15、その後の3人組 救援部隊見習編
「おら!そこ!防御魔法にも限界があるんだ!さっさと手を動かして、土嚢を積め!手早く土手を作るんだ!」
「おい、魔力が回復したものは前衛と交代で防御魔法を!土嚢はまだか!もう少しだ、皆んな頑張れ。」
リアメルの安否が確認され、私達3人は災害現場へ救援部隊として派遣された。
現場へ向かう途中、騎士団長から伝えられたのは、王命として救援部隊の最前線での仕事を全うする事と、サアラが国際犯罪の容疑者として捕らえられたと言う、衝撃的なものだった。
我々がどんなに頼み込もうとも、サアラの犯した罪名等は教えて貰えなかったが、帝国より調査団が派遣される程の重罪を犯してしまったらしい。
この話を聞いて何故かレインは「リアメルがサアラを陥れようとしている!自分がサアラを護らなければならないんだ」と暴れだし、魔導師団長の雷魔法で気絶させられた。
私もブランもギリギリの所で防御魔法を展開したが、精度の問題かビリビリと鈍い痛みが全身に走り、正直危なかった。
首輪を発動させない為の措置だとしても、もう少し周囲への被害が少ない方法を選ぶべきではないかと思うのは私だけでは無いようだが、皆なんとも言えない表情のまま顔を見合わせるだけで、師団長に掛け合える者は自分を含め、誰もいない為、改善は難しいだろう。
レインは、その後も懲りる事無く脱走を試みては、師団長に阻止されていると聞く。
はっきり言って、今は国の任務に集中して一刻も早く国民が安心して暮らせるよう真面目に働いて欲しいと思ってしまう私は冷たい人間なのかもしれない。
サアラ……君は一体、何をしたと言うのだ…我々と共に過ごしていた時の君は、偽りの姿だったのか?
リアメルの事についても確認したい事が山ほどあるのに、君に会う事すら叶わなくなってしまった。
だが、あれ以降、突風や河川の氾濫などの災害が続き、国民が苦しんでいる状況で、そんな事ばかりも言っていられない。
私は本来であれば、無実の罪の公爵令嬢を大勢の前で断罪し、殺人未遂まで犯した犯罪者だ。
この命、危険な現場に赴き尽きたとしても構わないと判断されている事などは十分に理解している。
少し前の自分ならば、この様な考えにもならなかったのかも知れないが、今は国の為に働く機会を与えて貰えた事がとても、ありがたく思える。
最近、幼い頃にリアメルと共に過ごしていた時の夢を見るようになった。
「なぜ私はこんなにも沢山の思い出を忘れていたのだろうか?それとも、私が作り出した妄想なのか?」と漏れ出た言葉を聞いた師団長が一瞬、驚いた顔をして「よく思い出してご覧なさい。そして同じ思い出を共有する方に確認すれば、現実だったのかはっきり致しますよ。」そう穏やかに笑った。
リアメルと過ごした入学前の4年間、彼女の我儘に嫌悪を抱き距離を取っていた事が真実なのか、それとも…夢の中の幸せな時間は本物だったのか…頭の中のモヤモヤとした霧が薄れそうになると、サアラの言葉が脳裏をよぎるのは騙されるなと言う警告なのだろうか?
「殿下、まだ魔力に余力はございますか?余裕を持って支援に回って下さいね。災害現場での魔力切れは命に関わりますので、無理はなさらないように」
「わ、分かった。一度、後方に下がらせて貰う。 変わりの者!誰か頼めるか?」
「はい!私が向かいます!」
魔力の回復は休養、食事、緊急時は回復薬という手もあるが、副作用がある為、体力回復薬のみの使用が一般的だ。
災害現場では、副作用の少ない体力回復薬は1日2回の服用を義務付けられている。
飲まなければ、午後の任務や翌日の朝、体が辛くて起きられないという事に成りかねないのだ。
我々3人は3日間災害現場、次の3日間は書類業務、次の3日間は鍛錬や勉強会と言うスケジュールを休みなく繰り返している。
日々鍛錬を行っていれば皆の様に、活躍出来たのだろうが、私には人より多い魔力があるだけだ。
だが魔法は、幼少の頃の努力の甲斐あって基礎がしっかりと出来ていた為、飲み込みが早いと師団長に褒められた事は純粋に嬉しかった。
これもリアメルのおかげだな。…ん?…リアメルのおかげなのか…?「いやー殿下、チベーリア公爵令嬢と一緒にいたいのは分かりますがね、真面目にやらないと愛想尽かされちゃいますよ。
大事な大事な婚約者でしょ?半年間の恋文が身を結んでやっと婚約できたんすからね…ほら赤くなってないで続きやりますよ!」……‼︎これは…?第2魔導師団長…確かに彼に魔術の講義を受けていた。少し訪ねてみるか…
さて、私も気合を入れて土囊を積まねばなるまい、早くここを片付け無ければ民家が流された者も多い、人的被害がなかった事は不幸中の幸いだったが、安心して休める場所を早急に用意してやらねば!
