58 ハントの証言
生徒会室のドアがノックされた。
「会長。学術科一年第一教室ハント=サン=ミゼットを連れてきました」
「入ってくれ」
会議室のドアが開き、生徒会のスタッフに伴われたハントが、おっかなびっくり入ってくる。
「早かったな」
俺がそう声をかけると、
「たまたま近くにいたんだ。
それより、エリアック、これは?」
「まあ、ちょっと待ってくれ」
ハントに暗示がかかってるとしたら、それを解こうとしてることを伝えるのは危険だろう。
キロフなら、暗示を解除されそうになった場合に抵抗する、あるいは自害するような別の暗示をかけてるかもしれない。
ハントの前でさっきの話の続きをするわけにもいかず、俺たちはスタッフが淹れてくれたお茶を飲んで休憩を取る。
ストレスを感じない俺は忘れがちだが、結構な時間、深刻な話を続けてたからな。
ほどなくして、エレイン先生がやってきた。
先生はユナと同じアマ(水属性)だが、受ける印象はだいぶ違う。
清流のような透き通った髪とアクアマリンの瞳を持つユナは、さながらウンディーネのような浮世離れした雰囲気をまとってる。
それに対してエレイン先生は、ゆるく編んだ深い青色の髪と、同じ色のおっとりとした瞳が落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
まだ18歳のはずだが、包容力のある大人の女性といった感じがある。
「お呼びかしら、会長閣下」
エレイン先生が言った。
「エレイン。例の魔法は完成しているな?」
「例の……ああ、そういうこと」
エレイン先生は、ハントにちらりと目をやってうなずいた。
「エリアック君。わたしはいつでもいいわ」
「じゃあ始めます。『光よ、精神をたわめる歪な闇を打ち消し滅ぼせ』」
俺はいきなりハントに手をかざし、暗示の消去魔法を発動した。
見えない光が、ハントの頭を包み込む。
「ぐぅっ!?」
「我慢して、ハント君。大丈夫、それはただの相克だから」
光魔法で闇魔法をかき消すこの術は、対象者の脳内で光と闇の魔力が相克を起こす。
原理上どうしようもない副作用だ。
俺とロゼは慣れたものだけど、これまで相克など味わったことのないハントにはキツいだろう。
ハントが、頭を抱えてうずくまる。
「そろそろ……かしらね?」
エレイン先生が、ハントの様子を見てそう言った。
ハントの相克は徐々に軽くなってるようだ。
この場合、相克がなくなった時点で、洗脳魔法をすべて消せたということになる。
エレイン先生は水魔法を使って、ハントの体調の変化をモニターしている。
相克は精神をも不安定にする。
エレイン先生が得意の戦陣回復魔法で、ハントの心身を安定させ、被術者への負担を軽減している。
ハントの様子から、エレイン先生はもう十分と判断し、俺に小さくうなずいてくる。
俺は、少し悩んでから言った。
「念のため、もうしばらくやりましょう」
先生と一緒に完成させた術には自信があった。
だが、キロフのことを知る俺は、いまいち確信が持てなかった。
もう数分ほど、先生にも魔法を維持してもらう。
ハントはもう、完全に立ち直って、近くの椅子に座ってる。
ハントが言った。
「エリアック……さすがにもう大丈夫なんじゃないか?」
「……だよな」
もし未知の魔法がかけられてたとしても、闇魔法である限りは、今の魔法で消せたはずだ。
光魔法で精神操作系の魔法を組み立てることはたぶんできない。俺が六年かけて研究し続けてきた結果だから、自信を持ってもいいはずだ。
それでも一応、微弱な闇の魔力を送って、ハントの脳内に不審な光の魔力が残ってないかを確認する。
ハントはサンなので、俺の送った闇の魔力に、わずかに顔をしかめていた。
「何もないな」
今のところ、相克を利用した魔力の探知を免れる方法は見つかってない。
どんな魔法であれ属性魔力を持つ以上、探知を誤魔化す魔法は作れないはずだ。
俺の言葉に、ハントがほっと息をついた。
「ふぅ。助かったぜ。
ヒントは出したけど、気づいてもらえるかは微妙な線だと思ってたんだ」
「やっぱりそうだったのか。
すまん、気づくのが遅くなった」
「いいっていいって。
すぐに気づくようなヒントだったら、俺にかけられた暗示に引っかかってしまう可能性があった。
だから、ヒントは遠回りにならざるをえなかったんだ」
ハントがすっきりした顔でそう言った。
「じゃあ、俺の知ってることを全部話すぜ。
ヒントに気づいたってんなら、事情の説明はいらないな?」
