66 進化する学園都市
控えめに言って、大騒動になった。
「押さないでください! 端末はちゃんと人数分ありますから!」
学術科の同級生であるミリーが、押し合いへし合いの人混みに向かって声を上げる。
端末の配布係を任された、わが学術科一年生第一教室の面々は、いち早く噂の端末を手に入れようと押し寄せた生徒騎士たちにもみくちゃにされていた。
前世で新型のスマートフォンが出るたびに都心のショップに行列ができてたが、状況はあれとよく似てる。
――ウルヴルスラとの一連の会話の後、俺たちはさらに詳しいことをウルヴルスラから聞き出した。
その膨大な情報を、翌日までかかって生徒会役員たちと共有した。
エクセリア会長もバズパ副会長も、頭を抱えんばかりの表情だった。
情報を数日がかりで整理し、なんとか理解できる範囲のペーパーに纏め上げるのにさらに数日。
俺とロゼも手伝ったが、優秀な書記であるメイベルのおかげで、なんとか数日で済んだという感じだ。
そのペーパーをもとに、大講堂に生徒騎士全員を集め、円卓総出で説明会を開いた。
質問の飛び交う大混乱の説明会になったが、さすがの議事進行能力で、生徒会役員たちはこの試練を乗り切った。
(俺たちが円卓になる前でよかった)
俺とロゼは思わずそう胸を撫で下ろしてしまったほどだ。
で、その翌日。
いよいよ、生徒騎士たちにウルヴルスラの携帯端末が配布される。
入団試験の際にウルヴルスラが記憶していた魔力の性質によって個人を識別するという端末は、生徒騎士に一人ひとつずつ貸与される。
「うおおおっ! すげえ、なんじゃこりゃああっ!?」
「過去の光景がまるで今起こってるように見えるなんて……!」
「通話? 離れた相手と話ができるってのか?」
「ねえねえ、聞こえる!? ほんとだ、目の前にいるみたいに聞こえるよ!」
「このテキストチャットも便利だぞ! チームの連絡に使える!」
「アイギスたんまじかわいいよ、はあはあ……」
生徒騎士たちは、顔を真っ赤にしてそこらじゅうで端末をいじっていた。
携帯はおろか電話すらなかったところに、いきなり超高性能スマホが登場したのだ。興奮するのも無理はない。
……若干、間違った方向に興奮してる奴がいるけどな。
「使い方はおいおい覚えるだろ。アイギスもいるし」
わからないことがあれば、端末のアシスタントであるアイギスに聞けばいい。
アイギスは、前世の音声認識アシスタントとは次元の違う精度でこちらの要望を汲み取ってくれる。
「ふー、終わったね」
端末をさばき終えたミリーが言ってくる。
「おつかれさん」
ミリーをそう言って労う俺。
といっても、俺だって仕事はしてた。
それとなーく暗示を使って、押し寄せる生徒騎士を列に並ばせていたのだ。
この世界の人間は列に並ぶなんてことには慣れてない。貴族の子弟である生徒騎士ならなおさらだ。
暗示も何もかけてないのに、列があれば自然に並ぶ――そんなのは前世の日本人くらいかもしれないな。
三々五々、熱く端末について語り合ってる生徒騎士たちのあいだから、見慣れた赤毛の男子生徒が現れる。
背が高い上に、周囲が自然に避けるので、遠くからでもすぐにわかった。
「エリアック!」
そう言ってきたラシヴァの手にも端末がある。
「ラシヴァか。どうしたんだ?」
「探したぜ。ほら、おまえの言ってきた例のことだ」
「探したって……端末使えばよかったろ?」
「……そういやそうだったな。どうも苦手なんだ、この端末ってやつは」
ラシヴァが気まずげに頬をかく。
ラシヴァというやつは、時折切れるところも見せるのだが、基本的には脳筋だ。いや、直情型というべきか。
そのせいもあってか、端末の細かい操作は苦手らしい。
それでも、アイギスに頼めばたいていのことはできるだろう。
だが、これまでスマホはおろか携帯、いや、電話や無線すらなかったこの世界の住人は、「困ったらスマホで連絡を取る」という発想に、まだ馴染めていないようだ。
まぁ、ここにいるのはティーネイジャーばかりなんだから、すぐにスマホ漬けになるだろうけどな。
「例のことって、おまえのブレスレットを都市機能で制服の一部に設定できないかってやつか」
「ああ。おまえが最初に持ちかけきやがった時は、なんておそろしい発想しやがんだと思ったぜ」
「でも、有効だろ? キロフの精神操作を、俺とエレイン先生がいちいち解除するなんて現実的じゃない。なんらかの魔法で精神操作を予防するにしても、その予防自体を解除するくらい、キロフなら当然考えるはずだ。
ラシヴァのブレスレットを量産して生徒騎士全員に装備させるってのは、いいアイデアだと思ったんだよな」
ラシヴァの持つ王家伝来のブレスレットは、魔法による邪な干渉を防ぐ優れものだ。
実際、俺のかけた暗示魔法を無効化した実績もある。
一方、ウルヴルスラの制服は、デザインの修正ができることがわかってる。
なら、あのブレスレットを制服の一部としてウルヴルスラの都市機能に登録してしまえば、制服を修復する際に、同時にブレスレットまで「修復」してくれるんじゃないか?
