ヒロインは、踊れなかった
目に留めて頂き、ありがとうございます。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
「ルチア、おいで、ランチに行こう。」
Aクラスの後ろの扉が開き、両手を広げながら、ジェードはルチアに微笑みかけた。
それを受け、先程まで片付けていた教材もそのままにし、嬉しそうにジェードの腕の中に飛び込んでいく。
腕の中に飛び込んできたルチアを大事そうに、囲いこみ、髪に、頬に次々キスを落としていく。
それを、くすぐったそうに、でも目を細め、嬉しそうに受け止めるルチアを見て、満足そうに微笑みを返えす。
「ルチア、淑女は走ってはいけないと何度も言っているでしょう?」
苦笑の笑みを浮かべ、ルチアを諌める。
ジェードに抱きつく際、広がったスカートからのぞいた、ルチアのしなやかな足を、思わず見てしまった男子生徒に対して、睨み付けるのも忘れていない。
そんな光景を、今日こそはジェードと一緒に過ごしたいと思って、ジェードの行動をリサーチし、毎日妹を誘うという隣のクラスに、いち早くやってきたパールは、唖然と見ていた。
妹がいるなんて、ゲームではない設定だった。
百歩譲って、妹がいるにしても、今、パールの前で繰り広げられている光景は、兄妹ではなく、まるで恋人同士のようではないか…。
こんな状態で、どうやって攻略しろというのか。
そんな思いで、呆然となっていたパールに、ルチアが気付いた。
「あの、もしやお隣のクラスの、パール様でしょうか?」
「え?、あ、はい。」
急に話しかけられ、慌てて答えた。
それを受け、にっこりと微笑み、パールにとって信じられない言葉を紡いだ。
「私、以前から、パール様とお友達になりたかったのです。よろしければ、今日これから、一緒にランチに行きませんか?」
※※※※※※※
どうして、こんな状態になったのだろう。
今、私は、ジェード様に氷の様な視線を向けられ、その隣では、ルチア様が酷く悲しそうな顔をしている…。
あの後、ルチア様からのお誘いを受け、一緒に中庭のガゼボで昼食をとることになった。
最初は、舞い上がっていた。
やっと、最初の出会いが再現されると思っていたから。
…ルチア様付きだけど…。
だけど、実際はゲームと違った。
ジェード様は、向かい会っていた私に、一切興味を向けてくれなかった。
ジェード様が会話するのは、全てルチア様。
それに苦笑しながら、私に話しかけてくださるルチア様。
何故、私は、こんな光景を見ているのだろう。
こんな筈じゃない。
だって私は、ヒロインなんだから。
ライバルなんていないはずの、ゲームなんだから。
ルチア様は、ライバルなんかじゃない…。
血は繋がってないけど、ただの妹の筈…。
「…ルチア様は、ジェード様と、同じ黒い髪なんですね…。」
「ええ。家の一族は皆、黒髪なんですよ。」
嬉しそうに、答えてくれる、ルチア様。
そのルチア様の髪を愛おしそうに、撫でるジェード様。
その光景をぼんやり見ていて、思い出したのは、
エンディングスチル。
隣国の王座を取り戻し、髪を黒から金に戻した後、ヒロインと一緒に王座に座っている姿。
本当は、ルチア様とお揃いじゃない。
ヒロインの私とお揃いなの。
「…ジェード様は、金の髪に戻さないんですか?それなら、私とお揃いなのに…。」
思わず、声に出していた。
何も考えず、ぽろっと出てしまっていたのだ。
…空気が止まった。
一瞬にして、ジェード様から、殺気のような視線を感じる。
私は、失敗したのだ。
ジェード様と、引き取られた公爵家当主しか知らない事実。
初対面の私が知っててはいけない事実。
それを口にしてしまった。
「…戻すとは、どういうことですか?私は、昔も今も、そしてこれからも、ずっと黒髪ですよ。」
初めて、私に話しかけてくれた言葉は、とても冷たいものだった。
「言葉のチョイスを間違えてしまっただけですよね?パール様は、ジェードは金の髪も似合いそうだって言いたかったのですよ。ジェードは王子さまみたいだから、きっとパール様とお揃いの金の髪も似合いそうだわ。ね?パール様。」
冷たい場の空気を壊すように、明るくフォローしてくれたルチア様。
でも、私は何も答えられない。
答える資格がないくらいは、わかった。
「ルチア…、君は、私が金の髪の方がいい?」
「んーお兄様なら、何色でも似合いそうですわね。それこそ、禿げても似合いそうですわ。でも、皆、年を取れば、白髪になってしまうのですもの。髪の色なんか、関係ない。何色でも、大好きなお兄様にかわりはないわ。」
「…禿げは、いただけないな…。」
ルチア様の言葉に、クスリと笑い、殺気をひいてくれた。
それでも、私に対しては…。
「…私は、君とお揃いになるつもりはない。ルチアは、君とお友達になりたいと言っていたが、私は、二度と君に会いたくない。」
あぁ、もう無理だ…。
せっかくルチア様がフォローしてくださったけど…もう無理ね。
ジェード様の冷たい視線も、ルチア様の悲しそうな顔も、全てが、バッドエンドを伝える。
セーブがかかる前に、リセットしたいけど、ここは現実。
そんな事、出来ないのは、わかっている。
「…失礼いたしました…。」
泣きそうだけど、今ここで泣くわけにはいかない。
ばかをやってしまった私をかばってくれた、ルチア様にこれ以上、迷惑かけられない。
退場しよう。
ジェード様ルートは、ゲームに参加する前に、退場か…。フフッ。
次は、王宮に侍女として、入ろうかな。
騎士のアズライト様ルートも、良いのよね。
楽しいこと考えて、前を向いて、潔く退場しよう。
私は、淑女の礼をして、ガゼボを後にした。
__________ヒロイン退場。
ヒロインめげません。
是非、次のルートで頑張って幸せになって頂きたいとルチアちゃんは思ってる。