17 誤解だっ!
将棋の対局を終えたところで、ローゼリア王女が急に倒れた。
散らばった駒の真ん中で、ローゼリアはうつ伏せになったままで動かない。
「なっ……ローゼリア様!?」
俺はあわててローゼリアを抱き起こす。
俺に抱えられたローゼリアは、青い顔で、苦しげに胸元を押さえていた。
俺はローゼリアを、部屋にあったソファに横たえる。
「すぐに国王陛下を呼んできます!」
そのまま部屋を飛び出そうとした俺の腕を、ローゼリアが掴んで止めた。
「ローゼリア様!?」
「言わ……ないで」
顔を歪めながら、ローゼリアが言った。
「お父様には、言わないで……ください」
「そ、そんなわけには……」
「いつもの、ことです……。しばらく、すれば、収まり……ます。お父、様に……ご心配、かけたく、ない……」
ローゼリアは、青い顔に必死の表情を浮かべて俺を止める。
俺の腕を握る手は、ろくに力が入ってなさそうなのに、妙な迫力で俺に振り払うのをためらわさせた。
とはいえ、
(そんなわけにもいかないよな……)
12歳の子どもが苦しんでるのだ。
良識ある大人なら、本人がどう言おうと、保護者に連絡を入れるべきだ。俺が同い年の子どもだからって、その判断に変わりはない。
まして、ローゼリアはこの国の王女様だ。
もしこの屋敷で倒れて何かあったら、ここの所有者である父さんが責任を問われる事態にもなりかねない。
俺の表情から、俺の判断がわかったのだろう。
ローゼリアが、すがるように言ってくる。
「あんなに、楽しそうな、お父様は……久しぶり、です。
わたしが、生まれて……お母さんが、亡くなって……生まれた、わたしは、サンヌルで……。
わたしの前では……見せないけど、お父様、本当はお辛くて……。
だから、せめて……今日、くらいは……」
「……わかりました」
俺は部屋を出るのをあきらめ、ソファの前にしゃがみこむ。
「ですが、ひとつだけ聞かせてください。本当に、大丈夫なんですね?」
「はい……よくある、ことです。今日は、うれしくて……はしゃぎ、すぎました……」
ローゼリアが顔をこちらに傾けて微笑んだ。
その拍子に、右耳の前の髪が揺れた。
黒い髪に隠れるようにして、エメラルドグリーンの房が一条見える。
俺の視線に気づいたのか、ローゼリアは汗ばんだ手で髪を隠した。
その手を見ていて、俺は気づく。
「ひょっとして……相克ですか?」
俺の言葉に、ローゼリアが目を見開いた。
「わかる、のですか……? ひょっとして、あなたも……?」
「いえ、ここまで激しい相克は経験したことがありません。ただ、ローゼリア様のお手の魔力の様子から、光と闇の相克が起きてるのではと思っただけです」
「そんなことが、見ただけで……わかる、のですか……?」
「ローゼリア様は、かなり強い魔力をお持ちのようだ」
「そんな、はずは……わたしは、魔法が、使えません……」
「光と闇の両方が強いから、打ち消しあって使えないだけでしょう。俺の相克は魔法を使おうとした時にしか起きませんが、ローゼリア様は魔法を使おうとしなくても相克が起こる……」
「そう、です……。魔法が、使えない、ばかりか……何もしなくても、相克の、発作が起きて……みなに、迷惑を……。もうすぐ、園遊会で……お披露目も、ある、のに……。知られたく、ない……。どうして、わたし、ばっかり……もう、いやぁ……」
ローゼリアの目から涙が溢れた。
俺は、ローゼリアの手を強く握る。
「制御、したいですか?」
「えっ……」
「相克を。あなたの中の魔力を、制御したいですか?」
俺の言葉に、ローゼリアが俺をまじまじと見た。
「そんな、こと……できる、のですか? わたしは、光闇、なんですよ?」
「俺だってサンヌルですよ。でも……ちょっと見ててください。『灯りよ』『闇よ』」
俺は、両手を上に開き、魔法を使う。
ほとんど同時に、右手に光が、左手に闇が現れる。