修復というか、都市機能を生かしたコピーだな。
「ユナの奴がウルヴルスラに掛け合ったら、『可能』って返事だったらしい。
すぐにでもいいっていうんで、ユナに言われて制服の修復装置に俺のブレスレットを入れた。
都市機能は俺のブレスレットを、新しい制服の一部として認識した。
俺のブレスレットは、おまえに入れられたヒビがなくなった状態で戻ってきた。
そのあと、ユナが自分の予備の制服を修復に出したら、俺のと同じブレスレット付きで帰ってきたってわけだ」
「大成功じゃないか!」
「ああ。だから、ユナは生徒会に報告して、全生徒騎士に制服を一度修復に出すようアナウンスしてもらうって言ってたぜ」
ラシヴァは、左手首にはまったブレスレットを俺に見せる。
たしかに、以前俺の魔法を防いだ時に入ったヒビがなくなってるな。
俺はラシヴァに言う。
「でも、意外だったよ」
「あん? 何がだ?」
「大切な形見なんだろ。そんな得体の知れないことには使えないって言い出すかと思った。王家の形見を複製するってことも含めてな」
「俺だけがキロフの精神操作を免れてもしょうがねえだろ?
俺一人で帝国と戦うことなんざできねえんだ。学園騎士団全体の戦力の底上げになるんだったらそれでいい。
王家の形見が帝国と戦う連中を守るっつーんなら、あのお人好しの親父は喜ぶだろうよ」
そう言うラシヴァには、以前ほど気負ったところはなさそうだった。
実際、帝国と戦うための備えは、ひとつひとつ形になりつつある。
そのことが、ラシヴァの焦りを落ち着かせてるのかもしれないな。
俺やらロゼやらユナやら円卓やらといった実力者を見るにつれて、自分の力の及ぶ範囲について、現実的な認識ができるようになった面もあるだろう。
身の丈を超えた非現実的な強さを求めても、焦るばかりで何一つものにはならないはずだ。
自分の限界が身にしみたことで、ラシヴァはできることからひとつずつ積み重ねるという基本に戻ることができた。
幼少期からラシヴァが受けていた魔法教育も、基本を重視するものだったらしい。
もっとも、基本と言っても、俺があれこれ口を挟んだ上での「基本」だ。そんじょそこらの基本とはわけが違う。
ともあれ、
「キロフの精神操作への対策は詰められたな」
ブレスレットで精神操作を防ぎ、万一かけられたらエレイン先生と開発した魔法で解除できる。
キロフがそれ以上の何かを用意してくるおそれは皆無ではないが、俺がいくら知恵を絞っても、この対策をかいくぐれる方法は思いつかない。
「エリアック、これから対ゼーハイド用戦闘シミュレーターに行こうと思うんだけどよ、一緒にやらねえか?」
ラシヴァがそう誘ってくる。
「すまん、ラシヴァ。悪いけど先約があるんだ」
「そうだよ! 今日は学術科第一教室のみんなで、アーカイブの洗い出しをやろうって話になってるんだ!」
ミリーが俺の後ろから言ってくる。
「キロフ攻略のヒントがほしくてな。
あいつは頭が尋常じゃなくキレる。俺一人の頭じゃどうにもならんから、学術科のみんなの力を借りようと思ったんだ」
「おまえとあいつは『特別』なんだろう? 一般の生徒の知恵が役に立つのか?」
ラシヴァが声を潜めた。
「特別」っていうのは、転生のことだな。
チームメイトであるラシヴァにも、俺とキロフが転生者であることは話してある。
信じてもらえないかとも思ったが、「嘘をつくならもっとまともな嘘をつくだろ。今さらおまえを疑ったりはしねえよ」とのことで、案外あっさり納得してくれた。
なお、今ラシヴァが言及した対ゼーハイド用戦闘シミュレーターは、都市の地下にある闘戯場に似た空間で、仮装ターゲット相手に闘戯同様の条件で戦闘訓練ができるというものだ。
