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砲声は波を砕いて

前書きに何を書こう・・・


巡洋艦同士の戦いを真面目に書くのは初めてで、ちょっと新鮮な気持ちです

 巨艦たちの饗宴は、まだその序の口に過ぎなかった。

 “紀伊”と“尾張”が一斉回頭を終えた時、彼我の距離は一万四千に迫っていた。決戦距離を割っており、昼の砲戦距離としては近い部類に入る。お互いに観測機を用いているため、命中弾が出るのは時間の問題と言えた。

 互いの砲口に再び地獄の焔を踊らせる四隻の戦艦を尻目に、重巡“羽黒”艦長森正一もりせいいち大佐は、並走する敵巡洋艦部隊を凝視していた。

 一万四千メートルの距離は、重巡洋艦にとっても十分に砲戦可能な距離だ。が、“尾張”から何も言ってこない以上、無暗に手を出すことはしない。現状、あくまで“羽黒”含めた第五戦隊の任務は、砲戦中の第三戦隊の援護であり、敵艦隊との戦闘ではないからだ。

 とはいえ、油断はしていない。いつ命令が来てもいいように、すでに砲術は敵巡洋艦への測敵を終えている。それは敵側も同じようで、見張りからは敵艦の砲口がこちらを睨みつけている旨、報告が入っていた。お互いに、相手が撃って来たらいつでも撃てる体制は整えてある。

 第五戦隊三番艦の“羽黒”は、一斉回頭によって二番艦“那智”の前に位置している。すなわち第五戦隊の先頭だ。旗艦“妙高”が指示した目標は、同じく敵巡洋艦のうち最も先頭にいる一番艦で、見張りからは“ニューオーリンズ”級と報されている。“羽黒”よりも就役が遅く、米重巡の中で最新鋭の艦級だ。

 二番艦―――“那智”が相手取るのも同じだ。ただし、三番艦―――“妙高”が相手取る敵艦と四番艦は、艦影から“ブルックリン”級の軽巡洋艦であるとのことだ。

 位置からして、“妙高”は二隻の“ブルックリン”級を相手取ることになる。まあ、いかに“ブルックリン”級が「重巡のような軽巡」とは言っても、所詮は軽巡。“妙高”ならば、十分に相手取ることができるはずだ。

―――とはいえ、できるだけ負担はかけたくない。こちらも早急に敵一番艦を片付けて、援護に向かいたいものだ。

 ゆえにまずは、目の前の敵一番艦を叩くことに集中しよう。

 そんなことを思っていた矢先、通信室から待ち望んだ電文が届いた。

「“尾張”より、『第五戦隊、攻撃始メ』です!」

「続いて“妙高”より、『各艦攻撃始メ』」

「左舷砲戦用意!」

 二つの報告を受け、森は即座に命令を発した。

「砲術、初弾から斉射で行け!」

 早急に決着を着ける。その思いを込めて、射撃指揮所を鼓舞する。

『撃ち方よーい!』

 砲術長が声を張り上げる。五基十門の二〇・三サンチはすでに左舷を向いて仰角を上げており、砲戦の準備は整っていた。

『撃ーっ!』

 号令から一拍。左舷に指向した十門の二〇・三サンチ砲が咆哮を上げる。“紀伊”や“尾張”には劣るとはいえ、その反動は大きい。基準排水量一万三〇〇〇トンの艦体が横方向に動揺し、艦橋の窓を衝撃波が震わせる。揺れる艦橋に、森は両足を踏ん張って立ち続けた。

「“那智”発砲!続いて“妙高”発砲!」

「敵巡洋艦発砲!」

 見張りからの二つの報告は、ほとんど同時だった。“羽黒”が相対していた敵一番艦の艦前部と後部に、褐色の砲煙が沸き起こっている。艦の前進に伴って煙が後方に流れ、その艦影が露わとなった。箱型の艦橋構造物がよく見て取れる。

 十秒ほどが経過して、敵艦の周囲に弾着の水柱が立て続けに沸き起こる。“羽黒”の放った第一射だ。全部で十本。敵重巡を押し包み、砲煙から脱したばかりの艦体を再び覆い隠す。

―――どうだ・・・!?

