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赤がともだちの令嬢と(著:ふーきっ

「こうよう」という言葉には、紅葉と黄葉の2種類の漢字があったらしい。らしい、というのは、オレが黄葉という字を見た記憶がないからだ。国語の授業で漢字として習ったことをたまたま覚えていただけ。大体、イチョウ狩りよりもみじ狩りの方が一般的だし、秋の絵を描くときも赤色が主役で、黄色や茶色は添えるだけではないだろうか。


「あのぅ、大丈夫ですか?」

おっとりした声で人の思考を遮ってきやがったのは令嬢と呼ぶにふさわしい女の子だ。足を閉じ、手をそろえて乗せて背筋をピンと伸ばしている。こんな場所で、オレ相手に、何とも礼儀正しいことで。

「うん、大丈夫大丈夫。いやー、銀杏おいしいのにね!」

「大丈夫じゃありませんねぇ。コーヒーのお代わり、いりますぅ?」

「あー、悪いけど実はオレンジジュースしか飲めない体質なんだよ……」

「それは嘘ですぅ。先ほど飲んでたの、ちゃあんと見てるですぅ……どうぞぉ」

この机の上にはオレンジジュースなどというすっぱい飲み物は存在しないので、コーヒーが置かれた。ちゃっかり自分の分も継ぎ足して、女の子は続ける。

「えっとぉ、私の友達を返してくださいって話ですぅ」

信じがたい話を、冗談とは思えない顔つきで。

「友達、ねぇ。お嬢ちゃん、ここが何屋かわかる?」

先ほど渡した木製の鳥は、名刺を咥えたまま、女の子の肩の上で眠りこけているけれど。

「木工品を扱うお店、ですよねぇ?」

「うんうん、字は読めるんだよね」

「というかぁ、私の部屋のクローゼットやドレッサーがぁ、ここの物ですぅ。

 レース柄の細工がぁ、とっても細やかで好きですぅ」

「うんうん、常連さんだもんね。いつも買ってくれてありがとうね」

一瞬顔をほころばせた彼女は、しかし、かぶりを振って神妙な顔に戻った。

「……でもぉ、私の友達を勝手に連れ去ったことは、許せないですぅ」

「うんうん、友達と離れ離れは寂しいよね。友達の名前は?」

「楓ですぅ」

この女の子は、人に使うような意味合いで木と「友達」らしかった。そんな常識は3か月この世界にいたオレでも聞いたことがない。

「うんうん、とってもかわいらしい名前だね。で、誰が連れ去ったって?」

「ここの彫り物師さんですぅ。3日前に、確かに見たんですぅ」

「うんうん、それで彫り物師さんの家に来てオレと話してるってことだね」

「そこはちゃんと聞いていたようですねぇ」

「オレ、受付担当でもあるからね!」

「なら、彫り物師さんに会わせて下さいよぉ」

それは本日2回目の要求だった。逡巡する。

3日前から、この店唯一の彫り物師である角倉兄ちゃんは家に帰っていない。帰っていないと言っても作業場に籠りきっているだけなので、会わせることはできる。食事や洗濯ものをかいがいしく運んでいる身としては、簡単な要求である。問題は、依頼人が皺一つない燕尾服でこの山奥の家にやってきた男、つまりはこのお嬢ちゃんと何らかの接点があろう服装だったことであり、オレ自身が依頼内容を知らないことなのである。燕尾服の彼が「クラさん」と呼んだのに対して、この子が「彫り物師さん」と呼んだ。燕尾服が「彫り物師さん」に依頼した事どころか、彼らの交友関係すらこの子は知らないのかもしれないのである。

依頼内容については、角倉兄ちゃんにいくら尋ねても「友人の頼みだから」と事務的な声で拒否したのだ。

 当然この3日間、物資を運びながら作業場を探った。といってもそれらを置く部屋以外は立ち入れなかったけれど。一昨日、食卓であるはずの机の上が、赤黒くどろっどろの液体が入ったビーカーで埋め尽くされていていた。充満していたのはさびた鉄の臭いではなく、シンナー系の刺激だったけれど。床の隅や窓枠にさえチリ一つ落ちていない部屋の中で、そのビーカーのおどろおどろしい躍動感だけが異彩を放っていた。

