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まるくまるく  作者: あるまたく
不自由と自由と乖離
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「えっ……本当に火を起こすの? 海底ココで?」

「魔力《《だけ》》は豊富だからな。煙とかは気にしなくても良いぞ?」

「キツネさんってさ―――」


 エラはおもむろに俺を持ち上げ、膝の上で抱きかかえる。少し手が冷たい。温めてやらんとな。

 

「―――落ち着いてるって言うか、不思議だよね。」

「そうか? 黒球、温めてくれ。」

「私一人じゃ……ありがと。」


 首の後ろに顔をうずめたエラ。見る事はできないが、声音からうかがい知る。

 少し腕の力を抜いてほしいが、無粋ぶすいな事は言うまい。あとでキレイにしてやろう。


――――――――――


 無言では気まずいだろう、と鼻歌交じりに魚を用意する。内臓はらわたを取り除いていないが、我慢だ。

 大群に食い破られた膜を放棄して、新たに丸底まるぞこフラスコのような形の膜を作る。煙は水に流しておけば良いだろう。誰も見ていないしな。

 

「楽しそうだね。聞いた事ない歌だけど。」

「上手い下手なんて気にしても仕方ないだろ? 」

 

 俺の腹を撫でながらエラが聞いてくる。少しは落ち着いたのだろう。魚の焼ける臭いに正直なだけか。

 そういえば、腹ペコって他にもいた気がする。少し考えてみたが、思い当たらなかった。トルーデ辺りだったか。


「味付けは……黒球、何かあるか?」

「えっ、どこから持ってきたの? ……もしかして、盗んだ?」


 海水から塩を抽出するのかと思ったが、なぜか調味料の入った壺が出てきた。この匂いは―――

 

「こらっ、ど・こ・か・ら、持ってきたの?」

「廃村だよ……。」


 ―――ソース、と考えたところでエラに耳を引っ張られる。耳元で大声出すな。エラの質問に答えてやると、向かい合わせになるように俺を持ち上げ、膝の上に置いた。窘めるような目で見下ろすエラと目が合う。撫でる手が何かを考えているようで……。


「いい? 誰かの家に置いてある物を、廃村だからって盗っちゃダメなんだよ? お姉さん、いけない事だと思うな。それに―――」

「……はぁ。」

「―――こら。言葉が分かるんだから、常識を知るべきだよ?」


 ……何か変なスイッチが入った(おねえさんモードの)エラの説教を聞き流しながら、焼魚の焦げた部分を取り除く。チラチラとエラが見ているので、手早く取っていく。

 エラよ、丸分かりだぞ。


―――――――――


 膜内に漂う香ばしい匂いにエラの説教も止まる。無言の訴え(つねり)に無言の提供さかなで返し、食事にする。

 焼いた深海魚は美味いらしい。俺も食べようと口の横から押し込む。エラに茶化された。軽く説明しておく。


「エラみたいに食らいつかないぞ。」

「そ、そんなに大きく開けてない……よね?」


 軽くショックを受けている小娘を無視し、燐光りんこうを吸収する。膜の向こうでは、深海魚が捕食のために口を開けていた。エラと同じくらいの口だな……。


 


 急に《《おちょぼ口》》で食べ始めたエラ。何か心境の変化でもあったのだろう。


 エラが食べ終わるまで待つ必要もないので、辺りを散策する。このまま浮上しても二の舞を演じるだけだろう。

 幸い海底には小さな生き物ばかりだ。目の退化した深海魚たちは黒球を避けているのか、俺たちが近づけば逃げていく。触角のような感覚器官があるのだろう。

 大きな魚は頭上高くを泳いでいる。あれだけ食いつきの良い魚が、《《降りてこない》》理由は何だ? 周囲を警戒しながら進んでいく。


 食べ終わったエラがうつらうつら。目をこすってまで起きていたいのだろうが、


「何かあったら起こすから寝ても良いぞ。」


 と言うと、小さく頷いて膜に凭れるように寝始めた。足くらい閉じろ……まったく。黒球に2つほど指示をする。

 大きな岩を避け、回り込む。そこには、いびつな形の岩が《《揺らいでいた》》。


 ん? 今、違和感が。


「あの岩、揺れてる?」

「あれ? 何か変な感じ?」


 海流によるもの、ではない。砂は舞っていない。正面の岩の付近のみ揺らいでいる。目をらすと小さな泡が出ているようだ。深海魚が岩を避けて逃げていく。黒球が『何もしない』という事は近づいても問題なのだろう。

 揺らぐ岩に近づこうとした矢先やさき、膜―――黒球から高音が。

 思わずエラの膝付近まで飛び退いた。


「敵か……?」


 と、つぶやいても黒球は漂うばかり。矢印も出ない……敵ではない?

