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NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚 ~ストレスから解放された俺は常人には扱えない反属性魔法を極めて無双する~  作者: 天宮暁
第五章 15歳

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43 アクアマリンの少女

 鉄の鎧をまとった騎士が森の中を駆ける。


 その円錐形のランスが、制服姿のまだあどけない女子生徒の、恐怖に凍りついた顔を貫いた。

 脳漿が吹き飛び、眼球がこぼれ、頭蓋骨のかけらが地に落ちる。


 ランスは横薙ぎに振るわれ、隣にいた制服の男子の頭を、やはり同じように破裂させた。


 魔法が飛び交う。


 恐怖で乱射された魔法だったが、数が多い。

 騎士は岩塊に鎧を潰され、顔を炎に焼かれてのたうちまわる。

 落馬した騎士に青い顔の生徒騎士が近寄り、その顔を剣で滅多刺しにした。


 そんな光景が、見渡す限りに広がっていた。


 ウルヴルスラの制服を身に纏った少年少女たちと、それを蹂躙する鋼鉄の騎兵。


(どこかで見覚えがある……)


 そうだ。この騎兵の鎧は、戦役で見たザスターシャの鋼鉄兵のものによく似てる。若干デザインが古くさいが。


 俺は、目の前の光景を止めようと、魔法を放とうとする。


 だが、俺は動けなかった。


(いや、違う)


 俺は、この場にはいない(・・・)のだ。


 限りなくリアルな光景を、ただの「視点」として見させられているような……。


 ネルズィエン率いる赤装歩兵にいいように扱われてた印象のあるザスターシャ兵だが、鉄の鎧兜を身につけ、騎馬にまたがって戦う姿は、破壊の化身のように思われた。

 生半可な魔法は鎧に阻まれ、馬の強靱な脚力を生かした突撃は、防ぐ手立てなどないようだ。


 ウルヴルスラの生徒騎士たちは、必死の抵抗を見せていた。

 だが、軍人として鍛え抜かれた鋼鉄騎兵と、まだ成長途上の少年少女では、戦いへの覚悟が違いすぎた。

 しかも、鋼鉄騎兵は後から後から押し寄せる。


「ウルヴルスラを守れ!」


 少年少女がそう叫ぶと、


「ウルヴルスラを落とせ!」


 鋼鉄騎兵が叫び返す。


 長い戦いを、細部に至るまで見せつけられた。


 やがて、鋼鉄騎兵の優勢が明らかになる。


 少年少女はウルヴルスラのエネルギーフィールド内に逃げ帰ろうとするが、鋼鉄騎兵の一隊がそこに回り込む。


 鋼鉄騎兵たちは、情け容赦がなかった。

 一瞬の遅滞もなく鋼の穂先を向け、少年少女たちを殺戮する。


 少年少女の中心に、一人の少女がいた。

 アクアマリンの長い髪と同色の瞳を持つ少女は、目の前で死んでいく仲間たちを見て慟哭した。

 鉄の穂先は、奇跡的な偶然で、他の少年少女たちだけを貫通し、少女はその血を浴びただけで済んだ。


 だが、こうなっては、そんな奇跡に大した意味があるはずもない。


 しかし、奇跡は続いた。


 無慈悲な槍が少女を貫こうとしたその瞬間、少女の身体を無数の光が包み込む。


 少女のアクアマリンの髪が、鋭い水の槍と化して、周囲の騎士たちを貫いた。


 水の槍は、騎士たちを貫いたままで旋回する。

 槍からすっぽ抜けた騎士たちが、他の騎士たちに衝突する。

 落馬した騎士たちを、閃光のように走った水の(やじり)が貫いた。


 数多の霊をその身に宿した少女は、肉体のキャパシティを遙かに超える力を振るい続ける。


 ザスターシャの鋼鉄騎兵が壊滅するまでの一晩、少女は霊威を発揮し続けた。


 ザスターシャ軍が全滅するのを見届けると、アクアマリンの少女は力尽きたように微笑み、虚空へとかき消える。


 少女の肉体は、宿した霊威に滅ぼされ、もはやひとかけらも残っていなかった。


 ウルヴルスラは守られた。

 だが、アクアマリンの少女に起きた「奇跡」が、後世に語り継がれることはなかった。

 帝国の霊威兵装の暴走を目撃した者は、誰一人として生き残らなかったのだ。


 種明かしをすれば。

 自らの上で繰り広げられる戦いの気配に目覚めた霊威兵装は、発生した厖大な怨念を取り込み、生き残った少女に霊威を授けた。

 しかし、全滅した生徒騎士たちの怨みは、少女ひとりには荷が勝ちすぎていた。

 少女は、ザスターシャ軍を全滅させたが、それと同時に自らの肉体も失った。


 かくして、アクアマリンの少女は、霊威兵装に取り込まれた。


 そのまま、誰にも思い出されることもなく、霊威の檻の中で永い時を過ごした。


 敵を滅ぼしても消えなかった怨みを抱え。


 絶対に癒やされることのない孤独に苛まれ。


 少女は、生きることも死ぬこともできないまま、誰も知らない地下深くの遺跡に囚われ続けた。


 どれほどの月日が経っただろうか。


 少女は、何者かが彼女の檻を開ける気配を感じた。



 ――ダ、レ……?



