29 入団試験
「では、それぞれレーンの前に立て」
「円卓」の腕章の制服女子がそう言った。
試験室は、10の長細いレーンのある、白一色のかなり広い部屋だった。
前世で似たものを探せば、ボウリング場か射撃場が近いだろう。
各レーンは幅3メートルほど、奥行きは50メートルはある。
パスが34番の俺は、奥から4つ目のレーンだった。
ほぼ真ん中ということになる。
俺の二つ右には、36番だったらしい赤髪の受験生も立っていた。
金髪巻き毛の女子は、俺の二つ左にいる。32番だったようだ。
「これから、各レーンに現れる仮想ターゲットを攻撃してもらう。チャンスは最大で5回だ。質問はあるか?」
きびきびと仕切る円卓女子に、受験生の一人がおそるおそる手を挙げた。
「最大5回というのはどういうことでしょう? 場合によってはチャンスが減るということですか?」
「案ずるな。5回のうち、いずれかの回でウルヴルスラが合格と判定した場合には、その回までで試験が終了となるということだ。
いや、合格基準に達しなかった場合でも、5回までは挑戦の機会が与えられる……と言ったほうがわかりやすいか。
他に質問はあるか?」
質問は出なかった。
「では、はじめよう。5回もチャンスがあるのだ。最初は様子を見るのもいいだろう。落ち着いてやることだ」
軍人口調の円卓女子だが、ここに来て口調がいくぶん優しくなった。
自分が受験した時のことでも思い出したのだろう。
「まもなく最初の仮想ターゲットが投影される。
5秒前、3、2、1――」
俺のレーンの先に、半透明の青い獣が現れた。
たてがみを逆立て、巨大な牙を剥き出しにした狼だ。
狼と言っても、優にカバくらいの大きさがある。
半透明なので、最初は氷像かとも思った。
だが、獣はたしかに生きている。
呼吸とともに胸郭が膨らんだりしぼんだりする様子がわかる。
三つある目は、不揃いにまばたきしながら、それぞれが別の動きでこちらを見る。
受験生の誰かが、「ひっ」と悲鳴を上げていた。
たしかに、こんなモンスターみたいなものが現れたら誰だってビビる。
(この世界にモンスターみたいなもんはいないはずだけどな)
だからこそ、「仮想」と言われてるとはいえ、俺ですらちょっと驚いた。
とはいえ、現れたのはレーンの奥――50メートルは離れてる。
近づいてくるまでには猶予がある。
もし近づかれたとしても、まさか学園騎士団の入試で殺されるようなことはないだろう。
「ええっと、あれを攻撃……破壊? するんだっけか」
チャンスは5回しかない。
だが、あんな見た目ではどのくらいの強度があるかもわからない。
ガラスのように脆いかもしれないし、ダイヤのように硬いかもしれない。
「とりあえず、軽めに当ててみるか」
俺は仮想ターゲットに手のひらを向け、
「『闇の弾丸よ』」
まずは軽めに、凝縮した闇の銃弾を解き放つ。
銃弾は空を裂く音すら立てず、一瞬後にはターゲットに着弾した。
いや、貫通した。
――ギャオオオオッ!
仮想ターゲット(狼)が苦悶の声を上げ、身をよじってその場に倒れる――間もなく、ガラスのように砕け散る。
きらめきながら飛散した破片は、宙に紛れるように消え去った。
「……あれ?」
あまりのあっけなさに俺が首を傾げていると、突然ビープ音が鳴った。
レーンの所定の場所に置いていたパスからだ。
手に取ってみると、パスが淡い燐光を放ってる。
気づくと、試験室に居合わせた全員が、俺へと顔を向けていた。
その顔に宿ってるのは、驚愕、畏怖、焦り……。
試験監督の女子すら、目を見開いて俺をまじまじと見つめてる。
(こ、これは……まさか……)
気まずい空気が試験室に流れた。
俺は、頭の後ろに手をやって、舌をぺろりと出して言ってみる。
「もしかして……俺、なんかやっちゃいました?」
俺渾身のギャグも、凍った空気を変えることはできなかった。
「い、いや……何も悪くはない。
すばらしい結果だ。合格おめでとう。
ええと……34番……ということは、エリアック=サンヌル=ブランタージュ? さ、サンヌルだと!?」
円卓女子が、目を剥いて俺のレーンと手元のクリップボードを見比べてる。
「あー、いや、どう言ったものか」
「う、うむ……何が起こったのかまるでわからなかったが、ウルヴルスラが合格と判定したのなら問題ない。しかし、仮想ターゲットを破壊してしまうとは……」
「えっ、破壊するんじゃなかったんですか?」
「わたしは攻撃せよと言ったはずだ。ターゲットは、必ずしも破壊できなくても構わない。というより、相当な術者でも破壊は困難なはずなのだが……」
目を白黒させる円卓さん。
(やっべ。やりすぎたか……)
レーンの間に仕切りはあるが、胸くらいの高さだ。
他の受験生たちも、あっけにとられてこっちを見てる。
(しまった……他の受験生の様子を見てからでも遅くなかったか)
試験で他人の出方をうかがうという発想がなかったので、よーいどんで思わずやってしまった。
「……しかたないか。
はい、みなさん! 俺を見て!」
俺は片手を挙げて注目を集めた。
「俺はなんてことのない存在です。ごく普通の受験生として試験に望み、いつのまにか合格してました。みなさんは、俺に何か特別なものを感じたりはしなかった。……いいね?」
アッハイ。ではなく、闇魔法の精神操作を使ってる。
「さあみなさん。試験の途中ですよ。自分のレーンに集中して!」
俺がパンと手を叩くと、受験生たちはハッとした顔で自分のレーンのターゲットを向いた。
だが、そのままで動かない。
(ん? なんでだ?)
