(12歳)14 王都ラングレイ
「今年ばかりは、行かないわけにもいかないみたいだ」
食後の紅茶をすすりながら、父さんが言った。
時は流れ、ブランタージュ戦役から早三年。
俺は12歳になっていた。
そのあいだに背が伸びて、顔立ちもすこしだけ大人っぽくなった。
まだあどけなさのほうが目立つものの、この世界の常識では、そろそろ大人としての立ち居振る舞いを求められるようになる歳頃だ。
転生者である俺は、【無荷無覚】のおかげもあってか、歳に似合わず落ち着いてると評判だった。
まぁ、前世で二十代まで生きてたんだ。言動が子どもっぽいとか言われるほうがヤバいんだけどな。
周囲には、魔法が使えることは隠し、知識もあまりひけらかさないように注意してる。
前世がある分、同世代の子どもと遊ぶのがちょっとつらいが、領主の息子という身分のおかげで、そうそう他の子どもと遊ぶ機会はない。
この三年の間、世界情勢に大きな変化はなかった。
ネオデシバル帝国と反帝国同盟は、おのおのの国境で睨み合ったまま、緊張が常態と化していた。
もっとも、どちら側にも本格的な戦争に突入するつもりはないようだ。
小さないざこざが各地で起こってはいるが、それらはあくまでも局地戦に留まってる。
もちろん、局地戦とはいえ戦争には違いない。少なからぬ死傷者が出ているが、帝国も同盟国も、相手への忿怒を理性でかろうじて抑え込んでいるようだった。
なぜ、帝国は攻め込んでこないのか?
単純に、戦力が足りないからだ。
帝国が吸魔煌殻を装備させた兵で侵攻すれば、同盟のどの国だってもたないだろう。
だが、帝国が一方に戦力を集中すれば、他の同盟国にがら空きの背中をさらすことになってしまう。
同盟国は、ちょうど帝国を取り囲むように位置してるからな。
なら、同盟諸国が同時に帝国に攻め入ればいいんじゃないか?
だが、それも難しい。
同盟各国としては、自国が先陣を切って開戦した場合に、他の国が呼応してくれる確証がない。
先陣を切ってしまえば、帝国の吸魔煌殻部隊が向かってくることは確実だ。他の同盟各国は、先陣を切った国が吸魔煌殻部隊相手に血みどろの消耗戦を繰り広げるさまを高みから見物した上で、帝国に隙が生じればそこを突き、自国の被害を極小化して勝とうとするだろう。
同盟などと言ってはいても、もともと「反帝国」以外に結集できる軸を持たないバラバラの国々だ。同盟がなくなった途端、鉄を産する旧ザスターシャ王国領をめぐり、新たな戦争が始まらないとも限らない。
戦後のことを思えば、帝国相手に自国軍をいたずらに消耗するのは危険なのだ。
というわけで。
どちらの陣営も決定打となるものを欠いたまま、この三年はある意味平穏に過ぎ去った。
われらがブランタージュ伯爵領は、峠を挟んで帝国と国境を接している。
対帝国の最前線の一画ではあるのだが、俺のネルズィエンを使った仕込みが機能したのかどうか、いまのところ、帝国が再度攻め込んでくる気配はない。
俺と父さん、母さんは、食堂で夕食を終え、一緒に食後の紅茶を楽しんでるところだ。
あいかわらず仲のいい夫婦なのだが、俺の弟や妹はできていない。
やはり、転生者である俺がイレギュラーで、もともと子どもができない組み合わせだったのかもしれないな。
もしそうじゃなかったら、俺は本来の「エリアック」を上書きしてしまったんじゃないかと、思い悩んでたことだろう。
母さんが、父さんのセリフに応えて言った。
「行くって、ひょっとして王都の園遊会のこと?」
「ああ。例の戦役以来、陛下から再三参加してくれと言われてたんだが、帝国の動きがわからないからと言って断ってきただろ?」