 平静な顔を装いながら、森は敵一番艦の様子を凝視する。弾着の結果は、間もなく砲術と見張りから報されるはずだ。

『敵一番艦に直撃弾を確認!』

「やったか!」

 森は思わず喜色の浮かぶ声を上げた。一万四千は、重巡の砲戦距離として決して近いとは言えない。にもかかわらず、“羽黒”の第一射は、早速敵一番艦を捉えたのだ。

「いいぞ砲術!」

 頭上、艦橋トップの射撃指揮所を、森は鼓舞する。

 敵弾も飛翔を終えて、“羽黒”に降りかかる。水柱が三本、艦橋の横に林立した。森の視界から敵一番艦の姿を奪う。

 あちらも精度は高い。艦の習熟は相当に高いらしく、強敵となりうることが予想された。

 だが、命中弾はない。精度は高くとも、第一射から“羽黒”を捉えることはなかったのだ。

―――主導権はこちらが取った。

 森がほくそ笑むのに合わせて、“羽黒”が第二射を放った。発砲遅延装置によって左右の砲がわずかにずらされているため、砲声が重なって聞こえる。反動が艦を横に揺らした。

 丁度同じタイミングで、“羽黒”の前を行く“尾張”も発砲する。あちらも、一斉転舵後二度目の観測射撃だ。

 “羽黒”が搭載する二〇・三サンチ砲は、およそ二十秒に一回の射撃が可能だ。“尾張”が一回撃つ間に、二回の射撃ができることになる。

 第二射の弾着は、第三射の発砲とほぼ同時だ。“ニューオーリンズ”級の艦影が隠れ、水柱の合間に命中弾炸裂の炎が上がった。

―――撃って撃って撃ちまくれ!

 口に出さないまでも、森は心の中で叫ぶ。

 第三射を放った直後に、敵一番艦の第二射が弾着する。再び、艦橋の横に三発が落下して、海水を沸騰させる。命中弾や夾叉弾は、今回も生じていなかった。

「“紀伊”、斉射に移行!」

 立ち上った水柱が崩れて、水滴がバラバラと降り注ぐ中、見張りが前方を行く高速戦艦の様子を伝えた。艦隊の先頭を行く“紀伊”は、第二射で夾叉弾を得て、八門の全力斉射に踏み切ったのだ。

「敵戦艦一番艦も斉射です!」

―――正真正銘の殴り合いか。

 双方ともに、遠慮なしの砲弾の応酬。それが戦艦の戦い方だった。

 “羽黒”も負けてはいられない。装填を終えた第四射が放たれ、それとほぼ同時に先の第三射が敵一番艦に襲いかかる。今度は、艦前部に大きな火柱が上がるのが、艦橋からもはっきりと見えた。

 確実にダメージを与えている。このまま押し続ければ、必ず勝てる。森はそう確信していた。

 だが、ことはそう簡単ではない。迫る敵弾の飛翔音に、森は若干の違和感を感じて身構えた。

 艦橋を衝撃が揺さぶった。主砲発射に伴う反動ではない。何かがひしゃげるような音が、艦橋の後部から届いた。

 敵一番艦の射弾は、ついに“羽黒”を捉えたのだ。

―――こっちも正念場だな。

 次からは、“ニューオーリンズ”級も斉射を放ってくることになる。八インチ三連装砲塔を三基搭載している“ニューオーリンズ”級の斉射は、“羽黒”とほとんど同じ九発の砲弾を同時に撃ってくる。砲戦能力では互角の存在といえた。

 “羽黒”は再び斉射を放つ。被弾しても、主砲の上げる咆哮の調べは変わらない。強大な砲声が艦橋を頼もしく震わせる。森は、その揺れに―――自らの艦が示す決意の想いに、身を委ねていた。

 第五射の発砲から十秒ほど。敵一番艦に変化が訪れる。三連装砲塔に備えられた全ての砲身が鎌首をもたげ、この“羽黒”を睨みつけていた。

 来る。森が覚悟した次の瞬間、敵一番艦の艦上に主砲発射の砲炎が迸った。雷轟にも似た強烈な閃光が走り抜け、敵一番艦の姿を覆い隠す。敵一番艦が、主砲の斉射に移行したのだ。九発の八インチ砲弾が飛翔する気配が、ひしひしと感じられた。

 敵弾が“羽黒”へ到達する前に、第五射が落下し、第六射が放たれる。十門の二〇・三サンチ砲全門が上げる炎と轟音は、“羽黒”がまだまだ負けるつもりなど微塵もないことを示していた。

「“妙高”被弾!」

 突如、見張りが悲鳴にも似た声を上げた。

 森は“妙高”を見遣る。“那智”の向こう側に、わずかに見えるその艦影は、被弾したとはいえ炎などは見えていない。特に問題があるようには見えなかったが―――

「敵三番艦再び斉射!斉射間隔短いです、およそ六秒!」

「何だと!?」

 そんな馬鹿な。森は我が耳を疑った。

 “妙高”に斉射を放つ敵三番艦は、森が目を向けた瞬間にも発砲する。その発射間隔は確かに異様なほど短い。まるで高角砲だ。航空機を叩き落とすために発射間隔が短い高角砲の如く、敵三番艦の主砲は鋼鉄の暴風雨とでも言うべき猛烈な斉射を放っていた。

「“妙高”続けて被弾!」

―――まずい・・・!

