21 黒装猟兵
園遊会が終わった以上、俺は明日には領地に帰る。
だから、今日が最後のレッスンだ。
私室でかわいいパジャマを着て、ひとりで尋ね人の到着を待ってるロゼ。
何が楽しいのか、さっきから何かを思い出しては笑ってる。
部屋の窓を、外からノックする音がした。
ロゼは駆け寄って窓を開ける。
「はぁい、エリア――」
言いかけた口を、外にいた者が手で塞ぐ。
「むー! むーっ!」
暴れるロゼに、
「おい、早く睡眠魔法をかけろ」
口を塞いだ男が、隣にいたべつの男にそう言った。
「ああ。俺を落としてくれるなよ?
『眠りよ』……くっ」
隣の男が、睡眠魔法を使った。
「うっ……」
ロゼが、意識を失いくたりと崩れる。
と同時に、睡眠魔法を使った男も眠りに落ち、窓外の狭い足場から落ちそうになる。
その男の背後に三人目の男がいて、その男が眠り込んだ男の身体をキャッチした。
睡眠魔法は術者本人まで眠りに落ちてしまう欠陥魔法だが、このようにバックアップできる者がいれば使えなくはない。
三人の男は、揃いの黒いフード付きの外套に身を包んでいた。
外套は布製ではなく、貝殻を組み合わせたようなジャラジャラしたものだ。
だが、男たちが身動きしても、外套からは不気味なほどに音が立たない。
男たちはその外套の下に、外套と同じような造りの黒装束をまとってる。この黒装束もまた、わずかな衣擦れの音すら漏らさないようだ。
先頭の男が眠りに落ちたロゼを肩にかつぎ、最後尾の男が眠りに落ちた真ん中の男を肩にかつぐ。
見るからに軽そうなロゼとは異なり、真ん中の男は標準的な体格だ。謎の外套と黒装束を身につけ、武器や暗器も帯びている。決して軽いはずがないのだが、最後尾の男は真ん中の男をやすやすと持ち上げた。
「長居は無用だ。あの小僧とは違って、俺たちには見張りに違和感を覚えさせない魔法など使えんからな」
「なんなんでしょうね、あのガキは。ネルズィエン皇女を撃退したブランタージュ伯の息子という触れ込みですが」
「皇女は帰国して以来、ブランタージュ伯には手を出すべきではないと言い続けてるらしいからな。いったい、どんなおそろしい目に遭わされたのか」
「皇女が遠征の時の出来事をろくに覚えてなかったのも、あのガキの仕業なんでしょうか?」
「いや、さすがにそれはないだろう。あのガキはまだ12歳なんだぞ? あの戦役の時には9歳だった計算だ。両親が高位の魔術師とはいえ、いくらなんでもありえない」
「それもそうですな」
二人はささやき声で話ながら、窓の外の足場を蹴って、宙に身を踊らせる。
部屋から地面まではかなりの高さがあった。
二人の侵入者は、それぞれ人間を担いだままで、音もなく地面に着地する。
「さあ、あのガキと鉢合わせる前にズラかるぞ」
「ええ。でも、楽勝でしょう。園遊会と舞踏会の後で、王城の警備は緩んでますからね」
「それでも、学園騎士団の生徒騎士に、巡回警備をさせてるようだ」
「半人前のガキどもに見つかるわけがないじゃないですか」
二人は、時折「陰隠れ」で身を隠しながら城の敷地内を進む。
驚くべき身体能力で跳び上がり、越えられるはずのない城壁を越えていく。
城下町に出ると、二人はやはり「陰隠れ」で人をやり過ごしながら、あまり治安のよくない一画に入った。
廃屋にしか見えないあばらやに入り、二人は放置されボロボロになったソファにロゼを横たえる。
……なお、自分の睡眠魔法で眠ったままの同僚は、床に雑に転がされ、舞い上がった埃をかぶっていた。
「戻ったか」
廃屋の奥から低い声が聞こえた。
二人は背筋を伸ばし、敬礼を取る。
「はっ、シュローバー閣下」
奥から出てきたのは、黒装束に身を包んだ四十くらいの男だ。
痩身で、頬がこけ、鷹のように鋭い目つきをしてる。
その男が、片手を上げて部下を制す。
「よい、ここは敵地だ。うかつな真似をするな」
「この場所は安全ですよ」
「思い上がるな。闇に生きる者に安全な場所など存在しない。闇に潜む者は、常に闇にも潜まれる」
