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まるくまるく  作者: あるまたく
黒、狐、奪
13/59

SS3-1

クリスマスを題材にしてみました。

時系列的にはハルと会ってから1年後、クリスマス~年末です。

 クリスマス。

 誰かの誕生日を祝う日、前夜から日をまたいで祝う国もあるらしい。冬にクリスマスがあると思っていた日本人の俺にとって、この世界のクリスマスの過ごし方はとても興味深いものだった。

 そもそも『クリスマス』と言わず、年末から新年の1週間をお祭り騒ぎするだけなのだ。《《だけ》》、と言ってもアルゴータ商業ギルドでは2か月も前から準備に、そして物資の調達に大忙しだったりする。

 この時期には、午後に常であったエレナの訓練も出来ない程の事務に皆が追われてしまい、エレナもまた手伝いに忙しそうであった。

 俺はと言えば、エレナに付いて回って手伝ったり、図書棟にて本を漁って調べものをしたりしていた。

 リーネが図書棟で机に突っ伏して寝ているので、俺は本棚の前で床に本を広げ読んでいた。文字が読めなかった俺にエレナ達が教えてくれた成果だ。1年もかかったが一通り読めるようになった。日本語で言うひらがなに相当する文字しかないのだ。日本語の方が余程難しい。そんなわけで今ではリーネの快眠を阻害することなく読み漁っている。

 今読んでいるのは『まものとまじゅうのきょうい』という歴史書だ。この図書棟の本で魔獣について詳しく載っている本は1冊だった。他はリーネ達にしか開くことが出来ない本なので、繁忙期はどうしようもない。急いでいないので閑散期にでも開けてもらおう。


「なになに……冬の大陸に生息、角がある、か。絵はトナカイか鹿みたいだな。」

「その魔獣を知ってるの?」

「うおぅ!……ってカミラさんか。」

「こんなに広げて……で、その魔獣を見たことがあるの?」

「似ている奴は見たことあるかな。」

「……どこで見たのか教えてくれない?」

「ん? どうしたんだ? この魔獣は危険なのか?」

「見たのよね? 大きいなんてものじゃないわ。次のページに書いてあるわよ……ほら、ここ。」

「うーん?……なんだこれ、山のようだ、としか書かれてないぞ。」


 不思議がる俺にカミラさんが教えてくれた。

 冬の大陸に調査員を派遣した際に遭遇したそうだ。吹雪とともに現れ、あまりの威圧に調査員たちは過ぎ去るまで全く動けなかったらしい。そんなバケモノなのか……こっちのトナカイは……。ちなみに名前は雪山の翁(アインシニーベ)だそうだ。


「冬にトナカイと言ったらクリスマスだろうに。祝い事どころじゃなさそうだ。」

「トナカイ? クリスマス? 祝い事って、お祭りか何か?」

「年末のお祭りだな。クリスマスの7日後が新年だ。」

「そういうお祭りは聞いたことが無いわね……冬の大陸の祭りなのかしら。興味深いわね。」

「食って飲んで騒ぐ意味では、どこも同じだぞ。」

「……そう、かもね。」


 少し悲しそうな顔で微笑むカミラさんに疑問を覚えるが、言いたくないこともあるだろう。空気を読んで聞かないのだ。


「ところで、新年祭? の準備は一段落か?」

「いえ、終わってないわ。ちょっと手伝ってほしいのよ、来てくれる?」

「あぁ、本を元の場所に……っよし、行こう。」

「……相変わらず便利よね、それ。」


 微妙な顔をするカミラさんと共に受付へ向かう。

 渡り廊下を歩いている間にも騒がしい声がいくつも聞こえてきた。受付では資材の借用や売買の交渉などいつも以上に騒がしい。

 俺とカミラさんは受付奥のいつもカミラさんが事務をしている机に近づいた。新年祭の準備作業が多いために各職員の机を一つの島のように密集させ様々な資料が所狭しと置かれている。他のギルドからの応援なのだろう服装の違う人が何人もいて活況を呈していた。酒場のどんちゃん騒ぎの方がマシだな、などと場違いな事を考えてしまう。

