第5話【私と学校と】
陽菜はその曲を聴きながら暫くのあいだ、物思いにふけっていた。
恋を知らないまま大人になる−−。
それが悲しいことなのか、果たしていいことなのかは、今の陽菜に到底理解できるものではない。
だからといって恋をしようと、焦る理由にもならない。
−−何がしたいんだろう、私?
陽菜は無意識に自分自身に問いかけていた。
だが、やはり簡単に答えを見つけることはできるはずもなかった…。
と、突然陽菜は大事なことを思い出す。
−−学校!!!
陽菜は慌ててもと来た道を戻ろうとする。が、何か思い立ったように、動き出した足を、ぴたっと止める。
陽菜は再び方向転換すると、先程まで進んでいた、道の先をじっと見つめる。
…先に繋がってるかは分からない。
残り時間も限られている。
しかし陽菜は一歩を踏み出すことに決めた。
先のことは陽菜に分かるはずもない…。
でも、
きっとこれは、
陽菜にとって
自分で見つけた
初めの一歩。
踏み込んだ勇気。
−−間に合った…!!!!
陽菜は息も切れ切れに、校門の前を通過した。予鈴に遅れはしたものの、本鈴にはまだ間に合いそうだ。
陽菜は息を整えながら、靴箱に向かう。予鈴を過ぎただけあって、そこにはちらほらしか生徒はいなかった。靴を履き変える時にも気付いたのだが、クラスメイトは勿論のこと、同学年は誰一人としていない。
陽菜は小走りで階段を駆け上がった。
陽菜は自分のクラスに掛かっている、3−5という標識を見ながら、そのクラスの中に入って行った。
全員はそろってはいないものの、生徒はほとんど揃っていて、みんな席に着いて、ペチャクチャお喋りに夢中になっていた。
こっそり黒板の方を見てみるが、幸い教師はまだいない。
「おはよう、陽菜」
席に着いた陽菜に、一番に声をかけてきたのは由美だった。
腰の近くまである長い茶色の髪を、風になびかせながら優雅にやってきた。
「オハヨー」陽菜は抑揚の無い声で、棒読みで返事を返した。由美は、綺麗な歯を輝かせながらニッコリと笑う。
「陽菜、棒読みすぎだって!」
由美はさらに頬を緩ませた。
「それは悪うございました」
陽菜はペロっと舌を出して、おどけた表情をしてみせる。
「もう…!ところで…なんで今日あたしより遅かったの?」
遅れるから、先に行っててっていうメール…来なかった?
由美は不安そうな顔で尋ねる。
それに対して陽菜はいやいや、と手を振りながら答えた。
「まぁ…いろいろあってさ−−」
陽菜が由美に今朝のことを説明しようとした時だ。
「はいはい! 席に着く−−!!」
担任の芝香織がずかずかと教室に入って来たのだった。
後でね、と由美は目線で合図を送ると、自分の席へと戻って行った。