第13話【私と時間と】
前回からものすごい時間をあけてしまってすみません!しかも…これからしばらく時間をあけます。どうもすみませんでした。でも、絶対最後まで話しはもっていくつもりなので、安心してください(?)では、あまり進んでいないんですが、どうぞ…。
こちらに気がついたはずの広都は、別段驚いた様子もなく、座った状態から立ち上がろうともしなかった。そして、無駄に(と陽菜は思う)にこやかに、陽菜に笑いかけてきたのだった。
「アハハ。…さっきは、…ごめんね」
謝罪の部分はどこか申し訳なさそうにも聞こえた。陽菜は、いやいや申し訳ないのは私のほうなんです。もう少し回りの配慮と、視野の広さと、あなたへの思いやりをもつべきなんです、と心の中で謝り返した。しかし、こんなことを実際に言えるわけもないので、陽菜はできるだけ表情を変えないように少しだけ息をついた。
そして、謝罪の変わりに口から出た言葉は、
「なんのこと?…別に、大丈夫だよ?」
と、堂々としらをきった返事だった。
そもそもさっきのことで、どこに私に対して謝る要素があるんだろう、と陽菜は今更ながらに思う。しかし何も反応を返してこない広都に、自分の答えがどこか不自然だったろうかと少し不安になる。
−−なんか言ってよ!
目線で陽菜は訴えかける。が、広都はどこかに意識が飛んでいた。陽菜は、そんな広都の様子をじっとみてみることにした。
そこに座っている広都は、いつもと違った様子をみせていた。
広都は、ぼーっとした様子で視線を他の方へと向けていた。自分の数メートルも先のない窓から、ポカポカとした陽気が当たって心地んだろうか。
普段ぱっちりと開かれいるはずの目が、今は、薄ぼんやりとした感じてわずかに開かれていて、陶酔しきったかのような表情を作っていた。
西野君だって…、こんな時もあるか…。
欠伸を噛み締めている広都を見て、なんだかまるで犬みたいだ、と陽菜はこっそりと笑う。
こんな顔するんだ…
今、普段見慣れていないはずの陽菜にとって、西野広都を見れる良い機会であった。あまり本人と喋りたくはないが、見つめるぶんには問題ないだろう−…。自分も腰をおとすと、数メートル先に座り込んでいる広都の顔を凝視した。
目の保養、目の保養、っと!
そう、単純に考えていた陽菜。しかし、その考えはすぐ崩れ去ったのだった。
あー、みんなが言うだけ、やっぱりかっこいいなぁ…
とか、
意外と睫毛長いよなぁ、とか、
見たことをそのままとらえていた陽菜だったが、そんな陽菜の視線を感じとったのか、突然に広都は陽菜の方へと視線を変えてきたのだった。
は、い?
混じ合う視線。
自然と高鳴る鼓動を止められないまま、陽菜はその視線をそらせずにいた。
広都の目と髪は、陽菜と同じ黒々とした色のはずなのに、それが今はどちらも光り輝いているように見えた。
−−泣いているの?
思わず、
そう尋ねたくなるほど広都の目は光り、潤いをおびていた。それは、先程欠伸をしたことによって生じた自然現象なのだが、今の陽菜はそれを冷静に理解することもできなかった。
広都の桃色の整った唇が、ゆっくりと動く。いつのまにか、泣いているかどうか気になっていた目よりも、動き始めたそちらの方へと意識が向いていた。
「わたせさん、」
唇の隙間から出てきたのは、低すぎず、高すぎず、の『西野広都』の声。そこから発せられた音が、自分の名前を呼んでいるのだと気付くのに、数秒もかかった。
はっと、気がついた陽菜は慌てながら
「な、なに?」と返事をする。
どっかに意識とんでなかった?と笑いかける広都の顔を正面から見ることができなかった。
あんたこそ、さっき意識飛んでたでしょ!
とか
ねむたそーな顔してたくせに!
とか心の中で思っているはずなのに−−…。
陽菜は顔を背けた。そして温度の上がった頬を冷まそうと、自分のそれに両手を合わせる。
恥ずかしい!