 危険だからと抱えられた俺はカミラさんとともに戦場の真っただ中へ。椅子の両側に高く積まれた書類群がこれからの「ちょっと手伝う」ことを生起させる。どう見ても仕事量がおかしいです、ありがとうございました。

 カミラさんをチラ見すると、《《満面の笑顔》》で、こうのたまった。


「よ・ろ・し・く・ね?」

「……計算間違いの指摘と、部署毎に仕分けすれば良いんだよな?」

「分かってるじゃない。昼までにお願いね?」

「昨日より」


 昨日より早いじゃないか、と言おうとしたのだが、カミラさんからどす黒い圧(いちいち言うなオーラ)を感じる。逆らっちゃいけない、むしろ逃げろと頭の中では警鐘が鳴り響いている。体中から脂汗が出るが渾身の力で頭を縦に振ると、商業ギルド内はシーンと静まり返っていた。他の職員らもカミラさんの圧に気圧けおされたのだ。

 カミラさんが手を叩き皆に発破をかけると、元の喧騒に戻っていった。ところで黒球よ、なぜお前は俺の後ろに隠れているんだ? 守れよ……

 はぁ。少し湿っている黒球を手に取り仕事を言いつける。


「計算間違いがある書類は右に、各部署毎に分けて積み上げてくれ。」


 言いつけた後、ごっそりと魔力を持っていかれた俺は、椅子の上で丸まり休むことにする。俺が座らされた椅子には、大きなクッションが置かれ休むには丁度良い。こうなることすら予期し、準備をしているカミラさんが少し憎らしいが、カミラさんもまた手がブレるほどの速さで仕事をしているので言うに言えない。

 カミラさんと黒球の協奏曲を聞きながら、我らがドジっ子はいないかと首を回して探す。エレナは銀髪だからすぐに分かるはずなのだが……いないな。

 キョロキョロしていると黒球が仕事を終えたようだ。なんでテカテカになってるんだ……。

 仕分け終えた書類が職員達に運ばれていく。午前中は暇になったしエレナを探そうと黒球に言う。


「エレナの居場所を探してくれ。」


 おや? 黒球が動かない。今まで俺が言えばどんな状況でも動いたはずなのに。

 ちょっと聞き方を変えてみるか。


「エレナがいる方向を矢印で示せ。」


 黒球からキーンという高音が鳴る。

 動いた、と思うとほぼ同時に黒球の上に上向きの矢印が出た。


「上か?」


 と見上げた俺は、なぜか俵巻きでミノムシのように宙づりにされ泣いているエレナを見つけた。

 えぐえぐ言っているエレナは放置して、近くの職員に聞いてみる。


「あのミノムシは何をしでかしたんだ?」

「ミノムシ? あぁ、エレナね。カミラさんが仕分けた書類に突っ込んだのよ。しかも重要書類もあったもんだから……カミラさん怒っちゃって。」


 いつも通りだったが、時期が悪かったな。この忙しい時に終えた仕事を台無しにされたら、誰でも怒るわ。

 宙づりのエレナを無視して休んでいると、ようやく泣き止んだエレナが俺を見つけたらしい。なんとか俺に気付いてもらおうと無い頭を捻って考えている。

 その様子を薄目で見て、今か今かと待っていた俺だが、数分待ってみてエレナが目をつむったまま動かないことに気づく。様子を見に近づくとハッキリと分かった。寝てやがる……。