父さんはブランタージュ戦役のことを「戦役」としか言わない。
自分の名前を冠してるんじゃ口にしづらいからな。
父さんの名前が付いてるくらいだから、父さんは例の戦役の英雄扱いをされている。
(実際、俺たちがネルズィエン皇女軍を撃退できなかったら、この国は滅んでたかもしれないからな)
帝国は、その正体を隠したまま、赤装歩兵や緑装騎兵といった強力な戦力で、突如電撃戦を仕掛けてきた。
動員された兵数こそ少なかったものの、個々の戦闘力が王国側とは段違いだ。
あんな奇襲を凌げたことのほうが、むしろ奇跡みたいなものだった。
王都から調査官がやってきて戦果の確認をすると、王様は父さんに最上位の勲章を授け、先の戦役の英雄として激賞した。
だが、その授与式以降、もともと社交界が嫌いな父さんは、自領に引きこもって他の貴族とほとんど交流を持っていない。
「そうね。実際、帝国がいつどう動くかわからないもの。わたしたちにとっては誘いを断るいい口実になってよかったわ」
母さんは、まるで帝国と戦うより王都社交界と関わり合いになるほうがイヤだと言わんばかりの口調でそう言った。
「ねえ、王都の社交界ってそんなにイヤなものなの?」
俺は二人に聞いてみる。
「そうだね……人によるかな。妬み嫉みの渦巻く世界ではあるけど、貴重な情報交換の場でもある。社交界は貴族の戦場と言う人もいるね」
「わたしたちの場合は、恋愛結婚だから。わたしは下級貴族の出だけど、複合魔法の使い手として名家からお声がかかってたし。エリオなんて、王族の婿に入らないかって話まであったのよ?」
父さんと母さんがそう答える。
なお、母さんは父さんのことを「エリオ」と呼ぶ。
「要するに、並みいる求婚者を片っ端から断ってくっついたから、いろいろ恨みを買ってるってこと?」
「恨みっていうのは言い過ぎだけど、あまりよくは思われてないだろうね。領地が辺境で助かったよ」
「いまではエリオは救国の英雄だもの。社交界になんて顔を見せたら、第二夫人をもらわないかと言われるに決まってるわ。わたしの実家は貴族としては下級だから、たとえ第二夫人でも、実家の格の差でわたしの頭を抑えられるだろうってわけ」
「はあ……大変なんだね。
でも、どうして今年は行かなくちゃなの? 帝国とは膠着状態だけど、油断していいわけじゃないし」
「今年は、ローゼリア王女が社交界にデビューするんだよ」
「ああ、なるほど。王女はエリアと同い年だものね」
母さんはそれで納得するが、俺のほうはよくわからない。
「ローゼリア王女って?」
「国王陛下のご長女で、今年で12歳になられるんだ。ちょうど、エリアックと同じ月に生まれてる。生まれ日は、エリアックのほうが一週間先だけどね」
「へええ」
とは言ったものの、それ以上の感想はない。
知らない人が一週間違いの誕生日だと言われても、そうですか、としか言いようがない。
前後一週間も違っていいなら、同い年の男女のうち三十人に一人は当てはまる計算だ(この世界の一週間は6日、一ヶ月は6週、一年は360日)。前世の学校なら、同じクラスに一人くらいいても不思議じゃない。
「国王陛下と僕は、学園騎士団の同期でね。例の戦役の英雄である僕に、ぜひ王女殿下のお披露目に参加して花を添えてほしいとおっしゃるんだ」
「父さんが花って言うのも変な話だけど、それは断れないね」
美男美女の夫婦で、おまけに戦役の英雄だ。
たしかに、王女様の社交界デビューにも花が添えられるだろう。
俺は、そっくりの表情で顔をしかめる仲良し夫婦に、「いち抜けた」の口調で言った。
「じゃあ、俺はランペジネで待ってるから。夫婦水入らずで行ってきなよ」
