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まるくまるく  作者: あるまたく
終章 「  」という事
57/59

57 そして未来へ、過去へ

 両足が固定されているため、弾丸の射出に伴う反動に耐えるしかない。

 ものの数秒で風は止み、ぐったりしながらも首を振った。どれだけの質量を撃ちやがった、と。

 見上げた先には、着弾した物体が空に漂っていた。どうやら《《起きた》》らしい。早く帰れよな、お前が空にいないと、魔力が循環しなくなるだろ。

 しばらく小さくなっていく姿を見送り、相棒に目を向ける。

 前足を留めていた円盤が前足に戻ってくると、魔力を吸い取り始めた。気絶するまでは吸うなよな……。


 周囲の被害も確認しながらエレナを探すと、路地の奥で気絶していた。咄嗟に路地へと逃げ込むも、エレナの右腕が衝撃から守りきれず吹き飛ばされたのだろう。胸は上下している。起きるまで傍にいよう。


 相棒に魔力を提供しすぎたが、まだ意識はある。住人たちが被害復旧に勤しむ様子を見ながら、エレナの足元で伏せておく。俺を恐れているようで、こちらに寄ってこない。まぁ、気にすることも無いか。


 じっとしていれば魔力が満ちてくると思っていたが、中々回復しない。

 ふと視線を落とすと、前足に着けた腕輪が無視できないほど……破損していた。ヒビから魔力が漏れ出し、大気中に散布されているようだ。

 住民が近づいてこない原因は、俺の周囲が魔力溜まりになっているからか。


「あぁ、これが原因か。直せるか?」


 相棒は答えない。ただ俺の魔力を吸い続ける。俺の意図が伝わらなくなったのだろうか。

 右前足でヒビを押さえてみるが、流出は止まらない。肉球だけでなく、腕全体で押さえてみてもダメだった。さっきよりも噴き出す量が増えたような……。


 魔力濃度の高まりとともに、エレナの顔色は悪くなっていった。鎖骨から首にかけて皮膚が侵食されている。

 エレナの右腕は、取り込んでいる魔力を使いきれないようだ。少しでも《《俺から》》離れようと、エレナを引きずり始めた。


「また噴き出る量が増えたか。何か俺、病原菌みたいだな。」


 少しずつ離れていくエレナを見送りながら、今後の身の振り方を考える。

 このまま街にいたのでは、高濃度の魔力によって体調を崩す者が増えるだろう。5番目を探しに街を出た方が良いな。最悪、探しきれなくても被害が出た所に俺はいる。


 久々の一人旅だ。血眼になって探す必要は無い。

 西門に近づくと、門番たちが武器を構えたまま威嚇してきた。鎧姿に短い槍を構えているが、先端の震えを隠しきれていない。ここまで怖がられたのは……何年ぶりだろう。


「おっちゃん、《《退け》》。」


 声に魔力を乗せ、感情を押し込め言う。ビクリと跳ねた門番たちは奥歯をガタガタと鳴らし、

動けなくなってしまったらしい。やりすぎてしまった。目の前のオッサンは尻もちをついて後退ったので、少し避けるように歩いて門の外へ向かう。


 西門を抜けた際、数か所から《《ちょっかい》》があった。眼前に広がる森と、遠くの山、そしてエレナやタピタを思い返している間に、相棒が喰ったようだ。腹が減っているのか、それとも準備のためか。

 ここにいても、門番たちが警戒するだけだ。森へ入ってしまおう。




 昼下がり。ゲシトクシリの西門が木々に隠れ、見えなくなった頃。

 周囲に野生の獣は、いないようだ。黒球が矢印を出してくれたら……楽なのになぁ。

 このまま西に進めば、山に着くはずだ。5番目の記憶では、木の根元に自身の毛を突き刺して道標としていた。理由は良く分からない。

 魔力はなるべく使わないよう、右側の木に傷をつけていく。

 5番目の元へ。軽快に進む一方で、左前足に痺れを感じ始めていた。




 夕方までに着くと思ったが、魔力の漏洩は予想以上に深刻なものだった。


「断言できることが少ないなぁ。」


 そんな事をボヤきながら歩く。どうも一人で歩いていると、色々と考えてしまう。

 左前足の感覚は無くなってしまい歩行速度は激減したが、進まない選択肢は無い。夕日を木々が隠している夜の森は、方角も距離も分かりにくい。西と思われる方向へ進んでいく。