ローゼリアが目を見開いた。
「そ、そんな……! 光魔法と闇魔法を同時に……!?」
「ちょっとしたコツがあるんです。本当は誰にも言うなって言われてるんですけどね」
「どうして、わたしに……?」
「見てられなかったので。
ただ、この方法を会得するのは大変ですよ。相克と本気で向き合い、耐え抜く必要がある。相当にしんどいはずです」
俺は【無荷無覚】があったからなんとかなったが、俺以外のサンヌルではどうなのか。
相克のもたらすストレスは相当なもののはずだ。ちょっとやそっとの覚悟では耐えられない。
「とりあえず、ローゼリア様の相克を鎮めますね」
俺はそう言って、ソファに横たわるローゼリアの上に、半ばのしかかるような姿勢をとった。
右手でローゼリアの左手を、左手でローゼリアの右手を。
指の間に指をからませ、手のひら同士を押し付ける。
いわゆる恋人つなぎみたいな感じだな。
「あ、あのぅ……エリ、アック?」
12歳の女の子っていうのは、まだ子どもなのか、それともすでに大人になりかけてるのか。
ローゼリアは後者のようで、顔を赤く染めている。
「いきますよ。俺がすべてやりますから、ローゼリア様は俺に身を任せて、じっとしててください。大丈夫、痛くはしませんから。そんなに時間はかかりません。天井の錦絵を見ている間に終わるでしょう」
「えっ、ふぇっ!? そ、そんなことを!?」
ローゼリアが真っ赤になった。
その反応でようやく気づく。
「あ、いや、そういうことじゃないですってば! まぁ、一度やればわかります」
「やれば!?」
「ああもう……手の感覚に集中しててくださいね」
俺は、左右の手に意識を集中する。
密着させた手のひらから、ローゼリアの体内を流れる魔力を探っていく。
さっきは右手で光、左手で闇を使ってたが、ローゼリアに合わせ、俺は左右の魔力を入れ替えてる。
俺の左手に、ローゼリアの右手から光の魔力を。
俺の右手に、ローゼリアの左手から闇の魔力を。
それぞれゆっくりと吸い取っていく。
「これ、は……」
「うわっ、多いな……。俺の十倍以上の魔力がないか、これ」
両親の遺伝か、俺も魔力は多いほうだ。
だが、ローゼリアの体内にある魔力は桁が一つ違いそうだ。
「こんなにあるんじゃ、勝手に相克が起こるはずだよ。『隔離』するにもスペースがキツい。『薄膜』を使うしかないか」
「隔離」は、二つの魔力を接触しないよう切り離す技術だ。
シンプルな分制御しやすい方法だが、体内を巡る魔力を堰き止めるために、防波堤となるスペースが必要だ。
ローゼリアの体内には魔力がパンパンに詰まってて、「隔離」のためのスペースがない。
「これから、俺が吸い取ったローゼリア様の魔力を、薄い魔力で包みます。この『薄膜』は、光と闇の魔力を、極小の規模で発泡させ、それを平面状に敷き詰めたものです。この『薄膜』が緩衝材になって、光と闇の魔力の接触を防ぎます」
「えっ、えっ……?」
「じゃあ、ローゼリア様の魔力を戻しながら、俺のほうでローゼリア様の体内の魔力を操作します。かなりこそばゆいと思いますが、我慢してくださいね」
俺はそう言って、じわじわと魔力を戻していく。
一度俺の体内に取り込んだローゼリアの魔力は、元の身体に戻ってもしばらくは操作できる。
俺はローゼリアの体内を探り、光と闇の魔力の間に、無理やり薄膜を滑り込ませる。全身で起きてる相克を、ひとつひとつ丁寧に鎮めていく。
「ぁっ、ふわっ……あふっ、あんっ、あぁっ、っんく……んんんんんっ!?」
……ローゼリアがちょっとアレな感じの声を漏らしてるが、誓ってわざと喘がせてるわけじゃない。
相克の時もそうだが、体内で魔力を練る過程では、普段はありえないようないろんな感覚が生じるのだ。
そこで、俺は妙な手応えに気がついた。
「……ん?」
光と闇にまじって、べつの魔力がところどころに眠ってる。
