51 なぜなにエレイン先生
「すまん、リーダー。
実は、既に誘いを受けていてな」
緑のポニテのきりっとした女子が、両手を合わせてそう言った。
遠足のチームで一緒だった武術科の女子――シズレーンを誘ってみたのだが、あえなく断られてしまった。
ラシヴァ、ユナと首尾よくメンバーを増やせた翌日だ。
武術科の一部生徒が自主的に行ってる朝稽古を覗いて、シズレーンを見つけたところまではよかったんだけどな。
「そうか。シズレーンならと思ったんだが……。
あと、もうリーダーじゃないだろ」
「そうだったな。いろいろありすぎて、リーダー呼びが刷り込まれてしまったようだ。
エリアックに誘えてもらえたのは光栄だが、わたしが学園に入ったら一緒に組もうと以前から約束していた相手がいてな。
もっとも、わたしではとてもリーダー……じゃなかった、エリアックのチームメンバーは務まらんとも思うぞ」
「そんなことはないと思うけどな」
「自分の実力はわかっているつもりだ。
自分より優れた人間の下につくことで自分が成長できる場合もあろう。
だが、わたしとエリアックでは実力に差がありすぎる。
わたしは、エリアックに頼りきりになってしまうのが怖い」
なかなかストイックなことを言うシズレーン。
(一理はあるな。それを自覚できてるやつなら大丈夫な気もするが……)
とはいえ、無理に誘うのもよくないだろう。
あの地獄のような遠足をともにくぐり抜けた仲とはいえ、もとはくじで決めたその日限りのチームメイトにすぎないんだからな。
「わかったよ。模擬戦で戦うことがあったらよろしくな」
「リー……エリアックのチームとは戦いたくないな……。勝てる未来がまったく見えん」
引きつった顔で言うシズレーンを残し、俺は稽古場を後にした。
忘れてはならないが、生徒騎士には授業がある。
闘戯や遠足なんていうのは、突発的なイベントにすぎない。
生徒騎士の本分は学業と訓練だ。
俺は学術科の第一教室で、同じクラスのハントやミリーと雑談しながら、授業の開始を待っていた。
(こいつらは……違うよな)
二人とも優秀な部類の生徒に入ると思うが、生徒会円卓に挑むメンバーとしては力不足だろう。
本人たちにその気もなさそうだ。
根っからの武闘派は、そもそも魔術科か武術科に入ることが多いからな。
学術科には、軍師タイプか研究者タイプの生徒が多い。
「ねえ、エリアック君はアルバイトは何にした?」
ミリーがそう聞いてくる。
「ああ、図書館の索引作成で応募しといた」
「げっ、あのしんどいやつか」
ハントが顔をしかめて言った。
「よく知ってるな、ハント」
「索引作成って?」
「図書館の本を一冊一冊読んでさ、その中から重要語や人物名、参照してる文献名なんかを抽き出して、それを何枚もカードに書くんだよ」
ハントがミリーに説明した。
「それってキツいの?」
「抜けや漏れ、写し間違いが許されないから、めっちゃ神経が削られるって話だ。毎年学術科の新入生がそうと知らずに応募して、三日で根を上げるって噂だぞ」
「うわー、大変そう。わたしだったら一時間でうがーってなる!
エリアック君、大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない」
なんだか問題大アリな感じの答えになってしまったが、実際に問題はないはずだ。
神経を削るような単純作業だろうと、【無荷無覚】のある俺には関係ないからな。
むしろ、バイトしながら知識が増やせて便利だと思う。
(時給も高いし)
授業を受けるだけでも仮想通貨は貯まる。
でも、せっかくの学生生活なのだ。遊ぶための資金はほしかった。
昨日、ラシヴァやユナをあれだけ焚きつけておいておまえは遊ぶのか? と言われるかもしれない。
だが、日常に遊びを取り入れていかないことには、この先息苦しくなっていくばかりだろう。
ストレスを感じない俺はそれでも耐えられるだろうが、ロゼたちはそうじゃないはずだ。
俺だって、いくらストレスを感じないとはいえ、楽しいことがまったくないのでは、何のために生きてるのかわからなくなってしまうだろう。
……という大義名分を立ててはいるが、要は、ロゼとデートするための資金である。
前世を含め、働くことにこんなにモチベを感じられるのは初めてだ。
「ミリーとハントはなんのバイトをやるんだ?」
「わたしはウェイトレスだよー」
「えっ、この都市って飲食店なんてあったの?」
何箇所かに食堂があるのは知ってるが、いずれもウルヴルスラの都市機能によって自動化されてる。
自動販売機のようなものから食事の載ったプレートが出てくる仕組みだ。
黄昏人の遺産だけに、謎肉・謎野菜・謎スープ・謎フルーツではあるものの、味は悪くないし、栄養バランスもよさそうだ。
メニューのローテもちゃんとある。
そんな便利なものがあるのに、他の飲食店が成り立つんだろうか?
