65 対精霊教徒作戦
エクセリア会長の深謀遠慮に感心していたメイベルだが、すぐに気を取り直して、話を元の方向に戻す。
「今考えるべきは、直近のことですね。
帝国の走狗となっていることが確定的になった精霊教会をどうするか。
同時に、人質とされているハント君の妹さんの救出、ないし安全の確保もはかりたいです」
学園にとって差し迫った危機――帝国のスパイと化した精霊教の関係者が帝国と呼応して学園に帝国を引き込もうとしている件だ。
宇宙を超えてやってきた黄昏人や、精霊の誕生秘話、ゼーハイドとの戦い、ネイティブの黄昏人への反乱とデシバル帝国の建国、五賢者の反撃……。
そんなスケールの大きな話の後では些事のようにも思えてくるが、対処を誤れば大変なことになる重大事なのだ。
俺たちは気持ちを引き締め直して、メイベルの言葉について考える。
「といっても、会長が言ってた通りでしょう。
精霊教会は泳がし、動いたところを検挙する。
爆薬は安全なところで爆発させ、帝国兵をおびき出す。
そこに円卓率いる部隊が襲いかかって、帝国兵を撃退する」
俺の説明を、ロゼが引き継いでくれる。
「うん、それだけだと人質としての価値がなくなったハント君の妹さんが危ないから、交渉も持ちかけるんだよね?
事前にハント君経由で、『円卓によって自分の洗脳が解除された。だが、まだ計画についてはしゃべってない。しかし、妹を解放しないなら、計画の一切合切を円卓に話す』と伝えさせる。
人質交渉に持ち込み、計画の実行と引き換えにハント君の妹さんを解放する、というところに落とし込む。
妹さんは、帝国兵たちに学園のそばまで連れて来させ、ハント君が直接その無事を確認する。
隙があればわたしやエリア、バズパさんで妹さんを奪取。隙がなければ、押収した爆薬を安全な場所で爆破して計画を実行したと見せかけ、妹さんをハント君に引き渡させる」
それが、エクセリア会長が立案した計略だった。
ただ一点、気になってることはある。
「帝国はヒュルベーン攻めに人員を割いてるはずだ。
戦力としては浮いてるはずのネルズィエンも、俺相手に差しむけるのにはリスクがある。
となると、霊威兵装の時同様、キロフ本人が出張ってくる可能性が否定できない。
もしキロフが現れたら、俺とロゼとユナに、円卓の戦力を加えたメンバーで強襲して、なんとか退ける必要がある」
キロフ本人の戦闘能力も底が知れないが、その上奴はゼーハイドを使役する。
周囲には、吸魔煌殻部隊が詰めてもいるだろう。
そんな戦力相手に、こっち側から犠牲を出さずに勝利できるか?
思わず顔を曇らせてしまったか、メイベルが懸念するように聞いてくる。
「なんとか……なるのですか?
わたしとしては、投機的な作戦には反対です。
速やかに精霊教徒を検挙し、帝国に侵攻を諦めさせるべきだと思います。
不意を打てるとはいえ、学園外での迎撃は、『悲劇の世代』の二の舞になるおそれが……
……いえ、すみません」
メイベルが、ユナに向かって頭を下げた。
「かまわない。わたしも、メイベル先輩に賛成。帝国兵にまで手を伸ばすべきじゃない」
「そうだな……」
二人の言い分はもっともだ。
俺としては、キロフをなんとか討ち取りたい。
ここでキロフが出てくるようなら、後顧の憂いを断つためにも確実に撃破しておくべきだ。
あいつを生かしておけば、この先無数の人々が塗炭の苦しみを味わうことになる。
前世のブラック企業が生ぬるく思えるような、文字通りの生き地獄に引きずり込まれることになるはずだ。
また、帝国に誘拐され人質になってるというハントの妹のこともある。
もし、精霊教徒をすぐに検挙し、帝国に作戦の失敗をわからせた場合、帝国が不要になった人質をどう扱うかはわからない。
学園への揺さぶりのために、見せしめとして惨殺されるおそれもある。
この世界の戦ではよくあることなのかもしれない。
だが、俺に対しては、その揺さぶりは有効だ。
そのことを、紅瀬川はよく知っている。
だが、ハントの妹を救出するために、学園騎士団に死傷者が出ることを正当化できるのか?
ハントの妹は、この学園の生徒じゃない。
である以上、その保護は学園騎士団ではなくミルデニア王国の義務となる。
しかしそんな原則論にこだわっていては、こちらの対応が後手に回り、人質の奪還は困難になるだろう。
(それに……そもそも俺たちで、キロフを確実に倒すことができるのか?)