 黒球を見ながら、もう一度揺らぐ岩に向け前足を出すと、またしても高音が鳴り響いた。近づいてはいけないらしい。黒球に質問し、確かめる。

 



 熱水鉱床ねっすいこうしょうという高温の鉱床がある。

 貴金属から希ガスなども含有するため資源の宝庫でもある。元素の周期表を覚えていて役立った。


 しばらく黒球に回収させる。魔力の《《減りの早さ》》は黒球の機嫌の良さの表れだろう。ちなみに銅やきんを含むようだ……とてもかねの匂いがする。

 エラが起きないように《《きびきびと》》行動する。決してかねに目がくらんでなどいない。黒球の胃袋は底が知れない。




 透明なレジンにラメパウダーを混ぜたかのように、キラキラとしている黒球ミラーボール一瞥いちべつをくれ、その場から離れる。膜のおかげで感じなかったが、揺らぐ岩の周囲は高温なのだろう。

 エラは汗をかいているようで、ぐずっている。汗と海水の濃厚なブレンドが、狭い膜内に充満する……臭い。

 黒球に元凶エラの洗浄と換気をさせ、膜内の温度も下げておく。


 数分で全ての作業が終わり、それを見越したかのように起きたエラが聞いてくる。しれっと俺を抱え、膝上に置く。食欲も睡眠欲も満たしたエラは上機嫌だ。

 ……こいつ、ちゃっかりしてるなぁ。


「ふわぁ……あふ。おはよう、何かあった?」

「特に無い。岩や魚ばかりだ。」

「そっか。あっ、アレ何かな?」


 エラのした先には、山のように乱雑にまれた残骸ざんがいが落ちていた。岩場や鉱床では無さそうだ。

 慎重に近づいていくと、船が流れないように水底に沈めておくおもり―――いかりがあった。相当な時間、放置されているのだろう。腐食などでボロボロだ。


「変な形だねー、何だろコレ。」

「大きな船を停留するための重り……って漁師は使うだろ?」

「えっ、船はひもで縛るから。こんな大きいの使わないよ。」

「この残骸の山くらい大きな船には、大きな重りが必要なんだろうよ。」


 残骸の山を指し言うと、エラは感心していた。興味はあるが、現実味の無い話かもしれない。大きな港が無ければ、大きな船を見る機会も無いか。

 錨の後ろの残骸をよくよく見ると、木造船のようだ……沈没船というべきだろう。

 20メートルを超える堅牢けんろう船体せんたいは、かじを俺たちに向け、横倒しになっていた。至る所に大きな穴が開いている……入れそうだ。


「大きいねー。穴だらけー。」

「中に入るぞ?」

「え?」

「中に入るぞ?」

「待ってても良い……?」

「黒球、中を調査だ。」


 おお、おお……。体をシェイクするエラのせいで視界が激しく揺さぶられる。

 怖いらしい。無言での抗議に思う所はある。進むけれど。


―――――――――


 船内に進入し、膜が木屑にぶつかった音で揺さぶりは止まる。俺に顔をうずめ、耳までたたんでいるエラ。黒球のおかげで、視界は良好なのだから怖くないだろうに……はぁ。どうするかね、《《この違和感》》。


