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さて…困った…買い物やお弁当の試作を作り終え、ネッドさんは森へ見回りに、私は湖にお散歩へとやって来たのだが…目の前には血だらけの足を引きずった子犬…
風魔法で運ぼうとしても逃げ出そうと暴れる為、此方まで上手く運べない。
うーん、グレイクには行っちゃいけないって言われているけど、怪我した子犬を放置できないよね。
アイテムバックから燻製肉を取り出し、結界を越えると突然現れた私の姿に驚いたのであろう、怯えながら威嚇し始めた。
「ごめんね、驚かせたわよね。虐めたりなんてしないから大丈夫よ。お腹空いていない?これ食べて」
根気よく声をかけ続けると、敵意が無いことを理解してくれたのか近づいて来たので、燻製肉をちぎって与えると少しずつ食べ始めた事に息を吐く。
治癒魔法が使えたら良いのに…でも体力回復だけでもしないよりはマシよね。
子犬を抱え、慎重に回復魔法を子犬の体に巡らせ浄化魔法も施すと、この子の体には一切傷がなく足の怪我だけという事は…これは…
子犬を観察していた為、私は忍び寄る気配に全く気がつかなかった。
子犬が森に向かい唸り声を上げるのと、大きな牙を剥き出しにした大型の蛇魔獣が目の前に現れるのは同時だった。
「う、うそ!バジリ、スク⁈ 行ってはダメ!戻って来て!」
迫り来る紫色の巨体が尻尾を大きく振り上げ叩き付ける瞬間、防御魔法を展開し、子犬を抱き上げ距離をとる。
防御魔法は今の所、攻撃を防いではいるが、相手はAクラスの魔物…衝撃は凄まじく、防御壁がグラグラと揺らめいており、破られるのも時間の問題なのかも知れない。
此処には下位精霊しかいないし…
どうしよう。攻撃魔法の練習はしていても実際、生き物を殺した事など無いのだ。
バジリスクは物理攻撃が効かないと判断したのか、口を大きく開き、大量の毒液を吐き出した。
毒液は防御壁を伝い、地面に垂れ落ちると、周りの草花が一瞬にして枯れ果てて行く。
バジリスクの毒は猛毒だ、このままじゃこの綺麗な湖や草木が汚染されてしまう…
あぁー、もう!うじうじ悩んでいる暇なんて無いわよ!私がやるしかないんだから!
震える脚に力を込め、覚悟を決める。
でも、どうすれば…少し手足は生えてるし背の表面はトゲトゲしいけど、アレは蛇みたいなもんよね?蛇の急所って頭落とせば良いんだっけ?
ええい、当たって砕けろよ。
「お願い、これで蛇の頭、跳ね飛んで!」
「手伝うよぉ〜」
「えっ?」
誰かが呼んでくれたのだろうか。
いつの間にか現れた中位精霊が私の放ったエアーカッターに威力を加えてくれ…⁈
ちょっと!威力が増し過ぎじゃないですか⁈
威力の増しすぎたエアーカッターはバジリスクの首をスパンと跳ね飛ばしただけでは収まらず、後ろにそびえ立つ大木を何本も切り倒した。
「や、やりすぎだよぉ〜」
「あはは〜」 「ごめんねぇ」
「でも、 あ、ありがとう。来てくれて助かった。
…でも、そうだよね…首を飛ばせばこうなるよね。」
そう、バジリスクの首のあった場所からは大量の血が噴水の様に吹き出し、防御魔法が無ければ私は今頃、血塗れだっただろう。
私は大型魔獣の恐怖と血の噴き出す光景に血の気が引いてゆき、腰が抜けてしまったのかその場に崩れ落ちた。
「リアメル!」
「うわぁ〜…あんな所にネッドさんの幻覚が見えるー」…そんな事を呟きながら意識を手放した。
