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九十五話目~蠍女のプランナーさん~

「むぅ……なんだか、悪いな」

 俺は先日大量の寄付金が寄せられた通帳を眺めながらそんなことを呟く。こんなにゼロが重なるのは、初めて見た。その有様に、思わず苦笑が漏れる。

 一応メディアさんたちからは早めのお祝いだとしてくれたのだが、どうも申し訳なさが勝ってしまう。結局のところこれは俺のわがままだし、それに付き合わせるのはどうかと思ったのだが、当の彼女たちは相当ノリノリだった。

 シュラやレジオに至っては無理やり俺を連れ出して飲みにつれていったほどだ。あいつら、口実を得てはっちゃけたいだけじゃないだろうか?

「夏樹さん。お待たせしました」

 ふと、そんな声がかかる。見れば、そこには綺麗な洋服を身に纏ったリリィが立っていた。彼女の後ろには同じく綺麗な洋服を着せられたグリの姿がある。彼女たちの微笑ましい様相に、つい頬が緩んだ。

「あぁ、そろそろ行くか」

「はい。行きましょうか。ね、グリちゃん?」

「うん!」

 グリがブンブンと頭を振る。彼女もだいぶ意思疎通ができるようになってきた。そもそも突然変異で一族間でも特に模倣、擬態能力に優れていた彼女だ。考えてみれば、これが普通なのだろう。

 メディアさんから聞くには普通はもっと時間がかかるそうだ。それこそ、人間の赤子のように。

 ただ、こうして話ができるのは俺としても大変喜ばしい。俺がそっと手を差し出すと、グリはおずおずと手を握ってきた。スライム族特有のひんやりとした感覚を得ながら、外へと歩み出る。

 初春を告げる風が吹き抜けていき、木々を揺らしていった。俺は舞う土埃から顔を庇いながら、ふと空を見上げる。今日は雲一つない青空だ。絶好のピクニック日和である。

 が、俺たちが向かうのは公園や遊園地ではない。今日行くのは、結婚式場だ。そこで下見を行うことになっている。そこは人外向けの結婚式を行っているということで有名であり、以前オーリエさんに教えてもらっていたのだ。

 曰く、そこにも人外を務めているので親身に話を聞いてもらえるということである。

 ということで、俺たちはそちらへと向かっていた。

「いい天気ですねぇ」

「あ、すずめさん!」

 リリィはのんびりと景色を楽しんでおり、グリは物珍しそうにあたりをきょろきょろとしていた。俺はふっと頬を緩め、グリの脇の下に手を伸ばし、グイッと上に持ち上げ、彼女を抱きかかえた。しかし、グリは不満げに頬を歪め、体をするりと滑らせて俺の方に登った。

「どうだ? 見やすいか?」

「うん!」

 グリが喜んでいる顔を見るのは俺にとって最上の幸せだ。ずっとこんな時間が続けばいい、というのはわがままだろうか?

 いや、例えそうだとしてもそうなればいい。せっかくこの体になったのだ。それくらいは願う権利だってあるはずだ。

「あ、見えてきましたね」

 リリィが前方を指さす。確かにそこにはそれなりに大きな結婚式場があった。その扉の前に、一人の女性が立っているのも見える。その人は綺麗なドレスを身に纏っていた。彼女は俺たちの存在に気づいたのか、足早に駆け寄ってくる。

 やがて間近に迫った彼女を見て、俺は小さく唸った。

 なぜならその人は――複数の腕を持つ虫型の人外だったのだから。下半身はサソリのものであり、巨大な尾もある。間違いなく『セルケト』族か何かだ。

 当の彼女は人当たりの良い笑みを浮かべたまま、ぺこりと頭を下げる。

「はじめまして。私は『蠍女』の麗春と申します」

 蠍女――確か、西遊記を起源とする中国の人外だ。よく見れば、どことなく顔立ちがアジア系だ。彼女の肌は透き通るような白であり、それは病的なようにも見えてしまう。けれど、それがなぜだか男心を引き付ける魅力を有していた。

「さて、それでは中へとお入りください。説明は後でしますので」

「えぇ、お願いします」

 俺はグリをそっと肩からおろし、彼女の後を追う。と、そこでリリィが身を寄せてきた。

「よかったですね。優しそうな人で」

「だな。オーリエさんのお墨付きだから心配はしていなかったけど」

 リリィはそれを聞いてクスリと笑う。その愛らしい表情を見ていると、俺もつられて笑いそうになってしまった。

「さぁ、こちらへとどうぞ」

 麗春さんが扉を開けてくれる。すると、俺たちの目にとてつもなく豪華でかつ優雅な内装が目に飛び込んできた。外装も綺麗だったが、中はもっと凝っていたようだ。しかも、人外向けを売りにしているだけあってやはり広い。これなら、多少人数を多めに呼んでも大丈夫だろう。