俺が疑問に思ってると、奥にいた坊っちゃま受験生が動きを見せた。
「ええいっ! 『炎の矢よ』!」
右手をかざし、火魔法を使った。
炎の矢は、斜め上に向かって飛び、20メートルもいかない辺りで霧散した。
と同時に、坊っちゃまの仮想ターゲットが姿を消す。
「ち、ちくしょう!」
坊っちゃまが地団駄を踏んでいる。
俺は、ようやく理解した。
「あ、そうか。この距離だと普通は射程圏外なのか」
それでみんな動かなかった、と。
そんな中で躊躇なく動いて、一発でターゲットを破壊したりしたら、そりゃ目立つはずだよな。
他の受験生も、魔法の構えは取るものの、射程を考えてか動かない。
さっきの坊っちゃまよりは、自分の魔法の性能を把握していて、焦ってヤケを起こさないだけの忍耐力もあるらしい。
試験室に、ピリピリとした緊張感が立ち込める。
それから、10秒ほどが経っただろうか。
誰も動かないことに業を煮やした……わけでもないだろうが、仮想ターゲットのほうが動き出した。
狼が走るようなアニメーションをしながら、仮想ターゲットが受験生にじわじわ近づいてくる。
実際にあのサイズの狼が走ったら一瞬で間合いが詰まるだろうが、そこは試験だけあって、ターゲットの速度はかなり遅い。人間の速歩きくらいだろう。
ターゲットの移動速度と狼の移動アニメーションが食い違ってるせいで、狼がボウリングのレーンで足を滑らせてるみたいに見えた。
仮想ターゲットまでの距離が20メートルを切ったくらいのところで、受験生たちが動き出す。
「『石つぶて』!」
ホド(地)の男子が、数個の石くれを生んで投射する。
石の大部分は当たったが、ターゲットはわずかに身じろぎしただけだ。
「『光の針よ』!」
馬車で一緒だった巻き髪の子が、指先からレーザーを放った。
レーザーは、狼の目に命中した。
狼は悲鳴を上げたが、牙を剥いて女子を威嚇する。
「『炎の矢よ』!」
「『氷柱よ』!」
「『風の刃よ』!」
ジト、ホドアマ、ヒュルの受験生が、それぞれに魔法を放つ。
だが、いずれもターゲットを破壊できない。
破壊できなかったターゲットは、直後に姿を消していた。
チャレンジ失敗ってことだろう。
まだ魔法を放ってない受験生のレーンでは、仮想ターゲットが徐々に足を速めながら近づいていく。
どうやら残りの受験生は、ここまで来たら限界までターゲットを引きつけてやろうと思ったようだ。
他の受験生が射程ギリギリからの魔法で撃破し損ねた以上、もっと引きつけて魔法の威力をかさ上げしようというのだろう。
だが、そんな受験生たちの目論見は、はかなくも砕け散る。
仮想ターゲットは、10メートルを切ったくらいの距離で、急に足を速めたのだ。
全速力でレーンを駆け抜け、巨大な狼が受験生たちに食らいつく。
「うわあああっ!」
受験生の一人が顔を背けてうずくまる。
仮想とわかっていてもなかなかの迫力だ。
ヴァーチャルリアリティなんて想像したこともないこの世界の人たちなら、こんな反応にもなるだろう。
そんな中で唯一、赤髪の受験生だけが動いていた。
「『炎の拳よ』! っせらああっ!」
拳に炎を纏わせるという珍しい魔法を使って、飛びかかってくる仮想ターゲットを迎え撃とうとする。
だが、鼻を狙った拳は、ターゲットにあっけなく避けられた。
ターゲットは前脚の爪で、赤髪を押し潰すように切り裂いた(ように見えた)。
直後、ターゲットが消滅する。
後に残されたのは、呆然とたたずむ赤髪だけだ。
他のレーンのターゲットも、似たような経過を経て消えていた。
ターゲットが近づく前に魔法を撃った受験生のターゲットは、魔法で倒せなかった時点で消失した。
ターゲットが加速したせいで魔法を撃ちそびれた受験生は、仮想の狼に噛み殺された(ように見えた)。
仮想とはいえ、巨大な狼に「殺された」受験生たちは、青い顔でレーンの床にへたりこむ。
赤髪だけが、地団駄を踏んで悔しがる。
「くそっ! あいつこっちの攻撃を避けやがるのかよ!」
赤髪が炎を纏ったままの拳で地面を叩く。
いったいどんな材質なのか、地面には傷も焦げもつかなかった。
「1回目の合格者はエリアックのみだな。
だが、気にするな。これは1回で受かるような試験ではない。
ターゲットが出現した瞬間に長距離狙撃で破壊する、そんなのは百年に一度の天才だけだ。
……ん? では、エリアックは百年に一度の天才なのか?
