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11話【私と西野君と】

ちらりと空を見上げると、そこにあるのは灰色の空。ところどころに染みがついているそれは、まるで誰からも見放されたように点々と空中に広がっていた。



この染みの数を数えたことがあるのだろうか?と陽菜はぼんやりと思った。

一階で、人通りが多いのにも関わらず、その天井が明らかに汚れていたからだ。



−−だれが掃除するんだろいなぁ…。



陽菜は先程からずっとこの調子で空−−天井を眺めていた。別に天井が好きだからではない。むしろ、天井をこんなにも飽きなく見続けているのは初めてだ。だから普段気付かないこのような染みや汚れに気がつけたのだろう。



…では陽菜は何でそれを、見ているのか?




先程も述べた通り、別に興味があるからというわけではない。




「…ここの天井汚れてるね…」



陽菜の耳の中に、陽菜と同じような考えをもっているらしい、誰かの声が下から聞こえてきた。返事を返すか否か迷った陽菜は、結局無視することもできず、「そうかなぁ?」と、まるでピエロのように笑った。




「うん…、結構汚れてるよ」


しゃがんでいたはずの誰か−−広都は、別に陽菜にそれ以上近づくこともなく、立ち上がると、ほら、と天井を指差してみせる。


「ホントだ…」



陽菜はさほど興味のなさそうな腑抜けた声を出した。そして、自分だってさっきまで同じことを考えていたくせに、わざわざ嘘をついてしまったことが少しおかしくて、心の中で笑った。それを表面には出さないように注意しながら−−…。


広都と同じことを考えていたのが嫌だった。

見た目も中身も性別も生まれた環境も全て違う彼に、こんなことが分かるはずもないだろう。

同じことを思えば思うだけ、広都との何かの差が開いていくのだ。この苛立ちは陽菜だけにしかわからない。

でも、陽菜自信も、どうしてここまで広都が苦手なのかが、よくわからないでいた。

由美だって、頭もよくて顔もよくて、スポーツができて…まるで女版の広都なのに、由美にはこのように−−嫉妬することはなかった。



広都と顔を合わせるのが嫌なくらい、彼が苦手だった。だからわざわざ、天井を見ていたくらいなのに−−、広都も同じものを見ていたのだと思うとなぜだか、悔しかった。



「ねぇ…西野君?」



極力話しかけようとは思わなかった陽菜だが、どうしても気になってしかたがないことがあった。



「もう帰っていいよ?」



陽菜は(早く帰れ!)という意味を含めながら尋ねた。しかし広都は笑いながら、



「うん?別に大丈夫だよ?」



とあっさりと断ってきたのだった。

そもそもなぜ、広都がここにいるのかというと、話しは数分前にさかのぼる−−…。







◇◇◇




さて…



突然ですが!







みんなにだって、嫌いだなー、苦手だなーって思う人が、一人二人はいますよね?






『いない』って答えられる人の方が、少ないって思いませんか?




私だってそんな…できた人間じゃないんだから、苦手な人くらいだっています!!




でも…

『いないよー』


なんて言いながら、心の中で

『あいつ最悪、』とか思ってる人よりは、ましだと思いませんか?




私…顔に表れやすい、って由美によく言われてるんですが、それほどまでにポーカーフェイスができないんです。


まぁ…ポーカーフェイスとか、相手に表情を悟られなければ、…簡単にすると、目線を合わさなければいい話なんですけどね。


私それもできないんです…。


明らかに目線を背けるだけ、だし…引き攣った笑いをしてるから−−嘘とかもばれやすいそうなんです。



詐欺師には向いてませんよね…。






え?















結局何が言いたいかっ、て?




つまり…













もしも、













あなたの嫌いな、…苦手な人が目の前にいたりしたら…あなたはどんな反応をとりますか?













陽菜は今、まさにその状況に陥っていた。



目の前にいるのは、学校指定の制服を着ている、爽やかな少年。きっちりと学ランのボタンを絞めているのに、真面目すぎる、という印章を受けないほど、彼によく似合っていた。




真っ黒でさらさらな髪に、端正整った顔。背も高くて、見上げるような形で視線を送ると、少年は綺麗な眉に皺を寄せながら、陽菜を不安げな顔で見つめていた。




「渡瀬さん…?」




低すぎず、しかし明らかに声変わりを過ぎているだろう少年−−の声。



「どうしたの?」



残念ながら、少年の声は陽菜の耳に届いていなかった。これはわざとなんかではなく…本当に聞こえていなかったのだ。




それはなぜか?



見とれていた、からなんかではない。









…さっきの質問に戻ろう。







私だったら…













「顔色が…良くないよ?」






青ざめます…!!(BY陽菜)










陽菜にとって苦手な人物−−…、それが目の前にいる、西野広都にしのひろとだった。










実は

広都のことが好きだった過去があり…、


ということもなく…、


実は

昔ひどいことされて…、



ということでもないが、




陽菜は広都が苦手だった。




なぜか?