疑問には思ったが、相克には関係がないようなので、ひとまず放っておくことにした。
かかった時間は、数分ほどだろうか。
「ふぅ。できましたよ」
「はぁ、はぁっ……ぁふっ……んっ……」
「……だ、大丈夫ですか?」
「は、はい。とても心地よくて……エリアックがわたしの中に入ってきて、わたしの中を優しく、強くかき回してくれて……それがとても気持ちよかったです。そのうち、エリアックに全身を包まれてるみたいな感覚になりました。温かくて、気持ちよくて、どこかに飛んでいってしまいそうな……こんな気持ちははじめてです」
うっとりした表情で、ローゼリアがつぶやいた。
……なんか、目がとろんとしてるような気がするんだけど。
「そ、そうですか……問題がなかったようで何よりです。相克のほうは?」
「あっ、えっと……すごい、完全に収まってます! すごいです、こんなことができるなんて……!」
「あくまでも応急処置なので、数ヶ月もすればぶり返すと思います」
「それでもすごいです! エリアックはサンヌルの二重属性を制御してるんですか!? それも、他人の体内にある魔力まで操るなんて、他の属性でも聞いたことがありません!」
「しーっ、お静かに。どうかこのことは内密に」
「ど、どうしてですか? こんなにすごいことなのに……」
「あまり目立ちすぎるのもどうかと思うので。俺は平穏に暮らしたいんですよ」
「そんなの、もったいないです! エリアックがその気になれば宮廷魔術師にだってなれるはずです!」
「俺には、次代ブランタージュ伯だって重荷ですよ」
「そんなことないです! 魔法も使えて将棋も強くて、領地経営にも詳しくて! エリアックはすごいです!」
ローゼリア、さっきからすごいしか言ってないな。
それだけさっきのに感銘を受けたってことなんだろうけど。
「俺は、緊急事態だからこの力をお見せしたんです。内緒にしてくださいますね?」
「そ、そんな……! わたしに……わたしに、その力を貸してください! エリアックがいてくれれば、わたしは王女の務めをまっとうできます!」
ローゼリアは小鼻を膨らませてそう言った。
見せられたものに興奮して、無理を言ってるのに気づいてない。
さっきまでのローゼリアは、大人しく思慮深い少女だった。
相克がなんとかできるかもしれない――長年相克に苦しめられてきた彼女にとっては、表面を取り繕えなくなるほどに大きな希望だったんだな。
(やっぱりちょっと早まったかな)
俺がそう思ってると、部屋の戸口からノックが聞こえた。
俺とローゼリアが、びくっとして振り返る。
開いた扉を遠慮がちにノックしていたのは、
「……こほん」
「セルゲイさん」
戸口に立ってたのは、銀髪の老執事だった。
柔和な笑みがこわばり、目もなぜだか泳いでる。
「おふたかたとも、出会ったばかりでそのようなことは感心いたしませんな。セルゲイめは見なかったことにいたしますゆえ、他の方がいらっしゃる前に……そのぅ、どうか、ですな……」
困り顔で言ってくるセルゲイさんに、俺とローゼリアが顔を見合わせる。
ローゼリアの顔はすぐ近くにあって、おまけに両手は恋人つなぎ。
その上、ソファに横たわったローゼリアに、のしかかるような格好だ。
ローゼリアは相克の発作のせいで汗ばんで、頬も赤く上気してる。
「ええ、ええ。エリアック様と王女殿下であれば、どちらのお父上もさぞやお喜びになることでございましょうとも。
しかしですな、そう言ったことはやはり、婚儀を結ばれてからなさるのが慎みというもの……。
いや、わかります、わかりますとも。お二方とも、お年頃でございましょう……かくいうセルゲイも、若い頃はそれはもう……」
冷や汗を流し、必死のフォローを試みるセルゲイさんに、
「「ご、誤解だ(です)っ!」」
俺とローゼリアのセリフがハモったのだった。




