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72 「戦場」へ

◇エリアック視点


 だいたい、だ。

 俺がストレスで取り乱すはずがない。


 ハントが本当に裏切ってたとしても、ロゼがその程度でやられるはずがない。


 キロフがエネルギーフィールドを破ってくる可能性だって想定済みだ。


 大講堂では、今頃模擬戦リーグの上位者たちが、手ぐすね引いてゼーハイドどもを待ち受けてる。

 最近解放された、対ゼーハイド用訓練施設でみっちり対策を練った連中が、だ。

 大講堂は要塞化されていて、引き込んだゼーハイドを、一体一体潰せるようになっている。

 楽勝とまでは言えないだろうが、安全を確保しながら戦えるようには準備した。


 一方、大講堂の前で光に包まれた俺とキロフは、白一色の空間にいた。


「これ、は……?」


 キロフは、周囲を見て、珍しくうろたえた声を漏らしていた。


「ここは闘戯場さ。学園都市の生徒騎士たちが円卓を目指して戦う、汗と涙の青春の場。おまえに青春なんて概念があるかは知らんけどな」


 俺はにやりと笑って言ってやる。


「エリア!」


 と、叫んできたのはもちろんロゼだ。

 闘戯場を見渡す。

 ロゼ、ユナ、エクセリア会長、バズパ副会長、メイベル、円卓の先輩二人が、それぞれ事前に決めておいた持ち場についている。


 さっきは白一色の空間と言ったが、正確にはそうでない。

 ただっ広い空間には青い光のグリッドラインが走り、空間をいくつもの区画に分けている。

 それぞれの区画には、円卓戦同様、あらかじめ有利属性が設定されていた。



本|1ー1、1ー2、1ー3、1ー4|本

陣|2ー1、2ー2、2ー3、2ー4|陣


水|光属性、地形:霧、火属性 、光属性| 

 |地属性、水属性 、地形:湖、闇属性|光



 属性と障害物の設定はこんな感じで、



ユ| ロゼ 、1ー2 、俺、エクセリア|本

ナ|メイベル、円卓ペア、キロフ、バズパ|陣



 現在の位置関係はこんな風になってる。

 なお「地形:湖」といっても、その範囲が全部湖面になっているわけではなく、ある程度の足場は出現する。ただし、ぬかるみが多くて移動しづらい。

 ぬかるみ程度でキロフが足を止めるとは思えないが、多少の嫌がらせにはなるだろう。

 他の場所は、配置した戦力の得意属性を生かせるように設定してある。


 俺はキロフに言ってやる。


「信じてたぜ。おまえなら必ず、エネルギーフィールドの中に避難した生徒騎士を殺そうとするってな」


 もしこいつにエネルギーフィールドが破れないなら、それはそれでよかった。

 俺の待ち受けていた場所にも、あそこと同様の転送法陣が用意してあった。

 高度な都市機能のひとつである転送法陣は、エネルギーの消費が激しくて普段使いはできない。

 今回も、俺とキロフだけを転送して、他のメンバーにはいつものエレベーターで降りて待っていてもらった。

 ロゼとユナも、ゼーハイドと融合したハントの妹と戦った後に、無事ここに先回りすることができたようだ。


 もちろん、森での戦いで、俺が血気に逸ってるように見せかけたのも、キロフを誘導するための演技だった。


(まあ、森での演技は半分見抜かれてたっぽいけどな。こいつからすれば、俺の演技なんて大根もいいとこなんだろうし)


