33 ロゼを宥める
「それで、なんで学術科なんですかぁっ!?」
空いてる教室にロゼを押し込み、扉を閉めて、闇魔法で認識を誤魔化す結界を張っておく。
その途端、ロゼが俺に突っかかってきた。
「一緒に入ろうって、約束したじゃないですかぁ……」
紫の瞳には、エメラルドの光だけでなく、涙までもが浮いていた。
「事前に説明できなかったのは悪かったよ。
でも、ちゃんとした理由があるんだ」
「理由……?」
「ああ。ロゼはヒュルサンヌルで俺はサンヌルだろ?」
「だろ、じゃないんだけど」
「つまり、属性がかぶってる」
「それの何が問題なの?」
「普段は問題ないんだけどな。ただ、生徒会円卓になるには属性の縛りがあるんだ」
「えっ、そうなの?」
「やっぱり知らなかったのかよ。
生徒会円卓には、各術科から三名まで入ることができる。
でも、魔術科と武術科の場合、各術科の中で属性がかぶってはならないって決まりがあるんだ」
「それって……」
「うん。俺とロゼが両方とも魔術科だったとすると、光と闇の属性がかぶってるから、二人のどちらかしか円卓になれない可能性があったんだ。
まあ、ヒュルサンヌルとサンヌルは別とみなされるかもしれないけどな。
ただ、どっちもこれまでに例のないことだから、解釈する側次第で、どう転ぶかわからない」
ロゼのヒュルサンヌルに前例がないのはもちろんだが、俺のサンヌルだって学園では過去に例がないらしい。
普通、サンヌルはまともに魔法を使えないからな。
「でも、俺が学術科の所属なら、魔術科のロゼと属性がかぶっても問題ない。二人揃って円卓に入るためには、俺が学術科に入っておいたほうがよかったんだよ」
二人とも魔術科だったとしても、特殊な属性だから特例扱いしてもらえたかもしれない。
だが、そんなのは、その時になってみないとわからない。
俺とロゼの実力が知られたら、チームを分けるべきだと言われる可能性もある。
安全を考えれば、俺が魔術科に入るのは避けるべきだった。
選ぶのは武術科でもよかったんだが、魔法の研究をしたい(とくに吸魔煌殻の仕組みを解明したい)という個人的な目的もあって、自主研究のしやすい学術科を選ぶことにした。
もっとも、ミリーが回復魔法を覚えたいと言ってたのとは違い、「帝国の吸魔煌殻の研究がしたいです」なんて公言するわけにはいかないけどな。
ロゼが、ようやく納得した様子で手を下ろす。
「そ、そこまで考えてくれてたんだ……」
「まぁ、魔術科に入っても学ぶことがなくて退屈しそうだったからってのもあるけどな」
「そっちが主な理由なんじゃないの?」
ロゼがじとりと俺を睨む。
それから、気を取り直したように聞いてくる。
「でも、ちょっと意外かな。エリアは円卓とか興味ないかと思ってたよ」
「だって、ロゼは入るだろ? ヒュルサンヌルとして、魔術科で最強の生徒騎士になるのは目に見えてる」
俺と違って、養光韜晦を決め込むつもりはないだろう。
いくら学内では「実家」の家格は関係ないと言っても、ロゼが王女であるのは周知の事実なのだ。どうしたって注目されるのは避けられない。
さっそく、入学式で新入生の代表を務めてたくらいだからな。
もちろん、あれは王女だからでもヒュルサンヌルだからでもなく、入試で最も成績がよかったから選ばれたわけなんだが。
(認識阻害をかけたとはいえ、俺が1回目でターゲットを破壊した記録自体は残ってる。ロゼが新入生代表だったということは……)
ロゼもまた、1回目でターゲットを破壊して合格したってことだ。
なお、手の内を明かすことになるので、試験の際に他の受験生が使った魔法については、口外禁止というルールが一応ある。
厳密にやるなら一人ずつ個別に試験してくれればいいのだが、そこまでかっちりした規則ではないらしい。それがマナーですよ、くらいの感じだな。
