで欲しいとサアラは涙ながらに訴えた。
俺たちは、リアメルに詰め寄るのを必死に我慢していたが……だが、改めて思い出すと、リアメルがサアラと話している所などは一度も見た事は無いのではないだろか……
本当に?サアラから聞いていたのはかなりの数の嫌がらせや、罵倒されたと言うもので、最後は命に関わる出来事が何度か起こった為に、今回断罪する事に踏み切ったんだよな?
だが、罪人であっても公爵家の令嬢だ、しっかりとした証拠が無ければ罪に問う事など出来ない、多少なりとも罪があるならば、議会での審議の上、処分を決定する。
何故そんな当たり前の事がわからないかったのだ?嫌、サアラの為だ!サアラが傷つけられるからリアメルを追い出さないと!でも、何故?
「それで、今では自分達の行いに疑問を感じる部分も出てきたと、ではなぜ夜会の夜、チベーリア公爵令嬢を皆の前で伝えた通りに離宮ではなく、死の森に置き去りにしたのですか?」
「サアラを寮まで3人で送り届ける時に、リアメルに命を狙われると……「今日中に国外へと追放されないと殺されてしまうのではないかと泣いていました。」……それで我々だけでは王印が手に入らないので母上の所へ行ったのだが、相手にされず、その方法しかなかった。」
「それから……チベーリア公爵令嬢の耳飾りと首飾りをサアラに返す為、取り上げてサアラに渡したので 、あの女は装飾品は身につけていません。サアラはあの首飾りを見て、綺麗だと、祖母の遺品の石のようだと言っていたから」
「何?貴様!盗みまで働いていたのか!」
なぜレインが怒られる?盗みを働いたのはリアメルだろう?リアメルが盗んだ石を使い他の装飾品に仕立て直したんだろうと、だから我々は取り戻した。
チベーリア公爵家の資産は王家を遥かに超える程なのに、盗んだ物をわざわざ作り変えるのか?イヤ嫌がらせで作り変えたに違いない!
サアラは警備がいるとは言え、平民も住む学生寮に、あれ程の装飾品を持ち込んでいたのか?だが部屋にはメイドもいるだろうし、サアラが嘘をつく事はない。
「さて、そろそろ森に着く、今日の所はここまでだ。確認だが、チベーリア公爵令嬢を探し出さなければならないと言う気持ちはあるのか?」
「「「陛下の命令ですから」」」
「だがサアラの為には……」
「彼女の悲しむ顔は見たくありません。」
「だが、奴を見つけ出し、早くサアラの元へ戻らないと。」
ーーー魔導師団長sideーーーー
馬車の中の状態では3名ともに、精神操作の疑いあり、薬と言うよりもやはり禁術を使用された可能性がかなり高い。
何百年も前に失われた禁術は、人々を意のままに操る事ができると言う。
今では帝国のみに術式が保管されていると聞くが、数百年前に帝国を滅ぼしかけた事で国際犯罪に認定され、それ以来、誰一人として使用したと言う報告はされていない。
禁術を使用されていれば、腰のあたりに拳大の蔦模様と古代語で術者の名前も浮かび上がり、精神に深く関与している程に呪印は色濃くなってゆくらしい。
自分の息子がこんな事件を起こしていなければ、こんな機会に巡り会えた事を、研究者として不謹慎にも喜んでいたのかも知れない。
陛下より出発前の伝令では禁術の場合、解術はせずに、術者と隔離した場合の心境の変化など状況を観察するよう仰せつかっている。
一国を滅ぼし掛けた禁術だ、我が国としてもこの機会にあらゆる面でデータを残しておくと言う事であろう。
それがたとえ王子殿下や、自身の息子であったとしてもだ…
今回の首に装着した魔道具は捕虜や間諜など逃走されては困るが、ある程度泳がせたい罪人に対して使用する物だ。
この3名を見ている限り、カーセル伯爵令嬢からの精神への関与は深いと思える。
殺傷能力のある魔道具を装着され、どこまで術者に依存せず理性的にいられるかが問題だが、制約を破ったとしても今回は頭が吹き飛ぶことにはならないように術式をかえており、痛みにその場から動けなくなると言う程度だが、魔道具が発動しない事を祈るばかりだな。
禁術のデータ提供が、どれほど国の貢献になるかによって息子達の罪が軽くなるか、期待する事しか、今の私達には道は残されてはいない。
聞き取り調査を終え、先程城に調査内容の報告したから、学園にも禁術を使用されたもの達がいるか確認が入るであろう。
今回発見が遅れたのは使用された場所が学園であったことも原因だな。
チベーリア公爵令嬢は王妃教育があった為、特例で自宅や王宮から学院へ通っていたのだが、王子を含めた他の者達は入寮し、身の回りの事は自分で行えるよう、使用人は1人までしかつけられない。
禁術の証は本人が見つけても術者との繋がりと認識され、その印が誇らしくさえ感じると言う、だから人に見られないよ気をつけるし、濃くなって行く事を嬉しく感じてしまう。
使用人1人では異変に気づくどころか主人がきちんと自立した学生生活を送っているようにしか見えなかったのだろう。
それに、この3名はいつも長期休暇になると王宮や屋敷に帰らず、学院から奉仕活動や、孤児院などの訪問を行うと自主的に学園の活動に参加してしまっていた。
今考えると呪印を隠すために逃げ回っていた行動なのだろう。
ーーーー王子sideーーー
死の森の入り口を過ぎ、我々は3班に分かれ、森の中を進んでいく。
歩き始めて1時間以上が経ち、魔物との遭遇は殆どないが、昼間だというのに周りの木々に光が遮られ、どこか暗く重い空気が漂う場所に感じた。
すると、「全体止まれ!各班長、前へ」と
の声が掛かったのにも関わらず、師団長は動かない。
「師団長どのは行かれないのか?」
「私は、今回責任者の任を外れております故、お気になさらず。殿下達はいろいろな事を覚えて頂かなければなりませんから、私が責任を持って指導させていただきますよ。」
「あぁ、すまないが宜しく頼む。」
「報告だ!チベーリア公爵令嬢が置き去りにされたと思われる場所から、縛られていたものであろう、ロープが見つかった。多少血が付いているが、擦れた際についたものと思われ、ロープの切り口には魔力痕が残されていた。このまま我が班は森の奥地へと向かう、皆引き締めて行動するように!」
ロープが魔法で切られていただと?リアメルは魔法が殆ど扱えず、実地訓練は全て欠席。
逃走防止の施されたロープを切るほどの魔法が使えるわけがない。
攫われたのであれば、わざわざ縄を解く必要もない、であるとすれば誰かに助け出されたのだろうか?
