64 ウルヴルスラ、人が少なすぎ問題
「普通に考えれば、ネオデシバル帝国の丞相キロフの背後にいるのは、ゼーハイド、ということではありませんか?」
そう言ったのはメイベルだ。
「おそらくは」
ウルヴルスラがうなずいた。
「ゼーハイドに、異世界から人を転生させるようなことができるのか?」
「できない、はず。
そもそも、ゼーハイドには人間ほどの知能がない。
だから、帝国の背後にゼーハイドがいるとしても、彼らが帝国を『裏から操る』ようなことは不可能なはず。恐怖で従えることくらいはできたとしても」
「帝国の魔法技術で、異世界から転生者を呼び出すことは?」
「不可能。黄昏人でもそんなことはできなかった」
「転生したキロフがゼーハイドの存在をなんらかのきっかけで知り、下級のゼーハイドを使役する術を身につけた……か?」
「それは、人間の器でできることではない。
そもそも、ゼーハイドは精霊によって精神の淵源に追いやられている。
ただ、ゼーハイドの現在の動向までは、わたしにはわからない」
わからない尽くしのウルヴルスラに、俺たちは思わず黙り込む。
「これは、考えてもしかたがないですね」
メイベルが、きっぱりとそう見切りをつけた。
「たしかに、キロフやゼーハイドについては気になります。
でも、わたしたちが直面しているのは別の課題です」
「精霊教会を使ってウルヴルスラへの奇襲を狙ってる帝国ですね」
俺が言うと、
「ええ。キロフが使役するというゼーハイドですが、エリアック君やローゼリアさんなら対応できることがわかってます。前回の交戦記録からすると、円卓や模擬戦リーグの上位にいるような生徒騎士になら、対抗は可能だと思われます。危険ですが、対処できない相手ではありません」
メイベルの言葉に、ウルヴルスラが言う。
「そのための、入団試験。あれを1回目で突破できるのが理想。1回目ですら、接近速度は落としている。その意味では、本当の意味で試験をクリアしたのは、エリアックとローゼリアしかいない」
「なるほど、そういう基準ですか」
「でも、下級のゼーハイドなら、円卓や模擬戦リーグの上位チームが複数人でかかればなんとかなるレベル。現在のウルヴルスラ――学園都市は、史上有数の水準にある」
「わたしの元の時代より上ということ?」
ユナが頬を膨らませ、ウルヴルスラにそうつっこむ。
「ユナシパーシュの時代も、有数の部類。
ただ、学園都市の抱える最大の問題は、人口が少なすぎること。都市の容量に対して、あまりに人が少ない」
「ああ、それはずっと思ってた」
各学年百人強、全体で六百人と少しというのは、軍事組織としては小規模だろう。
街の規模からしても、本来ならちょっとした都市レベルの人口があっておかしくない。
ユナが言う。
「入団試験が厳しすぎる」
「水準に達しない者をゼーハイドと戦わせるわけにはいかない。現在の学園都市の性格はともかくとして、本来はそのためにここはある」
「そんなことをおっしゃられても、入学者を増やすことは難しいかと思います、ウルヴルスラ様」
メイベルが眉間にしわを寄せてそう言った。
ウルヴルスラは、例のぼうっとした目でメイベルを見て、首を振る。
「そうでもない。ごく単純な方法がある。それを見落としているのは、現在の人類の文明レベルが低いから」
「……どういうことです?」
「エリアック。あなたにならわかるはず」
ウルヴルスラの言葉に、俺に注目が集まった。
――ウルヴルスラの人口を増やす、しごく簡単な方法。
たしかに、俺には心当たりがあった。
学園に入ることを決めてから、ずっと思ってたことだ。
でも、口に出してしまうと差し障りがある。
だから、この考えを誰かに話したことはこれまでになかった。
俺は、小さく肩をすくめて言った。
「まあ、ある意味単純なことだよ。
現在の学園騎士団は、貴族の子弟でないと入団試験が受けられない。
その門戸を、すべての人に開けばいい」
「なんっ……!」
「ええっ!?」
「……そういうこと」
俺のセリフに、メイベルとロゼがのけぞった。
ユナだけは、顎に手を当てて考え込む。
「ミルデニア王国だけに限っても、貴族の人口は全体の一割もない。平民の子弟でも入団試験を受けられるようにすれば、入学者は最大で十倍にもなるはずだ」
現実には、門戸を開いたからと言って、すべての平民が試験を受けるわけでもない。十倍はあくまでも最大値だ。
「さらに言えば、だ。
現在学園は留学生を受け入れてるけど、これだって、国籍の縛りをなくせば、大陸中から受験生が現れる。
