第8話【私と荷物と】
えー、すみませんがいろいろと設定を変えました。補足ですが、陽菜と由美は女子サッカー部で、由美がキャプテンで陽菜は部員。あとは西野君の名前を、広都に変えました。前回と比べていろいろと変更してすみません…。
「よいしょ…っ!!」
陽菜はそこで、今まで運んでいたはずの荷物を下ろした。ふぅ、とため息をつくと、今まで運んでいたそれをしげしげと眺める。
それは、担任の香織から教材室に運ぶよう頼まれた、英語の教材だった。ダンボールの中にびっしりと詰まれた本の束を見て、陽菜はよくぞここまで運んでこれたものだと、一人感心する。
そもそもなぜ陽菜が今荷物を運んでいるかというと−−…、
午前中の授業を終えた陽菜が、由美と一緒に弁当を食べようとしているところだった。
がらりと教室のドアが開かれると同時に
「渡瀬ー」と間延びした声が聞こえてきた。陽菜と由美は声のする方に視線を移す。そこにいたのは担任の芝香織だった。香織はボブより少し短い髪を掻きむしりながら
「ちょっと来い」とみるからに怠そうに呼んできた。
ちょっと、ってどんくらいですか?
と陽菜は頭の片隅に疑問符をつけながら、今まで持っていた箸を置くと、渋々と香織の待つドアのところへと向かった。
「何ですか?」
と陽菜が問うと、香織は元からの垂れ目をさらに垂らしながら
「お願い!」
と語尾にハートマークが付きそうな勢いで首を傾げた。二十台の女がやる仕種か?というツッコミはあえて伏せておく。
香織は確かに二十台中間の女性ではあるが、見た目が若く、髪も短いためによく少年か?と間違えられるのだ。そして中身も全くといっていいほど女性らしいものでない。
授業中に居眠りや私語なんかしていた日には、香織はぶち切れる。
運がよくてチョーク当たりだ(陽菜は今日それを初めて体感した)。
そのせいかは分からないが香織は未だに独身であり、陽菜以上に『恋なんてどうでもいい』、と考えている人であった。しかし、さばさばとした性格で、生徒の変化に気付きやすい人だから生徒たちからは人気がある。陽菜も香織を慕っている生徒のうちの一人だ。だけどたまに陽菜は考えてしまうのだ。香織は自分の未来の姿を表しているのではないか…、と。それは果たしてうれしいこと、だけ、なのかは分からない…。
まぁ、そんな香織が人に甘えてくるということは…、陽菜はこれからのことを大体予想していた。香織は彼女自身の姿で隠されていた教材を指差す。この時点で陽菜の予想が確信に近づいた。
「これ…、教材室まで運んでくれる?」
香織が甘えてきた時点で、何かあるとは思ったが…。陽菜はあからさまに嫌そうな顔をしたので、香織は陽菜の頬っぺたをむじきった。
「わたひ、ひょうかひぇんひゃくひゃ、ひゃいふぇふぅよー(私教科連絡じゃないですよー)」
頬っぺたをむじきられているので物凄く話しづらい。陽菜は、むごむごと口を動かした。
「んなの…分かってますよー…。…お前今日授業中…あたしの話ずっと聞いてなかっただろ?」
思わず心臓がどきりとする。
「ひゃっへ…、あたひにもひろひろあるんでふぅひょ!!」
そこで香織はむじきるのを止めた。
「ちゃんと話せ!!」
誰のせいだ!!誰の!!
「…ただ眠たかっただけですってば…」
陽菜は頬っぺたをさすりながらぼそりと呟いた。
「ほんとか?」
香織がまるで睨んでいるかのような目つきで問い掛けてくる。身長は陽菜より低いはずなのに…この威圧感はなんなんだ?
「な、…んでも……」
そこでなぜか、頭の片隅にユキの曲が流れ込んできた。
思い出すのは−−、
あの家。
「なんでもないですよ…」
「そうか…」
香織はそれ以上問い詰めようとはしなかった。そのかわりに、陽菜にニカリと笑いかけてきた。
「困ったことがあったら…あたしに言いなよ…」
「先生…!!!」
その言葉によって、陽菜は感動した。
…先生っていい人!!