ロゼが入試をどうやって突破したかは、数日もしないうちに学内に知れ渡ってることだろう。
それこそハントあたりなら、明日の朝にはもう情報を仕入れてそうだ。
とまあ、そんなわけで、ロゼが超絶目立つことはわかってた。
目立ってしまえば、実力から言って、生徒会円卓を目指さないわけにはいかなくなる。
学園騎士団では、各自が持てる実力を最大限に発揮することが求められる。
単に気が乗らないからという理由で、ふさわしい役目を引き受けないわけにはいかないのだ。
(どうせロゼが目立つなら、俺がいくら認識阻害で目立たないようにしようとしたって限界がある)
対帝国、対転生者のことを考えれば、俺が目立つことは避けたかった。
でもそのために、ロゼと一緒にいることをあきらめるつもりは毛頭ない。
エクセリア会長に付き随うバズパのように、俺もロゼの騎士になろうじゃないか。
ロゼが頬を上気させ、上目遣いに見つめてくる。
「じ、じゃあ……わたしが生徒会に入ったら、一緒に入ってくれる気でいたってこと?」
「学園では一緒に過ごすって約束したろ?」
ロゼが、いきなり抱きついてきた。
香水でもつけてるのか、それとももともとの匂いなのか、ロゼからは花のような香りが漂ってきた。
俺の腕の中で、ロゼが幸せそうに笑って言う。
「エリア……大好きっ!」
夕暮れ、空き教室からそっと出た俺たちは、学生寮への道をたどる。
学生寮は、男女とも同じ場所にあるが、男女で建物が分かれてる。
道すがら、学園都市ウルヴルスラの近未来的な街並みを見物した。
道には街路樹や街路灯が並び、無人のショップが並んでる。
各学年百人くらいの生徒がいるから、この都市の人口は六百人くらいだろう。
都市を回すには人口が足りない気がするが、都市機能の大半は黄昏人の技術で自動化されている。
都市の規模の割に人が少なくて、やや寂しい感じは拭えないかもしれない。
都市には無人運転の路面電車も走ってる。
だが、せっかくなのでロゼと歩いて帰ってきた。
あちこち見物してたせいで、寮に着いた時にはもう日が暮れていた。
男女で建物が分かれる学生寮だが、エントランスは共通だ。
そこから向かって左が男子、右が女子の寮となる。
建物は、エントランスのある場所を蝶つがいにして、左右に120度くらい開いた形で建っている。
学内にはいくつか同じような学生寮があるらしい。俺とロゼが同じ寮に割り当てられたのは幸運だったな。
「じゃあ、また明日だね、エリア」
「ああ。選択科目は一緒だからな」
「夢みたい……これから六年も一緒にいられるなんて」
「俺もだよ。三年は長かったよな」
俺とロゼがエントランスで別れようとしてると、右奥――女子寮のほうから、見覚えのある美女が現れた。
いかにもサンらしい明るい金髪が、ゆるくウェーブしながら腰までを覆ってる。魔術科の臙脂の制服を、スタイルのいい身体が押し上げていた。
明るい瞳からは、確固とした意志の強さが伝わってくる。気の弱いやつなら、正面からこの人が歩いてきただけで、思わず道を譲ってしまうだろう。
実にきびきびとした足取りで現れたのは、生徒会長エクセリア=サン=セルブレイズその人だ。
会長は、エントランスにいる俺たち――というかロゼを見つけると、真っ直ぐにこっちにやってきた。
片手を上げる会長に、俺とロゼが揃って敬礼を返す。
「会長、こんばんは。入学式ではありがとうございました」
ロゼが会長に、そう挨拶の言葉を投げかける。
「うむ。入学早々ご苦労だった、ローゼリア。今帰ったところか?」
会長は、俺をちらりと見てそう聞いた。
「はい。遅かったですか?」
「学生寮に門限はないさ。
とはいえ、君は新入生だからな。身分も考慮して、帰りが遅いのではないかと報告があった。
それで、様子を見に行こうとしていたのだが……」
