18 夜這い
「絶対ですよ? 絶対、お城に遊びにきてくださいね!」
「わ、わかりましたよ」
「このまま領地に帰ったりしたら一生許しませんからね!?」
「わかりましたってば。必ずうかがいます」
「わっはっは! 子ども同士、ずいぶん仲良くなったようではないか! 善哉善哉! がっはっは!」
秘密を守る代わりに必ずまた会いにきてほしいと、ローゼリアには約束させられた。
ローゼリアの必死な様子を、父である王様は「友だちができてよかった」くらいの受け止め方をしてるようだ。
……視界の隅で、セルゲイさんが目を泳がせてるけどな。
気分が悪くなった王女様を介抱していたのだ――そんな言い訳|(百パー事実なのだが)が通じるわけもなく、セルゲイさんはただ、「このことは胸に秘めておきます」と繰り返すばかり。
(でも、主人である父さんには絶対報告するよね。俺の親だし、相手は王女様だ)
しかたないので、闇魔法を使って、セルゲイさんに口封じをするハメになった。
ローゼリアにも口封じをしたいところだったが、
(ローゼリアの体内には魔力がパンパンに詰まってる。下手な干渉をするとまた相克が起きねない)
さいわい、秘密は守ってくれるようなので、いまのところ口封じはしていない。
「王女殿下とずいぶん仲良くなったみたいだね?」
「驚いたわ。前世では遊び人だったりしないでしょうね、エリアック?」
王様たちの馬車が去るのを見届けてから、父さんと母さんが言ってくる。
「とんでもない。陰キャもいいとこだったよ」
「陰キャ?」
「前にいた世界では、陽の血を引くものと陰の血を引くものの間で、絶え間ない階級闘争が繰り広げられてたんだ。まあ、この世界でもそうだけど」
俺は冗談めかしてそう言った。
「ふぅん? でも、根が明るければいいわけでもないじゃないか。そういう者は賑やかで華があるけど、戦場では慎重さに欠く嫌いがある」
「俺のいた国では長く戦争がなかったからね。場を盛り上げるとか、空気を察するとか、そういうのが得意な人が社会的に成功しやすかったんだよ」
「平和が続いてる国の宮廷みたいね。社交界嫌いのわたしたちも陰キャなのかしら?」
こんな美男美女の陰キャがいてたまるか!
いまの俺も、たいがい美少年ではあるけどな。
その夜、王女ローゼリアの寝室の窓が、外側から叩かれた。
最初は風かと思ったローゼリアだが、繰り返される音は、ノック以外の何物でもない。
「えっ、なに……?」
天蓋付きのベッドの中で、怯えた声を上げるローゼリア。
「俺です、エリアックです」
俺はそう名乗って、窓に顔をのぞかせた。
「え、エリアック!? どうしてこんな時間に……いえ、どうやってここまできたのですか!?」
ローゼリアが、内側から窓を開けてくれる。
(いいのか、そんな簡単に開けちゃって)
警戒心のなさが心配になるな。
それとも、今日のことだけでかなりの信用を得られたのか。
「遊びに行くというお約束でしたから」
「だ、だけど、こんな時間に……はっ、これはひょっとして……よ、夜這いとか……そのような……!?」
ローゼリアが赤くなった頬に手を当てる。
「いやいや。そんな打ち首になりそうな真似はしませんよ」
「……王女の部屋に忍んでくるだけでも、すでに打ち首になりかねないのですが……。
って、そういえば、見張りの方々は? わたしの部屋のすぐ隣には近衛兵も侍女も控えてるんですよ? 早く逃げないと見つかってしまいます!」
「大丈夫。ちょっとした魔法をかけましたから」
「魔法って……どんな術なのです?」
「認識を部分的に阻害する術です。この部屋で何が起きても違和感を覚えなくなる、というような」
「そ、そんなことができるのですか!?」
「ええ、まあ」
ローゼリアは窓から離れると、寝室のドアを開けて、廊下に首をのぞかせる。
俺のところからは見えないが、すぐそこに見張りの兵がいたはずだ。
「お役目、ご苦労様です。そろそろ寝ようと思いますが、異常はありませんか?」
「はっ! 何も異常はございません! お心配りかたじけなく存じます!」
廊下で見張りをしてる騎士が、かしこまった声で返事をする。
「……本当に、異常はないのですか? たとえば、わたしの部屋から人の声が聞こえた、というような」
「人の声、ですか? 先ほどから少年の声がいたしますが、おかしなことではありますまい」
「そ、そうですか……。妙なことを聞いてすみません。夜更けまで大変ですね。お仕事、がんばってください」
「いえ! 光栄であります!」
ローゼリアがぱたんとドアを閉じ、窓の前に戻ってくる。
「……信じられません」
「眠らせてもよかったんですが、眠ってるところを他の人間に見つかったりしたら気の毒ですからね」