陽菜は香織のことがさらに大好きになった。
次の言葉を聞くまでは。
「というわけで…これ運んでおいてね」
香織はにっこりと微笑んだ。
「え?」
「心配してあげたんだから、さ。御礼にこれ教材室に運んでくれよ」
陽菜が返事を返すよりも早く、香織は進行方向に体を向けた。
「じゃあ頼んだ」
香織はもう一度、頼んだぞ、と言うとすたすたと教室のドアの前からいなくなってしまった。残ったのは、陽菜と香織によって残された教材。
教材室って…一階にある?(※ここは四階)
しかもこれ…
女子一人で?(※ダンボールにぎっしりと詰まれた参考書)
え?
その前に…
私の感動は?
ていうか…
最初からこれが目的?
…、
陽菜は
「ちくしょうー!!」
と教室で叫び声をあげた。
−−ま、いろいろとあったな…。
ようやく一階へとたどり着いた陽菜は、あははと苦笑いをしながら、思い出を振り返っていた。学生にとって貴重な休み時間を奪われ、さらに四階から一階まで自分は用もないのに無駄に動く、という労力を使った。おまけに由美は、忙しいから、という理由で手伝ってくれなかったので、一人で運ぶはめになった。
陽菜は、無理矢理笑う、とことしかできなかった。
あ、あはは…。
それは端から見たらおかしな光景であろうが、幸いにもそれを見ている者は誰もいなかった。
陽菜は最後の踏ん張りだと、もう一度荷物を持った。今まで気にはしていなかったが、これは結構重い。くっ…!!
これ絶対女子に頼むの間違ってるよ、
先生!!
陽菜は悪態をつきながらも、あと少し! とよろよろと足を進めた。
そうしてようやく見えた一筋の光−−
教材室…!!
神様!!
私やりました!!
陽菜はぱあっと笑顔になると、先程より足を急いだ。
−−やっと終わった…!!!
「渡瀬ー、何やってんだ?」
声を掛けてきたのは同じクラスの男子。
「別に…」
陽菜は苛々とした調子で返事をした。みるからに怒っていますよオーラを発していて、他の人から見たら、あまりにも陽菜は近寄りがたかった。実際、陽菜は今、人と話したい気分ではなかった。しかし、そんな様子に気がつかない少し間の悪い男子は、またもや陽菜に話しかけてきた。
「なんでお前教材室の前にいるんだ?」
陽菜はぴくりと眉を動かすと、また
「別に…」とだけ言った。
「そ、そっかぁ?」
男子は陽菜にぎろりと睨まれたので、これ以上は危険だと察知したのだろう。
「じゃあな」と言いながらそそくさと去ってしまった。陽菜はそれを妬ましそうに見つめると、またもや
「ちくしょう…」と呟いた。それは先程と比べて、大分小さい声だったが…。
なんで教材室閉まってんのよ−−!!
たどり着いたばかりの陽菜は、何度もがちゃがちゃと、ドアノブを回したが、ドアは開かない。八つ当たりといわんばかりに、ドアに軽く蹴りをいれた。そんなことしてもドアが開くはずもなく−−…、陽菜の足を痛めただけであった。
先生−−!!!
鍵は職員室にあるはずだが、職員室はなんと…三階にあるのだ。陽菜はがっくりと首を落とし、荷物を近くに放っておくと、ずるずると壁に寄り掛かった。
−−あーあ…。
なにもかもが、だるくなってきた陽菜は軽く目を閉じた。
−−ん?
目を閉じた瞬間、人の話し声が耳に入ってきた。陽菜は辺りをきょろきょろと見渡すと、声の聞こえてくる方に向かって足を進めた。
たしかこの辺りから−−…。
そう思いながら足を進めると、靴箱のところへとたどり着いた。陽菜がそこで目にしたのは−−…
二人の男女の姿だった…。