「それは、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、かまわない。ルールを破ったわけではないからな。
帝国のこともあって、われわれ円卓も神経質になっているのだ。
いくら学内では家格は関係ないといっても、帝国に校則を守れと言ってもしかたがないからな」
「そういうことでしたら、気をつけることにいたします」
「ああ、そうしてくれ。
とはいえ、1回目でターゲットを破壊してのけた新入生だ。それも、他のレーンのターゲットまでまとめて破壊してしまったせいで、1回目の試験が君以外やり直しになったそうだな。前代未聞だ。わたしもこの目で見てみたかった」
「あはは……あれはちょっとやりすぎました」
「試験なのだ。全力を尽くすのは当然だろう。
そんな天才魔術師なら、帝国ご自慢の吸魔煌殻兵が相手だろうと遅れは取るまい。杞憂だろうとは思ったのだが、初日ということもあったからな。
それより、彼は君の……?」
「はい。婚約者です」
俺をちらりと見ながら、やや遠慮がちに聞いた会長に、ロゼがずばっと言ってのけた。
そして、見せびらかすように俺の腕を取ってくる。
「そ、そうか」
さすがの会長も顔を引きつらせ、なんとかそう返すので精一杯のようだ。
しょうがないので、俺から言う。
……ロゼの腕をそれとなく外してからな。
「エリアック=サンヌル=ブランタージュです。生徒会長閣下、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」
「ブランタージュ……救国の英雄、魔導伯爵の息子だったか。
いや、すまん。家格については気にするな。
だが、サンヌルと言ったな。よく試験に受かったものだ。
……いや待て。サンヌルが試験に合格したというのに、なぜその報告がわたしのもとに入ってない?」
エクセリア会長が、秀麗な眉をひそめ、顎に指を当てて首をかしげる。
(あ、これはヤバい流れかも)
ロゼが、俺の腕を取り直し、かばうように言った。
「エリアはすごいんですよ! わたしの師匠なんですから! ね、エリア?」
「なに? ローゼリアの師匠だと? つまり、サンヌルと目されていたローゼリアに魔法を教えたのは君だというのか?」
会長が俺の顔を凝視してくる。
うげ。何言ってくれちゃってんの。
「おおごとになるので、あまり口外しないでもらえませんか?」
「それはかまわないが……君の試験の結果は気になるな」
「あまりおおげさにならないように、目立たないように合格したんですよ。目立たないことまで含めて、俺の全力だったということでお願いします」
闇魔法で会長の認識を阻害するのはやめておこう。
サンの強力な魔術師であるという彼女には、闇魔法が効きづらい可能性もあるからな。
ロゼがこの調子じゃ、いずれ隠せなくなりそうだし。
「ふむ……ますます気になるではないか。
ローゼリアはもちろんだが、エリアック、おまえも相当な使い手に見えるぞ」
「わかるんですか?」
「ああ。わたしはサンだ。サンやヌルの魔力なら、ある程度は感じ取れる。エリアック、おまえの魔力は非常に抑制が利いている」
俺を真っ直ぐに見て言うエクセリア会長に、俺は内心で舌を巻いた。
(へえ……俺とロゼ以外にも、魔力の読めるやつがいるとはな)
俺とロゼが相克の克服過程で身につけた能力を、この生徒会長は別の形で身につけたということだ。
「魔力をこれ見よがしに見せびらかす生徒騎士はいくらでもいる。ウルヴルスラに認められるような才の持ち主だけに、エリート意識もあるからな。
だが、魔力を極力抑えようとする生徒騎士は、数えるほどしか知らないな。今年の学術科は、『水滝の虎』以来の人材を得たということか」
「その水滝の虎を下して円卓の座を奪ったと聞きましたけど」
「そういえば、エレインは今年の学術科の担任だったか。