 相棒が沈黙している今、目視と聞き耳を立てる。10メートルほどであれば見えるので、進む事に支障は無い。頭上から葉が擦れる音が聞こえる、風でも吹いているのだろう。

 



 頭上の木々の隙間に星空が見える。進まなければ、とりきむも両前足は動かなくなってしまった。麻痺ではなく喪失なのかもしれない。

 体を起こしてしまえば歩けるので、歩幅を小さくして歩いていく。二足歩行のキツネ、というシュールな自身を誰にも見られていないのは救いか。倒木を飛び越える事が、出来なくなってしまった。


 さらに移動速度は、低下した。




 どのくらいの時間が経っただろう。下顎から下が動かなくなった。もう、這う事しかできない。顎で地面を押し、体を前に進ませるが、せいぜい数センチ移動するのが精一杯だった。


 こんな状態なのに、魔力は抜けていくんだな。 


 と、声に出そうにも呂律が回らない。左前足から出ていく魔力の勢いは、緩やかなものになっていた。何だか、少しだけ、眠たくなってきた。目的地は、あと……。




 瞼を閉じた時、体毛を風が撫でた。真っ暗な森の中でも風は吹くらしい。

 薄っすらと目を開けた。頭を上げる事すら、出来なくなってしまった。鼻を向けている方向から風は吹いている。夜風に晒され、温かさを感じた部位の痺れは、徐々になくなっていった。魔力が流れてきたのか?

 首を持て上げると、前足を覆っていた相棒が左腕の指輪に戻っていく様子が見えた。


「お、おい。どうしたんだ? まだ、離れるのは早いだろ?」


 俺の声に反応を返さない相棒が破損した指輪に収まると、突如指輪が高音を発し始め、音を立てて《《割れた》》。今まで割れたことの無い指輪が。

 俺の前足から落ち、地面に転がった破片を呆然と見る事しか出来ない。


 恐る恐る拾い上げようとした破片が、ボロボロと崩れた。温かい風に乗り、黒球は空に還っていく。

 我に返り、捕まえようと前足を伸ばすが、消えてしまった。


「どうするんだよ……。」


 黒球がいなければ、5番目との交代ができ——ん? 交代方法が、思い出せなくなった。

 まぁ、行けば何とかなるだろう。


 まだ痺れは残っているが、歩行に支障の無い程度には回復した。きっと魔力の濃い方向に進めば山に着くだろう、と根拠の無い自信を胸に進んでいく。

 心なしか街を出た時よりも体が軽くなっていた。




 山のすそへ近づくにつれ、魔力濃度は高くなり、木々の幹は太くなっていった。ほとんど手付かずなのだろう。

 人には害になるほどの魔力濃度だ。俺たちには過ごしやすい環境だな。満たされていくようだ。また魔力が切れても困る。せっかく覚えた魔力操作で圧縮しておこう。

 幹がコブのように膨らんでいる木をちらほら見かけた。何が入っているのだろう。仄かに光っていた。


「綺麗な植物だな、《《初めて》》見た。」


 森の奥へ進むために避けて歩いてきた大木の一本に触れてみた。温かい、それに……鼓動?

