52 初めてのアルバイト
「では、作業をお願いします。終わったら声をかけてください」
図書館でそう静かに告げてきたのは、見覚えのある顔だった。
生徒会円卓・書記メイベル=ヌルホド=キケリ。
学術科のチャコールグレーの制服を着た小柄な少女だ。
エクセリア会長やバズパ副会長と同じ四年生。
ストレートヘアの黒髪とブラウンの肌に銀縁の眼鏡が特徴的な美少女だ。
「わかりました、メイベル先輩」
「……今日は低姿勢なんですね」
ロゼよりさらに小柄なメイベルが、俺を見上げてそう言った。
霊威兵装の一件を報告した時には、「今の円卓ではこれからの危機は乗り越えられない、俺たちが円卓になる」みたいな宣戦布告をかましてるからな。
その時、メイベルはかなり不快そうな顔で俺たちのことを睨んでた。
「俺はラシヴァとは違って、謙虚なんですよ」
「とてもそうは思えませんが」
「図書館ではメイベル先輩が上司なんです。尊重するのは当然ですよ」
「知ってますか? 索引作成のアルバイトは、たしかに割りはいいですけど、長く続く生徒はほとんどいません」
「聞いてます」
「あなたの自信が本物かどうか、見極めさせてもらいます」
「索引作成で……ですか?」
「不満ですか? アルバイトだからと与えられた仕事を疎かにするような人に、生徒会長が務まるとでも?」
「ごもっともです。いや、会長になるのは俺じゃなくてロゼだと思いますけど」
まだはっきりとは決めてないけど、俺としてはそのつもりだ。
「会長でなければ仕事の手を抜いてもいい、ということですか?」
「揚げ足を取らないでくださいよ。会長であろうとなかろうと、仕事で手を抜いたりしませんって」
俺とメイベルは、人気のない図書館の隅っこのカウンターで話していた。
メイベルはカウンターの中に山と積まれた書籍をごっそり持ち上げ、俺の目の前にドンと置いた。
「今日中に、これを片付けてください」
「今日中ですか?」
今日は授業が早く上がってはいるが、図書館が閉まるまでの時間は数時間といったところだ。
そのあいだに、すべての本に目を通し、必要なキーワードを拾って、索引カードに書名やページ数を書き記す――いくらなんでも無理だろう。
「全部とは言いません。
でも、どこまでやれるかであなたへの評価を変えます。
もちろん、やっつけ仕事をするようなら即クビです」
メイベルがつけつけと言った。
(完全に嫌われてるな)
そりゃ、盟友である会長に、面と向かって宣戦布告されればそうもなる。
面白がってる会長や副会長がおかしいのだ。
「やれるだけやってみます」
仕事の進め方はもう聞いてる。
俺は与えられた本と索引カードを抱えて、閲覧者のいないあたりに席を取った。
「さて、やるか」
俺は一番上の本を手に取り、表紙を開く。
まずは目次を見てざっと内容を確認する。
目次だけなら、既に索引が作られてるそうなので、改めて索引化する必要はない。
だが、内容を頭に入れておかないと、本文のキーワードを見落とすおそれがある……とメイベルに注意された。
俺はページを一項一項めくっていく。
同時に、俺は魔法を使っている。
光魔法「検索」。
まんまの名前だが、目に映るものをスキャンして、目的となる言葉や図形をハイライト表示する魔法だ。
もちろん俺のオリジナルである。
「ふんふん」
俺はハイライトされた単語とそのページ数をカードに写す。
やってみてわかったが……これはひたすら退屈だ。
退屈なのに、常に注意力を要求される。
退屈なら退屈で、工場作業のように自動化できればまだしもよかったのだが、キーワードは不規則に散らばってる。
そのせいで、気を抜いて手だけ動かすということもできなかった。
それでも、十分ほどで一冊目が終わった。
次の本に手を伸ばそうとしたところで、
「待ってください」
メイベルが俺を制止する。
「早すぎませんか?」
「ちゃんとやりましたよ?」
「……見せてください」
メイベルが俺の作った索引カードを取り上げ、手元にあるカードと見比べる。
俺が作るまでなかったはずの索引が、なぜメイベルの手元にあるのか?