「私たちは主にあなた方の結婚式のお手伝いをさせていただきます。衣装、内装、その他もろもろ。全面的にサポートする所存ですよ」

 言いつつ、麗春さんはパンフレットを寄越してくれる。確かに比較的安価でプランを練ってくれるようだ。なら、彼女に任せるのもいいかもしれない。

「じゃあ、とりあえず一ついいですか?」

「何でしょう?」

「彼女に着せるドレスを見繕いたいんですが、よろしいですか?」

「そうおっしゃると思って、用意してありますよ。さぁ、こちらへ」

 彼女が向かったのは、おそらく控室だとおおわれる場所だ。そこを開けてみると、ずらりとドレスが並んでいる。人外向けの特注品だ。腕を通す穴が複数開いていたり、鱗などで服を破かないように特殊加工がなされている。

 ただ、今回これはそこまで使わないだろう。リリィは比較的人間に近い体を持っているし、そこまでドレスを弄る必要がない。ただ、やはり着るなら可愛いものだ。それは彼女も同意見だったのか、ドレスを興味深そうにジロジロと眺めている。

「どれか、気に入ったものはありましたか?」

「う~ん。できれば、こういうものはありませんか?」

 そう言って彼女はバッグの中に手を突っ込んで、とある写真を取り出してみせる。それを見て、俺はハッとした。

「リリィ。それは……」

「えぇ、私がまだ『人形』だった頃です」

 そう。彼女は性質的には付喪神と同じである。元が人形だったのは俺もよく知っているが、こんな写真を持っているのは知らなかった。まだ人形だった彼女の傍には、人のよさそうな婦人が立っている。それを見て、リリィは懐かしそうに目を細めた。

「彼女とは長い中でした。あの人がまだ小さい頃はよく私と遊んでくれたものです。その時、よく着せてくれていたのがこのドレスなんです」

 写真の中のリリィは純白のウェディングドレスを着ていた。レースをふんだんにあしらったそれは非常に雅であり、見ていて惚れ惚れするほどだ。

「……なるほど。ちょっと拝見してもよろしいですか?」

「はい。どうぞ」

 リリィから写真を受け取った麗春さんは目を細めてそちらを見やり、数度頷いた。

「わかりました。では、これをベースに作りますね。他にご要望はありますか?」

「いえ、特には……夏樹さんは、どうですか?」

「う~ん。俺も大丈夫かな? プランとしては一番高い奴をお願いします。幸い、資金はたくさんありますので」

 もうもらったものは仕方ない。むしろここでケチった方が失礼だ。なら、存分に使わせていただこう。

 俺のオーダーを聞いた麗春さんはニッコリと微笑み、そっとパンフレットを指さした。

「ただいま人外向けのサービスを行っておりまして、割引をしているんです。見たところお二方はどちらとも人外のようですから、三割引きですね」

 なるほど。オーリエさんが進めてくれたのはこういった理由もあったからかもしれない。なんにせよ、いい場所を選んだと思う。

「ねぇ、パパ。ママと同じの、着てみたい」

 グリが俺の服の裾を引っ張りながら言ってくる。やはり、女の子だ。そういったものには興味があるらしい。俺は優しい笑みを浮かべて彼女の頭を撫で、麗春さんに困った笑みを向けた。

「すいません。この子の分も作ってあげてくれませんか?」

「えぇ、それはもちろん。なら、フラワーガールをお願いしますね。ただ、そうですね。見たところ、スライム族ですよね? ちょっとだけ特殊なドレスを作ることになりますが……まぁ、これはサービスということにしておきましょう」

「いいんですか!?」

「まぁ、正直なところオーダーメイドはかなり費用がかかるのですが、今回は特別です。失礼ですが、あなたはコーディネーターの方ですよね? それも、人外化したという。なら、あなた方の結婚は人外と人間にとって大きな転機となるはずなんです。ですので、その足掛かりとなる私たちとしては、全力でバックアップをしたいと思っておりまして」

「……ありがとうございます」

 あの時テレビに出た反響がここにもあったらしい。俺としては聞いている人によってはやや挑発的にも捕らえられかねないと思っていたのだが、それは杞憂だったらしい。少なくとも、人々からの好奇の視線を一蹴したことは評価されているようだ。

 麗春さんは満足げに頷いたかと思うと、リリィとグリに目線を移動させた。

「では、お二人はこちらへ。採寸をしますので」

「わかりました。じゃあ、行きましょうね、グリちゃん」

「うん!」

 去っていく三人を視界の端に納めた後で、俺は静かに目を閉じた。そうして、スマホを取り出してある人物へと電話をかける。

『はい、もしもし?』

 数秒もしないうちに声が返ってくるなり、俺はすぐさま口を開いた。

「なぁ、ピティ。一つ聞きたいんだが……」

 そこで一拍置き、

「リリィとグリがおそろいの服を着るらしいんだが、お前はどうしたい?」

 告げた。

 当然ながら、答えは決まっている。俺は苦笑しながら彼女を宥め、麗春さんが帰ってくるのを待つ。

 どうやら、もう一人分の追加がありそうだ。


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