SS46-3
SS46の続き。
ぼやけた世界で《《男》》は控えている召使いに言う。
「その時は……俺を、頼む。」
「受令。」
「では、行ってくる。」
「いってらっしゃいませ。」
フィルム映画のような光景を見つめる。手足を動かそうとしても動かない。自身を見下ろしたまま事態を見守るしかないようだ……って夢か。
夢だと気づくと同時に、背後から声をかけられた。
「夢でもある、が正しい。」
「……お前は、二度目だな。誰なんだ?」
「あなたは、まだ早い。」
二度目の少女が《《悔しそうに》》歯ぎしりをすると、少しずつ少女と俺の体が離れて―――いや、俺が離され、どんどん距離が空いていく。
まだ聞きたい事はあるが、何となしに『また来ることになる』と思った。
―――――――――――
尻尾を退け、目を開ける。
「……はぁ、嫌な夢だった。」
今日の寝起きは、筋肉痛が残っているかのように怠かった。きっと《《あの》》夢のせいだろう。誰かさん達の手足のせいでは無いことを祈りたい。
日の出前の涼しさに、身震いしながら周囲を確認する。
テーブルの上は空容器が散乱し、床には《《一回り大きくなり》》管の無くなったヘルメットと、ハーモニカホルダーのような管の伸びた黒い《《水着》》が落ちていた。
ビキニはスクール水着になったらしい。グレードダウンではないかね? 黒球よ。
斬新なデザインだな……口に銜えるためか、3センチほどの円柱部分がある。小さな穴が空いている。空気が出るのだろう。
水着背面の肩から腰に掛けて―――肩甲骨の辺りにも数個の穴がある。前足で穴を突いてみたが、何も起こらなかった。こちらも同様だろう。あとで試すとしよう。
……おや? 槍はどこだ、まさか盗まれたか?
ベッドの下や別荘の外も探したが、見当たらない。
仕方なく二人を起こした。方法は語るまい。
「うー、ビンタされたぁ。」
「私なんて顏を噛まれたよ! ちょっと寝ぼけただけなのに!」
「うるさい、さっさと探すぞ。」
起きた二人に聞いても何も分からなかった。ついでに黒球にも聞いたが、無反応で漂っていた。たまに黒球が分からなくなるな。
外に出ると、日の出前にもかかわらず漁師たちが砂浜の大穴を埋めていた。結構な穴だな……。作業の邪魔になるので、数メートル離れて見る。
何名かがエラの水着姿に声を漏らしていた。ガン見してんじゃねーよ、バレるぞ。
「この穴にキツネさんが落ちそうだったんだよ?」
「覚えてないが、ありがとうよ。」
「うん……。(よかった、覚えてないみたい。)」
「ん?」
「な、何でもないよ?」
白々しい。まぁ、いい。
海に入る前にストレッチをしておくべきだ。トルーデにも手伝ってもらい、エラの柔軟をする。
「いだだっ、いだっ、トルーデ! いだい!」
「よっ、ほっ、本当に固いよねー。」
エラよ、90度に開脚して全く前屈できていないぞ……。しかも騒ぐから漁師たちに見られてるし、おい鼻の下伸ばしてるやつ……血拭けよ。
っと余所見をしている間に、エラが扇情的な雰囲気にできあがっていた。口から半透明なナニカが出かかっているぞ……。トルーデは何故ツヤツヤしてるんだ? ……不思議なこともあるものだ。
ゴンッ……ぺちっ
半べそ体育座りのエラと涙目のトルーデに説明する。特にエラは海流に流されたら最悪溺れるか漂流だからな。
今日は水深2メートルほどの水中散策だ。新しい水着などのテストも兼ねている。性能を発揮するためには、まず知らなければな。
っと、その前に。
「エラ、苦しくなるまで息を止めてみろ。」
「え……うん。はーっ。」
エラがハムスターのように頬を膨らませている。手をパタパタさせているが、何を想定しているのだろう。
隣でウトウトしているトルーデの顏に貼り付いて窒息させ、秒数を数える。
「……30秒ってとこか。」
「ぷはぁ、はぁ……何してるの?」
「こいつのも計ってるんだ。」
20秒あたりで顏が真っ赤だった。30秒もつようだ。
泳ぐ事を考えると、深い所は様子見だな……。
ちなみにトルーデは40秒で覚醒した。いい気味だ。
次はエラの新水着の管だ。円柱部分を銜えたエラに首まで浸かり、口呼吸をしてもらう。目論見通り呼吸できるようだ。背中の穴に前足を入れると苦しそうなので、シュノーケルのように使うことも可能だろう。
「持ってきたよー。」
「……使ってみる「いいの!?」か?」
ヘルメットを持ってきてもらったのだ。一度くらい良いだろう。食い気味で言うほど使ってみたかったらしい。走って行った。速いな……もう飛び込んで
取り残されたエラと俺は、しばらく見守る……あ、浮いてきた。
「悪は滅びた。」
「えんがちょー。」
えんがちょー、は違うだろ……この世界にもあるのか? とエラを見ていると、俺の視線に気づいて、
「ちょーん。」
「ちょーん?」
何がしたいのだろう。俺の前足をチョキチョキしているが。
鼻先でエラのアゴを下から突いてやると、くすぐったそうに離れた。
どうやら、死者が悪さをしないように切る風習らしい。トルーデの扱い……。
砂浜に流れ着いたトルーデが言うには、ヘルメット内の水面がどんどん上がってきて被っていられなくなった、らしい。管が無くなったから……だろうか。
チラっと黒球を見上げるも変化なし。
「試しておいて正解だったな。エラが被る分には問題ない。」
「大きくなったのに、重さは変わらないんだねー?」
「そうなのか? 大きくなった分、水流に注意しろよ。」
「ん? うん。」
分かってないだろ、と首を傾げるエラ。質量と重量の違いを説いても分からないだろう。表面積が増えた分、気を付けてくれれば良い。
波打ち際に歩いていくエラを横目に、ため息を一つ。
「何かあったら、《《こうやって》》守ってやってくれ。」
相棒の高音を聞きながら、砂に絵を描き説明しておいた。
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