 この木は、生きているのか。木に触れている前足から魔力が吸われているような気がしてくる。木が淡く光り、数秒で消えた。


「魔力を糧にしているのか。」


 前足を離し、目に魔力を込めながら見上げた時。《《それ》》に気づいた。気づいてしまった。


 森の奥へ進むにつれ、体の調子が良くなる理由。

 触れた木が俺の魔力を吸った理由。

 黒球が指輪に戻った理由。



















 そして……《《俺が》》、見下ろしている理由。


「やっと来た、代わってくれよ。耐えられないんだ。」

「何、だよ。お前は、何番目だ?」

「覚えてない、苦しいんだ。何もしないのは、苦しいんだ! 代わってくれよ!」


 木のコブから這い出るように上半身を出し、前足を伸ばす《《まだら模様》》のキツネ。その魔力の色は、黄。

 残念ながら、5番目ではない。

 まだらキツネの差し出した前足を握るわけにはいかない。


「頼む! 代わってくれ! ヤメテクレェーー……。」

「代わりが来るまで、耐えてくれ……。」


 木に引きずり込まれていくキツネを見て居られず、離れる。俺も、ああなるのかもしれない。

 できる限り木に触れないように5番目(くろいキツネ)を探す。要らぬ期待は心苦しい。


 コブのある木は、山へ続く獣道沿いに生えているようだ。枯れた木もある。間に合わなかったのだろうか。

 枯れた木の一本に近寄ってみる。キツネは不在で指輪だけがコブの中に浮いていた。

 『11』と銘打たれている。11番目、という事だろうか。


 粗方探し終えた時、急に寒気がして周囲を確認するも静かな夜の森だ。気のせい、だろうか。

複数のコブから視線を感じるが。

 目を合わせないようにしていると、光っているコブの一つから中身が幹を伝い流れ落ちていく。樹液のような液体に、固形物が含まれていない……。さっきまで、《《いた》》よな?


「俺たちは、いつまで交代し続ければ良いんだろうな。」


 呟いた俺に応えるかのように、中身を失った木から枝が伸びてくる。枝先には真新しい指輪が添えられ、光沢を帯びていた。指輪の内側に刻まれた数字を見て、気づく。


「だから俺は黒いのか……。」


 決心して来たにもかかわらず、指輪に前足を伸ばすことを躊躇ってしまう。5番目だったら、どんなに良かったか。少なくとも木のコブにいられるから。会話ができなくとも、誰かと同じ苦しみを共有できているから。そして、いつかは交代が来るから。


 俺の交代は、来ないだろう。

 

 そう思った時、球状の膜に覆われ閉じ込められた。指輪を差し出していた枝は、膜に阻まれ彷徨っている。黒球の膜? 俺を守る意味が無いはずだ。消えたはずの相棒が戻ってきたのか、と周りを見るが、黒球は見当たらない。


「どこに……。」


 二の句が継げなかった。


 半ばで折れた《《黒い木》》が現れたからだ。ちょうどコブの高さで折れたようで、いるはずの無い『人の姿の俺』が、こちらを見ていた。


『死なれたら、困るんだ。』

「お前が——1番目の——《《代わり》》か?」

『そうだ。1番目は死んだ。もう、繰り返す必要は無くなった。』

「どういう?」

『好きにしろ、と言いたいが……ここ以外では、魔力が足りないだろう。定期的に来る俺を糧にして暮らすと良い。俺が許す。』


 言いたい事を言うと、徐々に体が透けていき消えようとする人間に話しかける。勝手に許して退場しようとするな。

 

「お前、楽したいだけだろ。」

『ちっ、バレるよなぁ、そりゃ。5か所で回すはずの循環を3か所で回したんだ、そろそろ限界だ。緩やかな最後を迎える事は、避けられないぞ。』

「それでも、どうにか循環させるんだろ?」

『まぁ、そうなんだが。』


 優柔不断な態度の人間に疑問を投げかけると、ため息をつき、俺に視線を向ける。仕草を見て「やっぱり、ため息をつくんだな。」などと思うが、言う必要は無いだろう。

 