「楓を連れ去った」という話を聞いた今、オレの中であの赤、いや、紅は、楓ちゃんの無残な死体から搾り取られたものになっている。少なくともお嬢ちゃんがあのビーカーを見たらそう結びつけるだろうぐらいには似ていた。

「えー?それが君の、人にものを頼む態度なの? もっと誠意を見せろよ!」

「その必要はございません」

えっ?上から人が落ちてきた。軽やかに着地した。ここ室内なんだけど。見上げれば明かりが取り外されていてぽっかり穴が開いていた。確かに真昼間から電気を付けてはいないけど、いったいいつから。

「ばとらぁですぅ。あなたココにいたんですねぇ」

のんきに返すお嬢ちゃん。いや、君の真後ろにいるんだから、君からは顔すら見えていないはずだけど?うなじに目でもついてるの??

「はい。たった今、彫り物師さんと話を付けて、返して頂きました」

「流石ですぅ。早く合わせるのですぅ」

「こちらです」

バトラー、件の燕尾服の男は、お嬢ちゃんを抱きかかえると、窓から外に出て行った。開いていたからよかったものの、閉まっていたら窓ガラスを割られていたに違いない躊躇のなさだった。ほどなくしてのんびりした足音が近づいてくる。なんだか不必要に騙されて損をした気分だ。無意味に嘲笑して気を紛らわせよう。

「あはっ、ひょっとしてオレ達小悪党役だったの?」

「コアクトウヤク?」

昨日着替えさせた作業着を泥だらけにして戻ってきた「彫り物師さん」は、イエアメガエルのような朴訥とした顔のまま小首を傾げた。骨の折れる話し相手だけど、少なくとも煽りあいにはならない、同居人だ。

「うーんと、あの常連のお嬢ちゃんにとって、俺たち悪者だったよね?」

「……あぁ。彼女に目撃させてほしいって、依頼の一つだったんだよ」

「ふぅん。依頼のために客の好感度を下げるんだぁ。へぇー」

「何か言いたそうだね」

「そう聞こえる?なら、角倉兄ちゃんもちょっとは進歩してるってことだね!

 フツーお客様にはいい顔しておくものなのに、バカだなぁって思っただけだよ!」

「流石に一昨日の失敗は覚えているよ。それに彼女には元々好かれてないからね」

「あの子の前で友達を商品って呼ぶから?」

「そう。製作者だからね」

……角倉兄ちゃん、時々妙に頑固になるんだよなぁ。しかもタイミングがよくわからない。この前はペット用の雀を茶色く焦がして怒られたし、その前は換気しようとして怒られた。隠し事も、堂々と隠してますって宣言している割に、いまだ中身が分からないし、だから全く考え無しってわけじゃないんだろうけど。

まぁいいや。仕事も終わったみたいだし、黄葉狩りとしゃれこもう。

「オレお腹空いた!茶わん蒸し食べたいなー」

「…………甘くないプリンだね。具は?」

「エビでしょー、しいたけでしょー、鶏ももでしょー、銀杏!」

「ギンナン?初めての食材だね。どんなもの?」

「その辺に落ちてる、くっさーい実」

「この時期に落ちているなら、イチョウの実のことかな?」

「それそれ。イチョウの木、どっかで見た気がするんだけど、どこだっけなー」

「多分、作業場の南だと思う」

「そっかぁ。あっ、俺自分の拾った銀杏以外食べないことにしてるんだよね」

「じゃあ、拾い終わったら言って。僕は作業場を片付けているから」

お貴族様方が退出なさった窓を閉めながら、兄ちゃんはそう言った。これで作業場まで一緒に散歩することが決まったわけだ。らしくない外出がオレに言わされたものだと、きっと気づいていないのだろう。

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