第9話【私と告白と】
陽菜の視線の先にいるのは二人の男女。
二人はお互い距離を縮めないまま黙っていて、きまずそうに立っていた。
−−これっていわゆる……
『告白』シーンっていうやつ??
まぁ、よくあるのは、主人公が片思いしている子が学園のマドンナに告白されて、主人公はショックのあまりに逃げ出す、というのが定番だ(残念ながら、本編の主人公こと陽菜にはそういう相手がいないので、いまひとつ盛り上がらないが−−…)。
とりあえず、陽菜が見つめる先では、何年生かはわからないが、二人の男女が見つめあっていて、どちらかが口を開くのを待っているという状態であった。
先に口を開いたのは、女の方だった。ぼそぼそと喋っているが、少しくらいならこちらからでも声が聞きとることができた。
「…っと、好きだったの…」
−−あんまりこういうのは見たらダメなんだよね…。
わかっているつもりだが、陽菜はどうしてもその光景から目が離せなかった。
−−別にちゅーとかしてるわけじゃないし…、いいよね?
誰にでもなく言い訳をしながら、視力1.5と、僅かな音も聞き漏らすまいと耳をフル活用してそれを見つめ続ける。
女の子は必死になってか細い声をあげた。
「…あたしじゃダメかな…?」
今にも泣きそうな、か弱い声に、陽菜の方が思わず
「そんなことないよ!」と言ってしまいそうになる。
しかし男の子の方は困ったような声で
「ごめん…」とだけ呟いた。
−−おーいそこの男!!
空気読め!空気!!
恋愛初心者の私のために(?)、ここはOK出しましょうよ!!
陽菜はいつのまにか見えていないはずの、女の子の応援をしていた。そして顔の見えない男に対しては、怒りが沸いた。
『告白は勇気がいる−−』
そう陽菜は、昔誰かに教えてもらった。自分の思いをぶつけるのは大変なことなんだと。
相手に必ずしもOKがもらえるとは限らないし、例え成功したとしても、未来はどうなるのかはわからない。
ずっと思いが続くのか−−…
諦めて次の恋愛をするのか−−…。
例え思いが続いて結婚したとしても−−そこで人生は終わりじゃない。寧ろ始まりだ。
陽菜たちはまだ子供で−−…未来のことなんか考える余裕もない。だから、例え付き合ったとしても、それは一時的なものに過ぎないかもしれない。勘違いなのかもしれない…。
そこまで深く考えているはずはないが…少女は『今』、彼を求めて、思いを伝えたのだ。短い人生という中で、出会えた奇跡。そんな風に、精一杯思いを伝えている少女の姿を見て同情しないものか!? いや…普通するでしょ!!
陽菜が一人でうんうん、と納得していると、男の子の方がそっと女の子の方へと近寄って行った。
なかなか良い雰囲気になりだす二人。
−−女の子がうまくいくといいのに…。
陽菜はこっそりと、その場を後にすることにした。
荷物が置いてある、教材室の前まで戻ってくると、しばらくの間、陽菜はぼーっと過ごしていた。
−−あれから、うまくいったかな…?
少年の
「ごめん…」の一言が頭に突き刺さる。
どうして世の中ってこう…うまくいかないんだろうな…。
はぁ、とため息をつくと、そろそろ鍵取ってくるかぁ、と思い、寄り掛かっていた壁から立ち上がる。
するとちょうど、バタバタと、どこからか走ってくる音が聞こえてきた。
−−うっさいなぁ…。
だんだん近づいてくる足音に、陽菜は誰が来るんだろう? と足音の聞こえてくる方向を見つめる。
その子を見たとたんに、陽菜は驚いた。
「朝陽ちゃん!?」
それは三年生の中でかわいいと有名な、吹奏楽部に所属している朝陽だった。ピアノや習字も習っていて、家がお金持ちらしく、見るからに守ってあげたい!お嬢様タイプの子だ。くりくりとした大きな目に、ウェーブがかかった、色素の薄い茶色のロング髪。由美が綺麗系というのなら、こっちはかわいい妹系だ。朝陽もよくいろんな人から告白されている、モテ女である。
そのモテ女こと、朝陽を見て、陽菜が驚いたのには理由があった。
−−な、泣いてるよ−−!!
