第十話「約束の時、ヒカリが告げる本当の気持ち!」
オリジナルカードゲーム体験は午後になると大会を行うことになっている。
午前の早い段階でカードゲームをプレイした客は大会の時間まで学校にいないなどの理由で参加を断られることもあったが、文化祭で一日を過ごすつもりの人には参加を検討してもらえた。
さて、土日の二日間で二回大会を行うことになるわけだが、初日となる土曜日の大会で優勝したのはやはりというべきか、プロプレイヤーの青山みなみ。
しずくは「プロのくせに出るの?」とちょっと引き気味に言ったが、みなみ曰く「このゲームでプロになったつもりはない」らしく、参加してあっさりと優勝を勝ち取った。
ちなみに、メアリーとひでりも大会に参加。ひでりはトーナメント決勝戦に駒を進めたが、体験会の時と同じくみなみに圧倒的な実力の違いを見せつけられて敗北した。
とはいえ、運が絡むカードゲーム。そして、デッキの内容も決まっていて構築の変えようもないオリジナルのゲームであるのに、どうしてみなみは圧倒的な強さを発揮できるのか。
その疑問を口にしたもえに対して、みなみをよく知るヒカリとしずくが解説。
そもそもしずくという人間が最適解を打ち続けて、ミスをしない機械のようなプレイヤーだと表現した。
それに対してみなみは相手の心理を読むどころか、操作して誤ったプレイ――つまり「ミスを最適解だと思い込ませる」ことを得意とする、妹とは真逆のプレイヤーなのである。
わざと悪い手を打ったり、思考時間、プレイする時の表情や手つき。それらを演出することで相手の思考をコントロールし、間違った方向に導いていく。
しずくが姉を「メンタリストみなみ」と揶揄したことを踏まえれば、彼女のプレイスタイルは分かりやすいかも知れない。
仮にみなみがそういった誘導を行っていると気付けたとして、みなみは「気付かれたことに気付く」ため、結局何もかもを前提としての心理コントロールをされる。
そんな多面的で、多層的な心理戦を繰り広げる技術を持ちながら、純粋なプレイでもしずくを上回り、そして――もえとどこかイメージが重なる強運まで持っているのだから、チートとしか言いようがないプレイヤーなのだ。
しずくがもえにみなみの速攻デッキを使わせたのは、姉の強運ともえが重なって見えたからだったりする。
そんなわけでみなみは読み合いが発生しない非カードゲーマーの客には的確なプレイで勝ち、ひでりのようなカードゲームに慣れたプレイヤーには得意の心理誘導で間違った正解を確信させ続けた。
ちなみにこの戦術を相手にすると「自分はミスばかりする下手くそなのでは?」という勘違いを生み、もの凄く凹む。
ひでりは大会後、憔悴した感じでふらふらと帰っていった。
そして――みなみが訪れなかった二日目の大会。新しい顔を交えてのトーナメントが行われる。
昨日から引き続いた参加者にはひでりとメアリー。
ひでりはやめておけばいいのに「今日はプロプレイヤーがいないから優勝できる」と豪語しフラグを立てた。
そんなフラグはあっさりと回収され、結果として決勝戦には進出こそしたものの、勝利したのは誰も知らない中学生くらいの少女だった。
優勝者が決まると観戦している客、そして参加プレイヤーを前にして簡単ではあるがバトルマスターハズキから優勝者インタビューが行われる。
恥ずかしそうに目を伏せる少女へ、怪人レタス野郎が歩み寄っていく。
「さてさて、君の名前を教えてくれるかな?」
「しゅ、朱ヶ谷陽子……ですっ!」
「今日は何故、この文化祭へ?」
「来年、この学校を受験しようと思ったからですっ!」
「カードの経験とかはあったのかな?」
「ないです。トランプとかはやったことありますけど……今日は配られていたビラを見て、やってみようかなって思ったのでっ!」