「エリアックは選択的な睡眠魔法まで使えるのですか!?」
「選択的? ああ、普通の睡眠魔法だと術者も眠り込んじゃうんでしたっけ。魔力をきちんと『隔離』できれば、そんなに難しい魔法でもありませんよ。ローゼリア様も、俺が帰るまでには覚えられるかもしれません」
「わたしが……覚える?」
「ええ。今日こうしてまかり越したのは、ローゼリア様に魔力の制御をお教えしようと思ったからです。俺がいなくなると、また相克の問題が起こりますからね。『薄膜』もいつまでももつようなものじゃないですから。自力でどうにかしていただかないと」
俺の言葉に、ローゼリアが息を呑んだ。
「お、教えて……くださるのですか? そんな高度な魔法技術……ブランタージュ伯爵家に伝わる家伝のたぐいではないのですか?」
「いえ、これは俺が独自に開発したものです。他人に見せるなとは言われてますが」
「なら、なぜわたしに?」
「同じ光闇ですからね。あとで苦しむことになるのがわかってて、知らんぷりもできません。
ただ、秘密は守ってもらいますよ? それが、お教えする条件です」
「そ、それはもちろんですが……」
「さて、よろしければ、中に入れてくれませんか? この季節とはいえ、夜は思ったよりも肌寒い」
「え、ええ。どうぞ」
「お邪魔します」
俺はローゼリアの了承を得て室内に入る。
高い天井には錦が飾られ、壁には王女の自画像がかけられている。
広い室内には、ワードローブ、机と椅子、本棚、革張りのソファ、天蓋付きのベッドなどが置かれていた。全体的に少女趣味の調度で、机の上にあるいかつい将棋盤だけが浮いている。足元はふかふかの絨毯だ。
部屋の灯りは、四隅に置かれたろうそくのランプ。
普通の光魔法では、術者が魔力の供給をやめると光が消えてしまうからな。魔法のある世界ではあるが、主な光源は結局ろうそくしかないらしい。
薄ぼんやりとした部屋の中に、ピンクの寝巻き姿のローゼリアが浮かび上がっている。
俺の視線に気づいたのか、ローゼリアが恥ずかしそうに手で服を隠した。
ローゼリアは、椅子にかけられてた肩掛けを取り、パジャマの上から羽織って前を留める。
「お茶をお出ししたいところですが……」
「いえ、結構ですよ。頼んでも不審には思われないようになってますが、第三者に見られると、思わぬ不都合がないとも限りません。
さて、あまりゆっくりもしてられないでしょう。さっそく授業に入ります」
俺は、両方の手のひらを上に向け、ローゼリアに差し出した。
「これは?」
「ローゼリア様のお手を拝借」
「は、はい。こうでしょうか?」
ローゼリアは、俺の手のひらに、両手の先をちょこんと載せる。
まるでダンスの誘いを受けたような感じだな。
「もっとしっかり握ってください。手のひらを重ね合わせるように」
「う……は、はい」
ローゼリアは恥ずかしそうにしながらも、自分の手をしっかりと重ねてきた。
すべすべのしっとりとした手だ。
ほんのりとローゼリアの体温が伝わってくる。
「うちで応急処置した時のことを思い出してください。
あの流れを、ローゼリア様ご自身で作れればいいのです」
「そ、そんなことを言われても……」
「じゃあ、すこしだけ俺の魔力を流します。よく感じ取ってくださいね」
俺はそう言って、手のひらから魔力を流す。
左右同時に、左から光の、右から闇の魔力を、手のひらになじませるようにうっすらと漏らす。
「……わかります?」
「は、はい。エリアックのあたたかいものが、わたしの中にゆっくり入ってくるのがわかります」
気持ち赤い顔で言ってくるローゼリア。
……その言い方だと、俺のほうが狼狽するだろ。
「こほん。それに合わせて、ローゼリア様ご自身の魔力を、二つに分けてください。俺の流す魔力と同じものを、同じ側に集めるように意識して」
「はい……こ、こう、ですか?」
「あまり実感はない感じですか?」
「そうですね……なんとなく、こうかな?という感じです。合ってますか?」
「合ってますよ。かなりいいセンスをしていらっしゃる」
「エリアックに言われると複雑です」
「いえ、実際、俺だって最初は相克との戦いでしたよ。ローゼリア様が最初からここまでできるのは、無意識のうちに相克をなんとかしようとされてきたからなのでしょう」
「そう、なのですか……。ぐすっ」
「な、なんで泣くんです?」
「い、いえ……相克のことをそんなふうに言ってくださった方は初めてだったので」
「……相克を味わったことのない人には、あの辛さはわからないでしょうね」
この世界では、魔法が使えて当然だ。
相克は身体の中で起こることだから、経験したことのない人には想像するのも難しい。
結果、「魔法が使えないのは本人の気持ちの問題だ」みたいな精神論を振りかざすやつも出てきてしまう。