「ああ。おまえは遠足の時にキロフから接触を受け、暗示をかけられていた。
あいつのことだ、おまえに逆らえない暗示をかけつつ、そのことを忘れさせないようにした。
合理的な理由が思いつかないから、たぶんおまえが苦しむさまを楽しむためなんだろう」
「その通りだよ、あの変態野郎が……。
俺の実家は帝国領と隣接してるって話はしたよな。
そこに黒装猟兵が入ってきて、俺の妹を誘拐した。
親父は紋章官で王都と実家を往復してるし、俺もその見習いで王都にいた。病弱な妹は母親と一緒に実家で療養してたんだ。その隙を突かれた格好だな。
その上で、俺に学園都市に潜り込んでスパイをしろと要求してきた」
ハントがちらりとエクセリアを見た。
「案ずるな。そういう事情があったのなら、罪に問われることはないだろう。情報提供者をみすみす危険に晒すつもりもない」
「ありがとうございます、会長閣下」
ハントが深く頭を下げた。
「君は精霊教会で助祭のアルバイトをしているそうだな。
帝国とのつなぎはやはり精霊教会経由なのか?」
「精霊教会は帝国のスパイです。
帝国は、『真なる精霊』を生み出すと言って、精霊教徒を取り込んでる」
「真なる精霊?」
エクセリアが聞き返す。
「なんでも、帝国の古代宮殿の奥には、すべての精霊の母となった存在が眠ってるんだそうです。
その存在を真なる精霊として目覚めさせる。
そうすると、現在六大精霊が人間に与えているものより、はるかに強力な加護がすべての人間に与えられる。
人間は存在の位階を登り、神人となる。
神人は、すべての憂き世の苦しさから解放された、人間の究極の進化形態だというんです」
「おいおい、そいつはまたとんでもなくふかしてやがんな」
ラシヴァが戸惑った顔でそう言った。
「精霊教徒は、そんな話を信じたのか?」
「まともな奴なら信じないでしょうね。
そこは帝国だってわかってます。
多くの一般信徒は、帝国と教会の関係なんて気づいてもない。
精霊教の中でもとくに過激な連中を選んで、帝国は『真なる精霊』の話を吹き込んでるんです。
精霊教にもいろんな奴がいますが、総じて言えるのは、現実が思うに任せないから、せめて空想の中で慰めを得よう――そんな考え方をする連中だってことです。
まったく、敗北主義もいいところだぜ……」
吐き捨てるように言ったハントに、メイベルが言う。
「六大精霊の実在は疑いえません。
ですから、精霊教が『信じる』のは、信者自身の救済です。
宗派や地方によって違いがありますが、至高の存在である精霊が、いつの日か世の中を浄化し、自分たちの苦痛を取り去ってくれるというのが、精霊教の基本的な発想ですね」
メイベルの解説に、ハントがうなずく。
「その通りです、メイベル先輩。
そうした精霊教の教義に、帝国のついた嘘がガッチリと噛み合ったってことなんです。
精霊教の司祭連中は、帝国滅亡後の五大国による世界秩序そのものを、不当なものとみなしてます。
再び帝国の下に世界を統一し、真なる精霊の誕生を待って、人類全体を神人の域へと進化させる……そんな風に信じてるんですよ。
ネオデシバル帝国皇帝クツルナイノフは、大陸に精霊の御代を現前させるために遣わされた救世主なのだと。
最初から最後まで狂ってる。救世主が人の妹を人質に取って、スパイ行為を強要したりするもんかよ」
ハントの話は衝撃的だった。
生徒会室に居合わせた全員が、どこまで真に受けたものか測りかねている。
(でも、あながち完全な嘘とも言い切れないかもしれないな)
さっき聞かされたウルヴルスラの話を考えると、完全なホラとも断じきれない気がする。
ウルヴルスラは「原始精霊」を名乗っているという。
対して、この学園都市とよく似た黄昏人の遺産である古代宮殿ラ=ミゴレには、「すべての精霊の母となった存在」がいるという。
もっとも、両方の言い分を信じるならば、精霊の元祖のような存在が、ウルヴルスラとラ=ミゴレにそれぞれ一体ずついることになる。
「原始精霊」「すべての精霊の母」が二体いるというのは、ありえないとも言い切れないが、やや苦しい説明ではあった。
会長が言った。
「精霊教の教義については置いておこう。
ハント君。君は、脅されて帝国のスパイにされていた。
この前の遠足では、丞相キロフから接触を受けた」
「その通りです」
「丞相自ら出張ってきたのだ。
キロフは君に、たとえ脅迫されたとしてもできないようなことを要求したのではないか?
