表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まるくまるく  作者: あるまたく
小瓶 脱兎 これからも
32/59

34

「……買わないのか?」

「……。」


 門番の静止も聞かず村を出る。当たり前だろう、何も持っていないのだから。


 アルフは村を離れてなお、唇をみ締め歩き続けた。本来ならば、次の街への距離や経由地を調べ、食料の買い込みなどをするはずだ。

 しかし、余程(くや)しいのか、一刻も早く離れたかったのか。昨晩()まった宿の前でも、村人が言い争っている場面にも素通りだった。


 道なりに進み、門番が見えなくなった所で黒球を捕まえる。今のアルフに合わせて歩き続けるのは大変なのだ。

 少し雲が黒いな……雨でも降るか? お、食べられそうな木の実だな。


「食べられるものを集めてくれ。あと矢印マーカーな。」


 アルフに追従しながらも、周囲を見ておく。すれ違う者がいないため、湿った風に揺らぐ森を見る余裕があるのだ。ゴロゴロと黒い雲が鳴っている。


 ポツポツと雨が降り出して、ようやく前を歩くアルフが速度を緩めた。うつむき加減で前を向いたままだが、手の握りはいたようだ。少しは頭が冷えたか。

 黒球が俺を雨から守るためにかたちを変えた。文字通りの『C』のようなかたちだ。矢印は出ていない。本格的に雨が降る前に、雨宿りがしたい……などと考えていると、アルフの足が止まった。雨に濡れるのもいとわず、たたずんでいる。


 髪から肩へ雨がしたたり始めた頃に、アルフが重い口を開いた。


「ねぇ……僕に、何ができるのかな……。」

「《《できない自分》》に気づいたのか?」

「……うん。」


 ここは突き放すよりも助言だろう。踏み出す勇気が足りないだけ。

 アルフの横に移動し、少し大きな声で伝える。アルフの顏は見ない。


「アルフ、前を見ろ。」

「?」

「結果があるから行動するんじゃない。行動して《《結果を》》もぎ取るんだ。今のお前は立ってるだけだ。理解しろ。」

「でも、僕には……。」

「まずは、踏み出してみろ。自信が無いなら周りを頼れ。悩んでも分からないなら相談しろ。いいか、立ち止めるな。」

「救いたくても、何から始めて良いか、分かんないよ……。」


 アルフの目の前へ移動し向き合う。また泣きそうな顏だ。あとでイジってやろう。


「あの村を救うことが大きな目標で、動けなくなったのか? それなら目先の小さな目標からこなせばいい。」

「……どんな?」

「アルフ、俺の手をとれ。簡単だろう? それとも、こんな事もできんのか? アルフくーん?」


 短い前足を伸ばしているのに、キョトンとするアルフ。尻尾で顏をグシグシしてやる。


「わっぷ、もう! なんか悩んでるのがバカみたいじゃないか!」

「ほれ。」

「なんか『お手』みたいだね。」

「うるせー。とりあえず壊れた橋の所へ行かないと話にならんぞ?」


 アルフの頭に飛び乗り、目の前に前足を再度、伸ばす。今度はすぐに握ってきた。

 黒球の出した火の熱でアルフを暖めながらも、歩を進める。雨足が速いな、木を伝って行けば、止まらずにみそうだ。


「アルフ、寒かったら言えよ?」

「ありがと、まだ大丈夫だよ。」


 昼過ぎ。雲の切れ間から日の光が差している。微風で雨は止んだ。地面は少しばかりぬかるんでいるが、歩行に支障なし。俺たちは《《落とされた橋》》の前で足止めを食っていた。

 向こう側まで10メートル程(はな)れている。崖岸がいがんのようにふちには立たないようにしよう。

 吊り橋のつなが《《向こう側》》から切られている。切断面が見えるなんてな。


「ふむ、故意に落とされたみたいだな。どうする?」

「僕には飛び越えるなんて無理だけど、キツネさんなら行けそうだね……今も浮いてるし。」

「渡るだけで良いのか?」

「できる事なら橋を作りたいけれど道具も無いし、橋を作る方法も知らないし。街で人や道具をそろえた方が早いかも。別の道……も無さそう。」


 きちんと現状を把握はあく出来ている。が、黒球はおそらく……。


 黒球に《《釘を使わない橋》》をけられるか、を小声で聞くとマッチ程度の火を出した。ふむ、やはり出来るようだ。俺は橋なんてけたことないぞ?