『……はぁ、分かったよ。一度作業を始めたら止められないからな。交代時にまともな奴が来るのを待っていた。』

「手伝えってか?」

『いや、《《相談》》だ。』


 膜を這う枝を極力無視して、人間の話を聞こうとする。視界が少しずつ枝で占められていくので、さっさと話してほしい。

 『見えなくても声は届くぞ。』と前置きし、人間は話し始めた。


『ここにいる奴らも解放してやりたい。具体的には、木そのものになるんだ。』

「木って、一人で平気なのか?」

『継ぎ足しで増やした弊害へいがいだよ。一つになれば、今よりも苦痛は軽減されるはずだ。』

「お前たちが一つになった後は、何をすれば?」

『人目に付くと、来訪者がいるはずだ。その対応を頼みたい。俺たちでは話せないだろうしな。』


 ギルドの受付のような事をすれば良いのだろうか、と考えながら気になった事を聞いていく。


 給仕の複製は不要になるらしい。余計な被害が出ないのならば、拒む理由は無い。

 全体的に黒い木になるらしい。葉も幹も根も。黒い木が、いきなり意思疎通を試みて寄ってくる様は恐怖だろうに。『対応は臨機応変に頼む。』と言う人間は、恐らく何も考えていないな。


「……お前、バカだろ。」

『俺だぞ?』

「知ってるよ、《《俺だぞ》》?」

『今回が、まともな奴で良かったよ。前回は攻撃されたしな。』


 さらっと言った人間が俺の周りの枝を取り除き、折れた木に戻っていく。足取りは軽やかだ。自身に自身を取り込む事を覚悟しているのだろうか。考える時間は、腐るほどあっただろう。

 人間が黒い木の折れた部分に座ると、止まっていた時間が動き出すかのように、黒い木は脈動を始めた。地面に転がっていた上半分が、青白い燐光に分解されていく。

 視界が開けたため、急成長を始めた木に飲み込まれていく人間と燐光が見える。チラリと見えた笑顔は、何を意味するのだろう。

 

 人間が見えなくなると、黒い木は徐々に青白く燃え始めた。地上部分のみが燃えているようだ。黒球を纏った時の前足のような燃え方なので問題ないだろう。

 黒い根が他の木に接触すると、接触面が青白く燃え上がった。燃えたそばから燐光へと分解されていく。

 悲鳴のような高音が、けたたましく鳴り響く。苦しそうに聞こえるが、コブの中でもがく彼らは、喰われるのを待つばかりだ。お前らの痛みは、俺たちが引き継ごう。

 周囲の至る所から青白い炎が吹きあがり始めた。浸食していく黒い根の勢いは止まらない。


「これは、救いじゃなく、捕食だな。」

『そう取られる事も覚悟の上で、1番目は準備してきたからな。後で全員の恨みを聞かせてやるよ、っと、循環に集中するから。』


 根が伸びた燃える木は、周囲の木々を飲み込み、さらに大きく高く成長していった。

 もはや樹頭てっぺんは見えない。俺の呟きに答える《《相棒》》は、作業に集中するようだ。

 

 俺を覆う膜の間際にまで成長する燃える木を、見守る。

 人間が取り込まれた部分の直下に、枯れ木の空洞のような空間が出来上がった。

 「入れ。」という事なのだろうが、燃えている犬小屋の入口だな、これは。

 とりあえず相棒の成長を待っている間に、取り込んだ奴らの追体験を済ませておこう。

 穴の中で丸くなり、苦痛と怨恨に耐える。相棒との折半とは言え、苦悶の時間は非常に長く感じた。



 2時間ほどで成長が止まると、《《青白い》》木から枝が伸びてくる。この色は……月の光を浴びた時のような、外は夜なのだろうか。

 黒球との繋がりのように相棒と枝を介して繋がると、疲れ切った声が響く。


『誰か来た時は、4番目のように起こしてくれ。』

「あぁ、休め。」


 短く伝えると、青白い枝を揺らした。肯定を伝えているのだろう。燐光を放つ青白い葉の揺落が目に映る。

 眠りについた相棒の代わりに起きていないとな。前足に巻き付いた枝を通して、今まで黒球にさせていた事ができそうだ。地面に落ちた葉は、黒い葉へと変わっていく。


「近づいてくる《《モノ》》を全て教えろ。」


 お、いくつか矢印が浮かび上がった。どこかから足音が聞こえる。

 まるくまるく……さぁ、誰が一番乗りかな。楽しみに待つとしよう。

読んで頂きありがとうございます。

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