そうでなければ、脅迫して言いなりになっている相手を、改めて洗脳する必要はないだろう」
会長の質問に、ハントがうなずく。
「簡単な話ですよ。
学園都市内部からエネルギーフィールドを破壊させようっていうんです。
同時に、帝国の吸魔煌殻兵がここに押し寄せてくる手筈になってます」
ハントの言葉に、居合わせた全員が息を呑んだ。
(もし俺がハントの出したヒントに気づいてなかったら……)
この学園は、帝国の不意打ちを受けていた。
場合によっては、ユナの経験した「悲劇の世代」をも超える惨劇が、この場で起こった可能性がある。
「ふむ……。やはりそんなところか」
会長が重々しくうなずいた。
「やはりって、想定はしてたってことですか?」
ハントが会長に聞いた。
「それはそうだろう。
この学園を守るエネルギーフィールドが、何らかのきっかけで故障したら。
あるいは、内部からの工作によって発生装置が破壊されたら。
わたしの立場では、常に最悪の事態を考える」
「ははっ。さすがはエクセリア会長だ。
じゃあ、既に何か対策を?」
「いや……学園の囲む位置に立つフィールド発生装置をすべて守るのは難しい。
内部にいるかもしれない工作員を事前に検挙する。それが不可能でも、監視を厳しくして動けなくする。そのような手は打っている」
「なるほど……。
ですが、生徒会が、どうしたって内部の監視に人を割きにくくなるタイミングがあるでしょう?」
ハントが言った。
「生徒会が人を割けないタイミング……?」
俺の隣で、ロゼが首を傾げている。
俺には、ハントの言わんとすることがすぐにわかった。
「円卓戦か」
「そういうこった」
ハントがうなずく。
「円卓戦なら、生徒会円卓はどうしたって出場することになる。
同時に、学内の生徒騎士の大半が大講堂に集まる。
そうしないと、闘戯場が使えないからな」
闘戯場は、観客から得た魔力で稼働する。
円卓戦ともなると、300人以上の観客が必要だ。
つまり、この学園都市の過半数の生徒が、大講堂に集まることになる。
その上、円卓は試合中だ。
「でも、今回の円卓戦では何もなかったな」
「帝国側の準備が間に合わなかったのさ。
内部からの破壊工作のほうも、フィールド発生装置を確実に破壊できる手段が用意できなかった」
「あっぶねえな……」
ラシヴァが血の気の引いた顔でそう言った。
「いや、そうでもない。
精霊教会は、バズパが監視下に置いている。
動けばすぐにわかったはずだ。
円卓戦の最中でも、円卓を除く生徒会の幹部クラスは警戒を怠っていなかった」
エクセリア会長が平然と言う。
「狙うのは、次の円卓戦だって言ってました。
フィールド発生装置は、帝国の用意した『爆薬』とかいうものと、魔法で破壊することになってます」
ハントは制服のポケットに手を突っ込み、そこから粘土のようなものを取り出した。
「これが爆薬です。とてもそうは見えないでしょう? 強い衝撃を与えると爆発するんです」
「プラスチック爆弾みたいなもんか」
俺は思わずつぶやいた。
「プラ……なんだって?」
「いや、それも宮殿の産物なのかもしれないな。あるいは帝国の古代技術か」
どっちかといえば前者だろうか。
帝国がプラスチック爆弾を作るような科学技術を持ってるなら、前線に銃器くらい配備してそうなもんだ。
この世界に銃火器や大砲のようなものは普及してない。
転生者であるキロフがいるにもかかわらず、帝国もそうした兵器を開発している気配がない。
俺も学園都市に来るまでのあいだに、火薬で弾を飛ばす銃火器の開発ができないか検討したことがあったのだが、そもそもこの世界には火薬というものがないらしい。
「ちょっと見せてくれるか?」
「いいぜ」
ハントから「爆薬」だという粘土のようなものを受け取り、手のひらで転がしてみる。
これが前世で言うところの「爆薬」なのかどうかは判断がつかない。
プラスチック爆弾の現物なんて見たことがないからな。
「地属性の魔力を感じますね。それもかなり強力な」
いつのまにかそばに来ていたメイベルがそう言った。
「魔力、ですか?」
「ええ。膨大な魔力を凝縮したような感じです。どうしてそんな状態で安定していられるのか不思議です」
「……わたしの水属性魔力と相克がある。それには膨大な火属性魔力も込められてる」
今度はユナが言った。
「たしかに、光と闇の魔力を通さないくらい、他の属性が固まってることは俺にもわかるな」
レントゲンで撮影したらそこだけ真っ白に影が映るような、そんな感じになっている。
「地属性魔力と火属性魔力を圧縮して固体化させたってことか?」
「あるいは、なんらかの媒体に両方の魔力を詰め込んだ、ということでしょう」
俺のセリフに、メイベルがそう付け加える。
(火薬ではないんだな)
だとしたら、転生者であるキロフが現代知識を使って爆薬を製造したという線は薄くなる。
会長がハントに聞く。
「帝国の狙いはなんだ? なぜウルヴルスラを狙う?」
「さあ、そこまでは……。
真なる精霊を生み出すのに、ウルヴルスラは邪魔なのだとかなんとか言ってました。
取ってつけたような理由でしたね」
「ふむ……」
会長が顎に手を当てて黙り込む。
「どうします? すぐにでも精霊教会の関係者を拘束しますか?」
メイベルの問いかけに、
「いや、せっかくだ。この状況を利用しよう」
エクセリア会長は、目に強い光を宿してそう言った。