ーーー
驚いた、湖の近くの魔物の気配に気がつき足早に向かえば、まさかリアメルが結界を超えてバジリスクと対峙していたなんて…
俺がリアメルの姿を確認した時にはバジリスクを倒し終えたところで、よほど恐ろしかったのだろうその場に座り…込んだわけでは無さそうだ。
不味い、此処からだとまだ距離があるし、あのまま意識を失えば血塗れになる…
慌てて走る速度を上げたが、周りの精霊のおかげか結界魔法が解除される事は無く、強固な結界に未だ守られていた。
バジリスクの血液は解毒剤などの材料にもなるが、 大地を蝕んでしまう。
リアメルが結界に守られているのであれば、安全な場所へと移し、こいつの処理を急がねばならないな。
俺はバジリスクを防御魔法で囲い込み、辺りの血液の回収だけするとリアメルへと駆け寄った。
「ウ゛ゥ゛ー」
「おっっと!なんだ、おチビ…そうか、リアメルが結界を超えたのはお前の為だな?ほら威嚇すんな、周りの精霊が攻撃して来ねーだろ?俺はリアメルの友達だ、リアメルと結界の向こうで待ってろよ」
リアメルを抱き抱えると呼吸は浅いものの、魔力も安定しているからすぐに目を覚ますだろう。
体が冷えないように俺のローブに包み、結界の向こう側の木陰にそっと下ろし、バジリスクの処理に向かおうとすると、フェンリルの子が裾を加え引っ張っている。
「なんだ、お前はリアメルと一緒にいろよ。お前みたいなチビにはバジリスクの毒はキツいぞ」
「クーン」
なんだ?バジリスクを見ながらそんな声出して…まさか仲間を喰われたか?
「大人くしてろよ」と声をかけ子犬を連れバジリスクの元へと向かった。
作業に入る前に先ずは周辺の浄化をし、防御魔法を解除する。
しかしバジリスクの首を一撃で跳ね飛ばし、後ろの大木までなぎ倒すとは…リアメルの魔法の威力は凄まじいな。
素材を回収しながら異様に膨らみのある腹を捌くと中からは大型のフェンリルが出てきた。
なるほど、このチビの親か…大方このチビを庇って首を噛まれ、息絶えたところを丸呑みにされたのだろうと予測はつく。
フェンリルに浄化を施し傍に下ろすと、チビは切なげな声を上げ、擦り寄っていた。
可哀想だが、死んだものは蘇らない、あの状態であれば魔石も毛皮も綺麗に回収できる肉はリアメルに干し肉にしてもらおう。
多分、リアメルの性格上、抵抗があるかも知れないが、本来魔獣は倒した相手の魔石を取り込み己れを強くする。
それは親子であっても変わらない、親が亡くなれば子で肉を分け、次代が親の魔石を取り込む。
このチビは魔石を取り込むには小さすぎるが、毛皮と魔石が近くにあれば、親の魔力を感じる事ができて落ち着くだろう。
バジリスクとフェンリルの解体を終え、フェンリルの素材として使用できない部分を地中に埋め花を手向ける頃にはチビも少し落ち着いたようだ。
さてと、俺は仕上げに入るか。
「スレイブ」
「主…お久しぶりです…が、私疲れてるんですよ」
「あぁ、お疲れさん…じゃあ、さっさと済ませて休もうな」
「はぁ〜、仕方ありませんね。
ですが、主ちゃんのせいなんですから、王も手伝って下さいね。」
「主ちゃん⁈」
俺の呼びかけに姿を見せたのは緑の上位精霊のスレイブだけでは無く、シルバーの髪の大柄で端正な顔つきの精霊で、リアメルを大事そうに抱き抱えていた。
スレイブは今、王と言ったか?スレイブ達の王など精霊王しかいない…まさか、リアメルの一緒に住んでいる友人ってのは…精霊王か!
