咆哮する巨龍たち
ご無沙汰してます、瑞穂国です
第二話の執筆に先駆けて、一話を少し手直ししました
第一次世界大戦以降、帝国陸海軍が女性にその門戸を開いたのは、世界的な女性の地位向上を求める活動の影響が大きい。国内で言えば、与謝野晶子や平塚らいてふが有名だろうか。大日本帝国でも、昭和十七年現在、女性議員こそいないものの、女性も男性とほぼ同じ条件で参政権が認められていた。
もちろん、それ以外に理由はある。第一次世界大戦直後と言えば、各国が競って軍拡に邁進しようとしていた時期だ。帝国海軍も、かの有名な「八八艦隊計画」へと続く一大艦隊整備計画を立案しており、予算も人員も喉から手が出るほど欲しかった。
ところが、それは帝国陸軍も同じだった。師団数の拡張と装備の近代化を推し進めたい陸軍も、金と人を必要としていたのだ。
徴兵できる男児の数は限られる。徴兵する年数を長くしてはとの意見もあったが、逆に働き手がいなくなってしまうために、案の段階で却下されていた。
そんな矢先、陸海軍は世界的な女性の地位向上を求める動きを見て、あることを思いついた。
軍隊とはいえ、所属する全員が戦うわけではない。後方での事務作業や補給、整備等を担当する支援人員も必要である。むしろ、そちらの方が多いくらいだ。そこで、この後方支援を行う人間として、女性を起用してはどうかとの意見が出た。
陸軍は大正九年に、海軍は大正十年に、それぞれ女性後方支援員の採用を始めている。これに予想以上の応募があり、陸海軍共に大いに驚いたとのことだ。
ワシントン会議によって軍拡にストップがかかっても、陸海軍は女性への門戸を開放し続けた。そしてある時、海軍は新しい挑戦をする。
試しに、女性一般兵の募集をかけてみたのだ。
結果は予想以上のものだった。採用予定人数を遥かに上回る応募があったのだ。
これは、当時の社会状況―――特に農民の暮らしぶりが大きく関わっている。国際的な地位を向上させ、近代国家などと鼻高々になっている日本だが、貧富の格差はむしろ広がった。相変わらず、農民は金がなく、日々の生活すら厳しい状態だ。まして不作の年など、家族全員分のご飯を賄うことは不可能だった。
そんな時、いつも犠牲になるのは子供だ。男子はまだいい。嫡男は家業を継ぐとして、次男以降は奉公先に出されたり、それこそ軍隊に入ったりで済む。だが女子は、酷い時には身売りに出された。家族が今日食べていくために、その身体を金に変えるのだ。それが、農家の現状だった。
そんな矢先に、海軍が女性一般兵の募集を始めた。肉体労働ではあるが、給金は悪くない。娘を身売りに出すぐらいならと、藁にもすがる思いでこの募集に応募する親が後を絶たなかった。
現在、帝国海軍では後方支援員も含めて約一割が女性だ。一般兵として女性を起用することを見送った陸軍の二倍である。
その影響は如実に表れた。まず、各艦艇の居住性が大きく向上した。これは、艦内に女性用のスペースを設ける必要が生じたからで、海軍が女性兵の採用を始めた昭和元年以降に計画、建造された艦艇は、全てこれを考慮に入れて設計されている。男性用のスペースも改善されたため、非常に好評だった。ただし、軽巡洋艦や駆逐艦、潜水艦といった小型艦艇にはそこまでする余裕はなく、よって女性兵の採用は見送られていた。
また、艦内風紀―――特に大型艦艇における私的制裁が激減した。もちろん、乗組員全員を危険に曝しかねない行為には、鉄拳制裁が下される。が、狭い艦内生活で女性の目があるというのは、それだけで暴力的な行為を憚らせた。他にも、艦内風紀の悪かった戦艦“加賀”が、「加賀小町」の異名をとる女性甲板士官の着任以降、自殺する兵がゼロになったのは有名な話である。まあ、彼女の場合は、父親が駆逐艦の艦長であったのも大きいのだろうが。
さらに、社会的な女性の子育て支援も、少しずつ進んでいる。寿退役―――結婚や出産を機に退役、予備役編入した女性兵には、財政的に子育てを支援する制度が整えられた。こうした背景から、女性兵はお見合い相手として非常に好まれるようになった。
もっとも、問題がゼロというわけではない。女性兵は増えても、女性士官は増えないのだ。結婚を機に退役することがほとんどな女性で、わざわざ士官を志す者は少なかった。そこが、今後の課題と言えば課題であった。結婚した女性は家に入るという慣習のある日本社会では、仕方のないことと言える。
紫吹ハナ中尉は、そんな珍しい女性士官の一人だ。“紀伊”の射撃指揮所に詰めており、ベテラン特務大尉が務める射手を補佐するのが仕事である。紫吹を含め、砲術科には十五人の女性兵がいるが、その中でも彼女が最も階級が高かった。