「うん、先輩の生徒騎士が趣味でやってる店だけどね。自動食堂だけだと味気ないって人が結構いて、まあまあ成り立ってるみたい」
「へええ」
俺が素直に感心してると、
「……ウェイトレスはメイド衣装を着て、お客さんに『おかえりなさいませご主人様』って言ってくれるらしいぞ」
ハントがぼそっと補足情報をつぶやいた。
メイド喫茶じゃねえか。
「学園の生徒はみんな貴族の子弟だろ。メイドなんて珍しくなくね?」
「それはそうなんだが、同じ学園の女子がメイドの格好で出迎えてくれるのは、背徳感があってそそる……らしい」
「大丈夫なのか、その店」
心配になってミリーに聞く。
「そこは、店長がきっちり締めてるから大丈夫。いろいろイベントとかもやってるんだって。試しに覗いてきたけど楽しかったよ?」
「健全な店ならいいけどな」
「いや、さすがに風紀上問題のある店は、生徒会に潰されるって」
そりゃそうか。
「ハントは?」
「俺か? 精霊教会で司祭の手伝いだな」
「信者だったのか?」
「俺はそうでもないんだけど、家の絡みでな」
「家格を学園に持ち込むのは禁止だろ?」
「家格を持ち込むのは禁止だが、生徒同士が以前から知り合いって場合もあるからな。知らないふりをするのも不自然だろ。そういう人間関係はどうしたってあるよ。
エリアックだって、ローゼリアさんと知り合いじゃないか」
「知り合いっていうか、カノジョなんだよねー?」
「まぁな」
ロゼなら婚約者だと訂正したかもしれないが、恥ずかしいので俺は言わないでおく。
「今度、ミリーとハントの職場でも覗きに行くか」
「ええっ!? さすがにそれはちょっと……同級生がいると、ねえ?」
「おっ、そう聞いたら行かざるをえないな」
「……ローゼリアさんに言いつけるよ?」
「うぐっ……」
的確に嫌なところを突いてきやがって。
「ハントのほうは?」
「いやぁ、俺のほうもちょっとな……面白みもないと思うぜ?」
「後学のためにはなるだろ?」
「エリアックは真面目なんだか不真面目なんだかわからねえよな。
やめとけやめとけ。マジで退屈だから。関わり合いにならないほうがいいって。厄介な連中なんだ、精霊教徒はよ」
嫌そうな顔で、ハントが片手を顔の前で振った。
「そうか……」
どうも本気で嫌がってるみたいだな。
いたずら半分でいきなり行ったらガチギレされそうな雰囲気だ。
俺は陽キャではないので、ここまで言われてサプライズを仕掛ける気にはならなかった。
そうこうするうちに、授業が始まる。
前世の大学と一緒で、クラスルームの時間はない。
最初の授業は担任のエレイン先生だった。
教科は歴史。
「……こうして、古のデシバル帝国を倒した五賢者は、それぞれに国を建てました。
それが、今大陸にある五大国ね。
帝国に滅ぼされたザスターシャを除くと、四大国になってしまうけれど……。
地の賢者が建てたのがジオラルド王国、水の賢者が建てたのがシャルディス王国、火の賢者が建てたのがザスターシャ王国、風の賢者が建てたのがヒュルベーン王国よ」
「あれ? ミルデニアは何の賢者が建てたんですか?」
ミリーが小さく手を挙げて聞いた。
「それが、わからないのよね。
諸説はあるわ。
賢者ミルデニアは、サンかヌルだった。
あるいは、いずれかの複合属性だった。
もっと奇妙な伝承では、賢者ミルデニアは属性を持たなかった、なんてものもあるわね。
賢者ミルデニアは黄昏人の最後の直系だったという伝承もあって、その正体は謎に包まれてるの。性別すらわかってないほどよ。
属性に関しては、まあ、サンかヌルだったと考えるのが自然でしょうけど……」
エレイン先生が俺をちらりと見る。
「今年は前代未聞のサンヌルの生徒はいるし、ヒュルサンヌルの生徒までいるものね。これまでありえないとされてきたけど、賢者ミルデニアがサンヌルだった可能性もあるんじゃないかと思えてきたわ」
今度は俺が聞いてみる。
「ラシヴァはうまいこと国柄に合った火属性なわけですけど、偶然ってことでいいんですか?」
「ここだけの話、なんとも言えないわ。
もちろん、生まれた曜日で加護が決まるわけなんだけど、偏りがあるみたいなの。
各王国の王族の属性を数え上げた学者さんがいて、それによると、ザスターシャはジトの王族が3割近くもいるわ」
「それぞれの曜日に生まれる確率を単純に6分の1と考えると、各属性になる確率は1割6分ってとこか。3割だと2倍近いですね」
「あら、エリアック君は計算も早いのね」
