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紅葉(著:花芽

 ある日のことです。私が道を歩いていますと、目の前を紅葉柄の猫が横切ったのです。十数年生きていますが、あんなにも不思議な柄の猫に出会ったのは初めてでしたので、私はつい足を止めて、その猫の姿に見入ってしまいました。

 柄だけではなく、白い毛並がとても美しい猫でした。つんと澄ました顔の美麗さとお団子尻尾の可愛らしさがちぐはぐで。それがとても愛おしく思えて、自然と顔が綻んでしまいました。もみじ葉は、右の肩口に二枚、腰から後ろ足にかけて下がるように五枚。赤と茶が互いに寄り添うように、それは見事にあしらわれています。

 見惚れていた私の視線に気が付いたのか、猫はこちらを気にするように振り返りました。そしてにゃあとも鳴きもせずに、再び前を向いてぽてぽてと、猫じゃらしが茂る草原へと歩いていきました。

 猫を見送った後、写真を撮らなかったことを後悔しました。あんなに珍しい柄の猫には、もう二度とお目にかかれないかもしれない。そうして私は目的地を変えたのです。自宅から、あの紅葉柄の猫の居場所へと。

 それが間違いだったことに気が付いたのは、あの猫に再び出会えた時でした。

 猫じゃらしの草原を抜けた先には一軒家が建っていました。ここがあの子の家かしら。周囲を見回すと、あの猫の姿が目に入りました。あっと声を上げる前に、猫は家を囲むブロック塀の上にひょいと飛び乗り、庭へと下りてしまいました。

 私はその時点で写真を撮ることを断念しました。さすがに余所様のお宅にお邪魔してまで撮影する、なんて根性持ち合わせてはいません。しかし、その場からすんなりと立ち去ることも出来ませんでした。写真に収めることは出来なくても、せめてあの紅葉柄をもう一度見たい。そんな欲求に突き動かされるように私は、失礼だと思いつつも、ブロック塀に設えられてある飾りのような穴から中を覗きこみました。

 一瞬でよかったのです。あの紅葉柄を一目確認できたら満足だったのです。

 塀の穴から見えたのは、血まみれで庭に横たわる老婆と、老婆に寄り添う猫の姿でした。私は金縛りにあったように動けなくなりました。

 紅葉柄ではなかったのです。それは、血がべったりとついた手で、老婆が白い猫に縋りついた跡だったのです。

 理解した途端、恐怖と嫌悪がつま先から頭の先まで這い上がってきました。息をすることすら忘れ、私はその異常な光景に囚われてしまいました。

 身動ぎすらできない私を解放するきっかけになったのは、床が軋む音でした。ぎしり、ぎしりと家の方から音がしたのです。猫が顔を上げ、足音の聞こえる方を凝視しています。私は音の正体を確認しないまま――いいえ、確認してはいけないと咄嗟に判断した私は、足音の主が現れる前にその場から逃げ出しました。

 あの時、あの場所に誰がいたのか分かりませんし、何があったのかなんて知りたくもありません。忘れてしまいたいぐらいです。

 なのに、あの猫が。白い毛並のあの猫が、私に会いに来るのです。あの日から毎日のように玄関先に来ては、私を見てか細く鳴くのです。まるで私を責めるように。

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