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九十七話目~合成獣の残滓~

 春風が吹きこむ昼時、俺はふとある場所へと赴いていた。そこは、以前人外もどきと出会った場所である。思えば、ここで一度死んでいるんだよな……。

 あの時のことはよく覚えていない。どうにも、人外化手術を受けた影響で記憶が混乱しているのだとか。その記憶が戻る可能性は極めて低いそうだ。何せ、死の記憶というのは生物にとって最も忌避すべきものだからだ。

 俺はふとここをぐるりと見渡す。あの時以降、立ち入り禁止の札とテープが張られるようになったが、俺はコーディネーター権限で立ち入ることができているのだ。やはり改めて見てみると、非常に不気味だ。が、なぜか感慨深い。

 結果論だが、ここで死んでいなければ、今の俺はない……というのも変か。

 ただ、後悔はない。この体になったことにはきっと意味があるだろう。なら、今の俺にできるのは過去を悔やむことではなくこれからを考えることだ。

 俺はほぅっと息を吐き、ボロボロの天井を見上げた。そうして、静かに目を閉じる。

「さて、そろそろ帰るか」

 と、足を踏み出したその時だった。

 ふと、後方で何かが蠢く気配がしたのは。

「――ッ!」

 俺は胸元からリボルバーを取り出し、サッと後ろに銃口を向ける。が、そこにいた生物を見て俺はそっと銃を下ろした。

「こいつは……何だ?」

 物陰にいたのは、小さな『何か』だ。姿形はウサギに似ているものの、額からは巨大な二本の角が生えている。さらに、背中からは昆虫のような羽が揃っていた。その姿はとても奇妙で、けれど愛嬌がある。

 その生物は丸くて大きな黒い目をこちらへと動かしてくる。そこに見えたある面影を見て、俺は眉根を寄せた。

「まさか……合成獣か?」

 レジオによれば、確実に討伐して俺も遺体を見せてもらったのだが、今目の前にいるのはそいつにとても似ている生物だった。ただ、そこまで凶悪なオーラのようなものは感じない。

 俺の本能が、こいつは危険ではないと伝えていた。

「……大丈夫だ。おいで」

 しゃがみ込み、そっと手を差し出す。すると、そいつはおどおどしながらもこちらへと歩み寄ってきた。俺は合成獣を驚かせないように優しく頭を撫でてやる。そいつは気持ちよさそうに体を震わせ、服従のポーズをとったものの、俺はすぐに手を引っ込めた。

 ……たぶん、こいつは例の合成獣の残りかすのようなものだろう。

 人外には稀にいるのだが、死ぬ前に自分の体を分割し、生きながらえる種族がいる。

 たぶん、この合成獣もその類だったのだろう。

 小型合成獣はキョトンと首を傾げながらも、俺の前でぴょんぴょんと飛んでみせた。まるで「構ってくれ」と言わんばかりである。その有様を見て、俺は苦笑し――再びリボルバーを構えた。

「……悪いな」

 例の合成獣の残滓だとすれば、残しておくと俺たちの脅威になるかもしれない。あの時の合成獣の恐ろしさは身を持って体感している。そもそも、こいつらのせいで俺は……ッ!

 自然と銃を握る手に力が入る。後は、引き金を引くだけだ。

 しかし……その一歩が踏み出せない。

 俺の眼前にいる小型合成獣は小さく震えて怯えていた。その潤んだ瞳はまっすぐ俺を捉えている。無言の助けを向けられ、俺の良心が揺らぐ。

 ……いや、ダメだ。こいつは危険なんだ。きっと、いや、たぶん……危険なはずなんだ。

 銃に込める力をグッと強める。そう。こいつを殺さなくてはいけないんだ。俺の大事な家族たちを、友人たちを守るためにも……ッ!

 動悸が激しくなり、手が震える。照準を合わせようにも、まるで自分の腕じゃないみたいに言うことを聞いてくれない。両手で持ってみても、結果は同じだった。

 あの時は戦闘中だったが、今は違う。こいつは無防備で、無力で、何より無抵抗だ。それを撃つのは……できない。

 しかも、こいつだって人外だ。人型ではないし、人語を解さない。だが、人外であることには変わりないのだ。こいつを殺すことはつまり、俺の理想から遠ざかってしまうのを意味しているんじゃないか?

「……いや」

 フルフルと首を振り、銃口を小型合成獣へと向ける。そうして、グッと目を瞑り――引き金を引いた。

 刹那、耳をつんざく銃声と小型合成獣の小さな泣き声。俺はそろそろと目を開け……ほぅっと息をついた。

 小型合成獣の右あたりに、大きな穴が開いている。よく目を凝らしてみれば、弾丸が埋まっているのが見えた。

「……」

 俺は無言で立ち上がり、小型合成獣へと背を向けてリボルバーの残弾を見やる。ちょうど、最後の一発を撃ったところだった。

 今、俺はこいつを殺すつもりで撃った。しかし、結果は当たらなかった。

 なら、これは天がこいつを生かそうとしているということだ。

 ならば、それに賭けてみよう。

 もし何かあれば、また止める。それでいい。

 被害が出るよりも早く、止めてみせる。

 そうでもしなければ、あの時の闘いで俺が命を落とした意味が見いだせないのだから。

 俺はそっと息を吐き、胸元にリボルバーをしまう。チラリと後ろを見てみると、そこにはすでに小型合成獣はいなかった。


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