エレイン先生が、ちょっと感心した目で俺を見た。
(あ、やべ)
この世界でも基礎的な算数くらいは各家庭で教わるが、前世みたいに徹底してドリルを繰り返すようなことはしないらしい。
家庭によっては、かけ算を教えずじまいってこともあるんだとか。
学園騎士団のカリキュラムにも算術の授業はあるのだが、よくて中学レベルという感じだった。
もちろん、この世界にも詳しい人はいる。
前世でも江戸時代に独自に微積分を研究してた和算の学者がいたように、高度な数学を研究してる学者もいるらしい。
ただ、学園騎士団は軍事組織なので、基本的な計数以上の内容は、なかなか学ぶ機会がないようだ。
「えっと、ザスターシャ以外の国でもそうなんですか?」
俺は質問をして誤魔化した。
「そうなのよ。他の王家でも同様の偏りがあるの。ヒュルベーンならヒュルが多くて、シャルディスはアマが多い、というようにね。
ただし、この偏りの理由にも諸説があるわ」
そう聞いて、ピンと来た。
「ひょっとして、サンヌル対策ですか?」
「ええ、まあ。
エリアック君の前で言うのも悪いけど、王家ともなると、子どもがサンヌルになるのを避けるために、いろんな手立てを尽くすものよ。
その時に、自分の国の建国者にちなんだ曜日を狙う、という発想をするのは自然よね? たとえばラシヴァ君なら、ザスターシャの王族である以上、ジトに生まれたほうが箔がつくじゃない?」
「建国者にあやかったほうが王としての権威が増すわけですね」
「増すといっても、そうでないよりは説得力がある、という程度の話だけれど。
もうひとつ指摘されてるのは、生まれた子どもの選別が行われているのではないか、という話ね」
エレイン先生は、やや声を落としてそう言った。
「まさか、特定の属性を持った子どもを間引くってことですか?」
「ことがことだけに正確なところはわからないけど、昔はあったとも言われてるわ。産む曜日の調整は、絶対にうまくいくとは限らないものね」
俺やロゼの場合みたいにな。
「その各王家の属性を数え上げた学者さんは、王族の属性の偏りは、曜日の調整と間引きによってほぼ説明できる、という仮説を立てていたわ。
ただ、他の学者さんの中には、やはり偏りは存在すると言ってる人もいる。
実際、各王家で目覚ましい活躍をした王は、建国者と同じ属性の持ち主だった、とは、よく言われることね」
「それも、同じ属性の王が活躍した場合に、それが印象に残ったせいかもしれないですね」
「数え上げたほうの学者さんは、エリアック君と同じ意見だったみたいね。王家が精霊から特別の加護を受けているというのは妄説に過ぎないと言ってるわ。
でも、そういう意見を主張するのは、時として危険よ。
その学者さんはジオラルド王国のお抱えだったんだけど、その主張が時の王の不興を買って、最後には処刑されてしまったとか」
エレイン先生がぶるるっと身を震わせてそう言った。
「せんせー、そんなことを学園で教えちゃっていいんですか?」
ミリーの質問に、
「いい質問ね、ミリーさん。
そこで最初の話に戻るのだけど、ミルデニアは建国者の属性が不明だわ。
だから、他国の王家が主張している『自分たちは精霊の加護を受けた特別な存在だ』という説を批判しても、ミルデニア王家にとっては痛くもかゆくもないの。
むしろ、他国の神聖性を否定する材料が手に入ってほっくほくというわけね」
「うへえ、政治の話かよ」
ハントが嫌そうに言った。
「政治ついでで言うと、ミルデニアは建国者の属性の問題はないけれど、精霊教の本拠である精霊庁があるわ。
だから、精霊の神聖性を冒涜するようなことは言わないほうがいいわね。
言ったからといってすぐにどうこうということではないけれど、他人の信じてることをわざわざ否定することはないじゃない? どっちにせよ、真偽なんてわからないのだから」
ハント、ますます嫌そうな顔に。
エレイン先生はかなりの現実主義者みたいだな。
「ともあれ、デシバル帝国滅亡後の歴史は、五賢者による五大国の建国から始まったわ。
五大国は時に戦鉾を交えてはいるけれど、おおむね勢力を均衡させたままで千年の歴史を刻んできたの。
それには、いくつかの理由があるけれど、もっとも大きなものは、帝国の残したある『遺産』ね。
ここで質問よ。五大国が均衡を保つ上で最も重要だったとされている、デシバル帝国の遺産とは何か? 誰か、わかるかしら?」