(ローゼリアは王女様だから余計だろう)
彼女なりに、必死に相克と戦ってきたはずだ。
だが相克は、過去に克服できたという人物が見当たらないくらいに厳しいものだ。
俺だって、ストレスを感じない力――【無荷無覚】がなかったらどうにもならなかったかもしれない。
「右手に、光を。左手に、闇を。よく身体の中をイメージして。どこをどう魔力が流れてるのか、確かめて」
「わから、ないよ……」
ローゼリアは半眼になって、自分の身体の感覚に注意を集中してる。
「最初はぼんやりでいい。勘違いかもしれなくてもいい。とにかく、感じようとしてみて。最初は辛いと思うけど」
「うん……」
「じゃあ、今度は左から光だけを流すよ。さっきとの違いを感じてみて」
「うん。……あ、わかるかも」
「よし、それなら今度は右から闇」
「わかる! 一度わかってみると全然違うんだね!」
「そうそう。そうなると、体内の光と闇の魔力の流れもわかるようになる」
「うー……それはまだちょっと……ごちゃごちゃでよくわからないよ」
「ごちゃごちゃだってことがわかるようになっただけでも進歩だよ」
十数分ほど、そんな訓練を続けた。
「うう……難しいね」
「これだけで会得されたら俺の立場がないですよ」
俺は、肩をすくめてそう言った。
そんな俺に、ローゼリアがびしっと指をさしてきた。
「敬語! 敬語に戻ってます!」
「えっ?」
そういや、レッスン中はいつのまにかタメ口になってたかもな。
「これは失礼しました、ローゼリア様」
「そうじゃなくて! 敬語をやめてください、エリアック! いまのあなたはわたしの師なんですから!」
「でも、王女様ですし」
「いまだけでいいですから……さっきの訓練中みたいに、普通にしゃべってください、エリアック。
そうしてくれたら、辛い訓練にも耐えられますっ」
「いや、理屈がよくわからないんですけど」
「名前も、呼び捨てにしてください。ローゼリア、と。いえ、ロゼでいいです」
「それって、王族は家族にしか許さないんじゃ?」
「い、いいじゃないですか、そんなこと。エリアックのすごい魔法のおかげで誰にも気づかれないんですし」
「はあ……わかりました。いや、わかったよ、ロゼ。これからよろしくな」
俺が言うと、
「ろ、ロゼ……はうっ……」
ロゼが、顔を真っ赤にしてよろめいた。
「っと、大丈夫ですか? ……じゃなかった、大丈夫か?」
ロゼを支えて言う俺に、
「ひゃわあっ! ら、らいじょうぶです、エリアック。こ、心の準備がなかっただけで……」
ロゼが自分の足で立ちながらそう言った。
「俺のこともエリアでいいよ。敬語もなしで」
「わ、わかりました。じゃなくて、わかった、よ……え、エリア」
「でも、この時間だけですよ?」
「……わかってます……わかってる、よ。いまだけだってことくらい。一晩くらい、王女だってことを忘れさせて……よ」
「え? いや、王都にいる間は毎晩来る予定だけど」
「ま、毎晩ですか!?」
「あ、都合悪かった? でも、両親は園遊会が終わり次第領地に帰るつもりみたいだから。二人とも社交界嫌いでさ」
「どちらもたいそうおモテになったと聞いてます……ううん、聞いてる、よ?」
「ロゼのほうが口調が安定してないじゃないか」
「だって! お父様以外にはみんな敬語なんだもん!」
ロゼが頬を膨らませる。
「あはは……俺も、堅苦しいのは苦手だし。教えるのに敬語だとやりにくいかもね」
「エリアは同い年なのに礼儀作法がしっかりしてて、敬語も完璧だと思うんだけど。社交界に出たらきっとモテるんじゃないかな」
「俺はサンヌルだからね。社交界に出る気はないよ」
「これだけ魔法が使えたら関係ないじゃん! むしろ他の属性の人より全然すごいと思うんだけど!?」
「俺は目立ちたくないんだよ。ロゼも、俺のことをどこかで褒めたりはしないでね?」
「どうして隠すの?」
「その気になれば、誰にも気づかれずに王女様の部屋に忍び込める……。そんなこと、公言してどうするんだよ。完全に危険人物だ」
俺が王様だったら気が気じゃないだろう。
ロゼの貞操の問題だけじゃない。
俺がそうしようと思ったら、王様を人知れず暗殺することも可能なのだ。
ロゼも、そのことに頭が回ったのだろう。
「そ、それはそうかもだけど」
「とにかく、毎晩トレーニングに付き合うから。ロゼには、俺がいなくなってもトレーニングが続けられるところまではがんばってもらわないと。時間がないからちょっとスパルタ気味になるけどね」
「う……がんばります。じゃなかった、がんばるよ……エ、エリア」
そんなわけで、俺は毎晩、王女様にサンヌルとの付き合い方を教えることになったのだった。