班長からの報告にホッとする自分に驚く、サアラに危害を加える人間だぞ?何を安心しているのだ?だが、一刻も早く救出し、サアラの元に帰らなければならない。
考えごとに夢中になってのか、直ぐそばでザシュっと何かが切り落とされる音に驚き、振り返る。
師団長が風の斬撃で魔物を切り倒し、私を守ってくれたようだった。
「殿下、隊を離れますと魔物に襲われますよ。此処は学園ではございません。いつ命が無くなるかは分かりませんし、ここで実践を積んで頂かないと、いつまでも我々を頼られても困りますからね。」
「あぁ、す、すまない。助かった……」
とりあえず、考えるのはリアメルを見つけてからだ、今はこの場に意識を集中しなければ、サアラに会わず命を落とすことになるだろう。この魔道具の意味は父上からは死んでも構わない存在だと…そう言われたということだ。
その後4、5時間森の中を捜査したが、リアメルは見つからずに魔物との実戦を何とか学びながら、野営地へと向い用意された携帯食料と具の殆どないスープを啜った。
「さあ殿下お休みの前にあちらのテントで皆体を拭きどこも異常がないか確認してから、交代で休みますよ。」
「い、いや私は大丈夫だ。」
「殿下、何をおっしゃいます。森での任務の際、皆で体を拭くのは意味があるのですよ。特にこの森は寄生虫も多い、体を擦り、皆で互いに出血箇所がないか確認し、寄生虫避けの湯を体に刷り込むのです。この森の寄生虫は寄生されると数日で命を落としますからね。」
「そうなのか。すまない……だが……」
「殿下ご安心ください。私と副団長だけが、ご一緒させて頂くだけですから」
この時、私の中ではサアラとの絆の証を他の者に見せるわけには行かないという思いと、寄生虫による恐怖とで足が進まなかったのだが、魔導師団長の言葉を聞き、この大人数に証を見られるよりはと、素直に従ったのだ。
テントの中では、奥に衝立が用意されている箇所が5つあり、その1つからブレンだろう、服を剥ぎ取られまいと大騒ぎする声が聞こえ、魔導師団長が騒ぎを起こしている衝立の奥に消えると直ぐに、ブレンの悲鳴が響き渡り、辺りは静けさに包まれた。
耳を済ましていると「手間をかけましたね、これ以上ゴネるようなら、後で回収に来ますから貴方達だけ自分の事を済ませて、適当にその辺にでも転がしておいて下さいね。」と何やら物騒な事を言っているようにも思えるが、師団長には絶対に逆らってはいけないようだ。
「お待たせ致しました。さぁ、早く済ませて寝ましょう。」
「あ、あぁ」
バサリと服を脱ぎ浄化の魔法をかけ、寄生虫避けの薬草の炊いてある簡易クロークへと制服やローブをかける。
魔導師団長と副団長の裸は、騎士団の兵士と言われても疑われない程の鍛え方で、今まで訓練をサボっていた自分と比べものにならないほどだった。
「おや?殿下の頸に出血がございますね。この後、診察を受けて下さいね。他は大丈夫そうですが、念のためご自分でもご確認下さい。
」
「わ、分かった。後はこの液体を擦り込めばいいんだよな。この傷が寄生虫だとしたら、私は大丈夫なのか?」
「おそらく頸は虫さされかと思われますが、厄介な虫も多いですから、寄生虫につかれても痛みは多少ありますが治療魔法で直ぐに取り出せますので、問題ありませんよ。」
その後、医師に確認してもらった所、虫刺されではあったが、厄介な虫だったようで、皮膚を刺し卵を産み付けられたと聞き、師団長に大人しく従った事に心底安堵した。
卵は魔法で取り出したが、念のため、薬を3日間飲めば問題ないらしい。
就寝時間、今日の出来事や見つからなかったリアメルについて思い返してみる。
今日は考えごとばかりして、班の者達に迷惑ばかりかけてしまった。
今までどれ程自分が鍛錬を疎かにしてきたのか身に染みて分かった気がする。
明日からは捜索隊の任務に集中しよう。