 見抜かれたら見抜かれたでかまわなかった。

 こいつには、危険とみるとギリギリまで近づこうとする傾向がある。

 現実感を感じられないこいつにとって、「危険」は避けるべきものではなく、刺激を得るための絶好の機会なのだ。

 最大限に警戒しながらも、こいつは必ず近づいてくる。

 会社でも、こいつはすさんだ現場には必ず顔を出していた。険悪な空気を好んで味わい、憎悪の視線を温かいシャワーか何かのように浴びていた。

 当時は不気味に思えたが、今となってはこいつなりの一貫したパターンが見えてくる。

 危険と思えば逃げるのが普通の反応だが、こいつに限っては、危険な臭いは誘蛾灯のようなものだ。

 もちろん、頭の切れるこいつのことだから、自分が破滅するような危険は避けるだろう。

 だが、自分の知能や才覚で切り抜けられると踏んだ危険に対しては、そうした抑えが利かなくなる。


「頭の悪い元部下の仕掛けた拙劣な罠をかいくぐることで、スリルと優越感を味わいたい……。

 キロフ、おまえはそんな誘惑に負けたんだ」


「ふっ……クク……これは、これは……」


 キロフが頬をひくつかせ、引きつった顔で首を振った。

 いつもの余裕のない、神経質な表情だ。


「……円卓戦はどうしたのです? 中止したということですか?」


 キロフの質問に、エクセリア会長が口を開く。


「もともと、今日は円卓戦をやっていない。

 さっきまで大講堂では、あらかじめ行っておいた円卓戦のアーカイブを放映していた」


「おや? この闘戯場を使うには、生徒を集める必要があったのでは?」


 やはり内情を把握してたらしいキロフが首をかしげる。

 その問いにはバズパが答えた。


「それは古い情報だな、帝国の丞相。

 この上の大講堂では、生徒騎士が総出で対ゼーハイド戦の準備をしている。

 ああ、おまえに呼応して動いた精霊教徒たちは、もちろん水際で捕らえたぞ」


 ウルヴルスラとの完全交信が可能になった今なら、都市に貯蔵されたエネルギーを使って闘戯場を動かすこともできる。

 もちろん、観客がいないと魔力が回収できないので、あえてそうする意味はほとんどないが。

 今回は精霊教徒の生徒騎士に円卓戦が行われていると誤認させるために、わざわざそんな手間をかけたのだ。


 キロフが眉をひそめる。


「そんな動きを、直前まで察知できないはずがないでしょう。スパイとしてマークされていたとしても、彼らとてこの学園の生徒なのですから」


 キロフの問いに、メイベルがポケットから端末を取り出して言った。


「便利ですね、これは。エリアック君によれば、あなたたちのいた世界には似たような機器が普及していたとか」


「スマホ、ですか……?」


「さあ、名前までは知りません。

 ともあれ、『黒』や『灰色』だと思われる生徒には連絡を送らず、円卓戦を行うとだけ伝える一方で、『白』だと確定している生徒たちには、事前に本当の段取りを連絡しました。