万一帝国が再侵攻してきたとしても、俺さえいれば撃退できる。
峠の麓の関は要塞化されてるし、俺の闇の魔力もたっぷりと溜め込んである。
《不夜城》もさらに改良を重ね、一晩も経たないうちに三徹明け並みの疲弊を生み出せるようになっていた。それ以上にエグい魔法だっていくつもある。帝国軍を壊滅させるより、味方を誤魔化すほうが大変なくらいだ。
完全に留守番の心づもりを固める俺に、父さんが言った。
「なに他人事みたいに言ってるんだい? もちろん、エリアックも来るんだよ」
「え? 俺も?」
「ちょうど、エリアックは王女殿下と同い年だ。お話相手にうってつけじゃないか。陛下からも息子を見せろと言われててね」
子どもを紹介し合うなんて、父さんと王様は本当に仲がいいらしい。
「でも、俺は光闇だし。園遊会になんて出たら嘲笑されるのがオチなんじゃない? サンヌルに王女様のお相手が務まるかって言われそうじゃん」
俺の言葉に、両親が揃ってきょとんする。
「な、なんだよ、その反応」
口を尖らせて言う俺に、父さんがため息をついた。
「おいおい。魔法の研究に熱心なのはいいけど、世俗のことにもすこしは興味を持ってくれよ?」
「あんまり興味なさそうな父さんに言われるのも心外なんだけど」
「でも、さすがに有名な話じゃないか」
「だから……何がだよ?」
聞き返した俺に、父さんが気持ち声を潜めてこう言った。
「――ローゼリア王女もサンヌルなんだよ。エリアックと同じ、ね」
言われてみれば、だ。
誕生日が一週間違いだってことは、誕生した曜日が同じだってことだ。
その時点で、王女がサンかヌルである可能性は高かった。もちろん、サンヌルである可能性も。
俺たち一家が揃ってランペジネを離れていいのかという懸念はあったのだが、まず大丈夫だろうという結論になった。
そもそも、峠の関が要塞化された時点で、峠を越えて大軍を送り込むことは、ほとんど不可能になっている。
ブランタージュ伯領の兵のみならず、近隣や王都からも補充の兵が送られてきて、峠は常に監視下に置かれている。もともと、軍が通るには適さない、狭く険しい峠道だ。峠を兵が越えてきても、関の門を閉ざし、先頭から順に撃破すればいい。
あの関を抜くのは、吸魔煌殻の力をもってしても難しいだろう。
もちろん、相手が相手なだけに、想像を超える事態が起こる可能性もなくはない。
だが、それを言っては何もできないことになってしまう。
王女の晴れの舞台に呼ばれたのを断って、王様との関係がこじれたりするのも心配だしな。
というわけで。
俺たちは馬車に揺られること数日で、ミルデニア王国の王都ラングレイへと到着した。
「はぁ〜、大きいね」
馬車から街並みを眺めながら、俺は月並み極まる感想を漏らした。
煉瓦と石材を漆喰で塗り固めた建物は、どれも古いが背が高い。馬車の窓から見上げると、圧迫感を覚えるほどだ。
通りの上の高いところにアーチ状の橋がかけられていて、そこにも行き交ってる人たちがいる。
ゲームだったら、立体交差のせいでミニマップだけじゃ行きたい方向に行けないみたいな構造だな。
「ラングレイは、ミルデニア建国以前から続く古い都だ。デシバル帝国の時代には、宗教都市として栄えていたらしい。いまでも精霊庁の本部があって、国政にも容喙している」
と、父さんが解説してくれる。
「デシバル帝国って……千年前じゃん!」
俺は驚いた。
でも、考えてみれば、そんなにおかしくもないかもな。
平安京ができたのは鳴くよウグイスで794年。長安やローマならもっと古い。
「精霊庁って言うのは?」
「六大精霊を信仰対象として崇めてるのが精霊教だってことは知ってるね?