朝陽の大きな目には、今にも零れ落ちそうな涙が輝いていた。
陽菜は今まで、朝陽と特に喋ったことはなかったが、今はどうしても声をかけずにはいられなかった。
「あ、朝陽ちゃん…?」
どうしたの?と陽菜が尋ねる前に、朝陽は陽菜の存在に気がつかないまま、なにも言わずに走り去ってしまった。
陽菜はその横顔にどこか見覚えがあった。そして朝陽が走り去った後に、それがなにかを思い出した。
『あたしじゃダメかな…?』
−−さっき告白してた女の子!!!
あれはきっと朝陽だったのだ。陽菜は一人納得すると、なぜか、自然と怒りがわいてきた。
あのかわいい朝陽ちゃんを…!!!
振った馬鹿は誰だ!!
陽菜は別に朝陽が好き、というわけではないのだが…、同じ女という立場として怒っていたのだった。
するとまたもや誰かの足音が近づいて来た−−…。
もしかして朝陽ちゃんを振った馬鹿!?
うっしゃ…顔を見せなさいよ!!
コツコツコツ−−…
ごくりっ!
思わず唾を飲み込む。
そして現れたのは−−…
「渡瀬さんどうしたの?」
「に、西野君…」
現れたのは背が高くて、すらりと長い足をした男。目はぱっちりと二重になっていて、鼻筋も整っており、ワイルド系の洋一に対して爽やかな部類に入る、美形。
彼の名前は西野広都という。
陽菜たちと同じクラスメイトであるが陽菜はあまり絡んだことがなかった。
喋りにくいから、というわけではない。むしろ、彼は誰にたいしてもフレンドリーであった。その上、由美よりも頭がよく(学年一位は広都なのだ)、スポーツ万能で、所属しているサッカー部では、何十人といる中のキャプテン謙スタメンレギュラーで、すでに有名大学から特待でこないかと、誘いがきているほどだ。
しかし洋一同様に、彼女を作らない主義らしく、そのために毎日毎日、放課後は彼のためにあるといってもいいほど、彼は呼び出しを受けていた。そして洋一よりも明らかに人数の多い、ファンクラブまでが結成されているという…。正直、陽菜には洋一や広都のどこがいいのか理解しがたかった……。さらに由美までもが広都を意識しているというから、驚きだ。由美は、好きではないが、彼氏にするならあんな人がいいな!と陽菜によくぼやいているのだ。
だからといって、男から嫉妬を受け、嫌われているというわけでもなく…、それ以上に彼は学校中の人気者であった。確かに、性格も明るくて、気がきいていて、やさしいとくれば誰だって最高に思うだろう。先生からは頼りにされ、友人からは一目置かれ、他人からみたらまさに完璧な人!
だけど陽菜は広都が苦手だった。嫌いではないが、苦手だった。
ただでさえ、由美や洋一とともにいることで、目立っているのだ。特に取りえがない陽菜にとって、それは迷惑でしかない。
だから陽菜は、あまり広都に関わったことがなかった。
というか、陽菜の方が必要以上に近寄らなかった。
陽菜は人見知りはしない。ただ、人気者が苦手なのだ。
自分でもひねくれているのはわかっているが、こればかりは治しようがない。陽菜はそう開き直れるほど、広都が苦手だった。
苦手だったのだ−−…。
同じクラスの有名人。
そんな彼が妬ましかった。
この気持ちに名前をつけることができるなら、
私は絶対
『嫉妬』
と答えるだろう。
そうして陽菜は
心の中で
『嫉妬』
という種を捨てたのでした。
陽菜はその気持ちを放っておくことで、それがこれ以上悪化しないだろうと、考えていた。
でも、
種を捨てただけで
花が咲かない、なんて…
誰が決めた?
さぁ
このまま種のまま終えてしまうのでしょうか?
それとも…?