 “妙高”の相手は、ただの軽巡洋艦ではなかった。

 “羽黒”を再び被弾の衝撃が襲う。敵の第一斉射が到達したのだ。

 戦闘航行に支障はない。被弾の衝撃は先ほどよりも小さく、艦尾付近から届いたようだ。“羽黒”なら、この程度では問題ない。

―――とにかく、今は目の前の敵を叩くのが一番だ。

 森は再び敵一番艦に向き直る。次の瞬間、“羽黒”が七度目の斉射を放った。

 敵一番艦には、相当数の命中弾を与えている。被弾箇所からは黒煙が噴き出しており、確実にその戦闘能力を奪っているはずだ。戦闘不能に追い込むのは、時間の問題と言えた。

 “那智”も奮闘している。“羽黒”に遅れたとはいえ、敵二番艦よりも一射早く命中弾を得た“那智”もまた、全力斉射へと移行していた。二番艦との間では激しい火砲の応酬がなされており、その中で“那智”はおよそ二十秒おきに斉射を放っている。

 敵一番艦の第二斉射が“羽黒”に降り注ぐ。今度は二回、立て続けに衝撃が襲いかかり、艦橋が揺さぶられる。一発は前甲板に命中して、第一砲塔の前に破孔を穿っていた。次の瞬間、左舷側の錨鎖が動きだして、金属のこすれる音と共に錨が脱落した。どうやら敵弾は、錨鎖庫を直撃して、錨を固定していた機構を破壊したらしかった。

 それでも、“羽黒”は怯むことなく斉射を放った。これで通算八度目。

―――決めてくれ・・・!

 艦橋に足を踏ん張る森は、その願いを込めて第八斉射の行方を見守った。

 第八斉射が弾着の水柱を上げる前に、第七斉射が敵一番艦を包み込んでいた。水柱の合間に見え隠れする命中弾の炎は、今回艦の後部に集中している。その中で、破片のようなものが飛び散るのを、森の両目は捉えていた。

 敵艦の第三斉射が落下して、至近弾と命中弾の衝撃が“羽黒”を覆う。金属がこすれ、粉々になった断片が飛び散る異音が、艦橋にまで聞こえてきた。

「敵一番艦、三番砲塔沈黙!」

―――よし!

 先の第七射は、敵一番艦の砲塔一基を破壊して、砲火力の三分の一を奪ったのだ。

 行ける。この第八斉射が、全てを決める。

 第九斉射が放たれる動揺に両足を踏ん張り、敵一番艦を見つめ続ける。その艦影を落下した砲弾の上げる水柱が覆い隠し、漂っていた黒煙を吹き飛ばす。十発の二〇・三サンチ砲弾が弾着する様は、場に似合わない壮麗さを伴っていた。

 水柱が崩れ去った時、敵一番艦は先にも増して激しく黒煙を噴き上げていた。天を突くほどに上る黒柱の根元には、赤々とした炎が踊っており、最早火勢は収まる気配がない。“羽黒”の砲撃が、かなりの被害を与えたことは、容易に想像できた。

 被弾の前に放たれた第四斉射が、報復のように“羽黒”へ襲いかかる。被弾の衝撃は今までで最も大きかった。艦橋基部に当たったのだろうか。一瞬の浮遊感に、その場の全員が全体重を両足にかけて耐えていた。

 それで終わりだった。それまで、こちらが被弾するタイミングで新たな斉射を放ち続けていた敵一番艦の砲塔に、発射炎がきらめくことはない。度重なる被弾が、敵一番艦から砲撃を続けるだけの能力を奪ったのだ。

「砲撃止め!目標を敵三番艦に変更!」

「“妙高”炎上!落伍します!」

 森の命令と見張りからの報告が重なった。

―――遅かったか・・・!

 大きく燃えている“妙高”は、速度を落として、面舵を切りながら隊列から落伍していく。その艦影に、それまでの精錬された美しさはない。砲塔という砲塔が爆砕され、あるいは大きくひしゃげて、砲身があらぬ方向を向いている。艦橋基部から航空作業甲板にかけて増設された対空火器などの艦上構造物は屑鉄の塊と成り果て、のたうつ炎にされるがままだ。艦橋側面にも大穴が穿たれ、後部マストは半分に折れてカタパルトにのしかかっていた。

 この短時間に、物凄い数の敵弾が“妙高”を襲ったことが窺えた。同時に、“ブルックリン”級が重巡すらも凌駕する、恐るべき相手であることもわかった。一度命中弾が出れば、“妙高”を襲った砲弾の嵐が、いかなる敵艦をもスクラップへと変えてしまう。

 “羽黒”が照準を変更している間、“妙高”を相手取っていた敵三、四番艦もまた、不気味な沈黙を保っている。海上に響き渡るのは、“紀伊”と“尾張”、そして“那智”の砲声だけという光景は、戦場においてどこか滑稽でもあった。

『測敵完了!』

 射撃指揮所から報告が上がり、算出された諸元に合わせて五基の砲塔が旋回、仰角を上げていく。

『撃ーっ!』

 “羽黒”が砲撃を再開した。今度は、教本通りの交互撃ち方から始めている。急ぐ時ほど、基本に忠実にやるべきだ。砲術長はそう判断したのだろう。

 加えて。頼もしい味方の増援が、見張りより報された。

「“神通”加速、取舵!二水戦全艦、続行します!」

 それまで砲戦を見守っていた世界最強の水雷屋たちが、「華」の名に恥じぬ華麗な逐次転舵で、敵艦隊への突撃に入ったのだ。

はい、作者は速射砲至上主義です・・・


個人的に“ブルックリン”級は、アメリカ軍艦の中で一番好きな艦だったりします


次回は戦艦同士の砲戦に戻ります

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