第2話【猫と私と】
陽菜がその家を見つけたのは、つい最近のことだった。それは陽菜の高校生活が残り一年をきった時でもあった。そしていつからか、少しずつ気温が上昇していき桜の花もいつの間にかに散っていた。そんな春の日に、陽菜はその家を見つけたのだった。
その家は、のちに陽菜が恋をするきっかけとなる舞台であるのだが、今の陽菜にそんなことが分かるはずもない。とにかく―――陽菜はその家を見つけたのだ。きっとそれは【運命】で。
陽菜は毎朝、友達の水瀬由美と学校に行っている。二人は別々の中学出身で、高一の時に同じクラスになった時から仲よくなった。一年の時に、同じ部活に入るようになったことから、さらに一緒にいる機会が増えた。よく話しているうちに、実はお互いの家が近所であることも知った。それからは二年間、お互いにたいした用事が無ければ一緒に学校に行くようになっていた。
そして三年の春−−
陽菜と由美はともに理系組で、三年連続同じクラスとなった。
二人はその日も、同じように徒歩で学校に向かうはずだった。
いつもと同じように。
いつもと同じ朝で。
運命はこの日に起こったのかもしれない。始まったのかもしれない。
警報なんて何もなかった。
誰がこの日が運命の朝だったなんて、気付くことができよう…?
陽菜は予告の合図も何も分からないまま、運命の朝を迎えたのだ−−−。
その日はたまたま、由美から『寝坊したから、先に行ってて』、というメールが送られてきた。そのために、陽菜は一人で学校に行くはめになったのである。登校時間に余裕があるわけでもないので、陽菜は憂鬱そうな顔をしながら、鞄を持って家を出ることにした。
由美がいないから。そんな理由で、朝からわざわざ他の友達を誘うのも気が引け、陽菜は仕方なく一人で登校することにした。
別に家から学校までの距離はそう長くないため、歩くこと自体は対して辛くはなかった。
が、一人で登校してるところを同じクラスの人に見つかることが嫌でたまらなかった。
陽菜はいつも通っている道の途中で、動いていたはずの足を止めた。
−−どうしよう?
このまま公園の横をまっすぐ進めば、大きな交差点へとつながり、それを右に曲がれば、すぐに学校へ着くことができる。
でも、その通路で、誰にも会わない、なんていう保証は百パーセントできない。なぜなら、その道を利用している、高校生が多いからだ。
−−ましてや今の時間帯だし−−…!!
陽菜が携帯を開くと、時計はまだ七時十分を指している。それでも陽菜は重いため息をついたのだった。
陽菜の通っている高校は、進学校であり、県内では偏差値が高いと少しは有名である。
しかしそのために、毎朝の登校時間は七時三十分までと決まっている。朝から課外、という制度があり、受験生である三年生にとってはそれは大事な時間であるのだ。しかし陽菜にとって、その時間までに起きて学校に行く準備をする、という行動は非常に怠いことなのである。それは―――、
…ただでさえ課外あるのに−−…。学校行くのしんどぉ−−…。
陽菜は自覚してはいるのだが、大変ズボラで怒りっぽい性格であった。それに付け加え、人見知りで、落ち着きがない。母親には女の子より男の子を産んだみたいな気分よ! と度々に言われる。陽菜はそれを素直にはいと言えるほど大人な性分ではない。しかし、だからと言って否定できるほどのこともない。そんな風に母親に言い寄られてしまったら、大人しく黙っているのが利口なんだと最近気がついた。それかゆっくりとその場を離れることも良案だと今朝思いついた。朝から母にズボラすぎることを指摘された陽菜は、一人で見つからずに学校に行くには、どうしたものかと頭を悩ませ、地面へと目を移した。
二、三分後であろうか。
急に陽菜は誰かの視線を感じた。ふと顔を上げてみると、そこにはオレンジ色の小さな子猫がいた。くりくりとした大きな緑色の目に、ふさふさとした毛皮が、かわいいと感じられる。
陽菜は猫が大好きであった。
それゆえに、陽菜は無意識のうちにその猫のところへと歩みよっていた。
触りたい、と思った陽菜がすぅっと腕を伸ばすが、猫はするりとその手を逃れた。猫はさっと、陽菜の横を通り抜けると、公園の横の細い路地に逃げて行った。
−−あーあ…
行っちゃった…。
陽菜は少し寂しく思いながらも、猫が消えて行った、細い路地をまじまじと見つめる。
陽菜はこの道の先に、今まで行ったことがなかった。
細い路地の先は道が曲がっているため、そこから先はつながっているのか、行き止まりなのかもわからない。
陽菜に十分な時間はなかった。
しかし、陽菜の好奇心が貴重な朝の時間に勝ってしまった。
陽菜は、じっとその路地を見つめた後、猫を追い掛けて見ることにしたのだった…。