興味深いな。ローゼリアといいエリアックといい、ゆくゆくは我が円卓に加わる日がやってくるかもしれん」
しみじみと言った会長に、
「ごめんなさい、会長。そういう日はやってこないと思います」
ロゼがきっぱりとそう言った。
「ほう? なぜだ? 円卓の地位に興味がないか?」
「いえ、そうではなく。会長の円卓に、わたしとエリアが加わることだけはありえないということです」
ロゼの言葉に、会長の顔から笑みが消えた。
「……ほう。それはつまり、宣戦布告を受けた、ということでいいのか?」
「ええ。わたしとエリアは一緒に円卓になるって約束したんです。エリアがそう言った以上、その日は決して遠くないと思ってます」
「お、おい!」
今更ながら制止するが、いくらなんでも遅すぎた。
「ふっ、おもしろい! 入学式の一件といい、今年の新入生は実に生きがいい! そうでなくてはな!」
会長が目を輝かせ、晴れやかな笑みを浮かべてそう言った。
「帝国への警戒ばかりでくさくさしていたところだ。
ローゼリア、エリアック。早く頭数を揃えて挑んでこい。今の円卓は、最低限のたった5人だ」
「なんで人数を増やさないんです? たしか、円卓は各術科から3人ずつ、最大9人まで増やせるんでしたよね?」
俺が聞くと、
「基準を満たす者がいなかったからだ。基準以下の者に、円卓の栄誉を恵んでやるつもりはわたしにはない。
栄誉がほしければ、己の力で掴むがいいのだ。おべっかがうまいだけの者は、わたしの円卓には必要ない」
実際、そういうやつが多いんだろうな。
学園騎士団で円卓だったという事実は、卒業後の進路にも大きく影響するらしい。
「よりすぐりの5人だってことですね」
「そうだ。わたしは今の円卓に自信を持っている。
だが、円卓への挑戦資格は、円卓の構成人数以上のメンバーを集めることだ。
つまり、挑戦者は円卓より多い人数を集めてもよい」
会長はそう言って不敵に笑う。
(つまり、5対9でも勝てるってわけだ)
副会長であるバズパだけとっても、学生離れした実力を持ってることはわかる。
あの水準のメンバーが揃ってるのなら、それこそ吸魔煌殻を装備した帝国兵が相手でも、互角以上に戦えるだろう。いや、帝国兵が束になってかかっても、余裕で蹴散らしてしまうかもしれないな。
「そういえば、エレイン先生は円卓には入れないんですか?」
「誘いはしたのだがな。今の円卓は強すぎてつまらんと断られた。それよりは、卒業までに戦陣回復魔法を極めたいと言っていた。エレインの所属していた円卓は、ちょうど大半のメンバーが卒業してしまったしな」
ハントによれば、エクセリア会長はこう見えて(というと失礼かもしれないが)まだ18歳、年次で言うと四年生になったばかりだ。
円卓の頂点に立ったのは去年のことだから、その当時は三年生。
三年生をリーダーとするチームが、六年を多数含む円卓を破ったことになる。
その先代円卓に三年生の時点で所属してたエレイン先生もすごいのだが、それを破った現円卓は、そのさらに上を行ってるということだ。
俺の表情に何を見たのか、会長がふっと笑みをこぼした。
「落ち着いて見えるが、なかなかどうしてやる気のようじゃないか。
史上類を見ない三重属性に、その師であるサンヌルの合格者か。
矛を交える日を楽しみにしているぞ」
そう言って、会長が身を翻す。
元来た方向に戻ってくのは、もともと帰りの遅いロゼを探しに行こうとしてたところだったからだな。
颯爽としててかっこいい人だった。
天性のカリスマみたいなものがある。
おもわずその後ろ姿に見惚れてると、ロゼに脛を蹴っ飛ばされた。
「絶っ対、勝とうね!」
こう見えて負けず嫌いのロゼが、両手を握ってそう言った。
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