56 巡らされた陰謀
「なに? どういうことだ、エリアック」
考え込む俺に、エクセリア会長が聞いてくる。
俺は、顔を上げて言った。
「たぶん、会長の懸念してることと同じだと思います」
「やはりそうか。いるとすればそこかとは思っていたが……」
「ち、ちょっと、エリア! 会長と二人だけで納得しないでよ!」
うなずきあう俺と会長に、ロゼがそう言って割り込んでくる。
「ああ、すまん。
でも、単純なことさ。学園都市内の精霊教会には、帝国の息がかかってる可能性がある。
俺のクラスメイトのハントは、おそらく妹を人質に取られ、学園内の情報を帝国に流してるんだろう」
「ええっ!? ハント君って、帝国の研究所からエリアを助け出した時に手伝ってくれた人だよね!?」
「ん……そうか! あのタイミングだったな!」
ロゼのセリフに、俺の中でさらにピースがハマった。
「エリアック。何に気づいたのだ?」
今度はわからず聞いてくるエクセリア。
「おっと、すみません。
つまり、あの遠足ですよ。
俺たちは霊威兵装の件で頭がいっぱいになってました。
だから、キロフがあそこに現れたのは、霊威兵装がらみだと思い込んだ。
でも、霊威兵装の回収はネルズィエン皇女に与えられた任務だったんだから、キロフがその監督のためだけについてきたとは考えにくい。
キロフにはべつの狙いがあったんだ」
「べつの狙いだと?」
「ええ。おそらくは、遠足で学園外に出てきたハントを洗脳すること。もともとハントは妹を人質に取られて帝国の諜報員とつなぎを取ってたんでしょう。
でも、帝国にはそれ以上の何かをさせる必要が出てきた。そこで、キロフはハントに直接暗示をかけ、思い通りの行動を取らせようと考えた」
「では、ネルズィエン皇女を捕らえたエリアックたちを襲ったのは、もののついでだったということか」
「でしょうね」
「しかし、キロフにはそこまでしてネルズィエン皇女を取り戻す必要はなかったのではないか? 人質として有効とは言えないのだろう?」
それは、俺という転生者の存在に気づいたから、だろうな。
ネルズィエンをさらっていったのは、それこそ「もののついで」だろう。
現実に実感を持てないキロフは、ネルズィエンを近くに置いておき、憎み苦しむネルズィエンを見て、自分の残酷さを確認するのだ――そんなねじくれたことを口にしていたという。
だから、キロフにとってネルズィエンには一定の価値を持っている……らしい。
理屈がぶっ飛びすぎてて、どこまで本当かはよくわからないんだけどな。
だが、そのためだけにネルズィエンを回収するかというと疑問は残る。
「エリアック。何か知っていることがあるなら教えてほしい」
返答の遅れた俺に、会長が言った。
「そう、ですね……。
話してもいいんですが、正直信じてもらえるかどうか」
「サンヌルなのに魔法を使えるだとか、前代未聞の三重属性だとか、霊威兵装の中で生き延びていた二百年以上前の生徒騎士だとか……。
これまでだって、十分に信じがたい話が続いてきたではないか。
これら以上に信じがたいような話がまだあると?」
「こうなった以上はお話するべきでしょうね」
俺がキロフと対峙した時、その会話の内容は居合わせた全員が耳にしていた。
だが、キロフはなんらかの認識阻害をかけていたらしく、俺とロゼを除く生徒騎士や帝国兵たちは、俺とキロフの会話の細部を忘れていた。
これさいわいと、俺は前世のことについてはまだ話していなかったのだが……。
エクセリア会長が口を開く。
「では……」
「ですが、重要なことなので、まずはロゼと仲間に打ち明けてからにさせてください。
それと、この秘密を打ち明ける以上は、円卓の持つ情報もすべて教えてもらいます。
ただ、ひとつだけ言っておくなら、キロフの狙いは俺だったはずです」
「君、か。ローゼリアでもなければユナでもなく、ネルズィエン皇女でもなかったというのか?」
改めて挙げられると、狙われそうなやつが多すぎるな。
ロゼも、三年前に黒装猟兵にさらわれかけたことがあった。
霊威兵装の中で生き延びてたユナを貴重な「サンプル」と見て狙う、という発想もありうる。
ロゼが、不安そうな顔で俺を見上げてくる。
俺が転生者だってことは、ロゼにすらまだ話してない。
キロフとの会話は聞かれてるから、薄々何かを察してはいるかもしれない。
いろんなことでゴタゴタしてたせいで、腰を据えて話す時間が作れなかった。
(いや、言い訳か)
俺は怖かったのだろう。
前世で死を選んだ男が転生したと打ち明けて、ロゼから拒絶されるのが。
「わかった。君の側で話す準備ができたら言ってくれ。その場合にはこちらの情報を隠すことはしない」
