62 精霊とは
「ウルヴルスラは原始精霊と呼ばれてると聞いた。黄昏人は精霊を『造った』のか? それと、六大精霊と原始精霊はどう違う?」
「質問は一度にひとつにしてほしい。
最初の方から回答する。精霊は黄昏人の造ったものに他ならない。黄昏人が造ったものの他に精霊と呼べるものは存在しない。
二番目の質問への回答は、六大精霊のプロトタイプに当たるのがわたし――原始精霊ウルヴルスラである、ということ」
「たしかに、質問は一つにするべきだったな」
どっちも重要な話じゃないか。
「精霊は黄昏人が生み出した人工物なんだな?
さっきウルヴルスラは『デシバル帝国の霊威兵装は、黄昏人の生み出した精霊には遠く及ばない紛い物』だって言ったな。
じゃあ、霊威兵装ってのは、黄昏人の持っていた精霊を生み出す技術を不完全に流用したものだってことか?」
「また質問が二つになっている。
まず、精霊は黄昏人の生み出した人工物であるというあなたの理解は正しい。
転生者であるあなたには呑み込みやすい話のはず」
「そうだな。前の世界に『精霊』なんてもんはなかった。もちろん魔法を使えるやつもいなかった」
すくなくとも俺の知ってる限りではな。
「だとしたら、この世界に精霊がいるのはなんでかってことになるが、精霊そのものが黄昏人の造った遺産だってんなら納得はいく」
「ち、ちょっと待ってください、エリアック君! 言ってることが意味不明です!」
メイベルがそう割り込んでくる。
俺は考えを整理して、メイベルやロゼ、ユナに向かって説明する。
「この世界に生まれ育った人にとっては精霊の存在は当然のものです。太陽がそこにあるのと同じくらい当たり前なことなんでしょう。
ですが、俺の元のいた世界には精霊なんていなかった。それでも世界としては問題なく成り立ってました」
「魔法がない、ということですか?」
信じられない、という顔でメイベルが言う。
「俺から言わせれば、精霊や魔法なんてもんがあるほうがおかしいんです。前世の感覚でいえば、それはおとぎ話や空想の存在です。
だが、黄昏人は、そんな空想の産物を現実のものとして具象化させた」
「具象化、というのは正確ではない。精霊を生み出す技術は、黄昏人の持つ純然たる科学技術によるもの。地球の疑似科学ではない、魂の領域までをも扱う真の科学。黄昏人は、知的生命体として望みうる最高地点に達していた」
「か、科学だって? 魂だのなんだのってのは、科学で扱えるようなもんなのか?」
「エリアック。あなたは異世界に転生した。そのことを、どう説明できる? 科学でないなら、他にどんな説明のしかたがある?」
ウルヴルスラが俺に聞いてくる。
「い、いや、こんな超常現象を科学的に説明しろとか言われてもな……」
この場にアインシュタインがいたって、説明に窮することだろう。
「それが、地球の疑似科学の限界」
「十分に発達した科学はもはや魔法と区別がつかないみたいなアレか」
「とりあえずはその理解でいい。地球人にしては上出来。科学文明としては中等度の下位レベルとはいえ、科学の概念が普及してると話が早い」
「それはどうも」
「ともあれ、黄昏人は、最初にプロトタイプであるわたし――原始精霊ウルヴルスラを生み出し、わたしを元にして、さらに六大精霊を生み出した」
「なんのためにだ? 黄昏人がそんなとんでもない文明を持ってたなら、精霊なんて造らなくてもよさそうなもんだ。魔法なんてなくても、何不自由なく暮らせるだろ」
「それは、ゼーハイドに対抗するため」
ウルヴルスラの答えは唐突で短かった。
俺たち全員の頭にクエスチョンが浮かぶ。
「ちょっと待ってくれ。順を追って説明してくれないか?
どうしてそこでゼーハイドが出てくる?