精霊庁は、大陸に散らばる精霊教を統括する立場にある。
精霊教は、各地で教えがばらばらなんだ。それに対し、一定の統一見解を示すのが、精霊庁の主な役割さ」
「ふぅん? でも、精霊そのものは、教え的なものは何も残してないんじゃないの? そもそも、精霊に人格があるかどうかもわからないし」
「だから言ったろう? 六大精霊を『信仰対象として崇めてる』って。
六大精霊そのものは、信じるも何もないものだ。だって、実際に存在していて、世界の運行を司り、新生児に加護を授けてるんだからね。
精霊は、疑う余地なく実在してる。人間が信じようと信じまいと、その事実は揺るがない。太陽が実在することを、わざわざ『信じる』人はいないだろう? ただ、実在すると『知ってる』だけだ」
「ああ、そっか。精霊の実在は疑う余地がなくても、精霊を神様みたいに崇めるか、物理法則のようなものと割り切るかっていう、立場の違いがあるんだね」
「……エリア、その言葉はあまり使わないほうがいいわよ?」
窓の外を見ていた母さんが、唐突にたしなめてくる。
「どの言葉?」
「『神様』よ。普通、この世界で神と言ったら、精霊以外の超越的な存在のことを指すの。それは、六大精霊を至高の存在と考える精霊庁の教義からすると異端だわ」
「『精霊以外に神はなし』。それが精霊庁の立場なのさ」
「へえ……」
なかなか興味深い話だな。
(俺は、この世界に転生する時に、「神」を名乗る存在と会った……はずだ)
おぼろげな記憶しかないのだが、その「神」が六大精霊だったようには思えない。
(そんな気がするってだけで、絶対に違うと言えるような根拠もないんだけどな)
光ってたから光の精霊、なんていう単純なオチかもしれないし。
「精霊庁の教義に逆らうとどうなるの? 拷問された挙句、火あぶりにされて財産を根こそぎ没収されたりとか?」
「そ、そんな物騒な話は聞かないけどね。
精霊庁は、精霊教の最大宗派ではあるけど、各地に教義を異にする宗派がたくさんある。精霊庁のほうでも、各地の宗派の見解を、ある程度は尊重してる。
そうしないと、各地の宗派が、『精霊庁が精霊教の指導的立場にあるとは認めない』なんて言いだしかねないからね。
宗派論争くらいはあっても、教義の違う相手を吊るし上げたりはできないよ」
父さんは、あきらかにドン引きした顔でそう言った。
この分では、贖宥状を発行して金集めをしたり、聖職者の地位を金で売買したりという話もないのかもな。
(転生した先の世界が文明的に地球よりあからさまに下、なんて話が転生モノにはよくあったけど……)
地球のほうが物騒な面も少なからずあるなと思いました(マル)。
通りには、たくさんの人が行き交ってる。
自分の身体より大きい荷物を背負った野菜売りの老婆。
ろばに荷馬車を引かせて歩く旅商人。
忙しげに駆け回り、商店主に値引き交渉を持ちかけてる奉公人。
ならず者に睨みを利かせる巡回の兵。
それからもちろん、この街に住む住人たち。
幅の広いメインストリートは、人々の発する熱気で蒸し暑いほどだ。
馬車に冷房なんてついてるわけもなく、馬車の中までむしっとしてきた。
気をそらすように、俺は外の景色に集中する。
そこで、いまさらではあるが、通りに街路灯のようなものが並んでるのに気がついた。等間隔に金属製の柱が立っていて、首をゆるくもたげた先に、ランプのようなものが下がってる。
すぐに気づかなかったのは、それらがあまりにも当たり前のように立ってたからだ。街の他の部分と比べても遜色なく古い……どころか、他の部分よりずっと古びてる。
「ねえ、あれは?」
俺が街路灯を指さして母さんに聞くと、
「なにって……街路灯よ」
当然のように言われてしまった。
「どうやって灯りをつけてるの? 魔法?」
「まさか。これだけの数の街路灯に『灯り』をかけようとしたら、サンの魔術師が山ほど必要になるじゃない。それも、街灯一つにつき一人を張りつけておかないと、すぐに消えてしまうわ」
母さんの言う通り、普通ならそうだよな。
俺なら、陰の中に魔力を貯め、「灯り」の回路を仕込んでおき、暗くなると同時に光るようにする……なんてことができるが、そんな手間暇をかけてまで魔法で街路灯を維持する理由がない。