まぁ、あれだけ精霊に愛された少女だ、種族の問題かと思ったが、まさか精霊王の契約者だったとは…
「生憎、俺の手は塞がっている。駆けつけるのが遅くなったのは、お前のせいだから、お前が責任を取れ!」
「うわっ!相変わらず厳しいですね。はぁ〜主ちゃんと今度こそお話しできると思ったのに又、寝てますし…やる気がでないんですよね。」
「湖や地中に染み込んだの毒素の回収だけはしてやる。後はどうにかしろ、それからメルの前では王と呼ぶな。風の精霊だ。メルが風邪を引くと困るから俺はもう帰るぞ」
「ちょ、王…風の…待って下さい…もぉ〜後でお宅に伺いますからね。今回と前回のご褒美を忘れないで下さいよ」
何と言うか、リアメルを大切にしている事は伝わってくるが、他はどうでもいいと言う感じを隠そうともしないな。
精霊王はリアメルを片手で抱えたまま指をスッと上に上げると地中や湖より毒素が浮き上がり、パチンと指を鳴らした瞬間、毒素はキラキラとした光へと変わり浄化されてしまった。
流石、精霊王と言うべきなのだろう。
表面上の浄化しかできないと諦めていたが、これなら植物の再生も問題なく行える。
「ん…ん?グレイク?あ、あれ?私、バジリスクの…
あっ!ワンちゃんは?あれ?ネッドさんもいたような…」
「メル、気がついたか。落ち着け、お前が助けた犬ころも、ネッドとか言うエルフもそこに居る。全く、あれほど結界を越えるなと言っておいたのに…肝が冷える。後はコイツらに任せて帰るぞ」
「えっ!ネッドさんってエ、エルフなの? で、でもエルフって…
ネッドさんの耳長くないよ?」
「「はぁ?」」
「ご、ごめんなさい。耳の事って言うか、体の事をいろいろ言うなんて、気にしてる人もいるわよね。初めて他の種族の人を見たから、そうよね、人族ではあんな量のご飯は食べられないわよね。」
「「うん?」えっと…リアメル⁈まぁ俺の事は後で説明するからコイツも先に連れて帰っていてくれ、ちなみにコイツはフェンリルと言う魔獣で子犬じゃないからな。」
「えっ、貴方フェンリルなの⁈
じゃなくて、此処をこんな事にしたの私のせいだから…って…グレイク!ちょっと待って」
「あぁーあ、行っちゃいましたね。しかしは主の耳が長くないって!プッ!
ほらほらそんな目で見ないで下さいよ。貴方がエルフと知ってあんな反応された方は初めてですからね。さすが王の認めた方、実に面白い。」
「お前の感覚はよく分からねぇが、そうだな。何でエルフなのに美しくないんだと言われる事はあっても耳の長さと飯の量は初めてだ。」
「ええ、あの様子ですと、エルフは皆、大飯食らいと誤解なさったでしょうね。主さっさと済ませましょう。主は随分と楽しい日々を過ごしていたようですけど、私はこの10日間王のお付きで大変だったんですから」
俺の「見てたのかよ」と言う問いかけに、「主ちゃんは王の大切なお方ですからね。王がご覧になっているのを時々、覗いていたんですよ。」って、まじかよ。
まあ見られて困る事はしちゃいないし、今まで何事も無かったという事は、俺の存在はそれなり許されてるって事か。
それにしても、耳が長くないか…やはりリアメルは今までに会った他の女達とは違うんだな。
「ふふふ。主、久しぶりに元のお姿に戻られる練習をなさったら如何ですか?」
「な、なんだよ急に」
「ふふふ、特に深い意味は御座いませんよ」
な、なんだよ急に…
さてと、俺も張り切って周りの植物を再生してリアメルの所へ行くか。
バジリスクの毒で焼け爛れた草木は、精霊王のおかげで元通りだが、倒れた巨木は…挿木を背丈程迄成長させるぐらいが限界だな。
「主、王の事は風の精霊とお呼びください。あの方は主ちゃんの前では温厚ですが、それ以外の者には容赦がありません。いくら世界最強と言われた貴方や私達、高位精霊がまとめてかかっても一瞬で消滅させる程の力をお持ちですから、くれぐれも気をつけで下さいね。」
「あれで温厚…それにしても、スレイブ…主ちゃんって…お前、そんなキャラだったか?」
「私はまだお名前を呼ぶ事を許されておりませんから、主と区別する為ですよ。さてと、此処はもう大丈夫でしょうから、主ちゃんの元へ参りましょう。」
スレイブの奴、どう見ても浮かれてるよな。