「会長。いいんですか、そんな約束をして?」
メイベルがエクセリアに確かめる。
「うむ。彼らは事態に巻き込まれすぎている。
こちらが情報を出し渋ったことで事態がさらにこじれるようなことは避けたいのだ。
将来の円卓要員でもあるしな」
「エリアック君。あなたはわたしたちの円卓に挑むと言っていましたが……今からでも取り消しませんか?」
メイベルが俺に言う。
「対帝国のことを思えば、あなたたちを円卓に取り込むのが現状のベストな選択肢だと思います。
まあ、ラシヴァ君はすこし足りないと思いますが」
「んだとっ!」
唐突に毒を吐かれ、ラシヴァが反射的に声を荒げた。
だが、小さく舌打ちをして引き下がる。
「もし俺たちが会長たちに挑戦して破れるようなことがあったら、それも考えますよ」
「ふっ。言ってくれるな。万一君たちがわたしの円卓に勝つようなことがあったら……」
「できることなら、会長たちにはこっちの円卓に入ってほしいですね」
バチバチと火花を散らして、俺と会長が睨み合う。
「って、そうじゃなかった。精霊教会の話はどうするんです?」
「そうだったな。
君の同級生であるハントがキロフに暗示をかけられていたとして、それならどうして君にヒントを出せた?」
「暗示の範囲が甘かったんでしょうね。あるいは、解釈の余地の残る暗示だったのか。
ハントはスパイをさせられてることを口外できなくされていた。
でも、帝国の捕虜が危ないんじゃないかと指摘するのは、ハントが事情を知ってる以上不自然ではありません。
実家が帝国に近い領地で、妹から手紙が送られてくるというのは事実でしょうし、その度に『不安になる』と打ち明けることも、直接スパイであることを口外してるわけじゃない。
あいつはギリギリのところでヒントを絞り出してたんだ……」
そのヒントにすぐに気づけなかったことに腹が立つ。
「エレインと開発しているという洗脳解除の魔法は?」
「原型はもうできてます」
「早いな」
「暗示をかけるのとは違って、脳内に埋め込まれた闇魔法の回路を消すだけですからね。
本当は、暗示の解除だけじゃなく、暗示を弾く予防魔法も作りたいんですが」
ラシヴァの持ってる腕輪のように、有害な魔法を弾くような魔法が作れれば、キロフによる洗脳を恐れる必要は薄くなる。
「十分だろう。すぐにエレインとハントをここに呼ぼう」
エクセリア会長が会議室を出て、外にいた生徒会のスタッフに、生徒の呼び出しを依頼する。
「すまないが、放送ではなく、直接探して連れてきてくれ」
「会長の名前ではなく、俺の名前を出した方が自然かもしれません。精霊教の関係者が近くにいるかもしれませんし」
「そうだな。
では、エリアックが呼んでいると言って連れ出してくれ。
行き先については誤魔化し、生徒会棟に入ったことも気取られないようにしてほしい」
なかなか大変そうな注文をつける会長に、スタッフの男子が困惑した顔でうなずいた。
会長はスタッフを見送ると、生徒会室の扉を閉めて戻ってくる。
「精霊教会についてはどう見る、エリアック」
「それについてはむしろ、会長の見方をうかがいたいのですが」
「それもそうだな。
彼らは至聖所周辺を根城のようにしてる。
精霊教会もそこにあるし、精霊教の修行場もすぐそばだ。
この学園内の精霊教徒の数は、生徒会が把握してる限りでは40名ほどだ」
一学年100人強、全体で600人と少しの学園で、その数は多いのか少ないのか。
「あくまでも、信仰を明言している生徒騎士の数です。暗数はもっと大きいと思われます」
メイベルがそう補足する。
「といっても、彼らのすべてが精霊教会に深く関与しているわけではない。
精霊教会とはまったくべつに、個人的に信仰を守ってる生徒も多い。
彼ら、彼女らの多くは誠実で、学業や任務にも熱心だ。心に芯があるというのは、やはり強いことではあるのだろう」
「なぜ精霊教と帝国なんでしょうね?」
首をひねった俺に、ロゼが口を開いて会長に言う。
「三年前わたしをさらおうとした黒装猟兵は、継母の手引きを受けていたそうです。
継母――つまり、前王妃カサンドラは、精霊庁の枢機卿の家柄でした」
「そういやそんなこともあったな」
ロゼにとってはあまり触れられたくない話かと思ったが、ロゼなりに整理がついたのだろうか。
「となると、精霊教自体が、帝国の対外諜報組織のようになっているということか?
だが、帝国は千年前から突如蘇った存在なのだ。
なぜその帝国に、地上で味方となる存在が現れる?」
エクセリア会長も眉をひそめる。
博覧強記のメイベルも、明確な答えは思いつかないようだった。