マーベル王国は魔術も優れているが 、やはり美しい街並みが私は大好きだ。
川も道も人工的に整備され、領都ごとに色合いの違うレンガで作られた美しい街並、世界中から観光に来るほどの名所が数多く存在する国だ。
今は、集中豪雨によりレンガ堤が決壊したせいで、見る影も無いが、一刻も速く街並みを取り戻すための努力をしよう。
ーーーーーーー
夜寝静まった領主館の一室で、久しぶりの報告会が行われる事になった。
「さてと、皆様もお気づきの様ですが、殿下の精神関与がだいぶ薄れてきたようで、腰の呪印もかなり薄くなってきたようですね。救援活動や書類業務、鍛錬なども積極的に取り組まれ、チベーリア公爵令嬢との思い出も少しづつ思い出されてきたようです。」
「その事で…殿下が俺の所に思い出した記憶が本物なのか確認したいって、訪ねて来たんすけど…昔の思い出を妄想だって思い込もうとする殿下に俺…「今、殿下が言った事は全て妄想なんかじゃない!幼い頃の殿下の大事な思い出を、妄想なんかにしちゃダメだ」って、強く言っちまったんすよ…その時の殿下、今にも泣きそうな顔してて、もし、このまま壊れちまった場合、殿下は王宮に戻されるんすか?」
「それは、陛下のご判断になりますが、解呪するよりも…ご自身で打ち勝たれた方が精神に与えるショックは緩やかな筈です。今までの自分の行動を忘れるわけではありませんから、この方法が1番安全でしょう。殿下は解呪していたら、そのまま精神が崩壊したかもしれませんね。
悲しい事件ですが、皆で支えていきましょう。」
第二魔導師団長は俯いて唇を噛み締めていた…アイツは幼い頃の殿下を弟の様に可愛がっていたもんなぁ。
学園での噂を聞いて、「そんな尻軽になっていたなんて!今度帰って来たら根性を叩き直してやる」って怒っていたが、まさか精神関与を受けているなんて思わなかったよなぁ…
「私からはブラン殿についてです。最近のブラン殿は第1魔術師団長の調……ご指導の賜物により、精神関与は薄れてきたのではないでしょうか?呪印自体は見られる事はあまりよく思わないようですが、大人しく周りの者と同じ生活を送っております。そ、それからこれはまた別の案件ですが、訓練の際に時折、様子を見に来られる第1魔術師団長様の雷魔法で周りの者も巻き込まれると言う被害が出ております。レイン殿の調…ご指導には他の方法をお願い出来ないでしょうか?」
「おや?私が現場を離れ、だいぶ緩んでいるようですからね。他の者たちにも急な防御訓練にはもってこいですよ?治癒魔法でしたら私が責任を持って施しますし、現場ではそのようなふざけた真似はしていないつもりですが、何か問題でも?」
おいおい、その笑顔が怖いんだよ…副騎士団長はこれでも皆を代表して意見を述べただけなのに。
全く、一見穏やかに見えるのに、ふとした瞬間、視線だけで人間が凍りそうになるんだよアイツのあの笑顔は!
「ま、まあ、あれだ……騎士団もいい訓練になってるよ!なぁ、そうだろ?