 おかげで、直接の指示命令もなしに、複雑な作戦を遂行することができました」


 ウルヴルスラが提供してくれた情報端末には、前世のSNSと同じような機能があった。

 『白』だと確定していて、秘密を守れて、かつ要職にある生徒騎士のグループを作った。

 そして、今回の作戦の段取りを、SNS上で詰めたのだ。もちろん、直接会うことなしに。

 この方法なら、精霊教徒の目をかいくぐって、作戦の準備を整えることができる。


 当日、大講堂では、事前に収録した円卓戦(模擬戦リーグ二位、三位と円卓との試合)のアーカイブを流し、あたかも今、円卓戦が行われてるかのように見せかけた。


「ま、ネタばらしはこんなもんだな。これ以上はおまえに話したってしょうがない」


「くっ……」


 キロフが、顔に焦りを浮かべてあとじさる。

 前世風の革靴が、地形:湖のぬかるんだ地面で泥に塗れる。


「おまえとタイマンでも勝てる目がなかったとは思わないけどよ。どっちかといえば分が悪そうだった。そこは素直に認めてやるよ。

 だが、逆に言えば、おまえの実力は、よくて俺よりちょっと上にすぎないってことだ。

 おまえとある程度戦える俺に、これだけのメンバーが加わって、この布陣。

 キロフ、おまえに勝ち目なんか残ってない」


「……やってくれたな」


 普段の馬鹿丁寧な敬語が崩れた。

 眉間にしわを刻んで俺を睨むキロフ。

 俺は構わずに声を上げる。


「――やるぞ!」


 俺の言葉と同時に、全方位から魔法が飛んだ。






「『光の槍』よ!」


「『暗影斬』!」


「『ゲイルリッパー』!」


「『フレイムランス』!」


 エクセリア会長、バズパ、円卓のコンビが同時に仕掛ける。

 慌てて影に潜ろうとしたキロフに、


「『輝影爆雷』!」


 俺が影の中に光の爆雷を生む。


「くっ!」


 キロフは影の中に飛び込むのを躊躇し、その場から大きく跳びのいた。

 今からでは、すべての魔法は避けられない。

 キロフは半端な選択はしなかった。

 自分からバズパの放った影の斬撃に突っ込むことで、他の攻撃を回避する。


「なっ……!」


 バズパが驚く。

 回避も防御もできなかったキロフの、左腕の肘から先がちぎれ飛ぶ。

 そんな結果になるのはわかってたはずなのに、全ては避けられないと見るや、瞬時にダメージの最も少ない位置に自らの身を投げ出したのだ。

 ダメージが最も少ないとはいうものの、今の4発の魔法の中では、バズパの攻撃が最も危険なものだった。

 まともな神経の持ち主なら一瞬ためらい、結果、すべての攻撃を食らってたはずだ。


 キロフは左肘を押さえながら、影の翼を出して宙に逃げた。

 上空から急降下して加速し、驚きで隙を見せたバズパを狙う。

 バズパが慌てて剣を構える。

 その構えを見て、キロフは空中でいきなり静止。バズパの間合いの外から、光の槍を放とうとする。

 剣で迎え撃つ姿勢に入っていたバズパは避けられない。

 だが、


「――『太陽風』!」


 ロゼの放った光の暴風が、キロフの身体を呑み込んだ。

 直後、キロフの真下にあった影で光が弾けた。

 全身に火傷を負ったキロフが、影の中から転げ出る。


 ロゼの魔法を影に潜ることでかわし、俺が影の中に仕込んだ「輝影爆雷」を食らうことを選んだのだ。


 ここでもキロフは、致命傷を避けて「マシな」ダメージを選んだことになる。

 「輝影爆雷」もかなりの威力があるが、ロゼの「太陽風」に比べればまだマシだ。

 もちろん、マシとはいえ、躊躇なく飛び込めるほど甘い魔法は使ってない。

 人間離れした判断力――いや、こいつにとっては、ダメージの少ない方を冷静に選んだだけなのだろう。

 百と九十なら九十の方が小さい、それだけのことだ。


 だが、俺たちのターンはまだ続く。

 というより、こいつにターンを渡すつもりはない。

 このまますべてを終わらせる。


「――『奈落の顎門(あぎと)』!」


 メイベルが闇と地の複合魔法を放つ。

 地面に転がったキロフの周囲を、巨大な闇色の円が覆い尽くす。

 足下に突如開いた奈落に、キロフは影の翼で飛び上がろうとする。


「『光の槍』!」


「『闇の弾丸』!」


 エクセリアと俺の魔法がキロフを狙う。


「ちぃぃっ!」


 キロフは翼を消して、メイベルの生み出した奈落へと飛び込んだ。


「閉じよ、奈落!」


 メイベルの声とともに、闇色の円が一気に閉じる。

 一瞬で狭まった円は、キロフの両足の、ももから下をもぎ取った。


「ぐうううっ!?」


 さすがのキロフも、これには苦悶の声を漏らす。


「『太陽風』っ!」


 ロゼの放ったひときわ強力な光熱波が、キロフの全身を呑み込んだ。

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