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幸せな日々  作者: 栃綿棒鍬瀬郎
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第一話 別れと出会い

ある日、茨城の片田舎の林の中で野良犬の若いメスが子犬を産んだ。

子犬は四匹生まれたのだが、何れも元気で楽しく野山を駆けまわる日々を過ごしていた。

林の近くにはコンビニがあり、廃棄された残飯を漁れば食料にも困らない。

本来ならカラスなどにも気をつけないといけないが、カラスも餌には困らないので、子犬達には目もくれない。

つまり時折道を走る車やバイクに気をつければ、何事もなく暮らしていける状況である。


四匹の子犬達は柴が混ざった雑種であり、小型の中型犬であろう。

母親も柴の雑種であり、色は白く、野良犬の割には毛並みの良い綺麗な犬だ。

父親は不明であるが、去勢されていない飼い犬の可能性が高い。


四匹の子犬達を見る限り、恐らく父親はビーグル犬であろうか?

子犬達は何れも茶色か茶褐色が主な体毛であり、その内の二匹はビーグル犬の特徴を色濃く反映されている。

背中のてっぺんが黒く、尻尾が巻き毛というより天を突き刺すような形で空に向かって伸びている。

何れも雑種ではあるものの、大きく黒いまなこは黒真珠のようであり、可愛げのある顔をしている。


三ヶ月ほど経ったある日のこと。二匹は何時ものようにコンビニに食料を調達しに行った。

すると女子高生が屯しており、二匹の子犬を見つけた。

 

「うわ! 可愛い!」

 

 女子高生たちは自分たちが食べていた菓子パンを子犬たちに差し出すと、子犬たちは尻尾を振りながら菓子パンにありついた。

 天を突き刺す尻尾はピコピコと振られ、メトロノームのように激しく動く。

 その様子に女子高生たちはテンションが上がり、子犬たちの頭や体を撫でたり、抱きかかえる。

 子犬たちも無邪気なもので、危険というものを一度も感じたことがない故に思う存分、身体をはしゃぐ異形の者たちに身を任せた。

 

 それからというもの子犬たちは簡単に餌にありつける方法を見つけたので、その日から毎日時間を見計らい、コンビニまで出かけて行った。

 下校時間になると大抵女子高生がその前で屯しているからだ。

 コンビニは高校のすぐ近くにあり、他には娯楽施設というものは皆無である。

 となると、自動的にコンビニにしかなくなる仕組みとなる。

 

 こうして子犬たちは楽して生きる術を身につけた。

 ・・・と思われたが、世の中は上手くいかないものである。

 あまりに女子高生たちが餌付けをするものだから、近所から苦情が来るのも時間の問題となってしまったのだ。

 

 十日ほど過ぎたある日のことだ。

子犬たちが何時ものようにコンビニに行くと、そこには何時もの制服姿の女性ではなかった。

 年の頃は女性高校生たちの母親か、それ以上の年代の女性たちであった。

 女性達は手慣れたもので、近づく子犬たちを撫でながら抱き上げて危険な代物の中へと押し込め始めた。

 

 危険な代物とは、道を我が物で走る鉄の塊である。

 時折、道の真ん中で遊んでいると、けたたましい鳴き声で威嚇する化け物のことだ。

 そんな化け物の中へと次々に子犬たちは放り込まれた。

 

 その様子を見て一匹の子犬が身を捩り、女性の身体から離れた。

 そして、全速力でその場から走り出したのである。

 

「嫌だ! あんな化け物の餌になるなんて嫌だよ!」

 

 逃げ出した子犬はキャンキャンと甲高い声で騒ぎながら、追ってくる女性を振り切る。

 子犬は後ろを振り返り、追っ手がいないことを確認すると、母親の元へと急いだ。

 

「大変だよ! お兄ちゃんやお姉ちゃん、妹が化け物に食べられちゃったよ! 恐いよ! 助けて!」

 

 母親にそう報告するつもりで母親の元へ逃げたのだが、そこには母親は既にいなかった。

 母親は既に先回りした人間達の手で捕獲され、化け物の腹の中へ入れられた後だったのだ。

 

 そして、母親の代わりにいたのが人間の男であった。

 その異形の者の姿は身体が青く、不気味な得物を持って子犬に襲いかかった。

 

「この! 大人しくしろ!」

 

 男は得物を使い子犬を捕獲しようとした。

 子犬は飛び跳ねて躱し、その場からまた逃走する。

 

「何だよ! 僕が何をしたっていうんだよ! 何も悪いことしてないじゃないか!」

 

 そう。子犬たちやその母親は何も悪いことはしていない。

 女子高生たちも悪くないし、通報した近所の人間も悪くはない。

 捕獲していた女性たちは里親捜しのボランティアだし、青い制服を着た男は保健所の人間で、ただ仕事をしていただけである。

 そう。誰も悪くは無い。

 そして、暫く走った後、異形の者たちの姿が見えなくなると、子犬は藪の中へ入り夜を待つことにした。

 