帝国とミルデニア以外の三国から、身分を問わず受験生が集まったとすれば、十倍なんて話じゃ済まなくなるな。
もともと、ウルヴルスラをミルデニア王国が一国で占有してること自体が不自然なんだ」
「その通り」
ウルヴルスラがうなずいた。
「そ、そんなこと、できるはずがありません!」
メイベルが狼狽した声を上げる。
「俺も、現実的じゃないとは思いますけどね。
でも、この都市の本来の収容能力を考えれば、万単位の人口があってもおかしくはないはずだ」
「エリアックの言う通り。
この都市は、およそ三十万人まで収容可能。
ただし、現在の大陸の人口と試験の合格率から推算すると、最大でも十万人程度にとどまるはず」
「ち、ちょっと待ってよ! 学園騎士団が十万人もいるなんてことになったら、ミルデニア王国の全軍と対決できる規模になっちゃうよ!?」
ロゼが、そんなつっこみを入れてくる。
さすが、着眼点が王族だ。
俺は言う。
「その上、大陸中から人を集めるとなれば、ミルデニア王国はもはや、学園騎士団の手綱を握ることができなくなるな」
ラシヴァの言ってた、学園騎士団を率いて帝国と戦うって話も、そうなると現実味を帯びてくる。
俺のセリフに、ロゼの頬を冷や汗がつたった。
「え――っと……まさかとは思うけど、本気でそれを狙ってるわけじゃないよね?」
「まさか。計算上の話だよ。
ただ、門戸を平民にも開き、留学生の受け入れ枠を広げることはできるはずだ。
もっとも、急激に人が増えすぎても統率が取れなくなるし、教育する側の人手だって足りなくなる。
来年から入学者を一万人にします、なんてことはできないさ」
「そ、そうだよね……」
ロゼがほっと胸をなで下ろす。
そのロゼに、メイベルがジト目を向けてツッコミを入れる。
「いえ、簡単に言ってますが、門戸を平民に開くだけでも、中央のとんでもない抵抗に遭いますからね? もちろん、ローゼリアさんはご承知でしょうが」
「そ、そうですね。さすがに通るわけがないです。もしわたしがお父様を説得できたとしても、周囲の反対を押し切ることはできないでしょう」
ロゼの父は、言うまでもなく、ミルデニア国王サルゴン一世陛下である。
大国とまでは言えないミルデニアだが、国王の一存だけでなんでも押し通せるほどに王権が強いわけではない。
国王に各地の領主である貴族が忠誠を誓うという、典型的な封建制の国柄だ。
もし国王が貴族制の根幹を破壊するような改革を行おうとすれば、貴族たちは示し合わせて抵抗する。最悪の場合、それは武装蜂起にもなりかねない。
ウルヴルスラによる高度な魔法教育を貴族が独占していることは、この国の身分制度を支える大きな柱である。
平民を学園に入れるということは、平民にも高度な魔法教育を授けるということだ。
それは、平民出の魔術師や騎士が、国の枢要な地位に就く道を開くことでもある。
既得権益の上にあぐらをかいてる貴族たちにとっては、まさに死活問題に他ならない。
俺は、メイベルに言ってみる。
「たしかに、簡単なことではないと思いますよ。
でも、帝国の脅威もありますからね。一気にではなく、徐々に門戸を開いていく。そういうことなら、やり方次第でできるのではないでしょうか?」
俺の問いに、メイベルが少し驚いたような顔をした。
「実は、その話は以前にも出たことがあるんです。
他でもないエクセリア会長が、生徒会役員の討論会で、議題として提起したことがありました。
あくまでも議題として、挑発的に提起した、とおっしゃっていたのですが……」
「まるでこうなることを見越してたみたいですね」
あのノブレスオブリージュの代名詞みたいな会長が、まさかそんなことをしてたとは。
メイベルが続ける。
「『学園騎士団の数的不利を補うために、入団試験の受験資格を平民にまで広げることは是か非か?』
ほとんどの生徒は、怖気付いて否定派に回りました。
議題を提起した会長他数人だけが肯定派に回って、説得力のある議論を展開しました。
もちろん、それはあくまでも、討論の腕を磨くための題材でしかありません。
ですが、会長は同時に、この問題がどの程度の抵抗に遭うかを、見極めようとしていたのかもしれませんね」
「会長は討論会を利用して観測気球を上げたんだな」
と、ついこの世界の人には通じない比喩を使ってしまう。
メイベルはそれについてはつっこまず、しきりに小さくうなずいていた。
「まったく、会長の構想力には脱帽です」