俺の疑問には、父さんが答えてくれた。
「瓦斯、というものらしい。地中から燃える気体を汲み上げ、ランプの灯油代わりにしてるんだね」
「ガスが、この世界にあるの?」
いや、そりゃあるだろうけど、燃料として使われてるとは思ってなかっただけだ。
「へえ、エリアックの前世では瓦斯が使われていたのか。
残念だけど、『瓦斯』については詳しいことはあまりわかってないんだ」
なんだか歯に物の挟まったような言い方をする父さん。
「わかってないのに実用化されてるの?」
「実用化したのは僕たちじゃないからね。言ったろ? この街は、古代デシバル帝国の時代から存在してるって」
「じゃあ、ガス灯はデシバルの技術なのか」
「いや、そうじゃない。デシバルどころか、さらに昔の技術だと言われてる」
「古代以前……超古代、みたいな?」
「その言い方は面白いね。この世界では、『黎明期』とか『精霊の黄昏時』とか呼ばれてる」
「黄昏? 夜明けじゃなくて?」
首をかしげる俺に、母さんが言った。
「この『瓦斯』をはじめ、その頃には今ではもう想像もつかないような高度な技術が存在したのだそうよ。そのほとんどは失われてしまったけど、ごく一部が遺跡として残ってるの」
「このラングレイも元は遺跡で、黄昏時の文明が一部だけ生きてたってことか……」
なかなかロマンのある話だな。
今度は父さんが補足する。
「もっとも、ラングレイに残ってる黄昏時の遺産は、瓦斯灯と上下水道くらいだね。ラングレイはこれだけ家屋が密集してるにもかかわらず、上下水道のおかげで疫病が発生しにくいと言われてる。一説によれば、水道水からは一切の混入物が取り除かれてるんだそうだ。水道水をそのまま飲むと、ちょっと味気ない感じがするのもそのせいらしい」
「水道まであるんだ」
「黄昏時の遺産に興味があるのかい? それなら、ラングレイより学園のほうがすごいよ。あそこまで遺産が生きてる場所は他にない。あそこにいると、在りし日の文明に思いを馳せたくなるね。もっとも、卒業したらあそこにはもう戻れないわけなんだけど」
「学園って……学園騎士団の?」
ミルデニアの貴族の子弟が、年頃になると入学できる、一種の士官学校のようなものだと聞いている。
学生のみから構成される学園騎士団は、学びの園であると同時に一個の独立した騎士団でもあるという。
そこで実績を積んだ貴族の子弟が、王国の他の騎士団や中央官庁に採用されるらしい。
「まあ、エリアックがあそこで学ぶべきことがあるかというと微妙だろうけどね。現時点で既に、王国最強の魔術師かもしれないわけだし」
「それでも、通ってみるのもいいんじゃないかしら。同世代と交流できる機会は貴重だわ。生徒騎士のあいだは実家の家格は関係ないことになってるから、出自の違う人とも仲良くなれるし」
「僕とミスラも、そのおかげで知り合えたわけだからね」
「そうね。ふふっ」
いまだにお熱い夫婦が見つめ合う。
学生時代の気持ちが蘇ったりしたんだろう。
「学園って、どういうところなの?」
そう水を向けると、父さんと母さんが、学生時代の思い出をあれこれと語ってくれた。
……半分以上はノロケ話だったけどな。学園騎士団に出会いを求めるのは、どうやら間違ってないらしい。
そのうちに馬車が貴族街に入った。
道幅は細くなったが、路面は凹凸なく舗装されている。
がたがた道で痛かった尻が、すこしだけだがマシになる。
通りを行く人の数も減り、その代わりに一人一人の身なりがよくなっていた。
さっきまでは蒸し暑かった外からも、涼しい空気が入ってくる。
俺たちはほっと息をついた。
ほどなくして、一軒の屋敷の前で馬車が止まる。
周囲と比べて、大きくも小さくもない屋敷だった。
馭者と門番でやり取りがあって、瀟洒な観音開きの門が開く。
門の中には馬車を回すロータリーのような空間があり、その奥に明治時代の洋館みたいな二階建ての建物が建っていた。
建物の真ん中からひさしが伸びていて、その下に玄関があるようだ。
馬車は、建物の玄関前に停まった。
父さん、母さんが先に降り、俺が続く。
父さんは、両開きのドアの前に立つと、冗談めかして俺に言う。
「ようこそ、エリアック。ここが、ブランタージュ伯爵家の王都別邸さ」