夜の帳が降りると子犬は餌を求め、暗い夜道を歩き出した。

もう母親はいない。兄弟達もいない。

暗く人気もない道を、ただ只管餌を求めて歩くだけだ。

時折、轟音を辺りに響かせ、目が眩しく光る化け物を避けながら、ただ只管歩くだけだ。


「腹減ったなぁ・・・。ママのミルク飲みたいなぁ・・・」

 

 子犬は既に乳離れしているものの、まだ甘えたい盛りである。

 それなのに突然、母親が姿を消したものだから、甘えたい想いが心を揺さぶる。

 

 そんな中、子犬が田舎の夜道を歩いて行くと、数メートル先に犬が鎖に繋がれた屋敷を見つけた。

 部類は確実に大型犬に属するぐらいの大きさで、様子からすると就寝中らしい。

そして、犬の傍らには犬だけが入れそうな小屋と器がある。

 

「ひょっとして、あの器・・・」

 

 子犬がそーっと忍び寄り、あと僅か1メートルほどで大型犬はピクッと反応し、子犬を見た。

 子犬は慌てて逃げようとするが、そんな素振りを無視して大型犬は子犬に話しかけた。

 

「坊や。腹が減っているんだろ? 私はいらないからコレをお食べ」

 

 子犬は立ち止まると大型犬は優しそうな目で子犬を見つめている。

 

「・・・いいの?」

「いいに決まっているじゃないか。もう三日も放置しているけど、簡単には腐らないヤツだから安心してお食べ」

「あ、有難う・・・」

「けど、味は保証しないよ。それでも良ければお上がり」

 

 子犬は器に走りより急いで食べ始めた。

 大型犬用の餌入れの器なので、かなりの分量なのだが三日も食べてない子犬には丁度良いぐらいだ。

 

「おやまぁ。良い食べっぷりだね」

 

 大型犬は雌らしく、しかもかなりの高齢のようだ。

 全体的に焦げ茶色ではあるが、以前は茶色であった部分もかなり白くなっている。

 一方、子犬は器にあった無味無臭の食べ物を平らげると、大型犬に興味を持ったのか質問し始めた。

 

「何故、お婆さんはここにいるの?」

「見えないのかい? 鎖があるだろ?」

「そうじゃなくて、どうして繋がれているの?」

「知らないよ。私が聞きたいくらいさ・・・」

 

 大型犬はフゥと溜息をつき、子犬をまじまじと見つめた。

 以前は子犬のような時期もあったのだ。

 そして、その時期は懐かしく、幸せな毎日であった。

 

 毎日、散歩に行き、ボールを取りに行っていた。

 毎日、頭や体を撫でられ、擽られていた。

 毎日、声を掛けられ、抱き上げられていた。

 

 しかし、それは遠い過去の話である。

 現在では毎日どころか五年以上もこの場から離れたことはない。

 偶に来ては糞だけが片付けられ、器の中に水やドッグフード入れられるだけの毎日だ。

 

 バタンッ!!

 

 そういう音が玄関から聞こえた。ドアの音だ。

 子犬は急いで小屋の陰に隠れる。

 恐らく異形の者だと瞬時に判断したからだろう。

 

 異形の者は小柄な化け物に跨がると、その化け物は大きな唸り声を辺りに響かせる。

 化け物は一つ目のようだが、その一つ目は強烈な光を発し、前方だけを昼間のように明るくした。

 

「待ちなさい! 浩介!」

 

 同じく異形の者が「浩介」と呼ばれた異形の者に後ろから声を掛けた。

 「浩介」と呼ばれた異形の者は、振り返ると軽く舌打ちをした。

 

「浩介! こんな時間にまた出かけるつもり!? そんなんじゃロクな大学にも行けないわよ!」

「うるせぇな・・・。俺は大学に行くつもりなんざねぇって言っているだろ」

「許しませんよ! それに少しぐらいは親に感謝したらどうなの!?」

「はいはい。あざーっす・・・」

「ふざけないで! いいからバイクから降りなさい! 帰ってきても家に入れないわよ!」

「けっ! 別にいいよ! ダチの家に行くから!」

「ちょっと! 待ちなさい!」

 

 母親の制止も虚しく、浩介という名の異形の者は闇の中へと消えていった。

 そして母親はというと、怒りに任せて「バタンッ!」というドアの音と共に家の中へと入っていった。

 

「この光景を何度、目にしたことだろう・・・」

 

 大型犬は思わずそんなことを呟いた。

 最近では日常茶飯事な光景だ。

 そして、この光景を見る度に懐かしい思い出がもうないことをしみじみと痛感させられるのだ。

 

「お婆ちゃん。どうしたの?」

「ああ。ごめんね。もうあの人達はいないから出ておいで」

 

 子犬は小屋の陰から出てくると、大型犬にこう囁いた。

 

「お婆ちゃん。僕に出来ることない?」

「有難うよ。気持ちだけ貰うとするかねぇ・・・」

「ねぇ? ないの?」

「坊やには無理だよ・・・」

「そうなの・・・」

 

 大型犬の望みとは浩介ともう一度だけ散歩することだ。

 既に大型犬の寿命は長くない。

それ故、器に山盛りにされている餌には手をつけていなかったのである。


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