九十二話目~河童の雑貨屋さん~
今日は珍しく豪雨だった。そのせいで、俺は今家でグリたちとゴロゴロ昼寝をしている。このところグリはひとりでも寝られるようになってきたのだが、最近は俺と一緒に寝ることを望んでいる。
これは別に俺が人外化したからというわけじゃない。曰く、グリは元々俺のことを好いていたらしいのだが、スライムというのはかなり早熟な種族らしくて照れていたらしいのだ。いわゆる、高校生の娘が父親を蛇蝎のように嫌う感じである。
それを知った時はちょっとだけショックだったが、この子の幸せそうな寝顔を見ているとそんなことはどこかに飛んでいってしまう。俺はグリのプニプニのほっぺをつんと突いた。すると、彼女の体がプルリと揺れる。これがスライム娘と遊ぶ醍醐味だ。
「夏樹さん。グリちゃんは寝ましたか?」
後方を見やると、そこにはリリィが立っていた。彼女はエプロンを外しているところであり、やや前かがみになっている。俺はそんな彼女の方にふっと笑みを向けてやる。
「お疲れ様。今日は休んだらどうだ?」
「はい。たまには一緒にお昼寝しましょう」
そう言って、彼女は俺の横に身を寄せてきた。柔らかな感触を感じながら、ふっと目を細める。リリィは婚約関係を結んでからというもの、こういった接触が増えてきた。それは少しだけ恥ずかしいものの、心地よい。
「お体の方はどうですか?」
「ん? あぁ、快調だよ。メディアさんの検診もちゃんと受けているし、特に困ってることはないさ。ただ、ちょっとだけ窮屈だけどな。検査の時っていっつも誰かに見張られているからさ」
「大変そうですね。今日はゆっくりと休んでくださいな」
言いつつ、リリィはそっと俺の体を抱き寄せてきた。お返しに、俺もギュッと抱き返してやる。グリが寝ていたのは幸いだ。いたら、きっと焼きもちを焼かれるに決まっている。
俺はリリィの胸に抱かれながら瞼を下ろす。こうしていると、今すぐにでも眠れそうだ。幸いにも今日は仕事はないし、このまま寝ていてもいいかも……。
そう思った直後だった。ふと、玄関のチャイムが鳴り響いたのは。
「私が行ってきましょうか?」
「いや、俺が行くよ。ちょっとごめん」
俺は彼女の腕をすり抜けて玄関へと向かっていく。そうして扉を開けるとそこには――背中に木製のおかもちのようなものを背負っている少女が立っていた。その姿を見て、俺はニッと口角を吊り上げる。
「よう、メリナ。久しぶりじゃないか。こっちに帰ってきてたのか?」
「えぇ、実家の手伝いもだいぶ片付きましたので、またお仕事再開です!」
そう元気よく挨拶してくる彼女を再び見やる。肌の色は緑色であり、頭には丸いお皿が乗っている。これだけ見ればわかると思うが、メリナは『河童』族の少女だ。背中に背負っているおかもちは、甲羅の代わりとしていつも持っているものだ。その中に入っているものを想像して、俺は思わずクスリと笑ってしまった。
「今日はですねぇ、いいものを持ってきたんですよ!」
「へぇ、見せてくれよ」
「もちろん! まずは、キュウリ! ウチの実家で取れた奴ですよ!」
「いかにもベタベタじゃないか」
俺の言葉にメリナは苦笑し、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁ、ウチの父ちゃんたちはキュウリ農家ですからね」
そう。彼女の両親は田舎でキュウリを栽培していたのだが、数か月ほど前彼女の親父さんが頭の皿を怪我してしまって農作業ができなくなり、メリナが母と共にキュウリを育てていたらしいのだ。その点に関しては、俺の方にも連絡が来ている。
「これ、今回は私が作ったんですよ! モロきゅう、お漬物……あ! お味噌汁に入れてもおいしいんですよ!」
「へぇ。意外だな。試してみるよ」
「はい! あ、それとこれ。ウチのお兄ちゃんが作っている尻子玉キャンディーって奴です。結構美味しいんですよ?」
彼女が次に出してきたのは、金色に輝く飴玉だった。それは非常に美しいのだが、ネーミングセンスはいかがなものか?