砲術科という、帝国海軍で花形とされる部署に配属されただけあり、成績は優秀だ。“紀伊”への配属は、開戦直前の昭和十六年十月である。
「観測機より、全弾遠三(三百メートル)」
通信室から上げられた観測機の報告が、口頭で伝えられる。先ほどの第一射は、敵一番艦を越えた向こう側に弾着したようだ。
「射角修正。下げ」
方位盤の覗き窓に両目を当てながら、紫吹も射手の指示に従って、諸元修正を始めた。
現代の砲撃戦は、単純に敵までの距離を計ればいいわけではない。砲戦距離の増大によって自艦のみで弾着観測を行うことができないため、観測機との連携が大切なのだ。
第一射の弾着位置をもとに、射撃諸元に修正が加えられる。左砲に代わって仰角を増していく右砲は、第一射の時よりもいくらか低い位置で固定された。
各砲塔の旋回角と俯仰角を示す針が、射撃指揮所が送った諸元を示す針にピタリと重なる。それはすなわち、砲撃の準備が完了したことを意味していた。
「射撃用意よし」
針の動きを見つめていた射手の立糸貴特務大尉が、厳かに告げる。砲術長からは、すぐに返事があった。
「撃ーっ!」
「撃っ」
その声に呼応して、立糸がトリガーを引いた。絶妙な力加減で引かれたトリガーから瞬時に電気が走り、各砲塔に信号を伝える。これを受け取った第一から第四砲塔の各右砲が、装填された装薬に着火して、爆発的な膨張を生じた。巨大な圧力が砲弾を押し上げ、砲身に刻まれたライフリングが回転を与える。
主砲が炎を吐き出した。その様子は、さながら巨大な龍が怒りの咆哮を上げているかのようだ。
音速の二倍で飛翔していく砲弾が、敵一番艦の周囲に弾着するまでは、約三十秒の時間がかかる。砲術長の深山が、ストップウォッチを見つめて、その飛翔時間を計っていた。
入れ替わりに、敵弾の飛翔音が迫ってきた。これが第二射だ。“紀伊”には、敵一番艦がその砲口を向けている。
飛翔音が途切れ、水柱が立ち上る気配がする。その様子を、今の紫吹の位置から見ることはできなかった。ただ一人、深山だけが射撃指揮所の覗き窓から外を見て、水柱の立った位置を確認している。その横顔に、まだ余裕の表情が浮かんでいるところから見て、第二射はさほど近くには落ちていないらしかった。
―――次は、こっちの番。
間もなく、砲弾が飛翔を終えて、弾着の水柱を噴き上げるはずだ。方位盤の覗き窓の向こうに敵艦を捉えて、紫吹はその時を待った。
「だんちゃーく!」
深山が声を張る。覗き窓に映る敵一番艦の周囲に、真っ白な巨木が四本、そそり立った。
―――遠弾・・・?
覗き窓からは、そう見える。水柱は、その全てが敵艦の向こう側に生じているようだ。
「観測機より、全弾遠二」
観測機から上げられた報告が、それを裏付ける。“紀伊”の第二射は、精度を詰めたものの夾叉や命中弾を得るには至らなかったのだ。
「射角修正。下げ」
やることは同じだ。再び諸元を修正し、夾叉弾を狙う。交互撃ち方による観測射撃を続けるのだ。
敵一番艦が再び発砲する。あちらも各砲塔一門の交互撃ち方だ。褐色の砲煙が艦を押し包み、爆風が波頭を砕く。三度目の射弾が、宙空を“紀伊”へと迫っていた。
諸元修正が完了し、“紀伊”もまた発砲する。左砲の砲口で火焔が躍り、灼熱の風と褐色の砲煙が吐き出された。反動が艦を横方向に動揺させる。
―――当たれ・・・!
眼力で敵艦を撃沈せんとばかりに、紫吹は一番艦の姿を睨み付けていた。
反航戦の形態を取っているため、両艦の距離は縮まるばかりだ。相対速力は四〇ノットに迫っており、一分弱で一千の距離を縮めることになる。約二万から砲戦を開始して、間もなく四分。彼我の距離は一万五千を割ろうとしていた。
紫吹の概算が正しければ、“紀伊”と敵一番艦の最接近距離は一万四千だ。そこまで来れば、お互いに遠ざかっていくだけとなる。砲戦を続けるには、転舵して同航戦に持ち込む他ないはずだ。
できれば、その前に命中弾を得たかった。
敵一番艦の射弾が、風切り音を伴って降り注いだ。距離が近づいたことで、精度が増しているのだろう。今度は至近弾落下の衝撃と思しき揺れが、艦橋トップの射撃指揮所を襲った。
「だんちゃーく!」
深山が声を上げた。覗き窓の向こうで、敵一番艦のマストを凌ぐ大きな水柱が上がった。
火柱が噴き上がることはなく、命中弾は認められない。せめて夾叉弾があるといいのだが・・・。
「観測機より、全弾遠二」
―――ダメか・・・!