ゼーハイドの一件は既に円卓から説明があり、腕に覚えのある上級生は、既にシミュレーターに挑戦している。
チーム単位で戦ってなんとか一体のゼーハイドを仕留めたところはあったものの、ソロで挑んでゼーハイドを倒せた生徒騎士はまだいない。
俺かロゼが挑戦すればクリアできるが、他の生徒の挑戦意欲を煽るために、しばらくは遠慮するよう、エクセリア会長からお達しを受けてしまった。
闘戯関係では、他にもデュオ(二人組)での闘戯が解禁されている。
複数チームで軍団(レギオン)を組んで戦う「レギオン戦」も解放されたが、こっちは試合を成り立たせるのに人数が必要なため、まだ試合はできていない。
その他、闘戯場同様の施設を一人から使用できるトレーニングルームも解放された。
端末でアーカイブを見て、真似のできそうなものを練習する、といった用途に使われそうだ。
俺とロゼは、既にそれらの施設をひと通り見学してる。
これから活用していくつもりではあるが、俺はまず、目指すべき方向性を確かめておきたかった。
だから、同じクラスの連中に声をかけ、アーカイブの勉強会をやることにした。
ラシヴァは、転生者の相手が転生者にしかできないというのなら、彼らの意見が役に立つのか?と、疑問に思ったようだ。
「だからこそ、だよ。俺やキロフが見落としてることがあれば儲けものだ。キロフの死角を突けるかもな」
「なるほどな……」
「おまえも参加するか?」
「いや、やめとく。
俺は分析とかそういう細かい作業が苦手なんだ。
端末の操作だってアイギス任せにしちまってる。
あの膨大なアーカイブを自分で漁ってヒントを探すなんてぞっとしねえ。
それに、俺はまず、自分自身の強化を真剣に考えなくちゃならねえからな。
このままじゃ、おまえやロゼ、ユナの足を引っ張るばかりだろう」
ラシヴァのセリフに、返す言葉に困った。
そんなことない、などと言っても嘘にしかならないからな。
「おまえに言われたことを、重点的にやってみるさ。
『炎弾』はもっと凝集して、おまえの『闇の弾丸』くらいのレベルを目指す。
『炎の拳』も、いたずらに炎を吐き出すんじゃなくて、メリハリをつけて攻防ともに威力を高める。
ったく、簡単に言ってくれるぜ……」
「それが仕上がったら、他に提案した術も身につけてくれよ?」
「わかってるって。体内の魔力を練る訓練も、毎晩欠かさず続けてる。すこしは、魔力の流れってやつがわかるようになってきた。これまでどんだけ雑に魔力を扱ってたかってことまで含めてな」
ラシヴァはそう言ってため息をついた。
「課題がはっきりしてよかったじゃないか」
「そうだな。落ち込んでる暇なんざねえ。
強くなるための道筋を、こうもあからさまに示されたんだ。あとは俺がやりきるだけだ。
おまえには感謝してるよ、エリアック」
ラシヴァが、晴れ晴れしたような顔でそう言った。
もともと、烈火のような気性の持ち主だ。
これまではその燃えさかる気持ちのぶつけ先を見つけられずにいた。
そのせいで、しなくてもいい喧嘩をしたり、他人に暴言を浴びせたり……まあ、思春期の半グレがひと通りやりそうなことをやっている。
そんなことをしても復讐は成し遂げられないと本人にもわかっていただろう。
それでも止められなかったのだ。
だが今、ラシヴァの目の前には道がある。
険しいにもほどがある山道、いや、そり立つ岸壁かもしれないな。
普通の人間なら尻込みする困難な道程だが、持て余すほどの激情を抱えたラシヴァになら登りきれるはずだ。
「がんばれよ」
「うっせえ。いつか吠え面かかせてやるからな」
獰猛に笑って、ラシヴァが言った。