エレイン先生の質問に、みんなが思いついた答えを言う。
「黄昏人の遺産ですか?」
「帝国の遺産と言ったでしょ?」
「魔法技術?」
「帝国の高度な魔法技術は、後世に継承されることなく消滅したわ。
まあ、最近復活したわけだけど」
エレイン先生の時事ジョークに、生徒の何人かが苦笑する。
「都市の遺構ですか? ラングレイみたいな」
「それは、影響力が局所に留まるわね。ラングレイの瓦斯灯は便利だけど、他の地には広まっていないでしょ?」
「じ、じゃあ……精霊教?」
「精霊教は、五賢者が創始したものだから、帝国の遺産ではないわ。むしろ、帝国の復活を封じ込めるためのものね」
クラスメイトたちが黙り込む。
そんなクラスメイトたちの様子をそっと伺ってると、エレイン先生が俺を見た。
「エリアック君、何か言いたそうにしてるわね?」
「え、ああ……気づかないものなんだなと思って」
「あら? そういうあなたは気づいたの?」
エレイン先生が、青い目で面白そうに俺を覗き込んでくる。
エレイン先生はユナと同じアマだが、ユナみたいなアクアマリンではなく、コバルトやインディゴに近い青色だ。
「言語、じゃないですか? 五大国は現在に至るまで、同じ言語を使ってます」
俺の指摘に、エレイン先生が笑みを深くした。
一方、クラスメイトたちはぽかんとしてる。
「エリアック君、大正解!」
「え、当たりなんですか?」
と、ミリーが聞く。
エレイン先生がうなずいた。
「そもそも、デシバル帝国が大陸を統一する以前の時代には、この大陸では無数の言語が使われていたの。
そもそもの黄昏人が、複数の言語を使っていたとも言われてるわ。
現在でも、大陸の僻地に行くと、訛りの強い方言があったりするわね?
言語というものは、放っておくと地域ごとに特色が出てくるわ。
そして、長い時間が経つにつれて、お互いに通じなくなってしまうこともあるらしいの」
「そ、そんなことがあるんですか」
ミリーを始め、クラスメイトたちが驚いた。
「デシバル帝国は、武力で大陸を統一したわ。
その経緯や、帝国以前の歴史については、帝国が徹底した焚書を行なったせいで、残念ながら知ることができません。
帝国は、自らの支配を確たるものとするためにまず何をしたか?
各地を結ぶ街道網を整備するとともに、大陸の言語を統一するという大計画を実行に移したの」
「どうやって、ですか?」
クラスの男子が聞いた。
「もちろん、力で、よ。
帝国の公用語を話さない者は人間にあらずと言って、公用語の使用を強制したの。
そのために、大陸に無数にあったとされる超古代の言語は、デシバル帝国の大陸公用語だけを残して消滅した。
結果、わたしたちは、言葉はどこでも通じるのが当たり前だと思ってる。
それを、帝国の残した最大の遺産だと認識してる人は少ないわ」
ちらっと、エレイン先生が俺を見た。
俺は居心地悪く頬をかく。
「でも、その後千年ものあいだ、公用語が分裂しなかったのは不思議ですね」
誤魔化すように聞いておく。
「五大国は、王家も貴族も、互いに婚姻関係を結び合って、情報網を作ってきたの。
だから、王侯貴族は帝国の生み出した大陸公用語を使い続けたってわけ。
王侯貴族の奉公人や出入りする商人たちにとっても、大陸公用語は必須のものとなった。各地で方言はあるけれど、言語が決定的に分裂しなかったのはそのせいだと言われてるわ。
他にも、帝国の整備した街道によって交易がさかんに行われてきたからだとか、帝国の通貨がその後の五大国でも通貨となって流通し続けているからだとか、精霊教の布教が公用語で行われたからだとか、いろいろな原因があるらしいのだけれど」
「そこに、当のデシバル帝国が復活した、か……」
「デシバルの復活とザスターシャの滅亡は、この千年で最大の歴史的事件でしょうね。
わたしたちは、そんな奇妙で難しい時代を生きてるの。
そのことを、みんなにはよく理解しておいてほしいのよ」
エレイン先生の言葉に、俺を含む生徒たちが、歴史の転換点に立ってることに思いを馳せて、黙り込む。
そのあいだに、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「はい、今日はここまで。
次回は小テストをするから、ちゃんと復習しておくように」
げー!と言うクラスメイトに苦笑しながら、エレイン先生が教室を出ていった。
感想でだいぶ前に聞かれた言語の話ですが、ようやく説明できました。