 ぐうぅ~きゅるる


 盛大に腹の音が鳴った。この場には俺とアルフしかいない。そして俺は腹なんて減らない。アルフを見ると、ため息をつきながら座り込んでいた。


「まったく、用意もせずに飛び出すからだぞ。」

「……反省してます。」


 アルフに道中に集めた木の実や昨夜のパンを食べさせつつ考える。

 『レオナルドの橋』や『サルヴァティーコ橋』と呼ばれる、木材の組み合わせのみで製作可能なアーチ橋を。


 木材15本ほどを用意する。片側に2か所、反対側の中央にも溝を作っておく。

 縦に2本、その上に横に2本置く。さらにその上の真ん中に1本置く。

 右側の縦の木材を水平に支えながら、横に棒を2本差し込む。

 繰り返し差し込んでいく。

 十分な長さの橋ができた所で、横に平らな板を置いていく。地面と接する部分は倒れないように固定するのを忘れない。そして仕上げに《《ある仕掛け》》もほどこしてっと……。


 1時間もかからずに、出来てしまった。黒球すごいな……。ゴッソリ魔力を吸われたが。


「出来た……気を付けて渡、れ……ガクッ。」

「あはは……すごいね……。」


 アルフに移動を任せ、しばらく休ませてもらう。街に着く頃には回復しているだろう。アルフの口角こうかくがヒクついているが気にしない。空中を飛び交う木材

を遠慮無く地面に叩きつけ、結構な音を立てていた事も気にしないのだ。


「これ、どう説明すれば良いんだろ……。」

「……。」


 《《誰か》》が橋をけてくれて良かったな、アルフ。荷車の荷重に耐えられるかは分からんが。まぁ、その辺は大人たちに任せよう。


 途中に立ててあった道標みちしるべに『この先、ニブンデンバの街』と書かれていた。地平線の彼方まで草原が広がっている……。


————————————


 何とか『ニブンデンバの街』に辿たどり着き、橋の件を伝えた。

 道標を信じて草原を歩くという暴挙に出て数分、眼下に広がる街が見えてきた。


 四方を2階建ての建物よりも高く、厚い壁に囲まれた街を《《見下ろしている。》》円柱形の塔のような建物を中心に、放射状に走る道が4本見える。半球の屋根の家が立ち並ぶ光景も含めてファンタジーなのだが……。


「おぉ? モヤみたいなのを通ったら、いきなり街が見えてきたな……。」

「だね~。何か仕掛けでもあるのかな。」

「あんな塔が、ここまで近づかないと見えないんだぞ? 何かあるだろうが……考えても分からん。道は続いてるみたいだな。さっさと歩くぞ。」

「歩くの僕だよね?」


 アルフの頭の上で日向ぼっこでもして戯言を聞き流し、歩かせる。

 どうやら崖の近くに対害獣用の幻惑の魔術道具が設置されている、という情報を街で入手するのだが。


——————————


 ニブンデンバの街では、当初ありのままを報告したが信じてもらえなかった。まぁ、アルフのような子どもとキツネ1匹で『ちょっくら橋を架けてきたぜ!』なんて信じるわけがない……。

 兵士が『橋が無い事』を確認するために駆けて行ったので、待っているのだ。


「で、どうしたら良いのかね?」

「う~、痛い……。」

「おーい、こっちだ、こっちー!」

「お、アルフ呼ばれてるぞ。」


 門番のおっちゃんが呼んでいる。《《ウソをついた》》と拳骨をもらったアルフを立たせ、兵士の詰所に歩いていく。

 ちなみに兵士とは橋があるか無いか、で賭けをしている。銀貨10枚がかかっている。勝てば銀貨50枚になる予定だ。


「必ず勝つ勝負は良いもんだな。」

「良いのかなぁ……。」

「良いんだよ、この後は食料を買い込むんだろ? 元手が足りないぞ? 《《夕飯抜き》》にするか?」

「お金を稼ごう、お金大事。兵士さん、ごめんなさい。お金のためです。」

「……。」


 ジト目でアルフを見ながら考える。やっている事はアレだが、元手は欲しい。この街の物価まで上がっていたら買えないのだ。


――――――――


 詰所にて取調室のような部屋に通される。壁には格子窓が1つ、机と向かい合わせの椅子が1組ある、スタンドライトは無いようだ。椅子に座ったアルフの足元で待つ。入口の扉は閉められ、兵士が扉の前で立哨りっしょうをしているようだ。


