46 邂逅
「エリア! 無事!?」
「ロゼ!」
俺は、抱きついてきたロゼを受け止める。
勢いあまってその場で一回転し、慣性を受け流してからロゼを地面に下ろした。
「ローゼリア王女!?」
ミリーがロゼを見てそう叫ぶ。
「ロゼ、来てくれると思ったよ」
「もう! 心配したんだよ!? 時間になってもエリアのチームだけ学園に戻ってこないっていうから!」
「でも、思ったより早かったな。ロゼには俺の魔力がわかるだろうけど、こんな地中に埋まってちゃ発見には時間がかかると思ったんだが」
「それは……」
ロゼが自分で開けた穴の方を振り返る。
改めて見ると、穴は周囲がガラス状に溶けて固まってる。
超高温の魔法で、土砂を混ざった水ごと溶かしたのだろう。
その穴から、見知った人物が顔を覗かせた。
俺はおもわずその名を呼ぶ。
「ハント!」
「よう、エリアック。無事でなによりだ」
現れたのは、学術科第一教室のクラスメイトであるハントだった。
俺の腕の中でロゼが言う。
「ハント君が、エリアの引いた地図を覚えててくれたんだよ。それで、エリアのチームが巡るはずだったチェックポイントを確認したんだ」
「最後に石を取ったチェックポイントと、その次の、石を取ってないチェックポイントのあいだで遭難してるはずだからね」
ハントがそう言って肩をすくめる。
俺は、地図を引いた時にハントが俺のチームの地図を覗き込んでたことを思い出す。
「ハント、おまえ、よくあの一瞬でこっちのチェックポイントまで覚えてたな?」
「言ったろ? うちは王都で紋章官をやってる家系だって。記憶力には自信があるのさ」
「ハント君のおかげで捜索範囲が絞れたんだよ。そうしたら、途中で、あからさまに怪しい、崩れた洞窟を見つけたってわけ。エリアの気配も、奥からわずかに感じたし」
「そこからは姫様の無双だよ。『太陽風』とかいう万物を溶かす光の熱風で、土砂と水で埋まった洞窟を文字通り消し飛ばしちまった」
「えへへ……ちょっと時間はかかったけどね」
「……その姫様もバケモノってわけかよ」
ラシヴァが、俺とロゼを見て嫌そうに言った。
俺は、ここに至った事情を、ロゼたちにかいつまんで説明する。
ついでにユナの紹介もな。
「よろしく、ユナちゃん」
「……よろしく、ローゼリア」
「ロゼでいいよ!」
「わたしのほうが先輩。ちゃん付けは不当」
「ええっ、そうなの!?」
「ロゼだって幼顔だと思う」
「がーん! でもユナちゃん先輩に言われたくないよ!?」
生徒騎士だったユナは、ロゼにちゃんと敬称をつけなかった。
いや、王女だってことを十分理解できてないのかもしれないが。
俺たちは、ロゼが穿った穴を逆に辿って地上に出た。
ネルズィエンたち帝国兵も連れている。
崖の細い道を抜けたところで、全員を集合させ、点呼を取った。
その頃には、完全に日が暮れていた。
ホーホー、となんらかの鳥が鳴く夜の森を、俺やロゼ、ハント、ミリーの生み出した「灯り」を頼りに進んでいく。
「会長たちが、学園の外にキャンプを張って、捜索本部を置いてるよ。チェックポイントはもういいからもし見つけたらまっすぐ帰ってこいって」
「いや、さすがに今から遠足の続きをする発想はなかったよ」
「しかし、リーダー。任務と考えれば、このような場合でも自己判断で放棄するわけにはいかないのだぞ?」
「ああ、そうなるのか」
シズレーンのつっこみに納得した。
こういう状況を先読みして、ロゼに命令を持たせてくれた円卓はさすがだな。
途中から、周辺で捜索してた別の生徒騎士の先輩も合流し出し、一行は四十人近くに膨らんだ。
先輩たちは、俺が帝国兵を多数引き連れてるのを見てぎょっとしてた。そりゃそうだ。
行きがかり上、俺が先頭になって一行は視界の悪い夜の森を進む。