さてと、残るはレインの報告だが、あいつに関しては一切と言っていいほどに精神関与は薄れていない。未だに、カーセル伯爵令嬢の件はチベーリア公爵令嬢の陰謀だとか騒いでいやがるし、今日までに脱走を試みたのは4回……恐らく殿下は公爵令嬢への恋情、ブランは第1魔導師団長への恐怖心が勝ってるんだろう。その点レインは幼い頃から俺のしごきには慣れているし、特に何かに興味を示す子じゃなかったんだが…初めて興味を抱いたのが最悪な女だったって事だ。アイツはもしかしたら死ぬまで精神関与から逃れられないかもなぁ。」
我が息子ながら一直線と言うのか…周りの言葉を聞こうともしない、夜は簀巻きにして魔獣用ロープで縛ってあるが、昼間がなぁ……このままだと正気に戻った時、他の2人との差は歴然……いっその事カーセル伯爵令嬢にこのままじゃ恥ずかしくて会いに行けないとでも言えば、真面目に任務に取り組んでくれるのか。
親として息子の現状は見ていてとても複雑な心境だが、こうして救援部隊に携われるだけでも異例の措置だ…自身の犯した罪は例え精神関与で操られた事とは言え、償わなければならない。
「それでは、カーセル伯爵令嬢の件につきまして、魔導師団統括長(第1魔術師団長)殿を筆頭に、学園の生徒からの聞き取り調査と解呪作業進めるよう陛下の御指示ですので、宜しくお願いします。統括長不在の間、件の3名は我々騎士団が中心となり、救援部隊のイロハを叩き込みますので、どうぞご安心を」
「ええ、お願い致しますね。ああ、それから、第二魔導師団長の補佐と私の代わりの調教係として第4魔導師団より……」
「ちょ、待て待て待て待て……」
「何度、待てと言えば気が済むのです?大丈夫、来るのは副師団長ですよ。ブランは彼の事は良く分かっておりますが、レインは初対面ですからね。私がいなくなった隙にと逃げ出さないよう気をつけて下さいね。それに、どちらか1人をこちらに連れて来なければ、私があの2人のお守り役になりますし、いたいけな学生達が彼らの生贄になってしまうのは可哀想でしょう?それとも此方に団長を来させましょ……」
「イヤー第4魔術師団の副団長殿っすか〜お元気ですかねー」
「あ、あぁ久しく顔を見ていないからな。彼は誰を担当してもらうか」
「あら、皆様お会いになりたかったのですか?副団長には、もちろんレインとブランの担当ですよ。殿下を壊すわけにもいかないでしょう?」
「そ、そうだな……ブランを彼に叩き直して貰うか……ははははは……はぁ。」
待て待て、いきなりなんで第4魔術師団なんだよ。
奴らは基本呪いの解術の専門……専門だな。
だが、とんだ変わり者集団である。
元々、魔術師連中は研究大好きで一度没頭し出すと周りが見えなくなるような連中だが、第4の連中は常に周りなど見えていないような奴らなんだ。
だが、団長と副団長両方相手となればノイローゼにでも…なりそうだもんな……仕方がない。
団長よりはマシだ、実験動物になりたくない!って、あの男を学園に連れて行って大丈夫なのか?まぁ、魔導師団統括長様が一緒なら問題ないと、思いたい…
「それでは本日はこの辺で終了致しましょうか。レンガ堤の修復作業お疲れ様でした。明日からは、町の復興のお手伝いを頑張りましょう。」
「「「「「お疲れ様でした。」」」」」
「ちょっといいか?」
「ええ。私の部屋にでも行きましょうか。」
第1魔術師団長の用意された部屋へと向かい、ソファに腰掛けるとグラスにワインが注がれた。
「で、どうされましたか?」
「今日の事例、統括長の名だっただろう?我々の辞職願いについて何か連絡はあったのかと思ってな。」
「殿下、レイン、ブラン含め、生徒達の処分について議会で未だ揉めているようでしてね。「これ以上、問題を増やすのは勘弁してくれ、そもそも国家機密しか知らないような奴らが辞めれると思うな!」との陛下のお言葉です。精霊様の件も側近で知っているのは宰相と我々だけですし、その事についてもこれ以上は広められませんから。」
「そうか、そうだな。あと…息子達の事詳しくは……」
「あくまでも予定ですが、殿下、レイン、ブラン、に関しては身分剥奪。救援部隊を率いて活動出来るようになれ、それだけです。 殿下に関しては王族ですからね、子ができぬよう、呪詛が施されるのは仕方ありませんが、それ以上のお咎めは無いそうです。それと陛下から近日中に議会を黙らせ、あと数名同じように身分を剥奪された者を救援部隊に送り込むので準備をしておくようにとの事です。
もちろん、その者達も呪印は解除されておりませんので、暫く大変ですが、宜しくお願いしますね。何とか処刑は免れた様ですね。我々伯爵家ではチベーリア公爵家など到底かなわない存在ですが、今回精神関与された者に罪はないと、公爵閣下は罪に問わなかったそうです。金輪際、娘に関わらなければとの条件付きですがね。」
「そうか……それは何としても正気に戻って貰わないと、身分剥奪の身で公爵令嬢に何かしたら次こそは即、処刑だからな。真面目にコツコツ積み重ねて行けば、ゆくゆくは小さな幸せを掴む事も出来そうだ。」
「公爵令嬢が御無事だったことが救いでした。あれでも一応、可愛い息子ですから…」
その晩は2人穏やかに酒を酌み交わせた。
レインの精神関与が薄れるよう、私も努力しようと思う。
未だ、行方がはっきりとしない公爵令嬢に陛下は落ち着かない様子らしいが、公爵閣下の手前、騒ぐ事も出来ないと言う。
殿下の学園生活に対して改善を求め、更にはこのままであれば娘は嫁に出すつもりはない、とまで言われていたのにも関わらずどうにも出来なかった我々に精霊様の加護が無くなってしまったからと言って今更何が出来ようか……
16年前もこのように災害が多かった。
だが、人的被害が一切ないのはまだ少しでも加護が残っているからではないのだろうか?と俺は思う。