表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

落陽の頃に

作者: 紅しょうが





 「ねぇ、人が死ぬってどういうことだと思う──?」

 



 放課後の教室。彼女は窓際の席に一人足組みをしながら座っている。首元のやや下で切り揃えた黒髪が、外の夕暮れ下がりの空と馴染んで妖しく見える。



 突然の質問が喉の奥の言葉を詰まらせる。外から鴉の声が遠く聞こえたような気がした。



 「人は生まれながらに死に向かって歩いていく。金持ちも貧乏人も、大罪人も聖職者も、必ず死ぬ。じゃあなんで人は生きるのかな──」



 俺の存在に気付かないかのように彼女は続ける。



 「産声を上げてから心臓が動きを止めるまでの七十年、人は様々なものを産み出す。悲しみも、喜びも、怒りも、慈しみも。そして愛も。誰かを愛して、その愛を子供に託して笑顔で死んでいく」


 「関わった色んな人に惜しまれながら、死んでいく。けどね、ある人は言うの。死人はその身は焼かれ、骨だけになって土の下に埋められようとも、みんなの記憶のなかで生き続ける。死んでいるのに生き続けるんだよって。それって不思議じゃない?」



 彼女はゆっくりと、しかししっかりとした口調で滔々と言葉を紡ぐ。



 「人が死ぬって──なんだろう。心臓が止まったときに死ぬのか、誰にも思い出されなくなったときに死ぬのか。なんて、誰もわからないのだけれど」


 「あなたは人が死ぬときっていつだと思う?心臓が止まったとき?それとも…?」



 濁ってはいない、むしろ輝いている彼女の双眸の奥に、黒よりも黒い漆黒の海が広がっているように見えた。



 その双眸は俺を捉えて離さない。




 「俺は…人は死なないと思う」




 虚を衝かれたのか、彼女は瞳を丸くさせる。



 「心臓が止まろうが、骨だけになって墓に埋められようが、記憶からいなくなろうが…その人が存在していた場所がある。声を響かせた場所がある。悲しんで、喜んで、時には誰かを愛した場所が、この世界のどこかにある。その場所があるかぎり人は死なないし、消えない。俺はそう思う」

 



 深い藍が夕焼けの空を巻き込んで地平線へと沈んでいく。夕でも夜でもない時間が教室を包む。




 僅かばかりの沈黙のあと、彼女が言う。




 「貴方、おもしろい考え方するのね」




 ニヤッと彼女が笑う。吸い込まれるような白い肌と淡い桃色の唇がとても艶やかで、思わず見とれてしまいそうになる。



 「私もね、人は死なないと思うの。貴方とは少し考えが違うけど、人は自らの鼓動が止まったときにまた新たな命になると思うの。死後の世界を、長い長い時間をかけて廻って。自分の産み出したものすべてを清算するためにね。その清算が終わったら、またこっちの世界に戻ってくる。だから人は死なないの。またこの世界に戻ってくるから────」



 まるで実際に死後の世界を廻ってきたかのように。何度も何度も自らの過去を清算してきたかのように。朱と藍が混じった空を眺めながら、彼女は紡いだ。その物憂げな姿が、彼女の今までを語っている。そんな気がした。

 



 「私、もうそろそろ行かなくちゃ」

 



 彼女は腰かけていた机から身軽な動きで下りると、教室の出口に向かって歩き出す。



 「お、おい…」



 彼女は何者だろうか。見るものすべてを虜にしてしまうような肌と唇。すらりと伸びたなめまかしい脚と腕。そして、すべてを悟ったような漆黒の双眸────。



 ドアのところまで来たときに、彼女はこっちを振り返る。妖しくも麗しい黒髪が僅かな余韻を残して舞う。




 「もっと貴方と早く出会いたかった。そしたら、この世界ももっと明るかったのかも。なんて」 




 彼女はもう一度笑った。さっきとは違う笑顔で。俺を見つめる瞳の中の海が少し波立ったようにも見えた。



 その時、ふと俺は感じる。もう彼女とは会えないのではないか。夜が空を覆う前に、彼女に聞かなければ。君は何者で、どこから来て、そして────

 




 「大丈夫。また会えるから」

 




 ふと、強い秋風が教室を駆け抜ける。彼女がいた場所はもうすでに埃のついたフローリングが何事もないように広がり、俺の伸ばしかけた腕の影を映していた。この世界に、彼女はいない。だが彼女のいた場所は存在する。




 彼女はきっと、彼女としてはもう二度と会えないのだろう。彼女はこれから"死ぬ"のだ。人として、自ら死を選ぶのだ。だが彼女の話が本当ならば、また会える。長い長い時間がかかったとしても。その形を変えようとも。俺はそのときにこう言うんだ。物憂げに空を見つめる君に。

 






 「君の名は────」

 





 




 窓の外からは、夜を告げるように街灯がちらほら輝き始めていた。

こんな駄文を最後まで読んでいただいてありがとうございます…!


この作品は映画「君の名は。」と「誰そ彼時」を僕なりの解釈で物語に落とし込んだものです。なので最後の台詞は完全に映画に影響されており、パクリではなくオマージュ作品として楽しんでいただけならな、と。


死について考える"彼女"のミステリアスな雰囲気と、それに飲まれる"俺"のやりとりを、その場にいるような視点で読んでいただけたら幸いです。


それではまた、どこかでお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