帝国兵の統率(というかマインドコントロール)ができるのは俺だけだ。先輩たちは、帝国兵の周囲を囲むように隊列を組み、不測の事態に備えてる。
――もうそうそう不測の事態なんて起こらないだろう。
遠くにウルヴルスラのエネルギーフィールドが見え出したところで、俺はそう思いかけていた。
だが、今日の遠足には、まだイベントが残っていたらしい。
「止まってくれ!」
俺は一行に制止をかける。
「ど、どうした?」
先輩騎士の一人が声をかけてくる。
「しっ……誰か……いや、何かがいる」
俺がそう囁いた瞬間だった。
「ほう……気づきましたか」
進行方向の闇の中から、ひとつの人影が滲み出した。
比喩じゃない。
文字通り、何もいないように見えたただの闇の中から、水彩絵の具が水に滲むように、見たことのない人物が現れたのだ。
肩口で切りそろえたつややかな黒髪。
こちらの「灯り」を照り返す白皙の肌。
光を宿さない漆黒の瞳。
身長は俺と同じくらいだが、俺より若干細身だろう。
ほとんど女と見間違う容姿だが、一応男のように見える。
年齢は二十歳前後……だと思うが、いくつだと言われても納得してしまいそうな、年齢不詳の雰囲気がある。
男は、黒い外套、白いシャツ、赤いスカーフタイ、前世のスラックスのような折り目のついたズボン、これまた前世のビジネスシューズみたいな、尖ったベージュの革靴……という出で立ちだ。
俺は顔をしかめた。
(やべえ……)
その人物を見てるだけで、俺の心に得体の知れない恐怖が浮かぶ。
【無荷無覚】がなかったら、手や脇にじっとり汗をかいていただろう。
いや、立っていることすらできず、膝をついていたかもしれない。
その人影に最初に反応したのは俺ではなかった。
「――貴様! どうしてここに!?」
ネルズィエンが、顔を青ざめさせてそう叫ぶ。
「その反応……ひょっとして」
「ああ……こいつが、帝国の丞相キロフ=サンヌル=ミングレアだ」
俺は弾かれたように視線を前に戻す。
「おやおや、皇女殿下。敵国の人間に帝国の内情を漏らされては困りますね」
闇色の男が、おどけた口調でそう言った。
「なぜ貴様がここにいる?」
「それは、私のほうがお聞きしたいですね?
皇帝陛下があなたに与えた任務は霊威兵装の回収だったはず。
それがどうして、学園騎士団の尻の青い生徒騎士などに捕らえられているのです?」
「そ、それは……」
「まったく。たいした失態だ。
さすがの私も、ここまでの失態は想像すらできませんでしたよ。
どれだけ無能を晒せば気が済むのです、ネルズィエン皇女殿下?」
「ぐっ……」
一言一言をなぶるように発音するキロフに、ネルズィエンが顔を紅潮させて歯噛みする。
さて。この状況で俺はどう動くべきなのか。
そんなのは決まっていた。
俺は、無言で『闇の弾丸』を発動する。
一発ではなく、数十発を連射した。
さらにブーメラン状に形成した『闇の刃』を複数飛ばし、射線の外を塗りつぶすように往復させる。
闇に覆われた夜の森に、絶対に生きて帰れないはずの決死圏が生まれた。
闇の魔力が読めない者には、何が起こっているかすらわからないだろう。
ただ闇の中を闇が駆け、森の木々が爆砕していく。
「なっ……!?」
「こいつはっ!?」
ネルズィエンとラシヴァが低く身構え、驚愕と恐怖の入り混じった表情で事態を見守る。
俺はしばらく『闇の弾丸』と『闇の刃』を連射するが……
そのいずれにも、手応えがなかった。
奴がサンヌルであることを踏まえれば、答えは簡単だ。
陰の中に隠れたのだろう。
俺は十数個のオリジナル魔法『フラッシュライト』を生み出し、キロフのいた周囲をくまなく照らす。
陰を潰せば、『陰隠れ』はできなくなるはずだった。
しかし、真昼よりも明るく照らされた森の中に、キロフの姿は現れない。
(まさか、最初の攻撃で消し飛んだ?)