あんなにも西野君が嫌いなのに…! 思わず見惚れてしまっていたのだろう、自分自身が許せなかった。例え見始めた理由が目の保養、だというくだらなさにせよ、広都に見惚れてのは事実なのだ。
今の陽菜に、あんたも意識とんでたくせに!などと言い返している余裕はなかった。
陽菜は広都の顔を二度と見るものか、と心の中で固く誓う。
ぎりっと歯を食いしばっている陽菜を余所に、広都は続けて口を開く。
「ねぇ、…用事は終わったの?」
淡々と尋ねられた言葉に、何のことだ?と気になった陽菜は、思わず広都を見てしまう。
広都は笑っていた。
それは顔が赤くなっている陽菜を馬鹿にして笑っているのか、陽菜が答えやすいように、と笑いかけてくれているのか、陽菜には見当もつかなかった。
ただ、今、陽菜が思っていることは、どうしてもこの場から逃げたしたい、それだけだった。
「そこに用事あるんだけど?」
できるだけ冷静を装ったつもりの声だ。
落ち着け、と自分自身に何度も唱えながら陽菜はすばやく立ち上がると、ゆっくりと教材室に近づく。教材室に近づく、ということは自然と広都に近づくことでもあった。逃げ出したい足を気持ちで押さえ付けながら、足を進める。
ドクンドクン、とする鼓動は一体どうしたんだろう?ともかく、広都が自分からこの場を離れてくれることを望んだ。
しかし広都は動かない。
いつのまにか、二人の距離は一メートルにも満たなかった。ぴたり、と足を止めると、ドアの近くに座り込んでいる広都を気にしないようにしながら、陽菜はゆっくりとドアのぶに鍵を差し込んだ。
がちゃり。
鍵の音が廊下に響きわたるほど、そこはとても静かだった。
荷物を中に運びこめば陽菜の仕事は終わる。
陽菜は鍵が開いたと同時に、自然と顔が緩むのを感じた。
−−これで帰れる!
手早くドアのぶへ手をかける−−−。
が、
がしがし、と何度もドアの開き口である、凹んだ部分を横に引っ張るのだが、ドアは開かない。まるで窓のような形をしているドアは、木造のわりに意外と頑丈であった。全く動く要素がない。
もしかして、壊れてる−−?途端に陽菜は顔が青ざめていくのを感じた。
−−どうしよう!!
パニックになりそうなのを押さえ付けようと、ふーっとおもいきり息を吐き、がしがしと頭を掻く。慌てるな、慌てるな、と何度も心の中で唱えている陽菜を、今度は広都が凝視する。
「どうかしたの?」
「うん?なんでもないよ」
広都の顔を見ることもせずに陽菜は答えた。実際はなんでもないことはないのだが(むしろ困っているくらいなのだが)、広都にそんなことを知られたくはないのだ。
ひーらーけっ!!!!
力のかぎり陽菜はドアを横に引っ張るが、ドアは一向に開く様子もなく、まるで固い岩のようにそこをぴくりとも動かせられなかった。
ドアを開こうと何度も挑戦し続けたが、それからは開く意志すら感じ取れずにいた。
途端に陽菜はずるずると廊下に座り込む。
−−あーあ、何やってるんだろ…
早く昼食食べなきゃ、
早く鍵返さなきゃ…
早くいなくなってよ、西野君…
「ねぇ、渡瀬さん」
諦めている陽菜に話しかけてくる広都。陽菜は若干いらいらしながらも、
「うーん?」と間延びした返事を返す。
「ドア壊れてたんだね」
「うん」
「…先生呼んでこようか?」
「…ううん、いいよ」
広都をこの場から引き離すきっかけだったのに、陽菜はなぜか、自分でもわからないが断ってしまった。
−−なんか、もうどうでもいいや…。
押し黙ってしまった広都を気にするわけでもなく、陽菜はそのまま再びぼーっと天井を眺めることにしたのだった。