ゼーハイドのことがなかったとしても、サンヌルの魔術師としての力量だけで、キロフは俺を凌ぐのだ。
(それだけじゃない。あいつは、人を精神的に支配するすべを知っている)
暗示魔法のことだけじゃない。
他人を言いなりにするための手練手管は、あいつの得意とするところである。
普通の人間なら、良心が咎めて踏み越えられないラインを、あいつは平然と踏み越える。
ストレスを感じなくなった今の俺でも、あいつの剥き出しの悪意に直面するのは、正直言って怖かった。
あいつのことを思い出すと、俺の心が疼きだす。
冷酷で、人を人とも思わない上司だった。
だが、おそろしく頭のいい男だった。
そのくせに、会社を傾けるような施策ばかり打つことを、疑問に思ったこともある。
しかし、社員を洗脳し、会社をブラック化して、その経過を愉しむことが目的だったとすれば、あいつは計算通りに振舞っていたことになる。
その徹底した悪意には恐怖しか感じない。
ウルヴルスラが言った。
「忘れてはいけない。ここは、学園都市。力なき子どもたちに、戦う術を教える場所」
「つまり、ウルヴルスラ様が力を貸してくださると?」
「メイベル、ユナシパーシュ、ローゼリア、エリアック。適合者となれる者が四人もいる。これは史上例のなかったこと。これまで起動できなかった都市機能を解放できる」
「都市機能を……いったいどのような?」
「説明しきれないほどたくさんある。機能を解放しながら順を追って説明する。エリアックには、チュートリアルといえばわかるはず」
「ああ、解放された機能を実地で試しながら使い方を説明してくれるってことか」
「わたしではなく、都市機能を統括する人工知能が、だけど。
先んじて、あなたたちにはこれを渡しておく」
ウルヴルスラが宙に手をかざすと、そこに平たい長方形の光が現れた。
青く透明な光が、徐々に「それ」の輪郭を整えていく。
手のひらで持てるくらいのサイズの、縁が丸くなった、長方形の真っ白な板。
ウルヴルスラがそれを俺に渡してくる。
「これは?」
「あなたにとっては見慣れたもののはず。魔力を流して」
「こうか? ……って、うわっ!」
白一色だった「板」に、いきなり画像が現れた。
青い幾何学模様が重なり合って、「画面」の中に、昔の制服姿の女性が映る。
ウルヴルスラが二十歳くらいになったらこうなるだろうって感じの美人だった。
着ている制服は、ユナが最初に着ていたものより、さらに古いデザインのようだ。
『魔力の認証が完了しました。
ようこそ、エリアック=サンヌル=ブランタージュ。
これは、学園都市ウルヴルスラの生徒用携帯端末です。
わたしのことはアイギスとお呼びください』
「スマホかよ」
いや、前世のスマホよりさらに未来的だ。
画面はオフの時はただの白い板にしか見えなかった。
オンの画面も、スマホのディスプレイのように光ってるわけではなく、その都度板の色が変化してるようだ。
「な、何それ!?」
ロゼが俺の手を掴んで、「スマホ」の画面を覗き込んでくる。
「いろんな情報を引き出せる端末だよ。……で、いいんだよな?」
「その通り。その端末からは、これまでメイベルしか見られなかった過去のアーカイブを検索できる。ざっくりした条件でも、アシスタントの『アイギス』が適した記録を探してくれる。
エリアック、何か試してみて」
「そうだな……。俺の両親はここの生徒騎士だった。エリオス=ホドアマ=ブランタージュと、ミスラ=ジトヒュル=ブランター……いや、母さんの旧姓ってなんだっけ」
『その二人のアーカイブを検索します。
79件ヒットしました』
「多いな」
『円卓模擬戦や個人闘戯の記録がほとんどです。アーカイブからハイライトシーンを抽出しますか?』
「そんなことができるのか。頼むよ。数分くらいで見れるものがいい」
『了解しました。
抽出完了』
「はやっ!」
『ハイライト動画を再生しますか?』
「もちろん」
端末に、闘戯場の光景が映し出された。
そこには、今よりかなり若い父さんと母さんが映ってる。
どうやら円卓戦らしい。
得意の氷魔法と火炎旋風で攻め立てる二人だが、その正面に立つ円卓は、それをなんとか持ちこたえている。
そのあいだに、両親チームの別のメンバーが倒された。
形成が一気に傾き、両親チームのリーダーが、円卓チームに倒される。
倒されたのは、誰あろう、
「お父様!」
俺の端末を覗き込んでたロゼが、声を上げる。
そう。円卓に挑む両親チームのリーダーは、あの豪放磊落なサルゴン陛下だ。
『18年前に行われた、学年末の円卓戦です。挑戦者チームは全員が六年生。彼らにとって、学園生活最後の円卓戦でした』
アイギスがそう解説する。
勝者を告げるアナウンスが響く。