 この街の身分証も兵士が手続きしてくれている。今は待つしかない。

 アルフはウトウトと船を漕いでいる。強行軍だったからな、寝かせておこう。

 扉の向こうから兵士たちの声が聞こえてきた。


「本当だ、橋が架けてあった! 強度も十分だ! 前よりも丈夫だぞアレは。」

「信じられん……。昨日の夜に橋が落ちたと報告があったのに、一晩で橋を架けるだと?」

「各ギルドに昨晩、門を通過した奴らについて調べるよう伝えろ!」


 ふむ、良い感じに騒いでいるな。あの村への物流は維持されるだろう。この世界の土木技術を凌駕する少年の出現は、どのような影響を与えていくのだろう。


 ……アルフは何に巻き込まれているか、を分かっていないだろう。


「知らぬは亭主アルフばかりなり、ってか。どんな夢を見てるんだかな。」


 時折だらしない顏になりながら寝ているアルフは、微笑ほほえましいが綱渡つなわたりでもある。守ってくれる大人や団体が欲しい。それもできるだけ早く。

 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックも無く開いた。

 入ってきたのは立哨している兵士より飾りの豪華な鎧を着た50歳ほどの男性だった。180センチを超える身長で筋骨隆々、金茶きんちゃ色の瞳に整えられたまゆ、ソフトモヒカンのくすんだ金髪には白髪が混じっている。苦労人なのだろう。20センチ四方の木箱を抱え、えっちらおっちらと歩いてくる。

 アルフを一瞥いちべつし、机の上に静かに木箱を降ろすと、アルフをり起こす。


「アルフ君、起きてくれ。」

「あれ……おはよぉ~ふあぁ。」

「アルフ君、もう一度話を聞かせて欲しい。部下の報告ではらちが明かないのだ。」

「えーっと……何の?」

「質問は3点だ。橋が落ちた原因に心当たりはあるか、橋を何人で架けたのか、そして架けた方法だ。」


 チラリと俺を見たアルフだが、俺は我関われかんせずだ。食糧買い占め、つなの切断についてはアルフの育った村の連中だろうか。まさか《《あの縦穴》》……。

 そして架橋かきょうろくに勉強もしていない少年に出来るわけがない。兵士たちの反応で学んでいれば良いが……。


「僕《《は》》橋を渡って、この街に来ました。橋を架けた《《人》》は知りません。」

「……そうか、他には誰もいなかった、という事だね?」

「はい。」


 上手い。魔獣の俺が架けたのだから、橋を架けた《《人》》は知らない。嘘は言っていない。見ていないのだから方法を言う必要が無い。……アルフ、人をだますことに慣れるなよ?

 アルフの足をポンポンと叩いてやると、俺を抱き上げて膝に乗せた。《《なぜか》》ジト目で俺を見てくるアルフから目をらしとぼけていると、頭をガシガシといたおじさんが席を立った。


「アルフ君には聞きたいことが沢山たくさんあるんだが……その子の事も含めてだ。しかし街への出入りに関しては問題ないのだから引き留められん。残念だよ。」

「あはは……。」

「そろそろ許可証を持ってくるだろうから、それを貰ったら街に入って良いぞ。」


 アルフが苦笑いでいると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。やっと解放されるのか……1時間弱は詰所にいたなぁ、今日はマシな寝床で寝たい。


 トットットッ


「お、うわさをすればってやつだな。来たみたいだ。」


 ガッ、ドガッ!


「……。」

「失礼……おーい、トルーデー起きろー?」


 扉がゆっくりと開く。そこにいたのは金茶色の髪に垂れた犬耳の女性兵士だ。鼻を押さえ、うずくまっている。ぷるぷると震えて……思い切りぶつかったのだろう。

 おっさんは痛がる女性兵士をそのままに、傍に落ちていた書状を拾うと、俺たちの方に歩いてきた。


「アルフ《《殿》》、入門許可証だ。本日を含めた3日間の滞在を許容されるものだ。それ以上の滞在にはギルド等で発行される身分証が必要だ。……と、これも渡しておこう。」

「おもっ……あ、ありがとうございます。」

「《《賭け》》なのだから気にしなくて良いぞ。さすがに銀貨60枚は重くて持てないか? ……トルーデ、付いて行ってやれ。今日はそのままあがっていいぞ。」

「いひゃぃ……え、あ、はい! やった、早上がり♪」


 トルーデは痛がっていたはずなのに、ケロっとしている。立ち直りが早いようだ。

 アルフが持ち上げられない木箱をひょいと持ち上げ、俺たちを待っている。華奢きゃしゃな見た目に反して力持ちだ。出るところは出ている気がするが、着痩せするタイプなのかな。所々に泥が付着しているのは訓練でもしていたのだろうか。


 トルーデに街の事を聞きながら宿を探す。なるべく街の中央にある宿を取った方が良いらしく、トルーデにいくつか条件を伝えて宿を紹介してもらう事にした。

 街の中央へ近づくほど背の高い建物が多くなり、自然と見上げてしまう。アルフとともに前を歩くトルーデに手を引かれていると、3階建ての建物と建物の間で止まった。


「ふむふむ……着きましたよー。条件通りの宿と言ったら、この『洞穴亭ほらあなてい』です!」

「……どこ?」

「《《下》》です、下!」

「え……下?」


 トルーデの指差す地面には、井戸にしか見えない宿屋の入口があった。

読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