13、兄として
「アレックス様、御父上から緊急の連絡が入っております。至急お部屋へとお戻り下さい。」
「父上から?」
国際会議に赴いているはずの父上からの緊急連絡に嫌な予感がしてならないが、此処には他の生徒たちの目もある。
表面上は冷静を保ちながら、足早に部屋へと戻り人払いを済ませると防音結界を張った。
「父上、お待たせ致しました。」
「アレックス、すまんな。落ち着いて聞いて欲しい事がある。」
その言葉に始まり、語られた内容はあまりにも衝撃的で心臓がバクバクと音を立て嫌な汗が背中を伝う。
禁呪で操られた殿下達の手により、リアメルが死の森に置き去りにされ、一昨日の夜から行方不明?
父上の仰る通り、リアメルには契約精霊様がついて居て下さるから、おそらく無事ではあるのだろう。
だが、リアメルは一体何処へ消えてしまったと言うのだろうか?
「リアメルの事はお前も心配だろうが、事が落ち着くまでは此方には戻らないように。伯爵令嬢の身柄は軟禁状態にあるが、お前とレヴィアン殿下は彼女に狙われる可能性が高い。それから…万が一、リアメルがアレックスを頼る事があれば共に居てやってくれ。私もすぐにそちらに向かう、いいな?くれぐれも頼んだぞ」
「父上はリアメルが見つかったら国に連れ戻すおつもりですか?」
「陛下はレヴィアン殿下とリアメルの婚約を望んでおられる。私としては、あの子の判断に任せる。だが、アレだけの騒ぎを起こされたのだ…リアメルの過ごしやすい環境は残ってはいないが、あの子が国に戻りたいと願った時、王太子妃の地位は盾となるだろう。アレックス、おそらくこれから国が荒れると思う…何度も言うが私がいいと言うまでは、絶対に国に戻るなよ。」
途中から私が混乱している事が伝わったのだろう、父上は「また、何かあればすぐに連絡する。アレックスお前も何かあれば連絡してこい」そう言い残し通信を終了した。
入学してからの殿下達の行動には皆、頭を悩ませていたのだが、あれは禁術で操られていたのか…
私とレヴィアン殿下は留学に救われたな。
あの時のリアメルのお願いを聞いていなかったら、私もリアメルを捨て置いた一員になっていたと考えるだけでも恐ろしかった。
それからというもの休日は市井へ足を運び、リアメルが此方を訪れる際にいつも利用している宿屋や家具屋を訪れるものの収穫は全く無く、3ヶ月もの日々が過ぎてしまった。
一度、父上の元に届いた手紙には無事の知らせと、また落ち着いたら連絡すると書かれていただけで、どこに身を寄せて暮らしているのかなどは、一切書かれてはいなかったそうだ。
そして、家族に迷惑をかけて申し訳なかったと書いてあったと、父上が仰っていた。
結果的に殿下達も被害者なのは分かる…だからと言って、彼らの行いを許せるのかと問われれば又、別だ。
やり場の無い怒りは、胸の中に溜まってゆき爆破寸前、私のこの怒りはどこにぶつけたら良いのか、分からずに最近は苛立っていた。
(コンコン)
「アレックス様、申し訳ございません。レヴィアン殿下がお会いしたいと仰っております。」
「……はぁー、お通ししろ。」
今、王族とはあまり会いたく無いのだが、仕方がない。
大方リアメルからの連絡の確認であろう。
父上の話では、あれから国内で災害が多発している為、陛下は本格的にリアメルの捜索をさせて欲しいと父上に頼み込むようになり、リアメルが好意を抱けたらで構わないからレヴィアン殿下と婚約をして欲しいと何度も頼み込まれているらしいからな。
「アレックス殿お時間を頂き申し訳ありません。」
「いいえ、お呼び頂ければ此方から伺いましたものを、わざわざ足をお運び頂きまして申し訳ございません。
それで御用件をお伺いしても?」
「あ、あの…リアメル嬢から何かご連絡などは無かったかと、私も国を離れておりますので、国の情報には疎く、もうすぐ今年も終わりますし、アレックス殿は国に帰られるのかと…」
「殿下、私にそのような丁寧な言葉遣いは必要ございませんよ。殿下は王族です、堂々となさいませ。残念ながらリアメルからは何も連絡がないままですね。冤罪をかけられたと言うのに、父上に迷惑をかけて申し訳無かったと言っていたぐらいですからね。家族に甘える事もできず、何処かで我慢してるのではないのでしょうか?私は国には卒業するまでは戻りませんが、それがどうかなさいましたか?」
「い、いえ、私も長期休暇は此方で過ごすつもりですが、国には禁呪を使う者がいると聞いたものですから気になっただけで…だけだ。」
はぁー 、普段は頭の回転も早く、堂々としたお方なのだが、何をそんなに怯えていらっしゃるのか。
私は、この怒りを必死に押さえ込み、穏やかに話していると言うのに、その様におどおどされては困るな。
レヴィアン殿下は何か言いたげにチラチラと様子を伺っているが、互いに黙ったまま無駄に時間が過ぎて行く。
「あ、アレックス殿は精神関与で操られた兄上達をどうお考えか?あ、兄上が…昔のように戻られたら…禁術によって操られていた事を知ったら…リアメル嬢は兄上の元へ…戻ってくれるのだろうか?」
「はい?レヴィアン殿下…
精神関与で操られていた事は防ぎようが無かったのかもしれませんが、リアメルが大勢の前で謂れのない罪で断罪された事や、死の森に置き去りにされた事は事実。
手足を縛られ、薬まで盛られたと聞きました…そのまま命を落としても、傷モノにされてもおかしく無かったことはお分かり頂けますか?
