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NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚 ~ストレスから解放された俺は常人には扱えない反属性魔法を極めて無双する~  作者: 天宮暁
第四章 12歳

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25 直訴

「久しいな、娘よ」


 歓迎するような言葉とは裏腹に、皇帝の口調は冷たかった。


 広壮な宮殿の中庭は、街の一区画がすっぽり収まるほどに広かった。

 常春の環境に設定された中庭には、常に春の花が咲き乱れ、十数人もの園丁が、枯れることのない樹々の枝葉を整えている。

 花から花へと飛び回るのは、各属性の魔力で造られた魔法の蝶だ。六色の蝶がひらひらと舞う。蝶同士は近づきあってダンスを踊るが、反対の属性同士が近づきすぎると、相克を起こして消滅する。


 まるで妖精の国のような中庭の上空には、それとは不釣り合いな光景があった。

 半透明で青白い、いくつもの六角形が、空を幾何学的に埋め尽くしている。

 許可なきものの立ち入りを拒むこのエネルギーフィールドこそ、デシバル帝国が千年の時を生き延びられた理由だった。


 この古代宮殿ラ=ミゴレは、デシバル帝国の枢要な人物をすべてその腹の中に呑み込んだ上で、地中深くに潜り込んだ。

 そして、地上に生きる者たちが、帝国のことも、黄昏人の技術も忘れ去った頃合いを見計らって、再び地上へと姿を現した。

 帝国を滅亡へと追い込んだ五賢者の建てた国々は健在だったが、時の流れは、国々から在りし日の高度な文明を奪っていた。


 野蛮へと堕した地上を征するなど容易いこと。

 新生したデシバル帝国はそう思い、攻勢を仕掛けた。

 だが、計算外の要素で、帝国は守勢に回ることになった。


 宮殿から中庭に向かって張り出した広いバルコニーに、ネルズィエンとその父である皇帝の姿があった。


 ネオデシバル帝国初代皇帝、クツルナイノフ=サン=デシバル。

 サンらしい明るい金髪は獅子のたてがみを思わせ、白く輝く肌は天上人を思わせる。

 さながら古代の彫刻のような、彫りの深い美青年だ。

 全身に溢れんばかりの威厳を滾らせたその男は、ほとんど三十代にしか見えなかった。

 娘であるネルズィエンと向き合っていても、とても親娘のようには思えない。せいぜい、兄か叔父といったところだろう。


 皇帝のいつまでも若々しい容貌は、黄昏人の残した抗老化技術によるものだ。

 精悍さを失わず、かといって威厳が足りないということもない、王にふさわしい黄金期の身体。

 この皇帝は、そんな身体を、百年以上にわたって維持してきた。

 もちろん、この期間には、コールドスリープしていた千年の時は含まれない。


 娘であるネルズィエンも、抗老化技術の一端を適用され、エリアックと出会った6年前から、容貌をほとんど老化させていない。

 いずれは皇帝の跡取りにと育てられてきたネルズィエンだったが、ミルデニア攻めの失敗とその後の醜態のせいで、皇帝は娘を政略結婚の道具とすることに決めたようだ。


(だからこその抗老化だ。いわば、私は押し花にされている)


 皇帝は、盛りを過ぎた花が萎れるのを防ごうとしている。

 それは、愛娘を思う親心などではなく、手持ちの外交カードの劣化を防ぎたい政治家の打算でしかなかった。


 皇帝は、綺麗に撫で上げた光り輝く金髪を整えながら、広壮な中庭に目を向けている。

 ネルズィエンも、その視線を追って中庭を眺める。


 中庭は色とりどりの花と蝶とで飾られているが、皇帝にそんなものを愛でるような感傷的な趣味などない。


 では、何のために手間をかけてこの中庭を維持しているのか?

 理由などない。

 千年前、コールドスリープに入る直前まで、この中庭には同じ光景があった。

 永遠に続くデシバル帝国の象徴として、この中庭は維持され続けなければならないのだ。


(ここは、変わらんな)


 黄昏人の遺産を流用したこの宮殿は、千年の時を超えても、何ひとつ変わっていなかった。

 常春の花々も、空を覆い尽くすエネルギーフィールドも。

 その下にいる皇帝クツルナイノフは、その最たる存在だ。


(この万古不変の存在を、説得することなどできるのだろうか?)