 俺の横にカミラさんも歩いてきてエレナを見上げる。


「考えて答えが出なかったら寝るって……。」

「良いのよ。エレナは昨日初めて夜勤をして眠いだろうから。」

「良いのか?」

「エレナは頑張ってるのよ? 誰かさんが来てからは特にね。」

「失敗したから巻かれているんじゃないのか?」

「……それもあるわ。一段落したから降ろしても良いのだけれど。」

「しばらくしたら起きるだろ。それより仕事は終わったのか?」

「ええ、今日は終わりよ。リーネを起こしてくるわね。」


 カミラさんが図書棟へ歩いて行く。

 周りの事務員たちは、つい今しがたまで席の暖まる暇も無いほどだったが落ち着いたようで席にうち掛かりぐったりしている。お疲れさん。

 受付に立つ職員はまだ元気そうだ。エレナは……口元にキラリと光るものが見えたがそっとしておこう。まったく……ミノムシ状態で良く寝られるな。

 そこで、ふと悪戯心が刺激された。


 受付の職員に断りを入れ、休憩室に置いてあるシーツのような大きな布切れを浮かせ運んでくる。

 黒球に細かく指示をして布切れを巻き、エレナをてるてる坊主にする。

 何名かの職員が俺とエレナの動向を伺っているが無視して作業を続け、カミラさんとリーネが受付に来る前に作業を終わらせた。


 夕暮れ時の商業ギルド内は職員により灯された明かりで手元が見える程度の明るさを保っている。明かりもタダではないので必要なところにだけ灯されているのだ。

 リーネは天井から吊るされ、なぜか布切れを首に巻いてマントのようにしているエレナに首を傾げている。

 カミラさんは俺が悪戯いたずらしようとしていることが分かったようで困った顔をしている。

 よし、みんないるな……。俺は余った布切れにクリスマスツリーの電飾の絵を描き、黒球に告げる。


「エレナの首に巻いている布切れをこんな感じで光らせてやれ。」


 よだれの垂れたエレナの首から下が様々な電飾を施したかのように光りだした。

 一定間隔で明滅を繰り返す布切れがシーリングライトのように光り、夕暮れ時の商業ギルド内を照らしている。

 商業ギルド内は静かになった。俺の動向を見守っていた職員達が呆然としている。

 リーネは口元を押さえ笑いを必死にこらえているな。

 カミラさんと目が合うと俺に向かって手招きをした。

 カミラさんの元まで近寄ると、俺に耳打ちしてくる。


「これ、エレナを降ろしたら……大丈夫なの?」

「大丈夫だぞ。しばらく光ってるだけだ。」

「そうなの……エレナは任せるわね?」

「あいよ。」


 流石のエレナも目の前で明滅する光で起きたようだ。

 慌てたと思えば、興味を示しキョロキョロしている。さっさと降ろしてやろう。


 エレナを降ろすと俵巻きにした縄がほどけてしまったので、裁縫の要領で玉結びを作る。そして布を括りつけ傘のようにした。点滅しているのも邪魔か……提灯のように柔らかな光を放つようにしよう。


 エレナは俺の作業が終わるまで待っていたようで、俺がため息をつくと同時に顔を寄せてくる。


「キツネさん! あの明かり凄いよ! キラキラしてるし、ポカポカしてたよ!」

「お、おう……。ってよだれ!」


 余程気に入ったのだろう。よだれ跡もそのままに寄ってくるので拭ってやる。こういう所は一年経っても変わらないな、と考えつつため息をつく。

 じっと見つめる俺を、首を傾げ不思議そうに見るエレナに言ってやる。


「よだレーナ、そんなに気に入ったか?」

「よだっ……こほん、キツネさん? あの明かりはどういうものなの?」

「あれはイルミネーションだ。室内を飾り付けたり、道端の木を飾り付けて光らせたりするんだ。結構綺麗だぞ。」

「へぇー、そんなの見たことないなぁ……。新年祭って言ったら、中央広場とか酒場の近くで騒ぐくらいだもん。」

「そうなのか、中央の水たまりで何かするか?」

「水たまりって……一応、この街の湧き水を大切にしましょうって意味を込めて作られているんだから……。」

「……ひゅー、ふゆー……。」

「吹けない口笛してもダーメ、反省しなさい。」

「おえんにゃあーいー。」(ごめんなさーい)


 俺たちがじゃれあっていると、ごうを煮やしたカミラさんにまで揉みくちゃにされた。

 楽しむだけ楽しんだ二人は清々しい笑顔で帰宅の途につく。リーネが俺たちの前を歩きながら露店で夕飯を買っているようだ。

 俺はボサボサのままエレナに抱えあげられ不貞腐れている。エレナとカミラさんが俺の頭越しに今後の予定を決めているのを聞きつつ、エレナのおごりで何を買ってもらうか考えておこう。

クリスマスは南半球では夏なので、少し勝手が違うらしい。

主人公が1年後、アルゴータにいる場合の話でした。

あえて祭りではなく準備をしている時の会話にしました。

読んで頂きありがとうございます。

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