キロフの使役してたあのモンスターみたいなのが、そんなに重要な存在だったのか?」
「順を追って説明すると長くなる」
「長くてもいい」
「じゃあ、黄昏人の話から始める。
高度な科学文明を築いていた黄昏人は、その一方で滅びに瀕していた。
遺伝子の改良、肉体の機械化、精神の量子化によって、黄昏人は事実上無限の寿命を持つようになった」
「黄昏人は不死だった、ということですか?」
メイベルが聞く。
「そう。もし肉体が物理的に破壊されても、精神は黄昏人のグランレコードの中にバックアップされている。
というより、黄昏人は、自分自身のコピーを無数に生み出し、そのそれぞれに独自の活動をさせていた。
だから、そのうちのひとつが破壊されたところで、全体としてはあまり痛痒を感じない」
「想像を絶する世界ですね」
メイベルが感心とも呆れともつかない顔で相槌を打つ。
「文明の頂点を極めた黄昏人ではあるが、やがて、ひとつの解決困難な問題に直面する。
寿命が伸びるにつれて、彼らは人生に対する『飽き』から逃れられなくなった。
しかたなく、脳をウォッシュアップしてリセットし、一から人生をやり直す。そんなことを何十世代も繰り返していた」
「すげえな。科学技術で転生してるようなもんじゃねえか」
「エリアックの理解は正鵠を射ている。ともあれ、科学的な『転生』によって、黄昏人は生への飽きから逃れられたはずだった」
「でも、そうじゃなかったってことですか?」
と、メイベル。
ウルヴルスラが小さくうなずく。
「科学的な『転生』を繰り返すうちに、黄昏人のあいだに、原因のわからない倦怠がはびこるようになってきた。
脳をウォッシュアップして生まれた時の状態に戻したはずなのに、倦怠がぬぐいがたくつきまとう。
黄昏人は、人生のより早い段階で生への飽きに囚われることになり、再びウォッシュアップすることを余儀なくされた。
そんなことを繰り返すうちに、黄昏人はとうとう、ウォッシュアップ後十年ともたずに、強い倦怠に襲われるようになっていた。
長い年月をかけた研究の結果、この倦怠は、科学技術では取り除けない未知の要因によって引き起こされているらしいことが確定的になった」
「未知の要因? それはいったい……」
「それがわからなかったから『未知の要因』と言っている。
黄昏人が迷信として捨て去った宗教や、科学的根拠がない病んだ論理の袋小路とみなされた哲学。そうした思考のアートがテーマとしていた問題。
すなわち、『人生に意味はあるのか?』――という、有史以前からの答えのない問い。
とっくに過去のものとなったはずだったそんな問いに、黄昏人は再びとらわれることになった。
しかも、その出口は数百年が経過しても見つからなかった。
脳をリセットすることでいったんは症状が軽くなるものの、すぐに元通りになってしまう」
「リセットして生き直したはずなのに、『何か』が摩耗してたってことか?」
「エリアック。あなたはまだ一度しか転生していない。
でも、もしあなたがこの先数百回もの転生を繰り返したらどうなると思う?」
「数百回か。さすがに途中で嫌になるんじゃないか? 人生にはいいこともあるけど、大変なことの繰り返しでもあるしな」
「そう。黄昏人は、科学技術によって『前世』を忘却し、一から人生をやり直す仕組みを作った。
でも、完全に忘却したはずの前世は、第二、第三、それ以降の人生にも影を落とすことがわかってきた。
忘却――厳密に言えば、ニューロンごと消去されたはずの『記憶』の痕跡が、脳以外のどこかに残っている。
この事実は、黄昏人を戸惑わせた」
「で、どうしたんだ?」
「どうもしない。黄昏人は、徐々に精神的に荒廃していった。退廃から逃れるために、未知の刺激を求めて、宇宙に広く散っていった。
そんな黄昏人のとある一団が、この星へと降り立った」
「ようやく話が戻ってきたな……」
正直頭がパンクしそうだ。
メイベルやロゼ、ユナも、それぞれ難しい顔でウルヴルスラの話を聴き逃すまいと集中してる。
「未知の刺激を渇望する黄昏人の願望は、ある意味では満たされた。
この星で、黄昏人は未知の存在と邂逅した。
それが、ゼーハイド」
「ゼーハイドは、この星の原住生物だったってことか?」
「生物、という言い方は不適切。
ゼーハイドは、現実と精神のあわいを漂う存在。ゼーハイドは、生きるものの精神を喰らう存在だった。
生きるものを――さらには現実そのものを捕食する虚構の『生物』、それがゼーハイドという存在」
「現実そのものを喰らう、か」
「黄昏人は驚愕した。
当時の彼らの科学技術は、魂の領域にはまだ踏み込んでいなかった。
その意味では、地球の疑似科学の、極度に発展した形態でしかなかった。
黄昏人は多くの犠牲を払いながらゼーハイドの研究に没頭し、ついに魂の存在を発見した。
黄昏人は、その研究成果を生かし、ゼーハイドに対抗する手段として、わたしや六大精霊を生み出した」
「ゼーハイドは現実の存在じゃないから、魔法でないと倒せないってわけか」
「そう。黄昏人は、ゼーハイドの犠牲になった仲間の魂を撚り集め、精霊という集合的な人格を造り上げた。精霊には実体はない。ゼーハイドと同じく、精神の次元にのみ存在する」
そこで、ユナが口を開く。
「……待って。その話を聞いてると、精霊っていうのは……」
「ユナシパーシュの推測通り。
根本的には、霊威兵装と同じ。死者の魂を集め、それを生者に憑依させることで、生者に精神の次元における特別な力を授けるもの。
もちろん、黄昏人の遺産を不完全に流用した霊威兵装とは違って、精霊は死者の怨念を利用しているわけじゃない。
死者を、いわば守護霊として祀り上げている。
この守護霊は、力を増すにつれ、ある虚構の存在へと近づいていく。
エリアック。その『虚構の存在』が何であるか、あなたにならわかるはず」
ウルヴルスラの言葉に、みんなの視線が俺に集まる。
俺は言った。
「『神』だろ」
ウルヴルスラは満足そうにうなずいた。