いや、そんなわけはないな。エリアックはごく普通に試験を受け、ごく普通に合格したにすぎん。特筆すべき要素はなかった。
サンヌルの合格者など、学園始まって以来の出来事ではあるが、これといって特別な事態ではない。……よな?」
円卓女子が、気の毒にも自己矛盾に陥って悩んでおられる。
「エリアックはパスを持ってこちらへ来い。試験終了までは退出できない決まりだから、見学でもしてるといい」
「はぁ、わかりました」
俺はレーンから外れ、円卓さんの後ろに回った。
「では、2回目を始める。
5秒前、3、2、1――」
4番目を除くすべてのレーンに、再び仮想ターゲットが出現した。
でも、
「あれ? 1回目よりちょっと近いですね。ターゲット自体もすこし弱そうじゃないですか?」
2回目のターゲットは、レーンの40メートルくらいの場所に現れていた。1回目に比べて、たてがみが少し小さく、牙が短くなっている。
俺の疑問に、円卓さんが答えてくれる。
「言ったろう。1回目では合格が難しいと」
「そっか。同じ内容で5回チャレンジじゃなくて、チャレンジごとに難易度が下がるのか」
「そうでなければ誰も合格できないだろう」
円卓さんが解説してくれてる間に、ターゲットたちが動き出した。
「ほ、ほひひっ……『炎の矢よ』!」
今度も我慢できず、坊っちゃまが魔法を暴発させる。
魔法は、ターゲットの鼻面の前で霧散した。
「うーん、あと数秒待てばよかったですね」
「うむ。十分に引きつけてから魔法を放たねば、無駄撃ちになってしまう。1回の挑戦で使える魔法は一発だけだ。それを外してしまえば、その時点でその回は失敗となってしまう」
他の受験生は、そのことを呑み込んでるようだった。
ターゲットが自分の射程に入るのを待ってから魔法を放つ。
1回目の失敗を踏まえてか、多くの受験生がさっきより引きつけた上で撃ってるな。
逆に、1回目で魔法を撃てずにやられた受験生は、さっきよりも早めに撃っている。
だが、いずれも威力が足りなかった。
最後に残ったターゲットは、36番――赤髪のレーンだ。
魔法を放たない赤髪に、仮想ターゲットが急加速して襲いかかる。
「っしゃらあああっ!」
赤髪は、炎のパンチを、今度こそ狼の鼻面にぶち当てた。
狼は痛そうにうめいたが、倒すまでには至らない。さっき同様鋭い爪で、赤髪の身体を切り裂いた。
「くっそおおおおおっ!」
赤髪が床を叩いて悔しがる。
……いちいち反応の大きなやつだな。
「どう見ます、解説の試験監督さん?」
「うむ。最初に暴発させた者以外はおおむね優秀な部類だろう。さっきも言った通り、ターゲットを破壊する必要はない。十分な攻撃が通れば合格となる。その意味では、36番の戦略は正しいな」
俺からの謎のフリに、試験監督さんが律儀に答えてくれた。
「ちなみに、試験監督さんは何回目で合格したんです?」
「わたしは3回目だ。わたしの年の入団試験では、2回目で合格した者はいなかった。もちろん、1回目もな」
「さすが、優秀なんですね」
「おまえに言われても嫌みにしか聞こえん」
そりゃそうだ。
「2回目の合格者はなしだ。全員、3回目に備えろ。
案ずるな、ここまでは合格者が出ないのが普通なのだ。落ち着いて臨め。最善を尽くすものにこそ、ウルヴルスラは微笑むだろう」
試験監督の女子がそう言った。
軍人口調ではあるが、受験生に気を配ってくれるあたり、根は優しそうな人だよな。
そして、最善を尽くさないで合格してごめんなさい。
さて、その後のことはいいだろう。
一応、結果だけ言っておこうか。
赤髪が3回目でターゲットに十分なダメージを与えて合格。
馬車で一緒だった巻き毛のサンの女子が、5回目でギリギリの合格。
その他の受験生たちは、あえなく不合格となった。
貯まってきたのでペース上がります
次話は明日。
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