 老いですら克服し、帝国の滅びすら千年の眠りによって回避した、いつまでも若い獅子のような皇帝。

 この男の前に立つと、ネルズィエンはいつも自分が十歳に満たない小娘になったような気持ちになる。


(いや、臆するな。私は皇女としての責任を果たす)


 いまさら、父の機嫌を損ねることがなんだというのか。

 今以上に冷遇されるおそれだけはないのだから。


 ネルズィエンは、勇を奮って口を開く。


「あの男は危険です」


 ネルズィエンの言葉に、皇帝が顔を半分だけこちらに向けた。

 片方だけ向けられた目に宿るのは、軽侮とも呆れともつかない色だった。

 獅子が鼻からため息を漏らす。

 言葉を返す必要すら認めない――父皇帝のそんな態度に、ネルズィエンの顔が赤くなる。


「お父様。奴は国が滅びる因となる男です」


「まだ言うか。戦に破れた将が、我が自ら選んだ丞相を誹謗するとはな。娘でなければ処分しておるところだ。わが忍耐の続くうちに分を弁えることだな」


「おかしいではありませぬか。父上も、千年前は黄昏人の遺産である吸魔煌殻を使おうとはなさいませんでした。臣下あってこその王であるとおっしゃっておられたではありませんか」


「この時代にあって、我らは圧倒的に数が足らぬ。

 よいではないか。ザスターシャの民どもを徴用し、吸魔煌殻を着せ、戦わせる。帝国民の命は温存している。

 むろん、ザスターシャ上がりの兵を増長させぬために、帝国兵にも吸魔煌殻は使わせておるが、前線には出しておらぬ」


「ザスターシャ上がりの兵がこのからくりに気づいたらどうするのです?」


「キロフはその兆候はないと報告しておった」


「気づかれなかったとして、今のような膠着状態が続けば、ザスターシャ兵の命は吸魔煌殻に吸い尽くされましょう。そうすれば我らは再び兵に事欠くことになる」


「そうなる前に他国を落とせばよい。キロフのザスターシャ統治は完璧だ。ザスターシャの旧支配層を温存して利用しつつ、数の少ない帝国民はその上に立つ。旧支配層は、生かさず殺さずの状態に置き、互いに競わせることで、得られる成果を最大化する。いまやザスターシャ中の富が、労せずして我の手元に流れ込んでくる。この仕組みを、他国にも導入すればよい」


「そう、キロフが言っているのですね?」


「さよう。成果を上げられぬ旧支配層は平民に落とし、優秀な平民を登用して知事とする。末人(まつじん)とは思えぬ合理的な発想よな。

 たしかに、帝国民でない以上、旧ザスターシャでの身分など意味を成さぬ。帝国の役に立つか立たぬか。大事なのはそれだけだ」


 「末人」というのは、帝国民が現在のこの世界の民のことを蔑んで呼ぶ言葉である。

 黄昏人の時代やデシバル帝国の黄金期から千年も下ったこの時代のことを、彼らは「末期」と呼んでいる。


「なぜ、あの男はそんな知識を持っているのです? 末人にはありえぬ知識ではありませんか? 事実、旧ザスターシャの王立図書館で調べても、そのような統治術を記した本は見つかりませぬ」


「サンヌルは魔法が使えぬ。それを補わんがために死に物狂いで学問を身につけたという。気骨のある男ではないか」


 皇帝はそう言って満足げに微笑んだ。

 獅子が小獅子を見て、その荒削りな気性に好ましさを覚えたかのような微笑だった。


「ですから、あの男はそのような『学問』をどのようにして身につけたのかと聞いているのです!

 帝国の魔術師でも知らぬようなことを、なぜあの男が知っているのですか? あの男の知識はいったいどこから出たものなのですか? なぜ、誰も疑問に思わないのです?」


 食い下がるネルズィエンから、皇帝はそっと視線を外す。

 皇帝の顔は中庭の中空に向けられていた。


 中庭の環境を一定に保つ巨大なドーム状のエネルギーフィールドは、同時に外界から宮殿を遮蔽する効果も持っている。

 このドームを揺りかごとすることで、デシバル帝国の民たちは千年の時を生き延びることに成功した。


 このドームの中は絶対に安全だと、帝国民は確信している。

 むろん、現在の大陸に覇を唱えるために、帝国民とてドームの外に出ねばならない。

 だからこそ、ドームの中に住居をあてがわれることは、帝国民にとって最上の名誉であった。


(だが……本当にこの宮殿は安全なのか? この宮殿に妖魔が忍び込み、食い荒らそうとしているのではないか?)