(一冊目はテストだったんだな)
既に索引のある本を与えて作業させ、その作業の精度をはかるのだろう。
メイベルが眉をひそめて言った。
「……抜けがまったくありませんね」
「でしょう?」
メイベルはなおも、文句の付け所を探そうとする。
「ん、これは……」
メイベルが俺の索引の一部を指差し、そこに記されたページ数を見て本を開く。
「……こっちの索引のほうが抜けてるじゃないですか……」
どうやらお手本の索引のほうに抜けがあったようだ。
「ああ、そこですか。ちょうどページをまたいでるんで、見逃すところでしたよ」
「検索」は便利なんだが、単語がページをまたいでしまうと機能しない。
「検索」でパターンマッチするには、単語が視界に収まってる必要があるからな。
途中から単語の一部分だけでもハイライトするようにしたのだが、べつの単語の一部が引っかかったりして、作業がすこし面倒になった。
「ちなみに、本の内容は覚えてますか?」
「アゲット=サンヌル=サンジェルム著『複合魔法大全』。二重属性の複合魔法を、信憑性でランク付けして整理した良書ですね。同じサンヌルとして敬服しますよ」
なんだかんだで俺にこの本を最初に与えてくれたメイベルは、良心的な図書館司書なんだと思う。
あるいは、生徒会円卓として、後進に学習の機会をくれたのか。
なんで索引を作りながら内容まで把握できたかって?
オリジナルの闇魔法「記憶力増強」を使ってるからだ。
自己催眠によって学習効率を上げながら、本来なら睡眠中にしか起こらないはずの記憶定着効果を覚醒中にも引き出してる。
メイベルはなおも疑ってくる。
「……この本を読んだことがあったのでは?」
「いえ、初めて見ました。実家には結構この手の本があったんですけどね」
「サンジェルムの『複合魔法大全』は、各国の大きな図書館にしかないと思います」
なら聞くなよ。
「信じ難いですが、できてる以上いいでしょう……。
残りに取り掛かってください。
休憩は、適宜取っていいですよ。あまりサボられても困りますが」
メイベルはまだ不審そうに俺を見ていたが、やがて自分の仕事に戻っていった。
「じゃあやりますか」
俺は「検索」と「記憶力強化」を使いながら、積み上げられた本との格闘を始めた。
「エリアック君」
「はっ!」
メイベルの声に、俺はページから顔を上げた。
「もう閉館の時間です」
「気づきませんでした」
最初は単純作業と思った索引作成だが、メイベルに渡された本は良書揃いで、作業しながらいつのまにか読みふけってしまっていた。
もちろんそれで作業速度を落としたりはしてないが。
「ありゃりゃ。まだ半分残ってますね」
俺の隣に積まれた本の山は、まだだいぶ残っていた。
「いえ、もともと無理な量を渡していますから。半分もこなせた人は初めてです」
メイベルが企みをぶっちゃけてそう言った。
「メイベル先輩。ひょっとして、毎回志望者の興味の持てそうな本を用意してるんじゃないですか?」
「……よくわかりましたね」
メイベルが軽く目を見開いて言った。
「だって、著者がサンヌルだったり、複合魔法の研究書だったり、軍における指揮統率の指南書だったり、リーダーシップの啓発書だったりするんですもん」
露骨に俺向けのラインナップだった。
メイベルが、慌てたように早口で言う。
「か、勘違いしないでください。索引作成を志望する人には、みんなにしていることです」
「俺だけ特別扱いはしないでしょうから、そうなんだろうなと思いましたよ」
次々に人が辞めていく仕事だけに、メイベルの側でも工夫をしてたってわけだ。
「……でも、ちっとも気づいてくれなくて」
「そりゃ、索引作成に必死だったらわからないかもですね」
一冊や二冊なら、興味のある本だったとしても偶然だと思うだろう。
何冊もこなして初めて、メイベルの心配りに気づけるわけだ。
「と、ともあれ、お疲れ様でした。
次は、その山の続きをやってもらいます。終わったらまた用意しますので」
「わかりました。ご指導ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
わりと本気でお礼を言った俺に対し、メイベルは褐色の頬をうっすら染めて、あらぬ方向に顔を逸らしたのだった。
アルバイトからの帰り道に、見知った顔を見つけ、声をかける。
「ハント!」
俺の声に振り返ったのは、学術科第一教室のクラスメイトであるハントだった。
ハントは制服ではなく、見慣れない鼠色のローブを着ていた。