円卓チームが歓声を上げ、負けた父さんチームのメンバーがうなだれる。
(たしかに、悔しそうだ。ちょっとさっぱりした風でもあるけど)
戦い終えた両親と(現在の)王様は、闘戯場の地面にばったり倒れ、真っ白なドーム状の天井を見上げてる。
そこに、円卓の面々が近づき、握手を求めた。
父さんたちのみならず、円卓の面々の顔にも涙が浮かんでいる。
『対する円卓も、過半数が六年生です。この円卓と挑戦者チームとは、これまでに何度となく接戦を繰り広げてきています』
画像が観客席に移った。
観客席では、生徒騎士たちが総立ちになって拍手をしている。
「ずいぶん、生徒たちに慕われている円卓だったのですね」
メイベルがつぶやく。
『実力面では、現在の円卓のほうが上でしょう。
いえ、歴代で見ても、この円卓は平均を下回る実力だといえます。
しかし、彼らが円卓であった期間には、円卓以外の生徒の実力が大きく底上げされました。
彼らは惜しみなく試合をし、直接の指導をし、チーム運営に悩むリーダーがいれば相談に乗る、というような、実力以外の部分で存在感を示した円卓です』
「そのような円卓もあるのですね」
メイベルが神妙に言った。
「って、それはいいのですが、なんですか、この端末とかいうものは!? 一体どんなからくりで動いているのです!?」
「現在のこの世界の文明水準では理解できないと思われる。
エリアックの元いた世界には、このような端末の、より原始的なものが存在した」
「原始的で悪かったな。
ということは、これでできるのはアーカイブを見るだけじゃないんだよな?」
俺の質問には、端末内のアイギスが答える。
『本端末の機能の概略を説明します。
本端末は、ウルヴルスラの内部及び周辺で使用できる、情報通信端末です。
音声通話、ビデオ通話、テキストチャット、ウルヴルスラのネットワークの閲覧、学園内ブロードキャストの受信、アーカイブの閲覧及び仮想体験、学園内各種設備の使用状況確認及び予約などが可能です』
「この端末を、全生徒に配布する」
ウルヴルスラの言葉に、俺はおもわずのけぞった。
「大盤振る舞いだな」
「あなたにならわかっているはず。帝国だけならまだしも、ゼーハイドや正体不明の転生者まで現れた。学園都市が施策をひとつ間違っただけで人類が滅亡するかもしれない。施策を何一つ間違えなかったとしても、滅亡は避けがたい可能性まである」
「そ、そこまでなんですか?」
メイベルが半信半疑でウルヴルスラに聞く。
ウルヴルスラはうなずいた。
「わたしも、もはや出し惜しみはしていられない。
でも、これだけの都市機能を動かせば、これまでに蓄えてきた都市のエネルギーは、数年で枯渇しかねない。そのあいだに状況を改善してほしい。少なくとも、都市のエネルギー源の確保は死活問題となる」
「エネルギー源っていうと……」
「闘戯場と同じ。都市に暮らす人間の魔力が、都市機能を動かすエネルギーとなる。現在はエネルギーフィールドの維持に大部分が持っていかれ、多くの都市機能が休眠している」
ウルヴルスラの言葉に、ユナが反応した。
「ひょっとして、二百四十年前にエネルギーフィールドが不安定になったのは……」
「そう。あの時期、学園都市にはわたしと高度な交信ができるほどの適合者がいなかった。その上、入学者の少ない年が長く続き、都市に蓄えられたエネルギーが枯渇しかけていた」
「……当時はザスターシャ王国が周辺国に侵略戦争を仕掛けた時代だった。
ミルデニアでも貴族の戦死者が多かった。
どの貴族も家督を継ぐ跡取りを手元から離したくないと考え、学園に入学する貴族の子弟は少なくなっていた。
国も、若い貴族を学園に入れるより、即戦力として騎士団に組み込もうとしていた」
「当時のザスターシャ王はその隙を突いて、学園都市を我が物にしようともくろんだ。
疲弊したミルデニア王国は救援の兵を出すのに時間がかかり、学園騎士団はザスターシャ軍と正面衝突することになってしまった。
直接介入の手段がなかったとはいえ、わたしにできることはなかったかと、あれ以来ずっと考え続けていた。
だから、今回の『デシバル帝国の再興』にあたっては、転生者というイレギュラーを導入することになった」
「そう……」
ユナが沈黙する。
(「悲劇の世代」がどうしてフィールドの外に出てザスターシャ軍と戦ったのか疑問に思ってたけど……)
そういう理由があったのか。
ウルヴルスラの言葉をメモしていたメイベルが顔を上げる。
「つまり、当面はウルヴルスラ様の持ち出しで都市機能を解放するから、それで帝国に対抗せよ、と。そして、なんとかして学園都市の人口を増やす必要がある、ということですね?」
「そういうこと」
ウルヴルスラがうなずいた。