 そう思うと、ネルズィエンはいてもたってもいられなくなる。

 なぜ父はこのことに鈍感でいられるのか。

 ネルズィエンはさらに口を開こうとしたが、それを皇帝が手で制する。


「もうよい。最初はおまえと奴を(めあわ)せようかと思ったが、おまえがその様子ではな」


「娶せ……誰が、あのような得体のしれぬ男と!」


 ネルズィエンはぞっとして叫んだ。

 父は自分を政略結婚の材料にしようとしている。そう思っていたが、結婚する相手は何も外国の王族でなくともよい。


(キロフは私を妻とすることで、自分の子どもを私の次の皇帝にできる、ということだ……)


 デシバル帝国時代から、皇帝は男女を問わず実力によって選ばれることになっていた。

 だからキロフとネルズィエンが結婚したとしても、キロフが次期皇帝になることはない。

 そもそも、キロフは末人だ。光栄ある帝国を継ぐのが末人では、帝国民たちが納得しないだろう。


「嫌ならば構わぬ。もとよりキロフにはおまえを娶る意思はないようだ。己はいち宰相で構わぬと申しておる。おまえの危険視するような野心など、あの男は持ち合わせておらぬのだ」


(キロフ、キロフ、か!)


 娘の結婚ですら、娘の意思よりキロフの意思のほうが優先する。

 いまの皇帝はそう思っているとしか思えない。


「おまえには、もう何も期待しておらぬ。将としても使えぬ、皇帝にも向かぬ、道理にかなわぬことばかり申して帝国の政策を批判する。

 貴様は宮殿の奥でじっとしておれ。我に娘を斬らせるような真似をさせるでないぞ」


「くっ……」


 娘を睥睨し、きっぱりと言い渡す皇帝に、ネルズィエンは言い返すことができなかった。


 もごもごと退出の挨拶を口にして、ネルズィエンは青白い顔でバルコニーを後にする。


 明るい中庭から回廊に入ったことで、ネルズィエンの目がくらむ。

 くらんだ目を八つ当たりのように無視して、鬼気迫る顔で廊下を進む。

 前がよく見えないが、正面から誰かがやってきたとしても、今のネルズィエンの形相を見れば、ぎょっとして道を譲るだろう。


「おかしい……この国は、あきらかにおかしい」


 ネルズィエンは繰り返しそうつぶやく。

 そうしていないと、自分の確信が徐々に崩れ、間違っているのは自分ではないかと疑いたくなってくる。


 なにせ、ネルズィエンには泣き所があった。


「三年前、ブランタージュ伯領で何があったというのだ……なぜ何ひとつ思い出せぬ?」


 その記憶が欠けている以上、いまの帝国のことをおかしいと感じても、その感覚に絶対の自信が持てないのだ。


「くそっ……なぜこんなことになっている。私は何を信じたらいいのだ? もはや自分すら信じられぬ」


 くらんだ目は元に戻っていたが、考えに没頭し、首を振りながら歩いていたネルズィエンは、その人影に気づくのに遅れてしまった。


「――これはこれは。ネルズィエン皇女殿下。ご機嫌うるわしゅうございます」


 不意に声をかけられ、ネルズィエンはのけぞった。


 慌てて、声をかけられた方を振り返る。


 そこには闇色の男が立っていた。


 中背で、やや痩せたその男は、女のように艶やかな黒髪を、肩口で一分のズレもなく切りそろえている。

 顔だちは、驚くほどに整っていた。

 病的なほどに白い透明な肌と、一切の光を宿さないつや消しの瞳。縁の薄い眼鏡をかけている。

 だが、瞳の印象が強すぎるせいで、帝国民には珍しい眼鏡が、ほとんど記憶に残らない。

 

 年齢は、二十歳前後といったところか。

 ネオデシバル帝国丞相の肩書きを思えば、若すぎると言っていい。

 金モールのついた黒いびろうどのコートを羽織り、その下には白いシャツと奇妙な結び方の濃いスカーフ。折り目のついた黒いズボンと独特のデザインの革靴は、この男がわざわざあつらえさせたものだと聞いている。


 帝国丞相キロフ=サンヌル=ミングレアは、腰を折り、皇女に向かって深々と頭を下げてきた。

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