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九十六作目~百々目鬼の公務員さん~

「じゃあ、よろしく頼んだよ」

「はい! お任せください!」

 俺の目の前にいる小さな女の子――ハーピー族のピラハはピッと敬礼をしてみせる。彼女の両腕は翼であるせいか、バサッという羽ばたき音が耳朶を打った。ピラハの肩にかけられた鞄には大量の招待状が入っている。それは、俺たちの式に来る人たち向けだ。

「では、責任を持って配達してきますね!」

「あぁ、頼むよ。でも、大丈夫か? 君一人じゃ負担が大きいだろう?」

 しかし、彼女は自信ありげにドンと胸を叩いた。

「ご心配なく! 私にかかればあっという間ですよ!」

「ならいいが、無理はしないように。君も来てもらいたいんだから」

 ピラハはにへらっと笑って大きく両腕を羽ばたかせた。巨大な翼による風圧が俺を襲う。一方で彼女は上手く風を掴み、空高く舞い上がる。そうしてしばらく感覚を確かめるように空を旋回した後、すさまじい速度で向かっていく。流石はハーピー族というべきか。キッチリと仕事はしてくれそうである。

「まぁ、一応メールでも送ってあるんだけどな」

 ただ、これに関しては保険も保険である。住んでいる地域にも差があるため、もしかしたらピラハでも間に合わないということがあるかもしれない。それに、郵便の方にはちょっとばかり仕掛けをしてある。

 例のごとく引きこもっている奴でも来れるような仕掛けだ。というか、来ないと大変なことになると思う。その内容を知ったら、ある奴は喜ぶだろうし、またある奴は羞恥で顔を真っ赤にするかもしれない。

 ま、よっぽどのことがない限り休む奴はいないだろう。何せ、俺に関わった奴ら全員からの祝い事とプレゼント、それから寄付が寄越されたのだから。

「さて、俺も仕事を片付けるとするか」

 と、言っても今日やることは書類整理と提出だ。昨日の段階でほとんど片づけてあるので、後は役所に行って提出するだけだ。これだけは、俺がやっておかねばならない。

 俺は玄関を後にして自室へと向かう。その途中でリリィとグリが二人で遊んでいるのが見えた。

 リリィは現在仕事を休んでいる。それがグリのためだとも思うし、何より今は大事な時期だ。彼女も思うところがあったのだろう。おもちゃ屋の店主には話を通しているらしい。

 ちなみに、どういうわけか俺との契約――つまりは俺の家でメイドとして勤めるということは継続している。彼女曰く、どっちみち主婦とやることが大差ないからいいらしいのだが、よくわからない。

「まぁ、いいか。それより、早く提出しないとな」

 すでに時刻は昼を回っている。こうしていると、いつしか役場は閉まってしまうだろう。ならば、できるだけ迅速に提出しておくのが筋というものだ。

 俺は部屋に入るや否やすぐに机の上に目をやった。そこには数枚の書類が散らばっている。だが、もう後は印鑑を押すだけである。手早く印鑑をペンケースから取り出して押し、乾くのを待ってからファイルに挟む。そうして、あらかじめいくつかの書類を入れてあった鞄へと入れて階下へと向かう。

「あ、もう行くんですか?」

「あぁ、行ってくる。すぐに戻ってくるさ」

 出かける前に、リリィが語りかけてくる。俺は彼女たちへ笑いかけ、そのまま玄関から外へと出る。今日は快晴ということもあり、自然と歩調が速くなった。

 幸いにも、自宅から役場まではそう遠くない。しかも、俺の体は人外化しているということもあって普通よりも早く走れるようになっている。と言っても普通の人間がやや強化されたくらいだが。

 よく誤解されがちだが、俺の人外化手術は延命のためであり強化のためじゃない。だから、基本スペックは人間とほぼ同じだ。まぁ、多少は強化されているけどな。

 そんなことを考えているうちにいつの間にか役場へと到着していた。ふと玄関を見てみると、巨人族の人外と思わしき男性が中へと入るところだ。

 この役場は人間のものと人外のもので入口が異なる。以前は人間の方から入っていたが、今回からは人外の方へ向かっていく。

 自動ドアを抜け、中を見やるとそこには大勢の人外で溢れていた。普通の人間なら戸惑うだろうが、俺は仕事の関係上よくここに入ることがある。チラリと案内図を見てからとある窓口へと向かう。

 すると、そこにいた目を複数持つ女性が優しく微笑んでくれる。彼女は抜群の笑みを浮かべながら、静かに首を傾げた。

「あぁ、四宮さん。お久しぶりですね」

「どうも。アイさん。今日はこちらをお願いしたく」

 アイさんは百の目を持つという『百々目鬼どどめき』だ。今は長い前髪と服によって隠されているせいで三つくらいしか見えていないが、本当は百以上あるという。それを全部見たことは誰もないというのが巷の噂だ。

 彼女は俺が出した書類をギョロギョロと動く目で見やって、やや驚いたように身を反らした。

「まぁ、なるほど。婚姻届ですね?」

「えぇ。人外化したらここに持っていけと言われましたので」

「はい、大丈夫ですよ。とりあえず……不備はないようですね。一応これで書類については完了ですが、少々お待ちください」

 アイさんはそれだけ言って奥の方へと消えていった。残された俺は、辺りを見渡して嘆息する。どうも、婚姻届を出しているのは俺だけで他は住民票やら何やらのことを話しているようだ。

 まだ全国的に見ても人外と人間が結婚した例は少ない。無論、人外と人外もだ。ただ、メディアさんなど、そのような情勢に詳しい人たちから言わせれば、元人間であり、現在は人外である俺と人外であるリリィとの結婚は非常に有意義なものであるらしい。

 こんなことになるなんてちっとも思っていなかったが、結果オーライだろう。俺たちのことがこれからに繋がるのならば、何よりも喜ばしいことなのだから。

「お待たせしました。四宮様。どうぞこれを」

 いつの間にか戻ってきていたアイさんが俺に花束を渡してくる。それを見て、俺は目玉が飛び出さんばかりに目を見開いた。

「え、これは?」

「四宮様にはいつもお世話になっていますからね。これは、ほんのお祝いです」

 刹那、パチパチと心地よい拍手が上がる。それはいい。それはいいのだが……。

「なぁ、待ってくれ。もしかして……」

「はい。四宮様のご結婚は人外の間でもう広まっていますよ。数日前に聞いてから、ずっとご用意していたんです」

 確かに枯れないように造花を用意しているなど色々と芸が細かい。その有様に苦笑しながら、俺は頬をポリポリと掻いた。

 とりあえず、俺のプライバシーは保護されないかもしれない。

 もし可能なら、シュラか誰かに護衛を頼もうか……いや、余計に悪化しそうだ。

 俺は今日何度目かわからないため息をつきながら、持っている花束を握りしめた。


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