砲弾は、その全てが敵艦を飛び越えた位置に弾着の水柱を噴き上げていた。
『砲術、しっかりやれ』
風中からも、叱咤の声がかかる。その声音には、この状況でも慌てるな、という無言の信頼が感じられた。これこそが、我らの艦長だ。帝国海軍最新鋭の高速戦艦を任された男だ。
―――応えたい。
紫吹はその手を強く握りしめて、決意の証とした。この場にいる誰もが、彼女と同じ気持ちだった。
諸元の修正がなされている間に、風中から新たな指示が飛ぶ。
『面舵一杯。針路三〇五』
来るべきものが来た。反航戦で戦っていた“紀伊”は、艦を反転させて同航戦に持ち込むつもりだ。
このタイミングで転針をかけるのなら、一斉転舵―――“紀伊”と“尾張”が同時に舵を切るはずだ。隊列の順序が入れ替わり、“紀伊”が先頭に立つことになる。砲撃目標は変わらない。
「砲術長」
立糸が深山を振り返る。第四射をどうするか、尋ねているのだ。
「転針までは時間がある。撃て」
「はっ」
短く答えて、立糸が再び方位盤に向き合った。各砲塔に送った射撃諸元は、すでに入力済みだ。
「射撃用意よし」
「撃ーっ!」
「撃っ」
四たび、“紀伊”の四一サンチ砲が咆哮を上げる。転舵前、これが最後の射撃になる。
発砲の横揺れが収まるか収まらないかのうちに、“紀伊”が艦首を右に振り始めた。艦橋頂部には大きな遠心力がかかり、左に傾く。方位盤にしっかりと掴まり、それに耐えていた。
敵一番艦の第四射が、回頭中の“紀伊”に降り注ぐ。転舵によって未来位置が変わったため、衝撃は小さい。だが、あのまま直進していたら、かなりの至近弾になったことを予想させた。
「測距儀を回せ。敵一番艦を捕捉し続けろ」
深山の指示に従って、旋回手が測距儀を回転させ、敵一番艦に測距儀の基線を向け続ける。動揺補正手である紫吹の覗き窓にも、敵一番艦の姿が映り続けていた。
「・・・っ!」
敵一番艦を凝視していた紫吹は、声にならない唸りを上げた。弾着した第四射は、明らかに敵一番艦の手前に水柱を生じていた。弾着修正の結果、“紀伊”の砲撃は第四射にして敵艦を夾叉の手前まで持って行ったのだ。あのまま射撃を続けていれば、命中弾を出せたかもしれない。
―――考えても詮無き事、か。
今は、相対位置を変更した後の第一射に、精神を集中しよう。
“紀伊”の回頭が終わった。遠心力で傾いていた艦橋も水平になり、紫吹はすぐさま自らの職務に戻る。射撃諸元を導くために、波の動揺に合わせて補正を掛けなければならない。
『目標まま』
「測敵急げ。今度は奴らに負けるな!」
深山が激励する。紫吹はとにかく、自らの仕事に集中した。
相対位置が変わると、お互いの位置関係はもちろん、相対速度や風向など、射撃諸元を導くために必要な情報が大きく変わる。転舵した後は、それらを測り直す必要があった。
「測敵完了!射撃諸元算出完了!」
「主砲、諸元入力!」
算出された射撃諸元が各砲塔に伝達され、それに従って砲塔が旋回し、左砲が仰角を上げていく。転舵後初の砲撃が、その準備を終えた。
「射撃準備よし」
「撃ち方、始め!」
「撃っ」
“紀伊”の砲撃が再開された。深山の言葉通り、今度は“尾張”や二隻の“コロラド”級よりも早く射撃を始めている。諸元算出と入力を真っ先に終えたのは、紛れもなくこの“紀伊”だった。
『敵一番艦、砲撃を再開!』
見張りの報告通り、覗き窓の中の敵一番艦が、その砲口に五度目の発砲炎をきらめかせた。あちらも相対位置の変更による測敵のやり直しを終え、発砲に踏み切ったのだ。
お互いの巨砲が、沈黙の時を経て再び破壊の旋律を奏でる。海洋の覇者たる者たちにのみ許されたそのメロディーが、嵐の去った快晴の空に木霊していた。
女の子がキャッキャウフフ(?)してる小説をいつも書いてます
そのせいで、男くさい(?)小説にも、そんな男たちに混じって戦う女の子を出したくなってしまいます
何が言いたいかというと、加賀小町の小説書きたいです。時間があればだけど