一度落とされた評判は元には戻らない、嘘でも面白おかしく語られる物ですよ。
それに、ベルク殿下がご入学されてから2人の接点が全くなかった事はご存知ですよね?この前の長期休暇、私の元を訪ねて来たリアメルは「殿下にお声掛けしても何も答えて下さらない。もう私の声は殿下には聞こえないのね」と、漏らしていました。
精神的にも疲れたのでしょう…無理もありません、あの子には9歳から殿下との思い出は無く、あるのは拒絶され、ただひたすらに王妃教育や勉学に励んだ思い出だけです。5年間全てを無かった事になどできますか?」
「す、すまない。何も知らない私が口を出すべき問題ではなかった。父上からリアメル嬢との婚約の話を聞き、兄上の事を考えると、と思い……本当にすまない。」
「おや?私はレヴィアン殿下と婚約するとは聞いておりませんよ。リアメルさえ良ければ婚約を考えて貰えないか?そう陛下が仰ったと、レヴィアン殿下もご自身が納得されないようでしたら、一度陛下にご相談されては如何ですか?此方からベルク殿下の処分については要請しておりませんし、婚約破棄も最終的には陛下のご判断で決定された事です。第一、リアメルはもうマーベル国に帰って来ないかもしれませんがね。」
「すまない。アレックス殿の言う通りだな。私は少し頭を冷やす必要があるようだ。突然訪ねて、すまなかった。これで失礼する」
ガチャンと、ドアの閉まる音に深く息を吐き出す。
全く、何が仰りたかったのか……レヴィアン殿下も陛下が何故あそこまでリアメルに拘るのか疑問に感じるているのだろうが、リアメルの契約精霊様についてはごく、わずかな者しか知らないからな。
災害続きは加護を失ったせいだと陛下はレヴィアン殿下との婚約を持ちかけ、今の状況を何とか凌ごうとなさってはいるが、それは一時的なものでしかないないと言うに…
災害対策を強化していかなければ、結局数十年後同じ事態に陥る。
だが、加護の話しなど何処からか漏れたら、貴族連中がどの様に騒ぎ出すのか分かったものではない。
リアメルはこのままマーベル国から居なくなっても影でコソコソ陰口を叩かれ、戻って来ても災害を盾に婚約を迫られる。
陛下に泣き付かれたら、リアメルの性格上断れないだろうし、断って国を離れ自由に生きたとしても、自分が居ないせいで国に災害が起こるようになったと負い目を感じてしまうだろう。
今まで頑張って来たんだ、リアメルには自由に生きて幸せになって貰いたい…でも、一言でいい…私にも無事だと、心配しなくても幸せに暮らしていると、どうか教えて欲しい。
「アレックス様お疲れのご様子ですね。濃いめのコーヒーと、チョコレートをお持ち致しましたので、どうぞごゆっくりとなさって下さい。」
「あぁ、ありがとう。リアメルがいつ来てもいいように準備してくれているのか…リアメルはこのチョコレートを食べながら一緒に甘いカフェオレを飲むのが好きだよなぁ。
チョコレートを嬉しいそうに頬張る姿を眺める…あの時間がどれ程大切だったのか改めて思い知ったよ。」
「アレックス様……」
「すまない…もう少しで長期休暇だ…何時ものようにリアメルが訪ねて来てくれると良いのだがな…」
「さようでございますね。」
リアメルは此方に遊びに来ると「お兄様、何事も備えが必要ですのよ!私は国から追い出される可能性があるのですから、自立は勿論!しっかりと準備をしておきませんと」などと言いながら、ギルドの依頼をこなし、家具や小物を揃えていた。
冒険者の真似事など危険だと心配もしたが、精霊様がいるし「お父様達には内緒ですよ」と楽しそうに言うリアメルが生き生きとしていたものだから、そうする事で安心するのならと黙認し、買い物にも喜んで付き合っていた。
まさか本当に役立ってしまとは思わなかったのだが……
リアメル、君が帰りたいと思った時、力になれるように、家族を守れるよう私は今以上に勉学に励み、早く力をつける。
大切な人を今度こそ守れるようになって見せるから、元気な笑顔を見せておくれ……