20 シャル・ウィ・ダンス
「よっと」
貴族が詰まってて通れなかったので、俺は壇上へ向かう階段の柵を飛び越えた。
そのまま、赤い絨毯の敷かれた階段を上る。
壇上にいた王様、ロゼ、王妃が俺に気づく。
王妃の眉間が険しくなり、王様は「ほう」とつぶやいた。
ロゼは期待に顔を赤くする。
「ご歓談中失礼いたします、国王陛下、王妃殿下」
どう見ても「ご歓談」はしてなかったが、社交辞令というやつだ。
「いや、かまわぬ。おぬしは、ブランタージュ伯のせがれであったな」
王様が言った。
間違いなくこっちのことは覚えてるはずだが、この場ではこの程度の対応の方が無難である。
「はい。ブランタージュ伯エリオスが息子、エリアック=サンヌル=ブランタージュと申します」
「サンヌル……ですって!」
王妃が、待ちかねていたように、耳障りな声を上げた。
「まさか、同じサンヌルなら王家の娘をダンスに誘えるとでも思い上がっているのかしら? だとしたら王家も舐められたものね!」
「やめないか。舞踏会は無礼講の場だ。誰が誰を誘うもその者の自由。むろん、断るのも娘の自由だがな。
娘よ、救国の英雄の御令息では、踊る相手としては不満か?」
「そんな、まさか!」
ロゼがそう言って立ち上がる。
すこしおぼつかない足取りで、俺の前に立った。
俺は、片膝をつき、片手を胸に当てて、王家の女性に対する最敬礼を取った。
「エリアック=サンヌル=ブランタージュと申します。まだ若輩の身ではございますが、ローゼリア姫のお手を取る栄誉を賜れれば、これにまさる幸いはございません」
俺は、右手をロゼに差し出した。
ロゼが、震える右手を、俺の右手にそっと載せる。
魔力のトレーニングの時とちがい、指先が触れただけなのだが、いつもの数倍は緊張した。
だが、ここまで緊張してもストレスには感じない。
こんな時ばかりは、【無荷無覚】も考えものだな。
「お受けいたします。若き英雄にお誘いいただけて光栄ですわ」
俺とロゼは、歯ぎしりする王妃と涙ぐむ王様を壇上に残し、階段を下りて広間に入る。
下りてきたのが王女だと気づいた貴族たちが、一斉に広間の一等地を開けてくれる。
音楽は、前の曲がちょうど終わったところだ。
俺とロゼが向かい合って立ってると、次の曲がはじまった。
しっとりとしたバラード……に思えるが、途中から気が狂ったようにテンポが上がるという、初心者泣かせの舞踏曲だ。
「エリア……大丈夫ですか?」
「俺を誰だと思ってるんです?」
「ふふっ。そうでしたね」
俺とロゼは、音楽に合わせてステップを踏む。
互いの身体を入れ違いに動かすような動きだとか、ロゼの背中を支えて仰け反るような動きだとか。
練習を積まないと難しい動きがいろいろあるのだが、俺とロゼなら問題ない。
つないだ左右の手から魔力を流し、互いの意図を伝え合ってるからな。
俺たちのダンスに、いつしか会場中の注目が集まってる。
王女と一緒に踊るのは畏れ多かったのか、あるいは、王妃に事前に王女をハブれと言われてたのか。
どちらかはわからないが、そんな連中の目すら引きつけてるのは間違いない。
「……ブランタージュ伯の息子が……?」
「でも、サンヌルだという噂では……」
「見た目からしてもサンヌルで間違いないだろう……なぜ王女殿下と……」
「王妃殿下のご不興を買うのが怖くないのか……」
「サンヌル同士でお似合いではないか……この国の未来は暗いな」
かなり好き勝手なことを言われてるようだが、俺とロゼには気にならない。
二人の魔力が渾然一体となり、さながら二人の身体がひとつになったようだ。
薄化粧した頬を淡く染め、目に小さな涙を浮かべて、俺のリードに答えてくれる小さな姫君。
(守りたいな。この子を、守りたい)
まだ12歳の女の子だとばかり思ってた。