「べっこう飴の要領で作っているらしいんですが、かなり難しいらしいですね。お兄ちゃんも何度も試行錯誤を繰り返していましたよ」
「そ、そうか。にしても、名前はどうにかならないのか?」
「なりませんね」
即答された。尻子玉と聞いたらどうしてもマイナスなイメージを浮かべてしまうのだが。
唖然とする俺をよそに、メリナはまたしてもおかもちからあるものを取り出す。
「えっとですね、次はこれです。最近実践しているんですが、河童の皿煎餅。まだまだ試作段階ですけどね」
目の前に出されたのは円盤型のお煎餅だ。その中央には丸い海苔が張り付けられている。この再現度こそ、河童たちの技術の結晶だ。てか、その方向性を間違っていると思うのは俺だけじゃないだろう。
「今度これをウチの店で卸すんですが、夏樹さんにはいつもお世話になっていますし、持ってきました。よかったら感想を聞かせてくださいな」
メリナはこの店で小さな雑貨店を経営している。そこでは食材から雑貨までありとあらゆるものを取り揃えているのだが、その品揃えがどうにもおかしいのだ。いや、それはそれで人気があるらしいのだが、少なくとも俺の感性には合わない。
メリナはあらかた商品のセールスを終わった後で、すっと立ち上がった。かと思うと、俺の左手に視線を寄越してくる。
「あれ? 指輪? 夏樹さん、それ……」
「あぁ、お前は知らないよな。俺とリリィは婚約したんだよ」
「えぇええええっ! それを早く言ってくださいよ! そしたらもっと豪華なものを持ってきたのに!」
「悪いな。てか、お前だって早めに連絡くれよ。数か月も音信不通で、俺としてはそっちの方が心配だったんだから」
メリナはグッと言葉に詰まり、小さく頭を下げる。こういう素直なところはこいつのいい点だ。たまに暴走しがちではあるが、悪い子ではない。それは俺が一番よく知っている。
「ところで、式はいつあげるんですか?」
「式?」
「結婚式ですよ。やるんですよね?」
「あ~……」
考えていなかった、とは言えない。最近は色々と忙しくて気が回らなかった。
ただ、リリィは絶対にやりたがるだろうし、その意見は尊重したい。何せ、一生に一度の思い出だ。あいつにはたくさん迷惑をかけたから、ちゃんとしてあげたいという気持ちはある。
「まぁ、やる時は呼んでください。河童雑貨店の意地を見せてあげますから」
「……お前、それで大事になったのをもう忘れたのか?」
実はというと、メリナは過去色々とやらかしている。以前オーリエさんの結婚式においてマジックをやると言ったのだが、持っていたろうそくが落ちて危うく大惨事になるところだった。彼女はそういううっかりをやらかす癖がある。
それがわかっているのだろう。メリナは曖昧な笑みを浮かべて頬を掻いた。
「こ、今度こそは上手くやりますよ……」
「その確証のない自信に俺たちを巻き込むなよな。やるなら、自分の結婚式でやってくれ」
「相変わらずつれませんねぇ、夏樹さんは。ま、それがらしいっちゃらしいですけど。それじゃ、私はこの辺で失礼します。リリィさんにもよろしくお願いしますね!」
メリナはすたくらと走り去っていってしまった。おそらく、まだ行くところがあるんだろう。本当に忙しない奴だ。おまけに、色々と置いていったときている。
「はぁ……しょうがない」
嘆息し、床に広げられているお土産の数々を手に取って居間へと運ぶ。すると、すやすやと気持ちよさそうに眠るリリィたちの姿が目に映った。できれば、さっきの話をしておきたかったのだが、それはまた今度になりそうである。