 少女はつぶやき、やってきた者たちを、自らの檻の中に取り込んだ。






 さて。


(うーん。困ったな)


 俺は、粘度の高い魔力の海に、完全に取り込まれてるようだった。

 ここでは、魔力が現実を凌駕している。

 俺の肉体はおぼろげにしか感じられず、ただ魂だけが魔力の海の中でかろうじて拡散を免れ漂っていた。


(さっきの一幕を見る限り、霊威兵装に取り込まれたあの子はアマだったみたいだな)


 この魔力は水属性だってことだ。


 アクアマリンの少女がアマだったのはおそらく偶然だ。

 旧デシバル帝国は、大量に貯蔵しやすい水を媒体として、霊威兵装に必要な魔力を貯め込もうとしていたのだろう。


(光か闇なら話が早かったんだけどな)


 俺はサンヌルだから、光か闇ならどうとでもできた。

 だが、水属性となると、取れる手段が限られてくる。

 完全に詰んでるわけでもないが、霊威兵装の中で自我が拡散する前に、この状況を打開しなければならない。

 【無荷無覚】でストレスを感じない俺はともかく、ラシヴァやネルズィエンは、この状態のままでは危険すぎる。



 ――戦いは……もういや。



 魔力の海の中を、透明な思念が駆け抜けた。


 俺は口を開こうとするが、声が出ない。


 視界の真ん中に、アクアマリンの少女が現れた。


 死んだ時のままの、ウルヴルスラの制服姿だ。

 魔術科のワインレッドのブレザーと、プリーツの入ったスカート。

 さっきより距離が近いせいで、俺は制服の細部が今の制服と少しちがうことに気がついた。

 襟周りに刺繍の飾りが付いていて、スカートも今より丈が長い。編み上げの革靴は、どこかレトロな雰囲気だ。


 制服のことも気になったが、それ以上に少女の容姿が目を引いた。


 透き通った青い髪は、足元にまで届きそうな長さがある。

 透明な青の瞳といい、この少女は相当に精霊に愛されていたのだろう。

 だからこそ、霊威兵装に目をつけられたのかもしれない。



 ――人に殺されるのも、人を殺すのも、いや。



 少女が言った。



 ――ここに、何をしに来たの? こんな危険なものを持ち出して、誰を殺すつもりなの?



 声が出ない理由がわかってきた。

 水属性の濃密な魔力に塗り込められたこの状況で、水属性に干渉できる魔力を持たない俺は、周囲の「海」を揺らせない。

 この状態では、「声」は水属性の魔力を振動させることでしか出せないのだ。


 そこで、くぐもった声が聞こえてくる。


「俺には、それが必要なんだよ!」


 ラシヴァの声だ。

 ジトであるラシヴァは、火属性の魔力で水属性の魔力に相克を起こし、声を出すことができるようだ。

 あいつがそこまで考えてやってるかはわからないけどな。


 俺の右手斜め前に、ラシヴァの姿が現れた。


「なぜ俺にあれを見せた! 俺をザスターシャの王子と知ってのことか!? だったらくだらねえな! 帝国が戦争をしたようにザスターシャだって戦争をしたじゃないかって? んな昔のことまで俺が知るか! 俺はただ帝国に復讐がしたいんだよ!」



 ――それで、何になるの? わたしはたくさんのザスターシャ兵を殺したよ。でも、後悔してる。彼らにも家族や友達がいた。彼らの怨みもまた、この場所に囚われてるから。



「わたしは……部下の命を削るような戦いをしたくない! 吸魔煌殻に代わる力が必要なんだ!」


 今度はネルズィエンの声。

 ジトヒュルのネルズィエンも、火属性の相克を利用して声を出してるようだ。


 ネルズィエンは俺の左手方向に現れる。



 ――なぜ、そうまでして戦争をしたいの? 戦争自体をやめることはできないの?



「そ、それは……」



 ――あなたの国が、この霊威兵装を生みだした。死者の安寧を犠牲にしてまで得たいものは何?