そんなわけはない……と思うのだが。
戸惑いに、攻撃の手が一瞬止まった。
その瞬間、『フラッシュライト』の光と光の合間から、ぬるりと闇色の男が現れた。
「なっ!」
「『光に隠れる影の刃よ』」
俺の間近で、キロフが手を伸ばしそうつぶやく。
光と光のあいだから、巨大な鎌状の影が飛び出した。
俺はとっさに飛びのいた。
だが、
「ぐぅっ!?」
俺の制服の胸が、下から逆袈裟に斬り裂かれ、胸から血が噴き出した。
キロフは影の鎌を振りかぶって俺に迫る。
(避けきれない!)
そう思った瞬間、
「――『吹き荒れろ、太陽風』!」
灼熱の颶風が、俺の眼前を駆け抜けた。
完全に直撃コースだったはずだ。
だが、光が晴れた後、キロフは十メートルほど離れた場所に、鎌を片手に立っていた。
「助かった、ロゼ」
俺は、キロフを睨んだままでそう言った。
俺をすんでのところで救ったのはロゼの魔法だ。
「ううん、それより……こいつ、何者?」
ロゼが、険しい声でつぶやいた。
「さっきネルズィエンが言ったろ。キロフとかいうネオデシバルの丞相だ」
「自己紹介の機会を奪わないでほしいものですね。
いきなりですが、なかなかのラッシュでしたよ。私でなければ死んでいたでしょう。
こんな術を使うサンヌルが私の他にもいたとは驚きですね」
「おまえか、帝国を乗っ取って好き勝手してるってのは」
「好き勝手などしていませんよ。私はルールに従うのが好きなのです。
ルールに従っているあいだだけは、自分が現実の中にいることを確信できる。
巨大な官僚機構たる帝国は、私にとっては居心地がいい」
キロフが口元だけを笑みの形にしてそう言った。
「改めて名乗りましょう、ローゼリア姫。
私はキロフ=サンヌル=ミングレア。ネオデシバル帝国で丞相の任にあるものです」
キロフがふざけた調子で言って、帝国式の礼をする。
ロゼが、キロフを睨んできっぱりと言う。
「この場所は、ミルデニア王国の領土内です。これはあきらかな領土侵犯ですが?」
「帝国の財産である霊威兵装を回収しにきただけですよ」
「王国の領土内にある遺物は、すべて王国に所有権があります」
「そもそも、ここも本来はネオデシバル帝国の領土なのです」
「そんな主張を認める国はありません」
「私も、認めてもらう必要を感じませんね。皇帝陛下は、欲するがままに行動する。それを止める権利は何者にもない。それがたとえどれほど理不尽なことだとしてもね。
――それより」
キロフは、言葉を切って、俺のことをじっと見た。
鈍い闇色の瞳が、俺の心を見透かすかのように、俺の全身を這い回る。
生理的な嫌悪感に、俺は思わず顔をしかめた。
「なるほどなるほど。これは興味深い」
「何がだ?」
「信じてもらえるかはわからないのですがね。私には、他人の運命が見えるのですよ」
「帝国の丞相は占い師だったのか?」
「くくっ。占い? そんな不確かなものではありません。現実と夢のあわいを漂うように生きてきた私には、相手の夢の中における姿が見えるのです。魂のありよう、とでも言いましょうか」
「なんだって?」
「今も、あなたの本当の姿が、私には見えています。
正直、驚いたのですがね。魂のありようが人によって異なる以上、他人の空似ということもないでしょう」
丞相が、ひたりと俺を見据えて言った。
「ひさしぶりですね、闇野君」
キロフの言葉に、俺の頭に痛みが走った。