「そうなんだね! ……で、カードゲームはどうだった?」
「すっごく楽しかったですっ!」
「そっか、参加してくれてありがとう! みんな、優勝者に拍手!」
元気よく感想を口にした陽子を湛えるように、葉月は観客たちに拍手を促し、優勝という栄光に花を添えた。
ひでりに勝利した中学生の少女――陽子は特別プレイが上手いわけではなかった。そんな陽子は、勝ちを確信してノリノリなひでりのプレイに追い詰められていく。
優勝はひでりだと、誰もが思った。
しかし、カード同好会の作ったカードゲームは四十枚の内訳、十三種類を各三枚の三十九枚に加えて、一枚だけ――逆転の一手となり得る特別なカードが投入されている。
それを決勝戦という舞台の、敗北が迫る瞬間に陽子は引き当てた。
瞬間――彼女の目が輝き、勝利がもたらされた奇跡に慌てる。
そんな光景をもえはいつかの自分に重ねて、何だか嬉しくなっていた。
優勝者として表彰される陽子に、もえはカード同好会の未来を見た気がしたのだ。
○
二日目の大会を終え、そして気付けば陽はゆっくりと地平線の向こうへと消える。夕陽はその最後の一滴を絞り切り、空には夜空が広がっていた。
この学校では後夜祭を行い、成功した文化祭の打ち上げという形で締めくくる。グラウンドにはキャンプファイヤーの幻想的な炎が揺らめき、生徒のほとんどが集まって、楽しい祭りの終わりの余韻に浸る。
そんな光景を傍から見つめる者がいた。
月明かりが照らす暗闇の中にあって、遠くで揺らめく炎に視線を預ける人物。
約束の時を迎えた――白鷺ヒカリである。
この時間なら皆がグラウンドに集まっているため、屋上には誰もいない。だからこそ、自分の決めた覚悟を果たすのには最適な場所だと思い選んだ。
階段を一段一段、踏む音が聞こえる。
ヒカリはここに意中の人を呼び出したのだ。
屋上へと連なる階段を踏みしめる音が大きくなり、そして――ドアを開く音。
振り向くと、ヒカリに呼び出されたもえがそこに立っていた。
「ふっふっふ。よくここまで辿り着きましたね……まずは四天王を倒し、私の前に辿り着いたことを褒めて差し上げます」
両手を広げ、尊大な態度と口調でもえを迎えるヒカリ。
対してもえの表情は呆れ気味。
「深刻そうな顔して『屋上で待ってます』って言ったのに、いきなりボケるんですか」
「なんか、こうして屋上で背を向けて立ってるのってラスボスっぽくないですか?」
「ぽくないですよ。あと四天王って誰ですか」
「カード同好会のみんなです」
「あれ、私もしかして裏切った元四天王かな?」
とりあえずはヒカリのボケに乗っかりつつ、残りの三天王のことを思い出す。
ここへ来る間、各々から「頑張ってね」と謎の応援を口にされ、困惑しながらやってきたもえ。
……いや、何が行われるのか気付かないほど、もえは鈍感ではない。
ヒカリのラスボスを自称する謎のボケも終わった所で、二人の間にはただ静寂が横たわる。それは呼び出した張本人が本題を切りだすまでの、覚悟の時間だった。
「ねぇ、もえちゃん」
「何でしょう?」
「私は変態です」
「……存じてますが」
「そういうキッパリした物言いほんと好きです。興奮しますし、嬉しくなります」
「うわっ、変態だ」
「さっきからそう言ってるじゃないですか……」
真面目な話題になったのかと思えば、またふざけはじめるヒカリにもえは何だかもどかしさを感じて頬を掻く。
だが、ヒカリはすでに本題に入っており「でも」と言って続ける。
「私はもえちゃんの冷たい言葉以外でも嬉しくなるんです。いつだったか……もえちゃんは私を心配して、公園で声をかけてくれましたよね?」
「あの時は情緒不安定で本当に心配だったんですよ」
「キツい言葉、辛辣な暴言、陰湿な皮肉……そんなので喜ぶはずの私が、優しくされても嬉しくなった。これってどういうことだと思います?」