「そうは言いますが、皇帝陛下から賜ったこの装備はすごいですよ。闇魔法の効果が段違いだ。『陰隠れ』を使えば誰にも見つかる気がしませんね」
もうひとりの男も口を開く。
「王妃の手引きもありましたしね。楽な仕事でしたよ。あの貴族のマセガキが夜這いなんぞかまさなきゃ、もっと早く片付けられてたんですが」
「……余計なことを話すなと言ってるだろうが。今日はいやに口が軽いな」
シュローバー閣下とやらが不機嫌そうに言った。
「しかし、惜しいな」
「何がです?」
「ブランタージュ伯の息子だよ。サンヌルにもかかわらずそれほどの闇魔法を使えるとは、百年に一度の逸材だろう。12歳か……拉致し、帝国で『教育』を施せば、あるいは有能な猟兵になれるやもしれん」
「もう王女をさらっちまったんです。明日になれば大騒ぎですよ。とてもじゃないが、英雄の屋敷からマセガキをさらう余裕なんてありませんや」
「……そうだな」
シュローバーがうなずいた。
「それにしても、今回の任務は奇妙ですな。姫が邪魔なら殺しちまったほうが後腐れもないでしょうに。もっとも、殺すほど危険なガキかっていうと、そうも思えないんですがね。放っておいても、あの王妃が勝手に始末してくれたんじゃないかと思いますよ」
「そうなる前に、お救いする必要があったのだ」
「は? 救う?」
「……いや、なんでもない。
妙だな……なぜ俺は饒舌になっている?
いまは隠密行動中だぞ? こいつらも、いつもにもましておしゃべりだ……。
……っ!? まさか!?」
シュローバーが、鋭い目を見開いて部下に命じた。
「いますぐ、王女を連れてラングレイを出ろ!」
「へっ? 夜明けを待って、商人に偽装した馬車で脱出する手はずじゃ……?」
「それでは間に合わん! 俺たちはもう敵の術中にいるのだ! 急げ!」
百戦錬磨の雰囲気漂うシュローバー。その常ならぬ焦りように、部下たちが狼狽している。
(……もう、いいだろう)
俺は、陰から出、ロゼをかばうような位置に立って、黒装束たちに向かい合った。
その背後で、ロゼもゆっくり起き上がる。
「なっ……!」
俺とロゼに気づき、シュローバーたちが構えを取った。
俺は、にやりと笑って言ってやる。
「よく気づいたね。さすがは、ネオデシバル帝国の誇る諜報部隊『黒装猟兵』の隊長さんだ。ねえ、アジャブ=ヌル=シュローバー卿」
「貴様……いったい、何者だ?」
正体を言い当てられたシュローバーが、俺のことを鋭く睨む。
「あなたたちが話してた通りだよ。ブランタージュ伯の小せがれだ」
「俺に……術をかけたな?」
「ああ、ちょっと口が軽くなる魔法をかけさせてもらった。
そしたら、しゃべるしゃべる。笑っちゃうね。まあ、おおよそのところは、アジトを調べさせてもらって把握してたんだけどさ」
「くっ……いつのまに」
「俺がロゼの部屋から帰ろうとした時に、気配を感じたことがあってね。探ってみると、黒装束の怪しげな連中が王城をうろちょろしてるじゃないか。しかも、どうやらロゼの誘拐をもくろんでいるらしい。
その場で捕らえてもよかったんだけど、肝心のシュローバー卿は、部下たちとも滅多に接触しない念の入れようだ。しかたなく、泳がせておいたってわけ。
ま、帝国のスパイなんかが見つかって、せっかくのロゼのお披露目が延期されたらかわいそうだってのもあったけどな」
「王女を……囮にしたというのか?」
「まあね。ずっと影に潜んでここまでついてきた。もっとも、囮になるって言い出したのはロゼなんだけどさ」
「帝国のスパイを一網打尽にできる好機なのです。多少の身の危険など、かまってはいられません」
ロゼが実に堂々と言った。
なお、敵が使った睡眠魔法は、ロゼにはまったく効いていない。
俺との修行で魔力の「隔離」を身につけたロゼは、稚拙な睡眠魔法くらいなら無力化できる。
その後は、眠ったふりをしたまま運ばれてきたってわけ。影の中に俺を忍ばせて、な。