「く……」



 ――知ってる? この研究所には、たくさんの被征服民が収容されていた。霊威兵装の研究をするには、死にたて(・・・・)の死霊が不可欠だったから。



「な、に……」



 ――意味のない拷問。いわれのない虐待。あらん限りの手立てを尽くして、犠牲者に強い怨みを抱かせる。その上で、殺す。そうして霊威兵装に取り込ませる。ここで行われていたのは、そういう実験。



「そ、んなことが……」



 ――ここは、この世の地獄だった。霊威兵装が暴走したのも当然のこと。



 絶句するネルズィエンに代わって、ラシヴァが言う。


「俺の国は、その帝国に滅ぼされた! 霊威兵装が帝国を怨んでるってんならちょうどいい! 俺の復讐に力を貸してくれ! いや、俺がおまえらの復讐に力を貸してやる!」



 ――そんなこと、もうみんな、興味がないんだよ。ここにいる人たちが望んでるのは、ただ解放されること。



「おまえもそうなのか?」



 ――わたしは、単に巻き込まれただけ。でも、もうここから出ることは叶わない。



「なぜだ?」



 ――霊威兵装は、わたしを取り込んだけど、わたしもまた霊威兵装を取り込んだ。だから霊威兵装は地下で眠り続けていた。でも、霊威兵装の中にはたくさんの亡霊がいて――



 アクアマリンの少女の下半身が、無数の亡者に覆われた。

 亡者は痩せ細った手を伸ばし、少女の足や腰にその指を食い込ませていた。

 その亡者に、べつの亡者がすがりつき、その亡者にもべつの亡者が……

 そのようにして、少女は亡者の列を生やして(・・・・)いた。

 アルラウネのようにも見えるが、木の根があるべきそこには、グロテスクな亡者たちが鈴生りになっている。


「ひっ……!」


 ネルズィエンが息を呑んだ。



 ――わたしはここから逃げられない。でも、霊威兵装を通じて、彼らの無念、彼らの諦念がよくわかる。彼らを解放してあげたいけど、それもできない。だからせめて、一緒にここにいようと思ってる。いつか、霊威兵装が朽ち果てるその日まで。



「それで……いいのかよ」


 ラシヴァが言った。


「そんな、復讐からも背を背け、何もかもを諦めて……そんなのは俺は認められねえ!」



 ――あなたにも、やがてわかる。復讐を成し遂げたとしても、残るのは虚しさだけ。しかも、復讐は成し遂げられない可能性のほうが高い。その時の無念を思えば、最初から諦めたほうがずっといい。



「んなことが、できるか!」



 ――あなたにはまだ人生がある。それなのに、どうして過去に囚われ、自分の未来を閉ざすようなことをするの?



「それは……」



 ――わたしたちには、その生すらない。だから、諦めることにした。いつか、この霊威兵装が壊死し、わたしたちが解放されるのを待つ。それまでのあいだ、霊威兵装がこれ以上の悲劇を生み出さないように、わたしはその番人を務めることにした。


 ――わたしたちの気持ちがわからない人に、これは渡さない。帝国にも、ザスターシャの王子にも渡さない。



 少女の静かな言葉に、ラシヴァは返す言葉を失った。

 ネルズィエンもまた、少女の諦念と覚悟に、言うべき言葉を見つけられないでいる。


 そのあいだに、俺はどうにかこうにか、声を出す方法を編み出した。


「なあ、俺はラシヴァやネルズィエンとは違って、霊威兵装に興味はないんだ。ここにいるのはただの成り行きだ」


 光と闇の魔力をぶつけて相克を起こすと、わずかだが、周囲の他の属性にも動揺が走る。

 それを利用して、この水属性魔力の海に、むりやりさざなみを起こしてる。

 ラシヴァやネルズィエンのやりかたより、だいぶ効率が悪いけどな。


「帝国は敵だし、ラシヴァの復讐を手伝うつもりもない。もちろん、降りかかる火の粉は払うけどな。霊威兵装なんてもんを持ち出す必要はないと思ってる」


 アクアマリンの瞳が俺を見た。



 ――それなら、その二人を連れて出ていって。そして、この場所のことは忘れて。それができないなら……あなたたちを生かして帰すわけにはいかなくなる。



「けっ! 結局てめえだって都合の悪い相手を殺すんじゃねえか!」


 ラシヴァが言った。



 ――ただ、取り込むだけ。わたしたちと一緒になるだけ。わたしが守りたいのはただの安寧。ここには幸せはないけど、これ以上の不幸も起こりようがない。



 静かに告げる少女に、俺は言う。


「その亡霊たちを解放してやりたいってのは同意見だな。ただ、霊威兵装の壊死を待つ必要はないと俺は思うぜ」



 ――どういうこと?



 少女が、はじめて戸惑った顔を見せた。


「俺が、このくそったれな霊威兵装をぶっ壊してやる――そう言ってるんだ」

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