特徴的なくすんだ金髪がなかったら、本人だとわからなかったかもしれない。
「エリアックか。おまえもバイト帰り?」
「ああ」
「えっと……索引作成だっけか。やっていけそうか?」
「なんとかなりそうだ。俺に向いてるよ」
「……索引作成に向いてるやつなんて聞いたことないぞ」
会話をしつつ、俺は違和感を覚えた。
「なんか、元気なくないか? 精霊教会の助祭だったよな?」
俺はハントのローブを見ながらそう言った。
「そう見えるか? まあ、しがらみが多くてな」
「大変なんだな」
「いや、そんなことはどうだっていいんだ。
そういや、エリアック。例の捕虜にした帝国兵はどうなってるんだ?」
急な話題の転換に戸惑いつつも、俺は答える。
「どうって……捕虜収容施設にいるとしか聞いてない。生徒会で尋問はしてると思うが」
「エリアックは帝国の皇女に暗示をかけてたよな。帝国兵はどうなんだ? 例のキロフとかいう丞相に精神操作を受けてるおそれはあるか?」
「俺の調べた限りではなさそうだった」
キロフも、帝国兵すべてをマインドコントロールしてるわけじゃないのだろう。
彼ら一般兵はいずれにせよネルズィエンの指揮に従うのだから、わざわざ洗脳する意味もない。
「……確実か?」
「キロフが俺に察知できないような魔法をかけてないとも限らないけど……魔力を感じない以上、その可能性は限りなく低い」
魔力なしでは魔法は発動しない。
だから、俺がネルズィエンに暗示をかけた際には、暗示を維持できるだけの闇属性の魔力と、魔法を実行するための魔法回路を仕掛けていた。
ネルズィエンが疑いを抱いた時にだけ発動する魔法なので、意外に魔力が長持ちして、つい最近まで問題なく暗示を維持できてたわけだ。
もしキロフが帝国兵に同じような魔法をかけていたとしたら、魔力や魔法回路がなければおかしい。
「限りなく低いってことは、絶対ないとは言えないってことか?」
「ん……ああ。絶対ないとまでは言えないが……」
捕虜として収容されている以上、何ができるとも思えない。
「油断するなよ、エリアック。奴らには枷をはめておくべきだ」
真剣な顔で言ってくるハント。
「……そうだな。わかった。円卓に掛け合って、改めてなんらかの暗示をかけておく」
戸惑いながらもそう返す。
実際、ハントの忠告は間違ってない。
心配しすぎのような気もするが、念には念を入れるべきだ。
「丞相キロフの精神操作を防ぐ手だても開発してるんだよな?」
「ああ。エレイン先生に協力してもらってる」
エレイン先生は、もともと回復魔法の研究者だ。
アマなので闇属性の魔力には干渉が難しいのだが、そこはサンヌルである俺が担当しつつ、先生には被術者の負担を軽減する術を組み立ててもらってる。
精神操作を解いた後に予想される後遺症のケアも先生の担当だ。
俺と違って、キロフが魔法をかける相手に悪影響がないよう配慮するとは思えないからな。
「なら……大丈夫か」
ハントがぽつりとつぶやいた。
「どうしたんだ? 様子がおかしいぞ?」
「いや……なんでもない。うちの領地も、おまえんとこほどじゃないが、帝国領に近くてな。妹から手紙が届いたりすると、わけもなく不安になるんだよ」
「わかるよ。もし帝国が攻め込んできたら、うちの領地も前線になる」
両親とも、俺と一緒に研究を重ね、この世界の水準ではチートに近いくらいの力を手に入れてる。
だが、それでも何が起こるかわからないのが戦争だ。
「おまえんとこは盤石そうだけどな……」
ハントが苦笑した。
(いや、そうでもないさ)
キロフは俺の存在を知ってしまった。
だとすれば、ブランタージュ伯領を落とし、俺の両親を人質にしようとするかもしれない。
ガッチガチに固めてあるあの国境を抜くのは、キロフといえど難しいはずではあるが。
「なあ、ハント。それなら、俺たちと一緒に戦わないか?」
「よせよ。俺に円卓に挑むような力はないさ」
「そんなの、今後の修練次第で……」
「エリアック。誘ってくれるのはありがたいけど、俺には俺のやるべきことがあるからさ」
「……そうか」
きっぱり断られ、引き下がる。
武闘派なら、最初から魔術科か武術科を選んでる。
学術科を選んだハントには、また別の戦い方があるのだろう。
学術科で戦闘までこなそうとする生徒騎士なんて……まあ、エレイン先生やメイベルなんかはそうなんだが。
その後、クラスでの出来事や学園の噂話なんかをするうちに、ハントの顔に浮かんだ暗い翳は消えていた。