それはあまりにも彼が完璧すぎたから−−…。陽菜は広都に嫉妬していたのだった。

そんな苦手な人物を目の前にして、陽菜に一体何ができよう。陽菜はますます顔を青ざめながら、しかし広都のまっすぐな視線をそらせないままでいた。




「渡瀬さんー?」



ずっと黙っている陽菜に、大丈夫?と言いながら広都はそっと手を伸ばす。いつのまにこんなにも距離が縮まっていたなんて、今の陽菜が気付けるものでない。学ランの袖から長くて少しか焼けていない白い肌が出てきた。

陽菜は、その手を見て、同じ部活なのに、どうして焼けていないんだろう、と自分の真っ黒に焼けた肌を思い出していた。だから意識が『今』から少し飛んでいたのだろう。だから、その手が向かう先を、まるで人事のように眺めていたのだろう。すると、その手はゆっくりと陽菜に近づいてきた−−…。それは陽菜の頭に、正確にいうと額の部分に当てられた。ひんやりとしたものが頭に触れたことによって、陽菜の意識は戻った。



西野君が触ってる!!!



普通の女子なら喜んで赤面するところを、


陽菜はさらに、顔色を青ざめた。



慌てて手を払いのける。

その際に




「大丈夫っす!」


なぜか男口調で返してしまった陽菜。陽菜は自分のやってしまったことに対して、後悔の念を抱いていた。

それは広都の手を払ったからではなく、自分のした行動が恥ずかしかっただけなのだが――、みるみる赤くなっていく広都の手を見て、今度はそっちの方に罪悪感を覚えた。



「あ…っ!! ご、ゴメン!!」


とっさにすぐ謝ったが、陽菜が手加減無しでうったのだから、女子だろうと多少は痛いだろう。嫌いな相手だろうといくらなんでもさすがに悪いことをしたなと陽菜は思った。

しかし広都は気にするわけでもなく、にっこりと笑った。



「これくらい平気だよ。それより渡瀬さんを驚かせちゃって…こっちこそゴメンね?」



最後の部分はすまなさそうな顔をした広都。そんな広都を見て、陽菜が思ったことは(西野君…優しい…)でなんかではなく、



(あなたはどこかの国の紳士ですか?

本当にそう思ってるんですか?)



だった。

実は陽菜は、広都が腹黒いのではないかと考えており、本性を出さないのか待ち構えていたのだった。




「いやっ!私の方が悪かったし…、ーーもうこの話しは無しにしよう!」



どうせこのまま続けても話しが長くなるだけだろう、と陽菜は察知し、またもや笑顔を作った。




「お互い様ってことで!」



「そうだね」




二人ともアハハと表面では笑っているが、陽菜の方は偽物の笑顔である。それでも笑顔を絶やさないように陽菜は注意していた。


ひとしきり笑った後、広都は陽菜に思い出したかのように尋ねかけてきた。


「そういえば、渡瀬さんはここでなにしてるの?」


「先生にね、…ちょっと頼みごとされてさあ、これ、一階まで運んで来たのはいいけど、肝心のドアが開いてなくて――――…鍵取りに行くのもだるいから、ここでぼーっとしてたの。西野君は?」


これはちょっぴり意地悪な質問だと、自分でも思ったが、広都がどのような反応をするかが気になったのだ。案の定、広都は苦笑いをしながら

「ちょっとね…」と歯切れの悪そうな返事を返してきた。


「ふーん…」


なんて性格が悪いんだろう、と自分でも思っていたが、広都の困った顔を見ていたら、ますます自分が惨めに思えてきた。


「そっか」


「うん」


広都がそれ以上何も口を開かないということは…。もうお互いに用済みだろう、と陽菜は感じとり、広都に

「それじゃあ、鍵取って来るから」

と一応声をかける。すると広都も、

「それじゃあ」

と手を上げると、朝陽が去って行った方向と同じ所に向かおうとしていた。

そこで陽菜は思い出した。その先は行き止まりになっているはずだ。朝陽が去って行ったときは、慌てていて忘れていたが、冷静になって考えてみると、朝陽が戻らない、今、二人を再会させるのは良くないのではないだろうか?




「に、西野君!ちょっと待って!」



広都は何の用事だろう、と後ろを振り返った。



「え、と…」



何か言わなきゃ!と思っていて、何かが突然うまく言えるはずもない。ましてや嘘をつくのが下手な陽菜なら、なおさらだ。陽菜は、あのとか、その、とか特に意味のない言葉を発しながら、しどろもどろに広都を引き止めていた。



「渡瀬さん?」




「あ、え…と、……その先は行き止まりだよ?」三年間も通ってるから、わかってるよなぁ、と思いつつも、他にかける言葉も見当たらないので、しかたなくそう言うしかなかった。広都は困った顔をしながら、



「わかってるよ、わざわざありがとう。でも、今は少し一人になりたいんだ」


と言いながら、さらに少しずつ遠ざかっていく。

陽菜は、もう止める方法が思い付かなかった。



朝陽ちゃん…、ごめん!!




そう心の中で謝った瞬間だった。








「あ…、広都君…」


「朝陽さん…」



広都と朝陽が遭遇してしまっていた!

陽菜ははらはらしながら再び、二人の様子を見守るしか方法がなかった。

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