「いや、普通に重篤な変態なんじゃないですかね?」
「そうなんです。私は自分の性癖で興奮していたのを恋愛感情と勘違いしていたんですけど、でもそれがいつしか本物になっていたってことなんです」
「あれ、会話噛み合ってます?」
「私からドMの興奮を差し引きしても残った、高鳴る胸が教えてくれました。ぞんざいに扱われたり、雑な言葉をかけられるのも嬉しいけど……同じくらいに優しい言葉で満たされる。そう――自分はいつの間にか、本物の恋に落ちてるんだって!」
正直、普段のノリなら吹き出してしまいそうなくらいに最悪なヒカリの言葉。しかし、その言葉が帯びる真剣さ、誠実さは真っ直ぐともえに届く。
だからこそ、馬鹿にはできない。
そして、受け止めなければならない。
今からヒカリが――口にする想いの全てを。
「私はもえちゃんに冷たくされるのも好きですけど、優しくされるのも好きです。今まで生きてきて……私の周りには沢山の人がいました。優しい人達ばかりです。でも、私を罵り、優しくもしてくれる人はもえちゃんだけなんですっ!」
加速するように、助走を得たように……いつしかヒカリの語る口調は強く、情感がこもり、今や叫ぶようなものになって。
そして、ヒカリは今――自分の感情に確信を持って語る。
「ですから――私はもえちゃんが好きです! 一人の女の子として、大好きですっ!」
意を決して――目をギュッと閉じ、祈るように手を重ねて想いを叫ぶ。
予想していながら、それでも迸るような一人の少女から向けられた感情にもえは目を見開き、そして「やっぱりか」と思う。
分かってはいた。このシチュエーションなら、告白されるのだろうということ。
でも、分からないことがもえにはあった。
(要約すると、私の魅力はツンデレってことになるのかな? ヒカリさんの気持ちは本物。疑いようもないみたい)
……でも、本当に自分でいいんだろうか?
もえは自分自身に魅力を感じることなどない人間だ。夢がなく、昔から続けてきた趣味のない彼女は、自分のことを無個性だと捉えている節があり、だからこそ――好かれる理由などないと思っている。
それでも、自分にヒカリを罵る以上の価値があるのだろうか?
罵ることは自分以外でもできる。
(だけど、ヒカリさんは私がいいって思ってくれたんだ。……光栄だなぁ。正直、嬉しいなって思う。……なら、私がどうするかってだけなんだ)
私じゃなくてもいいじゃないですか、と言いたい気持ちはあった。
でも、それはグッと堪えて告白に向き合う。
今のもえに言える精一杯は、これだ。
「ちゃんと考えた上で返事がしたいです。確かめたいこともありますし……返事を保留にしてもいいですか?」
「……それってチャンスがなくはないってことですか?」
「それにも返事はできないですね。あと、私の答えだっていつ固まるか分からないですし……でも、それまで真剣に考えます。だから待ってくださいって言ったら、どうしますか?」
もえの言葉は口調こそ優しく、ヒカリの胸中を思っているが……しかし、言っていることはなかなかに残酷。
このまま告白を先延ばしにし続けて、なかったことにだって出来る。
でも、真剣に考えて返事をするともえは言った。
それを信じるしかないなら――待つしかないなら、こんな苦行、この世の中に二つとあるのだろうか?
そんな辛辣で、そして優しいもえの言葉に涙を浮かべながら、
「……ほんとにもえちゃんは冷たいくせに優しいなぁ。そっか、返事をもらうまで諦められないんだ。……うん、私は待つよ。これ、事実上の無期限なお預け、放置プレイ。……ほんと、長く楽しめそうだなぁ」
――しかし、無邪気に子供のような笑顔でヒカリは頷いた。
結果、ヒカリの玉砕覚悟な告白は保留。延長戦へと突入したまま秋の一ページ、文化祭が幕を降ろしていくのだった。