 ジジッ


 数分で縮こまっていたエラの尻尾が振られるさまには、言及げんきゅうすまい。グリグリすんな。

 食堂だろうか。白いテーブルクロスが掛けられた長机、10人が一度に座れる長椅子そしてガラスの割れた光源……床の絨毯も相当な品だ。


「船の中って、こうなってるんだねー。《《キレイ》》な飾り。」

「沈没して、何で……こんなに綺麗なんだ?」

「え?」


 沈没した船は、浸水や水圧などで外観のようにボロボロになるはず。

 しかし、船内は浸水しているものの……床に破片などの散乱も無くキレイなのだ。備品一つでも売りに出せば、結構な値がつくだろう。


 ジジッ


 その時。奥の扉に向け、《《緑色》》の矢印が浮かび上がった。


 ボゴゥという音とともに奥の扉が開き、泡が天井へと上がっていく。

 現れたのは、引きちぎられた左腕を引きずる、給仕姿の少女のような何かだった。


 ……三度目だな。


 その壮絶な容貌ようぼうは魔獣に食い散らされたようで、正面を見据え《《悔しそうに》》歯ぎしりをする表情もあいまって、エラは硬直してしまっている。

 給仕は掴んでいた片腕を手放し、一礼する。


 所作しょさ如何いかんよりも、顔を上げた給仕の眼孔がんこうに全身の毛が逆立つ。眼球は、首元に浮いている。


『お待ちしておりました。覚悟は、よろしいか?』


 エラの短い悲鳴と《《耳元で》》聞こえた声に、黒球への指示が遅れる。


 黒球の《《複数の》》高音が鳴り響くと同時に、矢印が赤く変化した。

 言葉を咀嚼そしゃくする暇すら与えず、給仕はエラに迫る。いつの間にか構えた調理用器具フォークやナイフを膜に突きつけ、拮抗きっこうした。

 遅れてめくりあがる絨毯じゅうたんやテーブルクロスが目に映る。エラが俺に手を伸ばす。フォークの枝は折れたが、ナイフは膜に《《刺さって》》―――


 深海で水中に投げ出されることは《《死》》を意味する。


 ―――膜の亀裂から視界を埋める怒涛どとう、そして《《黒球》》。


 何も言えなかった。黒球が俺にすがるエラごと包みこむ。膜は、破られた。

 水が一瞬で周りを満たす。

 急激な魔力消費に伴う倦怠感を感じる。給仕は振り切った腕を戻し、長机の付近まで下がる。

 給仕の手元のナイフと俺たちの間には、血が水に溶けていく……血?


 何を、刺した?


「大丈夫か……エラ?」


 怖くて俺にしがみ付いていたエラ。その腕の力が、抜けていく。エラを見ようと、左を向く。エラの頭がゆっくりと落ちていってしまう。

 エラは答えない。肩に空いた2つの小さな穴から出血している。穴の周囲が紫色に変色していた。エラが、力無く倒れる。


「……エラ?」


 その様を見て、俺の中で何かがプツリと音を立てて切れた。

 視界がブレる。周囲の魔力が俺に流れ込み、俺の《《視野が狭まる》》。


 構わん、コイツさえ。


「殺せ、喰らえ!」


 黒球がエラの傷口に吸いつく。指示と異なる動作に、俺は気づけない。給仕だけを視野に収める。

 給仕はナイフから手を放し、どこからか小さな小瓶を取り出した。

 コイツを喰らえ。そしてエラを。


『お待ちください!』

「喰ら―――」

『お待ちください。すぐに解毒げどくしましょう。その少女は生きています。』

「―――なんだと?」


 給仕に気圧される形で止まってしまったが、コイツは何を言っている? 《《解毒》》?


――――――――


 視野が元に戻るにつれ、俺の思考にも余裕が出てきた。直情的な思考をしていたようだ。それにしても、エラを《《どう》》したかったのだろう。

 給仕の小瓶を黒球に調べさせエラの解毒のため、給仕の指示で黒球に命令を与えていく。傷口に吸いついていた黒球が黄色い液体を濾しとる。これが毒らしい。


『それを捨ててください。小瓶の薬品を傷口と舌の裏、そして直腸に。』

「はいよ……え?」

『早くしてください、死にますよ? 唇も紫色です。』


 俺の動揺を見て、給仕は黒球にナイフを《《渡した》》。

 黒球がナイフをしまうと、給仕は膜を《《透過》》しエラの『処置』を始める。 


「おぉおぉ。」

「本当にあなた様は……。はい、これで後は経過をるだけです。」


 生命の神秘を見た。若干呆れ気味の給仕をよそに、エラを身綺麗にしてやる。

 ついでに給仕も綺麗にしてやると、感謝を述べた。話は通じるんだよな……。

 エラを長机の上に寝かせ、様子を見る。傷は少しあとが残った。だが、息をしている。エラの手に触れると弱々しく握り返す。うん、生きてる。

 

 給仕は千切れた腕やフォークを回収し、長机の近くで待機している。

 今更だが、水圧をもろともしないって凄いよな……。どういう構造をしているのだろう。腕の断面を見ると見当は付くが。

 黒球に給仕を包むように言うと、やはり見えているようで、目で追っていた。


「座ったらどうだ?」

「よろしいのですか?」


 俺が無言で頷くと、給仕は一礼して着席した。

 何を話そうか、と考えながら給仕を見ていると、俺の視線に気づき聞いてくる。


「《《お客様》》。」

「ん? あぁ、悪い。あからさまに見過ぎたな。」

「いいえ、そうではなく。」

「ん?」


 給仕は千切れた腕を長机に置き、居住まいを正した。じっと俺を見つめ、これから言う事が《《冷やかし》》ではない、と暗に告げている。

 俺は鼻で先をうながす。

 給仕は濡れた手に、どこからか取り出した《《乾いた》》羊皮紙を持ち、

くちびるで薄く笑った。



「では……正当な対価をお願いします。できれば体で。」


読んで頂きありがとうございます。

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