シュローバーが、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なるほどな……われわれはいっぱい食わされたというわけか。
だが、これはこれで手間が省けた」
「手間?」
「ああ。王女を無事に帝国へ『お招き』するのがわれわれの任務だった。だが、こんな有望な闇使いの子どもがいるのなら、連れ帰って帝国の犬に仕立てたい。さらうなら、一人も二人も同じことだ」
「お断りだね。そっちのネルズィエン皇女もなかなかの美人さんだけど、もうトウが立ってるし。同じ仕えるなら、ロゼみたいなかわいい女の子のほうがそりゃいいって」
「やはり、ネルズィエン皇女の認識を書き換えたのは貴様か。ますますほしくなった」
「男に口説かれてもね」
「口説くつもりはない。おまえの返事がどうだろうと力づくで連れ去るまでだ!」
シュローバーの足元から影が伸びた。
影は鋭い刃となって俺の肩口に飛んでくる。
俺は、その影を手のひらで平然と受け止めた。
「な、なにっ!?」
「そら、お返しだ」
「ぐぁっ!?」
俺の投げ返した影が、シュローバーの右足を貫いた。
「シュローバー様!? 貴様っ!」
部下の一人がかかってくる。
そいつは、影の上で滑るように加速し、丸めた手の内側から、影のナイフを突き出した。
「おっと。さすがは吸魔煌殻。動きが速い」
俺は、影のナイフの生えた腕を取る。
そのまま、その場で一回転。
反対側から迫ってきてた、もう一人の部下に向かってそいつを投げる。
「ぐぉっ!」
「うわっ!」
固まった二人に、
「『影の顎よ』」
俺は、足元の影から巨大な鰐の顎を作り出す。
12歳の俺の背より大きな顎だ。
顎は、ぶつかって動けない二人に、横向きによじれながら食らいつく。
ばづん……っ!
と嫌な音を立てて、二人の胴が食いちぎられた。
「がはっ!」
「ぐふぉっ……」
どさどさ……と音を立てて崩れる二人。
二人、というか、もはや二人分の肉塊でしかないけどな。
肉塊とはべつに、黒い吸魔煌殻が、がしゃがしゃと音を立てて地面に転がった。
「へえ、吸魔煌殻は無事なのか」
一緒に喰ってしまったかと思ったのだが。
影の顎は吸魔煌殻を貫通して、二人の肉体だけを食いちぎったようだ。
「くそ……っ! この化け物め!」
片足を貫かれ、膝をついた姿勢で、シュローバーが俺を睨んでくる。
「さて、あなたのことはどうしようかな、シュローバー卿」
「……くっ、殺せ!」
歯を食いしばり、血走った目でシュローバーが言った。
その目にあるのはまぎれもない怯えだ。
生きたまま捕まったら、この後どんな目に遭わされるか……。
それを思えば、ここで俺に殺された方がマシだ。
そんな計算をしてるんだろうな。
何年か前にも聞いたようなセリフに、俺はわざとらしくため息をつく。
「帝国の軍人ってそんなのばっかなの? ネルズィエン皇女のくっ殺はなかなかよかったけどさ。男に言われても萎えるよね」
「貴様ぁっ! 皇女殿下に何をした!?」
「いや、べつに。ただ、本国に帰ったらブランタージュ伯領には二度と攻め込むな、吸魔煌殻みたいなやべーもんは使わせるなって命じただけだ」
ほんのちょっと、エロいお姿も見せてもらったけど……役得の範囲だよな?
俺は何も悪くない。
「あなたのことも同じようにしてもいいんだけどさ。皇女に続いて黒装猟兵の屈強なスパイまで怯え始めるっていうのは、さすがに怪しまれそうなんだよなぁ」
俺が悩んでいると、廃屋の入り口に、突然人の気配が現れた。
俺は慌てて振り返る。
(ちっ、まだ仲間がいたか!?)
そう思ったのだが、そこにいたのは予想外の人物だった。
「――ほっほっほ。でしたら、その者めの処分は私に任せていただけませぬかな? エリアック坊っちゃま」
そこに立っていたのは、銀髪の老紳士だった。
俺にとっては、見覚えのありすぎる人物だ。
ブランタージュ伯別邸の臨時執事にして、元王家の執事長。
「セルゲイ……さん?」
俺は、間の抜けた声を漏らしていた。