でも、折れそうなほど細い身体を躊躇なく俺に預けてくれる彼女を、心の底から愛おしいと思った。
そんな恍惚の時が、どれだけ続いただろう。
気づけば、音楽が鳴り止んでいた。
俺とロゼは、ダンスフロアの真ん中で見つめあう。
広間は静まり返っていた。
意地の悪い噂話に興じてたご婦人も、王妃派の派閥作りに勤しんでた壮年貴族も、みな一様に俺とロゼを見つめてる。
沈黙を破ったのは、拍手だった。
顔を上げると、壇上から身を乗り出して、王様が大きな拍手をしている。
それに呼応するようにして、広間からも拍手が上がった。
視線を向けると、拍手の主は父さんだった。
王と英雄が拍手を始めたことで、他の貴族からもぱらぱらと拍手が起こり始める。
それはやがて、大きなうねりとなって広間を満たす。
ふと楽団を見ると、指揮をしてた男が、俺とロゼに頭を下げてきた。
(ああ、踊りにくい曲を選んだのは、王妃の差し金だったのか)
誰かがロゼを誘った時のことまで見越して手を回していたとは恐れ入る。
「国王陛下、万歳! ローゼリア王女殿下、万歳!」
感極まったように、でっぷり太った、気の良さそうな貴族が両手を上げた。
「万歳! 万歳!」
他の貴族たちもそれに続く。
ロゼが俺から身を離し、広間の貴族たちに向かって淑女の礼をした。
拍手で応える貴族たちの間を抜け、俺はロゼを壇上までエスコートする。
「エリアック=サンヌル=ブランタージュ! 見事であった! ありがとう! さすがはあの貴公子の息子よ!」
王様が、そう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
その背後で、王妃は般若のような表情をしていた。
俺が見てることに気づくと、王妃は俺をぎろりと睨み、壇の奥へと消えていく。
ようやく王に解放された俺は、片膝をついて口上を述べる。
「いえ、まだ元服もしていない不肖の身で、私はサンヌルでもあります。そのような若輩と踊っていただき、恐悦至極にございます。我が父の威光に負けぬよう、今後も王国のために微力を尽くさせていただく所存です」
と、会場全体に聞こえるように言っておく。
若輩者のサンヌルが踊ったのだ。他の貴族にも王女を誘う資格がある。
そう思わせるための宣言だった。
(これでちょっとは誘いやすくなっただろ?)
そう思ってドヤ顔でロゼを見ると、ロゼは頬を膨らませてそっぽを向いた。なぜだ。
「うむ。改めて言うまでもなく、今夜は無礼講なのである。英雄の息子と踊りたい娘も多かろう。あまり引き止めては娘たちに恨まれてしまうな」
王様がにやりと笑ってそう言った。
「……だが、ほどほどに、な。
あの娘も、亡き母親に似て、あれでなかなかやきもち焼きなのだ」
なんと答えていいかわからなかったので、しどろもどろに誤魔化し壇を下りる。
その途端、無数の猛禽類に獲物としてロックオンされたような寒気を覚えた。
きらびやかに飾り立てた貴族の令嬢たちが詰め寄ってくる。
「あの、エリアック様? よろしければわたくしとも……」
「抜け駆けはずるいですわよ! わたしのほうが先に!」
「男性から誘われるのを待つのが淑女のたしなみでしょう? エリアック様、よろしければ別室で踊りの中休みをいたしませんか?」
「あー、ズルい! 踊りじゃなければ誘っていいわけでもないでしょ!」
「い、いやぁ、その……」
逃げ場を求めて視線をさまよわせる。
父さんは、苦笑して肩をすくめてきた。
母さんは……なんか爆笑してるんだけど。
「「「「さあ、誰と踊ってくださるんです!?」」」」
「ええっと……じゃあ、順番で、ね?」
俺はその後、舞踏会が終わるまでの間、休みもなく貴族の淑女たちと踊り続けるハメになったのだった。
……なお、ロゼのほうはその後全部の誘いを断ってた。ズルい。




